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魔導と魔法と"精霊の目"

 この世界において、『魔法』は二種類に分けられる。人種が自分で魔力の性質を変化させて使うものと、それ以外だ。前者を”魔導”といい、後者を”魔法”という。

 言い換えれば、人種が仕組みを理解して使っている技術が”魔導”、理解していないのが”魔法”となる。

 一定の精度、種類の魔導を使える人を魔導士と呼ぶ。魔法使いと呼ばれる人々は、お伽噺の中にだけ存在するそうだ。


 ”魔導”と”魔法”の分け方は、ローズが教えてくれた。今日は、ローズの魔導の個人授業を見学させてもらっていて、『良い機会ですな』と、ローズがこれまで習ったことを発表することになったのだ。

 教師はサトクリフ先生。ニコニコした物静かなおじいさん。手入れのされている、年季の入った茶色いチョッキを羽織っていて、前世のイメージからくる魔法使いっぽさはない。

 王宮に仕えていたこともある有名な魔導士で、母とも知り合いらしい。


「リークくんのお母さんが使っているものは、魔法の区分に入ります。後世では、魔法使いと呼ばれているかも知れませんな」


 椅子に座ってローズの発表を聞いていると、先生が補足をしてくれた。


「母さんは、歴史に名を遺す人物ってこと?」


「少なくとも、このヴェスタリア領の地方史には遺るでしょう」


「フン…あの女のことなんてどうだっていいわっ」


 どうにも、ローズは母に当たりが強い。


「な、何よ…」


「母さんは、ローズに何かしたの?」


「う、うるさいわね。そんなことより、今は私がどんな魔導を使えるかって話でしょう!」


「ほっほ。確かにその通りですな。リナリア殿のお話は、お母さんが戻ってきてから本人に聞くのがよろしいでしょう」


 先生はローズに向き直った。


「ではローズさん、風の魔導を。そよ風と大鷲の羽ばたきが使い分けられなければ、魔導士とは呼べませんぞ」


「分かっているわ、先生」


 ローズは窓の方へと体を向けた。右手を前に出し、手のひらを水平に置く。金属製のポールから紙が吊るされていて、そこに狙いを定めた。

 俺の母の話題に噛みついていた時とは違い、静かに集中していた。真剣なローズの顔は精巧な人形のように整っていて、つい見入ってしまう。


「汝は吐息のごとく 汝は嵐のごとく 大空を駆け、世界を巡る 汝は流転する 此度は小鳥の羽ばたきに」


 ローズが呪文を唱えると、手のひらに魔力が湧きだした。空中に拡散しながら、溜まっていく。そして、色が付いた。薄く淡い緑。呪文を唱え終わったとき、魔力が消え、的の紙がピラリと揺れた。


「お見事です」


「当然よ。…あなた、何か言うことないの?」


「どうやって、魔力に色をつけたの?」


「なんですって?」


 ローズは、意味が分からない、と眉根を寄せた。


「…”精霊の目”を受け継いでおられたか」


「…母さんから?」


「う~~む」


 先生は目を瞑り、過去を懐かしむように小さく唸った。目を開けると、困ったように笑う。


「リナリア殿は、あえて知識を与えなかったのでしょう。これは私が軽率でしたな」


「どういうこと?」


「”精霊の目”を持っている者は、魔導を起こすための力、魔力を己の目でみることが出来るのです。古エルフの血を引く者が稀に得るものですな。”精霊”からの祝福とも言われておりますが、人が持つには過ぎた力。特に、小さな子どもにとっては危険すぎる」


 先生はかぶりを振った。


「リナリア殿は、リークくんの前で魔導を使ったことはありますか?」


「ううん」


「そうでしょうな…。目は塞げない。なら、魔導や魔法そのものから遠ざける。人里から離れたところで暮らすなら、それも一つの方法ですな」


「リークは特別ってこと?」


「そうとも言えますが…死んだり、怪我をしたりしやすい、ということでもありますな」


 ローズの顔が青ざめる。俺も、少し怖くなってきた。


「十代に一度でも現れれば多い才能…それが二代に渡って受け継がれるとは。いや、リナリア殿からして、抜きんでた才の持ち主。いやはやなんと…」


 先生は俺の前まで来ると、屈んで目線を合わせた。


「リークくん。私はあなたにも魔導を教えることにいたします。ですが、それはリークくんの身を守るため。あなたが、あなた自身の魔導によって傷つかないためです。自分の身を守るときを除いて、大人の魔導士がいないところで魔導を使ってはいけませんよ」


「はい、先生」


「あら先生。それって、リークに魔導を教えなければ済む話じゃないの?」


「難しい話でしてな…。恐らく、リークくんは誰に教わらなくとも、さっきの魔導を使えるようになってしまうのです。”精霊の目”を持った子どもは、『見える』と『使える』を勘違いして、魔導の事故を引き起こすことがある…。それに、悪い精霊に唆されてしまうかも知れません」


「精霊なんて…お伽噺でしょう?」


「いいえ、おりますよ。我々の目には見えませんが、”精霊の目”を持っているなら、いつか出会うこともありましょう」


 急に、物語に放り込まれたみたいな話になって来た。


「それに。リークくん、お母さんから魔力の使い方については教わりましたかな?」


「うん。動かし方と、形の変え方は習った」


 教わる前から出来たこともあるけど、それは言わない。


「そうでしょう。親が子に魔法を教えるのは、エルフの伝統ですからな」


「魔法?」


「はい。もちろん魔導もですが、エルフには、エルフの魔法もありますからな」


「エルフってずるいわ」


「ほほ。もちろん、ヒューマンだってちゃんと訓練すれば、エルフ以上の使い手になることもありますぞ」


「なら…リークには負けないわ」


「うん」


「うんじゃないっ」


 しばらく魔導の授業は、ローズが教わったことを、ローズが俺に教えるという形になった。


 母は、俺のために本当に色々なことをしてくれてたのだなあ…。

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