最後の縁談②
二人の最初のデートは、皇宮警察の道場での剣道の試合となった。武道好きの京吾が、彼女に試合を申し込んだのである。
華子は剣道三段で、今でも月に数回は練習に来ているバリバリの現役である。一方、京吾は、高校の剣道部で初段を取ってはいたが、それから十年余り竹刀を握った事は無かった。
「華子さん、全力で打って来て下さい!」
最近、京吾は彼女の事を華子様とは呼ばないように心掛けていた。彼女との距離を少しでも近付けようとの思いからである。
「じゃあ、遠慮なくいきますわよ!」
白い防具に身を包んだ華子と、紺の防具の京吾が竹刀を合わせる。
開始早々、彼女の鋭い籠手や面への攻撃が連続して打ち込まれると、京吾はそれを竹刀で防ぎながら、じりじりと後退りした。
京吾の剣道は殆ど素人だが、格闘術の専門家だけに、真剣で戦うような気迫は、当然華子を上回っていた。
彼は下がりながらも華子の攻撃パターンを読んで、一気に反転攻勢に出た。次の瞬間、一瞬の隙を突いて、京吾の竹刀が彼女の面に打ち込まれた。
「面!」
京吾が一本取った。
負けん気が強い華子は、もう一番もう一番と戦う内に、京吾の動きを学習したのか、最後に、彼を負かしてしまった。
「参った! 流石ですね。華子さんにも天性の格闘家としての資質があるようです。驚きです!」
「貴方こそ流石ですわ。護衛官としての貴方の強さを垣間見る思いがしました」
かれこれ一時間も打ち合った二人の息は上がっていて、面を取ると汗が噴き出していた。
二人は、シャワーで汗を流して、近くの喫茶店に入った。皇女と護衛官のカップルは、世間の目にもあまり違和感を感じさせなかった。
「華子さんの実力なら、護衛官にもなれますよ」
「ありがとう、お世辞でも嬉しいわ。でも本気じゃなかったんでしょ?」
「私の剣道は実戦的ですから、私が本気になると、足を払ったり倒れていても攻撃したりと、ルール無用となってしまいますので、あれが、スポーツとしての私の剣道の限界です」
「そういう事なの、警護は命懸けですものね。でも、私を護って死ぬような選択はしなくていいから」
「いえ、そうはいきません。自分の命を捨てても、マルタイ(警護対象者)を護るのが私達の仕事ですから、そういう心使いは無用です。
でも、夫婦になるんですから『死ぬときは一緒だ!』と格好をつけたいところですけどね」
「……ここって、笑うところかしら?」
京吾の下手なジョークに、華子が戸惑いを見せる。
「……いや、聞き流してください」
一時間余り話して、帰る間際に京吾が言いにくそうに聞いた。
「華子様、一つ確認なんですが、偽装結婚なんですからベッドを共にするような事はしないんですよね? 変な質問ですいません。現実に暮らし始めると、そういう問題も起こってくると思いますので……」
「そうですわね。……京吾さんは、本当の夫婦と偽装の夫婦の違いは何だと思いますか?」
「世の中には色んな夫婦が居ますから一概には言えないと思いますが、一般論で言うと、愛し合っているかどうかという事でしょうか」
「私達は、偽装する為にお互いを知ろうとお付き合いをしていますが、まだ、相思相愛とは言えませんわ。ですから、当面、ベッドは別にしたいと考えています」
回りくどい言い方だったのは、京吾に気を使っての事のようだ。
「分かりました。そこを聞いておかないと、男はすぐにその気になってしまいますからね」
「貴方がでしょ?」
華子が、京吾を上目遣いに睨む。
「私も男ですから」
照れ笑いしながら京吾が頭を掻いた。
二人は、それからも時間の空いた時に道場で汗を流したり、食事を共にしたりして親交を深めていった。