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下級式魔導と無詠唱

 サトクリフ先生が砂時計をひっくり返した。サトクリフ先生とローズに見守られながら、そよ風の魔導を発動させる。…詠唱なしで。


 魔力の放出と属性変換を同時に行い、そよ風を体の周りに発生させ続ける。緩やかな風の竜巻ができた。


「素晴らしい…」


 サトクリフ先生が感嘆をもらす。


砂時計から最後の一粒が落ちたことを確認して、魔導の発動を止める。ちょっとした空気の余波を残して、そよ風の渦は消え去った。


「リークくん。合格です。初級魔導では、技術の面で教えることは、もうないでしょう」


「でも、先生。俺は風の属性以外は使えない」


「確かにそうですな。しかし、リークくんの魔力操作は、一人前の魔導士の域に達している。逆に言うと、属性変換さえ出来れば、一人前の魔導士と同等の魔導を行使できる、ということです」


「でも、リークはまだ下級式魔導しか使えないわ」


「確かにそうですな。しかし、リークくんの使う魔導と、我々の使う魔導は根本からして異なる。下級式魔導のように見えて、上級から下級まで全ての魔導を同じように使えるでしょう」


「どういうこと?」


「我々の使う魔導は、呪文によって魔力の使う量、質、形を定めます。なので、呪文とその結果の相関関係を学ぶことが重要なのですな。しかし、リークくんは魔力を意志の力でコントロール出来る。つまり、原理的にはあらゆる魔導を知識なしで使える、ということですな」


 『ズルいわリーク』と言われると思ったけど。ローズは何か考えた後、満足そうに笑った。


「え、どうしたの?」


「私のナイトは特別だって分かってたから」


 好意がストレート過ぎると、受け止めるのが怖い。そんなことがあるなんて知らなかった。いいや、好意を受け止めた時に、同じだけの好意を返せないかもしれないのが怖いのかも知れない。

 俺が屋敷に来た時の、ツンツンしたローズが懐かしい…。


 俺が屋敷に来てから、2年経った。ローズはもう七歳。子どもっぽさは少しずつ減り、本来持っていた優しさや賢さが表に出てくるようになった。


「次は私ね」


 ローズは、テーブルに置かれた透明なガラスのコップの上に両手で輪を作る。青い瞳がコップの底を真剣に見つめる。


「麗しの 変幻自在の乙女たちよ ここは楽園 汝らの憩いの場 その魂を しばし休めたまえ」


 ローズの魔力が部屋中に拡散し、網のような形になって収縮する。網の目は目に見えないほど細かく、膜のように柔軟だ。


 ローズが呪文を唱え終えた後、コップの中には水溜まりが出来ていた。


「うーむ。上出来ですな」


「やっぱりちょっとしか集まらないわ」


「説明しました通り、本来この魔導は、何人もの魔導士が協力して、広い場所でやるものです。部屋の中で使ったのでは、私でも同じ結果になるでしょう。重要なのは、ローズさんがこの呪文のイメージを正確に理解し、結果に結びつけたということなのです」


「そうだ、ローズ。これで主要5属性の下級式魔導を習得できたんだから、すごいことだよ。おめでとう」


「えへへ、そうかしら。ありがとう、リーク」


 ローズは、最初に習得していた風、今披露した水に加えて、火、生命、大地の下級式魔導を習得している。これで、下級式魔導の授業は卒業のはずだ。


「そうですぞ。ローズさん…下級式魔導、合格です。今までよく頑張りました」


「はい…ありがとうございます、先生」


 ローズはちょっと涙ぐんでいた。


 貴族、という概念はこの国にはないようで、複数の豪族の連合で成り立っている。とはいっても領主同士の付き合いはあり、教養として魔導を修めておかなければナメられる。

 ローズは、次代の領主としての資格を、また1つ得たのだ。

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