92話:廃嫡確定
突然怒鳴り込んできたパトリックはいつものことだけれど…………。
普段と違うのはその後ろに城の兵がいることだった。
「本当にお父さまがいない間に、今度はどんなおいたをするつもりかしら」
いつもなら怒鳴り返すところで、パトリックは後ろについて来た者に手を上げて合図をした。
すると命令書らしい巻紙を差し出される。
「公爵は非常時の今、陛下の要請に応えず逃亡を図ったことは明白! 故に反逆の罪で全ての身分と財を没収する! これは勅命である!」
飾った紙を開いて、また戯言をのたまうパトリック。
私はその馬鹿さ加減に溜め息を吐きそうになるのを堪えて事実を問う。
「まず第一に、陛下よりどのような要請があったか、またいつその命令が下されたかをお聞きしましょうか?」
「昨日だ! そして公爵はすでに逃げている! 陛下を裏切る行いなのは自明の理だ!」
「パトリック、あなたもう少し法制について学ぶべきね。事後法は認められないし、命令の効果を発揮するには事前法を定めることや期間を設けることが法律に定まっているわ。これを短縮するには議会の承認が必要よ」
それをさせないためにお父さまたち重鎮は王都の外へと出たのだ。
そうでなくても議会は王の命令でも開かれない状態になっている。
いったいいつ、法律を曲げる必要があると議決されたと言いうのか。
私の言葉に答えを持たないパトリックは、紙を渡した取り巻きを見る。
「そ、それは、緊急時における特例事項として」
「では、どのような要請であるか、また前例があることなのかを説明してくださる?」
「今の現状は前例のない非常時。それを鑑みた陛下が諸侯の兵権も自らに集約するよう」
「それは権利の侵害であり、財産の接収です。前例が重要視されるのは、非常時を乗り越えた後、王室が賠償に追われて破綻しないための事前策。その命令を押し通すのであれば、反乱軍を退けた後、全ての諸侯に対して賠償金を払うことになりますよ?」
「何故そうなるのだ! 王に賠償だと!? ふざけているのか、イレーヌ!」
パトリック、わからないのならうるさくしないで。
その取り巻きの逃げ道を探すような表情を見れば、私がふざけていないことがわかるでしょう?
「前例で言えば、国王が過ちを認めて臣下へ賠償を払った記録がありますわね。そうそう、昨日発令された命令を、王都にいない公爵がいつお聞きにならなかったのか、説明していただきましょうか」
「いないから聞けないだろう!」
「えぇ。ですから、陛下が確かに昨日の発令から今日までに、王都にいないお父さまにそんな命令をどうやって届けられたかを証明してくださいと言っているのです。その証明ができないのでしたら、命令などないも同じ。まず命令を履行できる状態を鑑みていない時点でできないことをやれ、自らの背中を切れと言っているようなものでしょう」
そんな命令に正当性などない。
命令の届いていない相手に命令を履行しなかった罰を下すなど、そんな不条理がまかり通るほどこの国の歴史を作った貴族も馬鹿ではない。
私は相手をするのも馬鹿馬鹿しくて手を打ち鳴らす。
「まだまだ罪に問われるには納得がいかないので、そちらの方、我が家の法務の者とお話をしてください」
ことの成り行きから、私が呼ぶより前に使用人用の出入り口にスタンバイしていた法務が動く。
従僕たちが丁重に、有無を言わせず兄の後ろにいた取り巻きを捕まえて部屋から連れ出した。
「馬鹿か! 今さら屁理屈を並べたところでお前は罪人の娘としてこの場でひっとらえる!」
「馬鹿はあなたよ、パトリック」
私が扇子で椅子の肘置きを叩くと、乾いた音に一瞬沈黙が落ちた。
「貴様!? 兄に向かって!」
「家長であるお父さまの指示を何一つ守らないあなたはもはや公爵家から追放されます」
「は!? 気でも狂ったか? 嫡子を追放する家が何処にある!?」
「本当に馬鹿なのだから。お父さまが王都を離れるというのに、なんの手続きもせず、私を無手で置いておくとでも?」
そんなわけがない。
というか、私が領地に逃げずにここにいるのをなんだと思っているの?
