第8話 人類最強、困惑する
俺は今、魔王からとても強力な攻撃を受けている。
大量の魔物を一発の魔法で屠る、人類最強の勇者であるこの俺が、今までない程に追い詰められている。
「お主の魔力、戦闘センス。全てにおいて妾のそれを凌駕しておる。さすがであるな、勇者よ」
静かな口調で言いながら、フワリと笑みを浮かべる魔王。
ぐぅぅっ! 魔王め! 最後の最後でこんなにも強力な攻撃を仕掛けて来るなんて! まずい、このままでは俺のメンタルがもたないッ!! これが噂の『微笑みの爆弾』というやつか! あ〜り〜がとうご〜ざい〜〜ますッ! ……これもちょっと古いか。
魔王からの超強力精神攻撃(ただの微笑み)を受けている俺は、完全硬直状態になっていた。それはもう100%中の100%の力を出して真っ白になってしまったぐらいの固まりっぷりだ。
そんな俺を見て、魔王は小さく首を傾げてキョトンとした表情をする。
首を傾げるな! キョトン顔をするな! 可愛すぎるんだよクソがぁッ!!
「どうした勇者? お主はこの序列一位である魔王を圧倒したのだぞ? もっと喜ばんか」
お前のせいで俺は今動けないんだよ。ん? てか、今序列一位って言った? メリーもそんな事を言っていた様な。確か彼女は序列三位だとかどうとか。一体これには何の意味があるんだ?
そんな疑問が、俺の中に湧き上がり始めた時、魔王の間の扉からパチパチと拍手する音が聞こえてきた。
「さすがは勇者である。魔王をこうも圧倒してしまうとは」
声のした方に俺が顔を向けると、そこには国王のおっさんが、熱心に拍手をしながらこちらへ歩きて来ていた。
え? なにこのおっさん? もしかして俺と魔王の戦いをずっと観察してたわけ?
俺が呆然と近付いて来る国王を見ていると、彼は俺と魔王のすぐ近くまで来て、そしてそのまま魔王へと声をかけた。
「魔王殿、実際に戦ってみて、勇者の力はどうだったかね?」
「ふむ、予想以上の強さであった。彼の強さであれば、十分に対抗できよう」
「左様か。これで遂に、人類も反撃の狼煙を上げられるのだな」
「そうだな。正しく彼は我ら人類の希望と言えよう」
いや、ちょっと待て。ちょっと待てお前ら。今の状況と会話に突っ込みどころがありすぎて、俺はいま、混乱の嵐の真っ只中にいるんだが?
まず国王。お前は何でそんな気軽に魔王に話し掛けてるんだ? 可笑しいだろうがよ、おい! 魔王殿って何だよ魔王殿って。
それに魔王も、何で普通に受け答えしてるんだ? 「我ら人類」ってあんたがその人類の敵の親玉だろうがッ! しかも会話の内容も全っ然意味不明だし。こいつらなに言ってるの?
え、なに? 俺がおかしいの? 魔王って実は敵じゃないの? え? は? どうなってんのこの異世界?
俺が混乱というより、もはや錯乱状態に入っている中、魔王との会話を終えた国王が満足そうな笑みを浮かべて俺を見る。
なんか俺、おっさんのこの表情に無性に腹が立って来るんすけど?
「ケイ殿。魔王殿との戦いでお疲れだろう。いま上の広間で宴の準備をしておる。その準備が整うまで、どうか客間でゆっくりと休んで頂きたい」
だから魔王殿って何だよ。何で敵に敬称を付けんだよ。お前は律儀か! 最初は魔王って呼び捨てにしてただろ!
「それではな勇者よ。また後で会おう」
そう言って、魔王は部屋の奥へと歩いていった。
最初は気が付かなかったが、この広間には、俺が入ってきた扉の対面にもう一つ小さめの扉があった。
その扉の奥に姿を消す魔王。
はい? 普通に広間から出て行っちゃったんですけど? 彼女封印されてたんじゃないの?
俺は、目を点にして唖然とする。
「それではケイ殿。客間へと案内しよう」
再び国王直々に案内してくれるらしい。彼は魔王とは反対の扉、俺たちが入ってきた方へと歩き出す。
いやいやいや。意味わかんない。全くもって意味不明なんですけど? と言うか、さっき魔王が「また後で会おう」って言ってたんすけど? また彼女に再開できちゃうの? やった〜バンザーイ! ……じゃなくてッ! 俺勇者だよね? 魔王討伐のために召喚されたんだよね?
その辺の事情を確認しようと俺は国王へと視線を向けるが、彼はすでに扉付近の離れた所にいた。
おい、おっさん! 案内するって言ってんのに独断専行しすぎやッ! あ〜もうッ! もういいや! この世界での魔王は超可愛い。それが全てだッ!!
