パパの誕生祝い 三
ローズとエギナの花を摘みに行くという約束をしてから2日経った。今日が約束の日だ。
待ち合わせ場所の中庭で待っていると、屋敷からローズが出てきた。乗馬をするような、動きやすそうな服装だ。ちょっとした冒険に出るような。
「いくわよっ」
かなり意気込んでいる。2日待たされて気持ちが溜まってしまったようだ。
「うん…二人だけ?」
「私達が自分の手でやらなくちゃいけないことだもの。使用人の手は借りないわ」
「そうだね」
フランネルが付いて来ないのはちょっと不思議だが。
ズンズン先に進むローズに付いていく。ムスッとした顔の門番もお嬢様には甘いようで、不器用に笑いながら見送ってくれた。
ヴェスタリア領の領主であるパワー卿のお屋敷は、街からやや外れた小高い丘の上にある。街に続く街道を逸れると草原が広がっていて、薬草になるような植物が飛び飛びに群生している、とフランネルが教えてくれた。
ローズがそのまま街道から外れようとしていたので、俺が先頭に立って草をかき分けて道を作る。
場所によっては腰くらいまで草が伸びている。足元が見えず危ない。
「ローズ。あった?」
「あっちのほうに…あれかしら?」
ローズの指さす方に進む。周りの草が途切れている所に、エギナは生えていた。葉はギザギザして細長い。葉っぱのほうは見覚えがあるけど、花は初めて見た。小さく可愛らしい。花びらの中心は白く、ふちはピンク色をしていた。
「あったわ!」
エギナの花をローズが摘んでいる間。俺は周りを警戒していた。言葉にできない違和感がある。
キキョウから貰った木剣から手を離さず、ローズが花を摘み終えるのを待つ。
全部で10本。フランネルから、これ以上取ってはいけないと言われた数まで摘む。最後の1本を摘んだとき。草原の奥から、化物が現れた。
「ローズ」
「なによ。もう終わったわよ」
最初の2、3本に手間取ったことを気にしているのか、少し意地を張った返事だ。
「ゆっくりと俺の後ろに来るんだ」
化物は、2本の足で立っていた。全体的に痩せていて、顔はしわくちゃ。腹がぽっこりと出ている。腰には汚い布を巻いている。
「ヒュルルルッ、ヒュウーッ」
甲高い唸り声。両手を上下に振り回し、こちらを威嚇しているようだ。
「ひぃ、ゴ、”ゴブリン”!?」
いるとは聞いていた。野生の動物より強力で、知恵があり、危険な生き物。普通の動物とは明確に区別される生き物、モンスター。しかし、人間が生活している場所にはめったに現れないとも聞いていた。
こんな真昼間、街から近いところに現れるなんて。
「ローズ、早く」
「あぁぁ、パパ、フランネルッ」
ダメだ。座り込んで、パニックに陥っている。ただの、ちょっと高度な教育を受けているだけの5歳の女の子だ。理性的に動けと言っても無理だろう。
なら、無理ができる奴が無理をしなくては。
木剣を構えたまま、ローズの前に割り込む。逃げてくれ、頼むから。
「ヒュルルルルル!」
モンスターへの対処法なんて知らない。肌を切り裂けそうな恐ろしい爪、人種と違う硬い肌。木剣1本でどうにか出来るものか。
母が帰ってくるまで死ぬわけにはいかない。やるしかないか!?
「ウオオオオ!」
「ヒュヒュヒュヒュー!」
「ウオオオオ!!」
「ヒュルルルー!」
「…?」
「ヒューヒュー!」
「ふっ!」
「ンガッ!」
いつまでも襲い掛かってこないから、木剣で脳天を殴打したところ、そのまま入ってしまった。
結構いい感じのダメージが入ったゴブリンは、白目をむいてバッタリと倒れた。
…色々と疑問があるけど、後回しだ。
「ローズ、大丈夫?」
座り込んだままのローズに手を差し伸べる。怖々出してきた手を掴み、引っ張り上げる。立ち上がったローズは、足元がおぼつかないようで、また倒れそうになる。
慌てて抱きとめた。
「立てる?」
ローズは俺にしがみついたまま。背丈はローズの方が少し高い。全身で縋られているような格好になってしまっている。
「あなたは…」
「うん?」
「私のナイト、なのね…」
…こっちもいっぱいいっぱいなのだ。余り過大評価をしないで欲しい。
ローズに肩を貸したまま街道へ戻る。…フランネルさんが待っていた。
「お嬢様、ご無事で」
フランネルは安心した、ような素振りを見せる。
「フランネル、私は大丈夫よ。…リークが守ってくれたから」
「ほほう。屋敷に戻ってから詳しい話を聞きましょう。リーク様、代わります」
フランネルにローズを預けると、彼はローズを背負って屋敷へと歩き出した。
釈然としない。というか、ほとんど白状しているようなものじゃないか…。
ローズは家政婦に連れられて、私室へ引っ込んだ。俺はひとまず着替えて体を拭いた後、フランネルにお茶を淹れてもらっている。エギナのお茶だ。
お茶や軽食を楽しむための休憩室に、俺とフランネルしかいない。ローズには聞かれたくない話だったから丁度いい。
