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第7話 人類最強、絶体絶命に陥る

 俺は勇者である。

 勇者の役目はただ一つ、魔王を打ち倒し人類に平和と安寧をもたらす事。つまり、勇者と魔王は絶対に相容れない者達。不倶戴天の敵。水と油である。


 そうだ! 俺は魔王を倒さないといけないんだッ! なのに、なのになんで! なんでこんなにも魔王が可愛いんだッ!!


 俺の内心の叫びは、まるで血反吐を吐き出すかのようだった。


 今目の前に立つ魔王、それはもう完璧だった。

 漆黒の髪は癖がなくまっすぐ綺麗で、お尻辺りまで伸びている。もう触らなくても分かる。あの髪は絶対にサラサラで最高の触り心地だろう。青白い松明しかない部屋なのに、バッチリと綺麗な天使の輪が頭頂部に出来てますよ。魔王なのに天使の輪って、どんだけキューティクル完璧なんですか!


 それに顔! 魔王だったらもうちょっと凶悪で醜悪な顔つきしてくださいよ! 何なんすかその恐ろしいまでに整った顔立ちはッ!


 魔王の顔立ちは、それはもう完璧だった。完璧という言葉の意味が分からなくなる程に完璧だった。

 クッキリ二重の大きな瞳は少し愛らしい感じがあるが、その上の流れるような綺麗な弧を描く眉毛が、その愛らしさをピリッと引き締めている。そして形の良いスッと通った鼻筋に、ちょっと薄めの魅力的な唇。

 アリスやメリーもとんでもない程の美少女だが、顔立ちがどっちかと言うと外人寄りだった。しかし、この魔王は、何処と無く日本人を思わせるような顔立ちが含まれている。完全な日本人顔かと問われると否定してしまうが、北欧人とのハーフと言われれば納得してしまいそうな顔である。やはり黒髪というのが大きいのだろうか?

 そして、なによりも俺の目を引きつけて離さないのが、彼女の瞳である。

 その瞳の色は、俺が今まで一度も見たことがない真紅。その真紅の瞳が、彼女の少し幼さを感じさせる容姿を、強者の威厳ある雰囲気へと昇華させている。

 その効果で、彼女の見た目はどう見ても十六か十七歳程度なのに、魔王としての威厳を損なってはいない。むしろ、見た目とのギャップも合わさって、只者では無い感が増している。


 まずい! これはまずいぞ! こんな好みどストライクの女の子と戦うなんて、俺には出来ないッ!!


 いまだに彼女に見惚れて、身動きが全く取れない俺に、魔王は失望したように息を吐く。


「ふん。人類の希望ともあろう勇者が、なんと情けないことよ」


 この魔王、俺が恐怖で硬直してるって勘違いしてるな?

 ぜんっぜんっ違うからな! 恐怖なんて一切ない! あるのは胸の高鳴りだけだ! お前が可愛すぎるからいけないんだよっ! こんちくしょうめッ!


「この世界に弱い勇者は不要。妾の槍で一閃、切り捨ててやろう」


 そう言って魔王は片手に持つ槍を横にブンッと振った。

 その瞬間、俺の瞳孔が人生最大級に開かれた。


 今、槍を振るった瞬間に揺れたッ!! プルンッて! プルンて揺れたあぁぁーーー!!


 もう俺、魔王と戦う前から死にそうです。

 

 俺はギンッと目を見開き、彼女の一点に注視する。

 あれは恐らく……“E”だ。“F”よりの“E”だ! 彼女の細い体付きにしては、ボリュームのあるそれは、しかし全体のバランスを崩すこと無く存在感を主張している。正しく神のプロポーション。いや、これは神では無く悪魔。魔王のプロポーションだ。


 俺がそんな見当外れな阿呆の思考をしているとは露程にも思っていない魔王は、フッと不敵な笑みを浮かべる。


 何ですかその表情はッ!! ファンサービスですかッ!! 写真撮ってもいいですかッ!!