あまりの理解不能の事態が発生しすぎて、俺はもう自棄糞状態になっていた。
◆◇◆◇◆◇
魔王との戦いを終えた俺は、国王の案内で王城内の客室へとやって来た。
ちょっとドヤ顔をしながら「この客室は我が王国内で一番の部屋ですぞ?」と言う国王に、俺は少しだけイラッときた。
でもまぁ、確かにこりゃすごいや。
それは豪華絢爛と言う言葉がぴったりの部屋だった。
もうロイヤルスイートルームですよ。一泊何十万いや何百万って取られるやつだよこれ。壁一面に取り入れられた大きな窓から、城下町が一望できちゃうよ。見事なパノラマです、うん。
でも今の俺は、そんな景色を楽しむ気分じゃなかった。
フラフラと部屋の中を進んで、部屋の中央にデンっと置かれている天蓋付きのキングサイズベットに倒れこんだ。
「あぁ〜〜〜〜〜…………体が羽毛に飲み込まれる〜〜〜」
自分でも情けないって思うほどの気の抜けた声を発しながら、俺は重力に従ってベットに埋もれた。
なんか変だぞこの異世界。これまでは順当にテンプレ要素を消化してきてたのに、ここにきて変な感じになって来たぞ?
女神様からチートを貰う。初っ端から美少女な王女と出会う。冒険者ギルドへ行く。そこで規格外の魔力を証明する&無表情美少女と出会う。魔物の大群あっさり撃退、みんな唖然。そして、美少女の弟子入り。国王から魔王討伐の依頼。
ここまでは良い。ここまでは、漫画やラノベなどにありふれた展開だ。問題はこの先だ。
魔王を圧倒的力量の差で打ち負かした。それだけならば、俺TUEEE系の物語でも十分にあり得る展開だ。しかし、魔王と国王が気兼ね無く会話を交わすなど聞いた事がない。
人間と魔族は争い合っているものだ。そして国王と魔王はその両陣営のトップ。その二人が普通に会話を交わすなど、もはやあってはならない事態である。
俺はゴロンと転がって、うつ伏せの状態から仰向けへと態勢を移行する。
はぁ〜天井が高いですのう。天蓋付きの巨大ベッドとか、今の俺超セレブ。
俺はどうでも良い事を考えて、思考を断ち切ろうとしたが、やはり魔王と国王の会話の内容が気になってしまう。
まず序列ってなんだよ。確か魔王が一位でメリーが三位だったか? つまりメリーよりも魔王の方が強いと、それは分かる。分かるがそんな制度がある意味がわからん。あ、そういえばアリスがメリーの事を『槍の持ち手』とかなんとか言ってたな。それとなんか関係あるのかな?
それと気になる事がもう一つある。
国王が人類の反撃の狼煙がどうこう言ってた事だ。まったく、反撃の狼煙ってなんだよ。ちょっとカッコ良くてテンション上がるじゃんかよ。……じゃなくて、その反撃する相手は魔王なんじゃないの? でも魔王も「我ら人類」とか言ってたし、まるで自分が人類の一員みたいな言い方だったな。
もしかして、この世界での人類って俺が思っているのと定義が違う?
でも、もしそうだとしたら、魔王以外に人類を脅かしている存在が有るという事になる。
ここで俺は、ふとあることに気が付いた。
そういえば俺、魔王討伐しろって今まで一度も言われてない……かも。
一番最初、女神様に言われた時も、人類が窮地に立たされているとは言っていた。しかし、それが魔王によるものだとは、一言も言っていなかった……様な気がする。
俺が早合点して、魔王を討伐するものだと勘違いしていたのかもしれない。
国王との謁見の時も、あのおっさんは確かに魔王と戦ってくれとは言った。しかし、あくまでも戦えと言っただけで、討伐してくれとは言っていない。
まぁ、その辺の意味合いは解釈の仕方によっては、どうとでもなる。だけど、もしもあれが魔王と手合わせしてくれ、と言う意味だったら?
うん、それなら魔王と国王が普通に会話していた事に納得がいく。
つまりだ。魔王は最初っから敵対なんてしていなかった。と言うよりは、むしろ味方。こちら側の陣営だったと言うわけだ。
となると、敵はなんだ?
俺の中に、自然と湧き上がる疑問。
この世界に勇者として召喚されている以上、俺には何かしらの使命があるはずだ。それに女神様も、人類は窮地に立たされていると言っていた。
じゃあ、その人類を追い詰めているのは何だ? 魔王でないとすると、一体どんな敵がいるんだ?
俺は天井を睨みつける様にして思考を巡らせる。
むぅ、んんぅ〜〜ん。分からん! 全ッッ然分からん! もう見当もつきません。
俺は早々に思考を放棄した。
てか別に、そんな深刻に悩む必要もなくね? むしろここはポジティブに考えるべきだ。
あの魔王は敵ではなかったのだ。そう! あの超絶魔王は敵ではなかったのだッ!!
つまり!! 勇者である俺と魔王は対立していない! 勇者と魔王は禁断の恋なんかではないって事だ!
素晴らしいッ!! 何と素晴らしきことかなこの異世界!!
俺はガバッとベッドから跳び起きて、まるで舞台俳優かの様に両腕をバッと広げた。
俺はこの世界をチートハーレム無双ファンタジーだと思っていた。しかし、それは俺の勘違いだったのかもしれない。これは、俺と魔王。立場の違う二人の、時に熱く時に切ない。そんな純愛を描いた恋愛ファンタジーだったのだッ!!
その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
「勇者様。晩餐会の準備が整いました」
は! そうだった晩餐会があるんだった。すっかり忘れてたぜ。
晩餐会といえば、綺麗なドレスで着飾った貴族令嬢たち!
美女が! 美女が俺を呼んでいるっ!
俺は意気揚々と部屋を後にした。
待っていてくれ麗しの貴族令嬢たちよっ!!