「まずはお礼を。お嬢様を身を挺して守っていただき、ありがとうございます。旦那様からも、改めてお話があるでしょう。願い出れば、何かご褒美がもらえるかも知れませんよ?」
「…」
「おや、小さな騎士様。ご活躍だったのに、不満そうですね」
「あのモンスターは何だったの?」
「ふふっ。気付かれましたか。あれは調教済みです。人前に出ても吠えて驚かすだけで、襲いはしません。爪も先は丸くしてあります」
俺の覚悟を返してくれ。
「何のために?」
「リーク様は、何のためだと思いますか?」
フランネルを睨んだ。彼はニヤニヤ笑っているだけだ。
「…俺を試した?」
「それもあります。2つの目的のうちの1つですね」
流石に分からない。
「心でも読めるのかと思いましたが、そういう訳ではないのですね」
それはこちらのセリフだ。
「あのような体験をして、仕組まれたと気付けるだけでも上出来、いや異常ですね。後は説明しましょう」
フランネルは、まるで悪役のようにコツコツと歩き始めた。
「1つ目。リーク様の言った通り、あなたを試しました」
「試す必要が分からない…」
「あなたが思っている以上に、リナリア様の名声は大きい。特に、このヴェスタリア領では」
「それが…?」
「流石に分かりませんか。あなたが、お嬢様の伴侶に相応しいか、それを試すためです。…気付かれてもそれはそれで。むしろ、ただ勇気や誠実さを示しただけより高評価です」
「俺はまだ5歳だ」
「性根を見るなら、むしろ子どもの時の方がいいでしょう」
「…俺の結婚と、母さんに何の関係がある」
「リーク様は英雄の息子なのです。そして、両親から魔導と武の素質を受け継いでいる。善政を敷く現当主の一人娘と、この地の英雄の息子の婚姻。領民の心を引き付けるには、十分な物語だと思いませんか?」
「それを、俺に話して良かったの?」
「いずれ気付かれるのなら、抱きこんだ方が得です」
気が早い話だが…試されるのは別にいい。命の危険はなかったわけだし、実戦の前の予行演習にもなった。それに、政治は分からないが、領主の人気とは重要なものなのだろう。
結婚をするかしないかも、自分の意思で決めればいいだけだ。
「それに…お嬢様に頼られて、悪い気はしなかったでしょう?」
「俺だけ知っているのは不誠実だ」
「いいえ。あの時は知り得なかったことです。お嬢様の気持ちは、嘘偽りのないリーク様に向けられたものですよ」
「だからって…」
「これが2つ目の目的に繋がるのです。性格良し、器量良し、教養もあって面倒見もいい。ちょっと意地っ張りなところも愛嬌程度。お嬢様から好意を向けられたリーク様は、お嬢様に好意を返すでしょう」
「好きにならないかもしれない」
「まあそこまでいかなくとも…信頼はされ、頼りにされるでしょう。リナリア様も、仲の良い2人を引き離そうとはせず、むしろこの地に定住することを決めるかも知れません」
「俺は…母さんへの人質?」
「パワー卿は為政者して優れた方ですが、そこまで恩知らずではありませんよ。これは、あくまでリーク様による自由意思によるものです」
「この話を聞いた後も、素直に留まりたがるかな?」
「リーク様は、身を挺してモンスターからお嬢様をお守りするほどの、お優しい方ですから。現に、このことをお嬢様にお話しする気はないでしょう?」
「……これ、バードックさんが決めたの?」
「命令を出したのはパワー卿です。進言したのはボクですが…」
目の前にいる、十歳になるかならないかくらいの、子ども。俺と同じように、前世の記憶を持っているんじゃないだろうな。
「子どもの考えたこととは思えない」
「あははっ。リーク様がそれを言いますか」
俺も、周りから見るとこんな子どもなのか…?
「まあ、ボクのことは、他の子どもと一緒にされても困ります」
なに? まさか本当に?
「ボクは、精霊スィーリャの娘ですから。もっとも、父親はヒューマンですが」
「精霊の…娘?」
「はい」
「むすめ?」
「はい」
「…女の子?」
「…あっはっはっは!」
あーそうなんだ…。『執事=男』のイメージがあったけど、この世界でもそうとは限らないよな…。
「いえ、執事は普通男がするものですけど」
「え、じゃあなんで?」
「趣味です」
趣味かー。
…なんだか真面目な話をする空気でもなくなってしまった。
「まあ、今日のところはこの辺にしておきましょう。お嬢様と仲を深めながら、じっくりとと考えていただければ」
時間が経つほど、離れがたくなる、と。
フランネルがいなくなった部屋で、一人考える。結婚、結婚か…。前世では、大人になってからも考える余裕すらなかった。それが、今世では五歳にして。
そういえば、女神さまは『寄り添い続ける相手』がいる人生を用意してくれたはずだ。ローズがその相手なのだろうか…。
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