最後の一撃 陰陽相克拳 一ノ型
連載始めました。ハイファンタジーの世界観で愛の重いヒロイン達に振り回される主人公、なんだかんだ幸せそうだなあ、という話になる予定です。
横断歩道の真ん中で足に力が入らなくなり、アスファルトに膝が落ちた。…立てない。遠くからカァと照らすライトがどんどん近づいてくる。トラックかなにか、大きな車だ。音が遠い。
クソみたいな会社、クソみたいな仕事、クソみたいな…人生。もう疲れた。立ち上がらなくていいかな。
その時、懐かしい声が聞こえた。
『我が愛しい弟子よ。陰陽相克拳の基本を思い出すのじゃ』
そうだ、俺は…。
足に力を入れぬまま、ソッと立ち上がる。体を動かすのに、大げさな力みは必要ない。意思とほんの僅かな筋肉の動き、それだけでいい。
もはや技は思い出せない。それでも、師匠の教えはこの魂に刻まれている。陰陽相克拳の基本、肉体を動かすエネルギーを集中させ、撃つ。全てはこれに始まり、これに終わる。
もはやトラックは目の前。よく耳に残るCMソングのエンブレムが読める。時間の流れは緩やか。体の動きもノロい。だが…間に合いそうだ。
師匠が色んな武術からパク…良いとこどりをして造り上げた武術、陰陽相克拳。その基本の一打…。
足の裏から頭の先まで、体中のあらゆる筋肉から発生するエネルギー。それを、右の肩から上腕にかけて、インパクトの瞬間にぶつけるように溜める。
「ハッケイ!」
ギッギッギッギッギッギィ!
トラックの運転手はブレーキを踏まなかったのだろうか。物凄い運動エネルギーが瞬時に襲い掛かり、コンマ一秒の十分の一よりもさらに短い時間で押し返す。
完全のゼロ秒に出来ないのは、ブランクが大きいからか。
型も何もデタラメ、たったの一撃で体はボロボロだが、その場に踏みとどまることができた自分を褒めてやりたい。
トラックは50cmほど後退したところで止まっていた。
真ん中だけベッコリ凹んでいた。フロントガラスは割れてないし、多分運転手も大丈夫だろう。
何より、こうして師匠の教えを思い出せたこと、受け継いだ技の一片でも再現できたことが、今は何より嬉しい。
やり残したことは山ほどあるけれど、この瞬間だけは、一片の悔いもない…。
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