六歳・母の行方
六歳になった。季節が巡り、また寒季がやってきた。
今年の誕生祝いは、ローズとバードックさんに祝ってもらえる。もちろん俺もローズを祝う。ローズとは手紙の交換を約束した。彼女は、段々と愛らしさが増してきて、約束をしたときに『本当の気持ちを書くのよ?』と言われ、不覚にもドキッとしてしまった。
手紙の内容をずっと悩んでいたけど…もう今日が寒季のお祝いの日だ。短く格好がついてない文面だけど、そのまま渡すしかない。
内容は『ローズが一緒にいてくれるお陰で、寂しさを感じない時間のほうが多くなった。勉強を教えてくれたお陰で、考えられることが多くなった。いつもありがとう』というもの。前世の記憶の影響か、どうしても未熟な第二言語のような、片言が抜けきらない不器用な文章だ。
夕食の時間ギリギリまで試行錯誤を繰り返し、一番マシなものを選ぶ。フランネルが便箋と封筒を用意してくれたので、ありがたく使わせてもらう。
食堂には、もうバードックさんとローズがいた。2人とも席へ着かないで俺のことを待ってくれていた。
「待たせてしまった」
「待ったわ。ちょっとだけね」
「そうだね。おかげで手紙のことでやきもきする娘の姿が、ちょっとの間しか見れなかったよ」
「お父様っ!」
ローズの明け透けな好意を、バードックさんも認めている、というか喜んでいる。ローズの成長に俺は置いてけぼりにされている気がした。
「リーク?」
「うん?」
「手紙はちゃんと用意出来たんでしょうね?」
ちょっと不安そうな顔になるのはズルい。
「うん、なんとか」
「そう…。まあ当然よね、約束したもの」
「そうだね」
無言のまま時間が過ぎる。耐え切れなくなって、お互いに手紙を差し出す。
「部屋に戻ってから読むのよ!」
「うん」
何が書いてあることやら。
俺もローズも、なんとなく手紙を弄ぶ。
「…そろそろ、私からもいいかね?」
「ええ、お父様」
「はい」
バードックさんからの贈り物は、ローズは手紙とドレス。俺には本だった。表紙も中身も何も書かれていない。
「お父様、ありがとう!」
「…パパって呼んでくれないか?」
「子どもっぽいからイヤよ」
「そうか…」
俺が本のページを捲ったり透かしたりしていると、バードックさんは気を取り直して説明してくれた。
「それは魔導具だ。魔力を流してごらん」
「はい」
よく探れば、隙間風が通るような、細い魔力の通り道があった。少しずつ魔力を注ぐと…光る文字が現れた。
「サトクリフ老から、リーク君は座学よりも実践タイプだと聞いてね。その本は、魔力の属性変化の教科書なんだ」
白紙だったページにも、文字や絵が浮かび上がる。
「ありがとう」
「うん、是非活用してくれ」
内容は…後にしよう。
「さ、2人が1つ大人に近づいたことを、私に祝わせておくれ」
バードックさんの号令で始まった寒季のお祝いでは、少ない品数の凝った料理をたくさん食べられた。温季は数と多様さを楽しんだけど、寒季は一品一品を楽しむ、という趣向だ。
ローズは半年間で学んだ淑女らしさを披露、とはいかなかった。バードックさんが茶化すのだ。成長が嬉しい反面、急な変化は親として寂しさもあるのだろう。ローズも甘えているようだし、バランスを取りながら大人になればいいと思う。
俺もその楽しい空間に混ざっていた。ローズの味方をしてバードックさんを攻撃したり、バードックさんと一緒にローズをからかったり、逆に俺が二人にからかわれたり。バードックさんが、半年前のローズの俺への態度をからかい、逆にしんみりとなってしまうこともあった。
バードックさんは忙しい。夕食を一緒に食べられないことも多い。そして、ローズが成長するほど、領主と跡継ぎとしての関係を求められることも増えていく。
今日は、バードックさんが手放しにローズを可愛がり、ローズが思い切りバードックさんに甘えられる数少ない機会なんだろう。
「では、皆がこの半季も健やかに過ごせますように」
お祝いは、バードックさんのお祈りで締められた。バードックさんに『お休み』を言い、ローズをパワー家の区画の手前まで見送る。
「お休みなさい、リック」
「お休み、ローズ」
最近の習慣だけど、何度言っても照れくさい。ローズも照れるみたいだ。お休みの挨拶の後は、すぐに扉を閉めてしまう。