 俺の脳内では、カシャカシャカシャッ! と激写連写のシャッター音が鳴り響いている。出会って一分足らずで、俺の脳内メモリーは魔王一色ですよ。勇者失格です俺は。


「目付きが変わりおったな。ようやっとお主も、やる気になったようだの」


 いえ、俺は最初っからヤる気MAXです! ……ごめんなさい、変態発言でした忘れてくだ……いや! 俺もう変態でいいやッ!!


「では……参るぞッ!!」


 魔王はそう言うと、鋭い踏み込みとともに、俺の方へと間合いを急激に詰めてきた。


 あぁ! どうしよう! 俺の理想の女の子が、こっちに向かって突っ込んでくるよ。抱きしめても良いかな? これ抱きしめても良いかな?


 俺が彼女を迎え入れようと両手を広げかけた時、ヒュンという風切り音が耳に届く。それと同時に、俺のチート能力が勝手に俺の体を動かした。

 グイッと左に傾く俺の首、その直後にピリッと焼けるような痛みが右頬に伝わる。

 魔王は一度大きく後ろに飛んで、俺から距離を取る。


 彼女と開いた距離が、こんなにも切ないなんて………あれ? なんか俺やばくない? 相当キモくない? このまま行ったら俺変態ストーカー真っしぐらな気がするんですけどッ!!


 自分の理想と完璧にまで一致する異性と出会い、俺はおかしな精神状態になっていたようだ。恋って怖いね。


「ほう、さすがは勇者だ。妾の突きを最小限の動きでかわすとはな」


「へ? 突き?」


 俺は魔王の言葉に小首を傾げ、先程痛みが走った右頬を何となしに撫でてみる。

 するとそこには、ヌルッとした何ともいやな感触。そのまま頬を撫でた指先を目の前に持ってくると、そこは赤く染まっていた。


 な! なんじゃこりゃ〜〜ッ!!


 って成る程でもないが、薄く頬が切られていた。

 しかし、この突きをかわしていなかったら、俺は顔面を容赦なく貫かれていたという事になる。そう思うとゾワっとした寒気が背中を走り、先程までの恋のハリケーンが少しだけ鳴りを潜めた。


「勇者よ。今の攻撃はほんの挨拶代わりだ。次からは先程のように簡単にはいかぬぞ?」


「あぁ、魔王。いつでもかかって来いよ!」


 俺の言葉に魔王はフッと笑い、それに対して俺も笑みを浮かべる。


 うおおぉぉーーー!! 俺この子と笑い合っちゃったよ! 告白かな? もう告白しても良いかな?


 俺の悶絶をよそに、魔王は再び俺との距離を縮めてくる。俺ってば、なんて幸せ者なんでしょう。

 が、先程のように惚けたままでは下手したら死にかねない。死んでしまったら、この魔王とはもう会えない。それだけは、絶対に避けねばならないっ!

 俺は決心を固めると、魔王の攻撃に対処するために彼女の目を見る。


 あヤバイ。目が合った。くぅ〜〜マジで可愛いぜっ!!


 俺は理想の女の子の顔を公然とガン見できる幸せを噛み締めながら、魔王の攻撃を見切る。

 魔王は、その名に恥じぬ実力を遺憾なく発揮している。

 彼女の槍はまるで体の一部かのように、左右上下の全方向から変幻自在で多彩な攻撃が繰り広げられる。しかし、俺の授かった戦闘能力は、魔王の実力をも軽く凌駕するものだったらしい。

 余裕で魔王の攻撃をヒョイヒョイとかわしてしまう俺。


 もう余裕です。彼女の表情をガン見しながらでも簡単でかわせますッ! これも深い愛がなせる技ッ! ……はい、女神様から授かったチートのお陰です。


 そんな感じで、俺が攻撃をかわし続けるもんだから、魔王は若干の焦りと悔しそうな表情を浮かべる。


 はいその表情頂きました!