王都の守りもあるけれど、それ以上にパトリックが馬鹿をする時真っ先に狙うだろう私は囮だ。
「どうせ口だけだ! イレーヌを捕らえろ!」
「本当に馬鹿な上に学ばないのだから」
すでに結界は張ってあり、兵は次々に結界にぶつかってうめき声を上げる。
結界内部にはパトリックだけだった。
「ふん! ならば俺が自らの手でお前を捕まえてやろう!」
「私までなんの進歩もないあなたと同じだと思われても困るわ」
勝ち誇って腕を振り回したパトリックが、結界に阻まれやはり呻く。
「何!? 他にも結界を張る奴が潜んでいたか!?」
「そんなわけないでしょう。領地で幾つも呪具を隔離している間に、二重に結界を張る技を身につけただけよ」
言いながら、私を包む結界を拡張する。
するとパトリックは私を守る結界と背後の結界に挟まれ身動きが取れなくなった。
上手く私の正面から来てくれて良かったわ。
「どうせ私を捕まえて無理矢理結界を張らせようとでも思ったのでしょうけれど、何故中央教会が要請だけでシヴィルを聖女の御坐所に閉じ込めないのか考えたことはなかったの?」
「お、お前が! お前が大人しくしていれば!」
「聖女の御坐所には入れても、結界を張れるかどうかは当人の気持ち次第。川に連れて行けても馬に水は飲ませられないということわざもあるじゃない。入れば結界の維持はさせられる。けれど新たに結界を張るには、本人に守ろうという意思がなければできないことなのよ」
「お、俺は未来の公爵だぞ!? それをイレーヌ! 覚えていろ!」
まだわかってないのね。
「パトリック、あなたがこんな馬鹿な真似をした時点で、お父さまが出発前に準備していた継嗣の交代に関する事務手続きは始まっているわ」
「何!?」
「すでに関係者からは廃嫡相当とのお墨付きをいただいているの。少しは今までの自分の行動を顧みなさい」
「俺が何をしたと言うんだ!? あ! お前が俺のことを讒言したんだな!? 女の分際で公爵家を継げると欲を掻いて!」
「あなたね、自分から貴賤結婚をして王位継承権を手放し、我が家の中で唯一臣下の身分になっておいて何を言っているの」
説明してもパトリックは喚き続ける。
今までの継嗣の地位がお父さまによる温情だとは少しも思っていないようだ。
…………これ、何を言えば自分の人生を反省するのかしら?
「パトリック、あなたは伴侶選びを自分勝手にしたから、私たちの母から受け継いだ継承権さえ失っているのよ? 四年前から母方からの時候の挨拶が届かなくなっているのはどうしてだと思っているの?」
「そんなの聞いていない!」
「聞くこともせずに、気づきさえしなかったのはあなたでしょう。自ら禁を侵して臣下に成り下がったあなたに誰がわざわざ教える必要が? まだ結婚相手を母方の親類から選んでいればお父さまを怒らせても頼れる場所があったでしょうに」
私は言いながらパトリックから兵に目を向ける。
結界を破れないため扉に逃げようとしていた兵たちは先に進めず足踏みをしていた。
すでに使用人たちがバリケードを敷いて部屋の入り口を塞いでいるのだ。
「一つ良かったことと言えば、自ら愚行を重ねて心置きなく切れる存在に成り下がってくれたことね。そしてその単純さでもって、私では手出しのできない城から出て来てくれて感謝しているわ」
「俺を馬鹿にして!」
「するに決まっているでしょう!」
いい加減耐えかねた私に、パトリックは言い返そうとするけれど言わせない。
「この四年、ひとの忠告も親切も全て聞かずに嘲笑うだけ、悪口を吹聴するだけ。あなたの行いにどれほどこちらが迷惑をしたか! 情も何もかも尽きました! 何を驚いているの? 自分から断ち切っておいて今さら惜しくなっても遅い!」
私は怒りのままパトリックを結界に強く挟んで息を浅くさせる。
随分叫んでいたのですぐに空気が足りなくなって失神したようだ。
「家族だからって、何を言ってもいいわけじゃないでしょう」
床に倒れるパトリックを見下ろし、私は一度目を閉じる。
そして兵を見た。
「投降なさい。こちらに協力的であれば免職だけで済ませます」
パトリックのように抵抗するなら同じように家も家族も失うことになるだろう。
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