自室へ戻る途中の廊下で、バードックさんが待ち構えていた。
「やあリック君、もう眠いかな?」
「いいえ、それほどでもないよ」
「良かった。君に話さなければいけないことがある。リナリア殿のことだ」
不意打ちだった。決して母のことを忘れたわけではないが、寂しさに耐えるためにわざと他のことに意識を向けていたから。
「母さんが、どう…」
上手く言葉が出てこない。
バードックさんは、ローズに向けるのとは違った、知り合いの子どもをいたわる目を俺に向けた。
「落ち着いて。続きは談話室で話そう」
バードックさんは、何か、本当は話したくないことを話そうとしているような顔をしていた。
怖い。
談話室で椅子に座ると、フランネルが白湯を出してくれた。いつからいたのかサッパリ分からないが、今日はどうでもいい。
フランネルが静かに退室するのを待って、バードックさんは切り出した。
「子どものための誤魔化しは、君の場合良くない方に働くだろうから…ハッキリ言うよ」
「はい」
「君の母、リナリア殿を含む調査隊は、森を中心とした寒冷地帯に変化した地域の外周から、内部に拠点を作って慎重に中心部までの進行を目指していた」
バードックさんは深呼吸をした。
「定期連絡は私にも届いていたが、中途半端なことを知らせると君がリナリア殿の所へ行きかねないと考えて、隠していたんだ。…怒ってくれても構わない」
「いいえ。もしかしたら、そうしたかも知れない」
ローズやフランネル、それにバードックさんのお陰で、俺は本当に一人にはならなかった。でも何かの弾みで、母がいないことに耐えられなくなっていたかも知れない。
…前世で死ぬ前は、友達や家族と会うこともなかったからか。今世の俺はすごい寂しがり屋だ。
「そうかね…。それで調査隊からの定期連絡が…八分季前から届かなくなっている」
「……捜索は?」
「現状、目途が立っていない」
八分季、つまりおよそ20日前。雪山で遭難して、20日間見つかっていない、捜索隊も出ないと考えると…。母が死ぬ? もう死んでいるかもしれない?
意志と関係なく、腕が震えた。
「話はこれで終わりじゃないんだ、リークくん。いい話ではないけどね…」
バードックさんは、疲れた顔をしていた。
「恐らく、リナリア殿は生きている」
ドッと心臓が震えた。良い知らせのはずなのに、なんでバードックさんはそんな顔をしているのか。
「捜索こそ行われていないが、彼らの拠点には人が送られた。そこで…氷で作られた手紙が発見されたのだ」
「手紙?」
「そうだ」
バードックさんは頷くと、一枚の紙を俺に渡した。それは、その手紙の写しだった。
『我が婚姻を祝え。さすれば、我が王国との共栄を許そう ”冬の王”』
「こいつは?」
「分からない。昔ヴェスタリア領に現れた、”氷雪の龍帝”と関わりがあるのかも知れないが…」
”冬”とは、寒季よりもさらに寒い季節、とバードックさんは補足してくれた。
「調査隊の中で、リナリア殿は唯一の女性だ。王宮はこの手紙を、『リナリア殿を諦めれば、寒冷地帯の拡大は行わない』と解釈した」
「その要求を、認めると?」
「…そういうことだ」
仕方がない…。諦めた訳ではなく、母がすごい英雄で、その母すら敵わなかった相手がいるのなら、王宮が折れるのは仕方がない。
「はぁ…」
「リーク君。悲観的になるのはまだ早い。我らが国王陛下も、ただ従うつもりではない」
バードックさんは俺のため息を勘違いしている。母は生きているのだから。俺がうっすらと感じていた不安より、全然マシな結果だ。
「バードックさん。母さんが生きているなら、俺は大丈夫」
「君が賢い子で助かったよ…」
誰も母を助けられないのなら、俺が助けに行けばいい。強くなって、その冬の王とやらをぶっ倒せばいい。ダメなら、キキョウ師匠に泣きつこう。俺もぶっ飛ばされるかもしれないが、冬の王の首もぶっ飛んでいるだろう。
明確な目標ができた。俺は母より、誰より強くなる。最強になって、冬の王を倒して母を取り戻す。
バードックさんが一仕事終えた、と後ろめたさと安堵を混ぜたため息をつく中、俺は密かに決意を固めた。
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