 バッチリ俺の脳内メモリーに保存する。もうそろそろ、アルバム“魔王”のフォルダを作ってまとめた方が良いかもしれない。


「くっ、勇者よ! 先程から防戦一方ではないか。そんな事ではいつまでたっても妾は倒せぬぞ!」


 お? なんだい? 俺を挑発する作戦ですかい? もう、構ってちゃんなんだからぁ〜。でも俺は、このままずっと君と戯れていたいです。今すっごく幸せを感じてます。もう魔王討伐しなくて良いや。いや、討伐したくないです。

 俺の中に、勇者としてあるまじき考えが浮かび始めた頃、魔王が再び俺と距離を取った。


「これを受けても平然としていられるかな?」


 魔王は槍を頭上に掲げると、嵌め込まれている宝石が大きく輝き始めた。と、次の瞬間その宝石から巨大な炎の奔流が俺に向かって襲い掛かってきた。


「うお? これは暑そうだ」


 俺は小さく漏らすと、魔力を自分の前に放出させ、それを魔力障壁へと変化させる。魔力結晶すらもぶっ壊すほどの大量の魔力を基に作られた魔力障壁は、一切の炎を遮断する。


 さすが俺、完璧な魔力障壁だ。


 自分の魔法を自画自賛して余裕をぶっこいていると、目の前の炎の中から魔王が躍り出てきた。どうやら魔法は俺への目眩しだったようだ。


 てか目の前に急に出て来るなよッ! 可愛すぎて心臓止まるだろッ! はっもしかしてそれが狙いか⁉︎


 魔王としては不意打ちを狙ったのかもしれないが、チートで反射能力が異常なほどまで高まっている俺は、そんなことを考える余裕すらあった。


 俺は、魔王の突き出した槍を難なくかわすと、そのまま槍を突き出している方の腕を掴む。

 「しまった!」というような表情をする魔王だが、俺はもう技に入っているから逃げることは出来ない。

 俺は素早く体を回転させながら、重心を下げて彼女の懐に入り込むと、掴んでいる腕を引き込む様にしながら、腰で彼女の上体を持ち上げる。そして、彼女の突っ込んできた勢いを利用して、前方へと投げる。

 つまるところの、一本背負いというやつだ。チートで身体能力が底上げされているので、柔道経験が皆無の俺でも綺麗に技を決めることができた。見よう見まねでできるとかチート様々です。


 というか、彼女を投げ飛ばす時、背中にむにゅって感触があったんですけど! むにゅって! しかも何気に俺彼女の手(正確には手首)を握っちゃったし!


 俺は幸せな気持ちに浸りながら、投げ飛ばした魔王に目を向ける。当の彼女はちょっと苦しそうに顔を歪めていた。それを見て俺も心を痛める。


 あれ? ごめん痛かった?


 一応彼女が地面にぶつかる前に、風魔法で上昇気流を起こして衝撃を和らげたつもりだったが、それでもある程度の衝撃はあったらしい。

 俺はゆっくりと魔王に近づき、彼女の近くにしゃがみ込んだ。


「なぁ、もう辞めにしないか? お前の実力じゃあ、どうやっても俺にはかなわないよ?」


 俺の言葉を受けた魔王は、しばらく俺の事を鋭い眼差しで見詰めていたが、やがてその表情をふわっと柔らかいものに変えた。


 ぎゃゃャャ〜〜〜〜ッ!! なに⁉︎ なに今の⁉︎ なんでそんな不意打ちをするのッ⁉︎ 


 俺はとっさの出来事に、脳内カメラで彼女を激写する。ヤバイ! 脳内メモリーがオーバーフローしてしまう!

 俺が内心パニックを起こしている中、魔王はゆっくりと上体を起こすと、あろうことか、俺に対してニコッと笑みを浮かべてきた。


「そうだな。お主の力は圧倒的だ。認めよう、妾の負けだ」


 それはもう清々しいまでの笑顔を俺に向けて来る魔王。今までの緊張感あふれる表情からのギャップでその破壊力は抜群だった。男はギャップに弱い生き物なのです。


 もうダメだ。俺は力及ばず、魔王に殺される。


 人類最強の勇者の死因、それは“萌死”である。


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