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第28話 人類最強と微睡み魔王

 今まで生きてきた17年の人生。その人生の中で、俺は初めてこの世の地獄というものを体験した。

 眠りの淵から、徐々に覚醒していく意識。それと同時に込み上げてくる強烈な不快感。重たい瞼をやっとの事でこじ開けると、視界に入ってくる天井がグルグルと回っている。


「……っうぷ……ヤベェ……気持ち悪い……」


 俺はまるで生ける屍かの様な呻き声を漏らしてしまう。


 これがあれか……俗に言う二日酔いというやつなのか……いやこれマジで冗談じゃないくらいに辛い……本気で死にそうなんすけど……。


 自分が吐き出す息、それにすら酒の残り香を感じて、胸がムカムカしてきてしまう。


 もう絶対に酒なんて飲まねぇ……てか俺まだ未成年だし、調子乗って酒飲んだ罰だなこれは……あー頭いてぇ……つーかさ、異世界転生したチート持ちの俺が、酒に酔うっておかしくね? 普通はいくら飲んでも平気なのが異世界主人公のお約束ってやつでしょ? どうなってんだよマジで……あぁ、吐きそう。


 あまりの具合の悪さに、俺は仰向けの態勢から寝返りを打とうとする。しかしそこで体が重くて動かないことに気が付いた。


 あれ? 俺、動けないんすど? てか右半身がなんか重いんすけど? んん? やばい、右腕がめっちゃ痺れてる……つーか感覚がなくなってる!? え? これヤバくない!? 何これ!? 二日酔いってこんな症状出ることあんのッ!?  


 当然ながら二日酔いなど経験したことが無い俺は、慌てて天井を見上げていた視線を自身の体へと向ける。

 するとそこには、まるでコアラかの様に、俺に抱きつきながらスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てている魔王の姿があった。


 あぁ、なんだヒョウカに抱き付かれてたから体が重かっただけか。それに右腕の痺れも腕枕をしていたからだな。もう、ビックリさせんなよな、てっきり俺は酒の飲み過ぎで重篤な病気を発症しちゃったのかと思っちゃったよ。


 安心した。はぁ〜……………………はぁッ!?


 いやいやいやいや! 何この状況!? え? ここは天国ですか? 今の俺のコンディションは地獄だけど、シチュエーションは天国なんですけどッ!? これぞまさしく天国と地獄! って、んな事はどうでもいい! 一体これはどういう事だッ!? なんでヒョウカが同じベットで、しかも俺に腕枕されながら、こんなに気持ち良さそうに寝てんのッ!? 全然理解できんのですけどッ!?


 これではまるで、付き合いたての恋人同士が迎える土曜日の朝じゃないか。これで俺も、晴れてリア充の仲間入りだ! ヒャッハー!! ……やべ、テンションが上がると同時に、吐き気も込み上げてきた……。


 ヒョウカコアラ現象で一時的に忘れていた二日酔いの気持ち悪さが、再び津波のように押し寄せてきた。


 取り敢えず水を飲んでスッキリしたい。確かメイドさんが、ベットの脇のテーブルに水差しを置いていてくれていたはず。それを一杯飲んで、胸のムカムカを鎮めたい。


 俺はベットに右側にある、テーブル上の水差しに目をやる。そして次に、俺をがっちりホールドしてロックしているヒョウカに視線を落とす。相変わらず彼女は夢の住人で、眼を覚ますそぶりは一切ない。


 まったく、こっちはこの世の終わりかってぐらい具合が悪いってのに、気持ち良さそうに寝てんなぁ。どんだけいい夢見てんだか…………寝顔可愛すぎだろ、マジで。


 俺の腕の中で眠る彼女は、若干口角を上げて、微笑んでるようにも見える。そんなヒョウカの無防備な寝顔の魅力に、目が釘付けになってしまう。が、そこで再度吐き気が押し寄せてくる。どうやらこの吐き気は、浜辺に打ち寄せる波のように、周期的に込み上げてくるらしい。


 このままではまずい、いつ彼女の顔にゲロをぶちまけるか分かったものじゃない。もしそうなれば、何故か一緒のベットで寝るまで上がっている好感度が、地の底を通り過ぎてマントルまで急降下してしまうだろう。そうなったら俺は、この異世界で生きていける気がしない。


 その最悪の事態を防ぐの為に、今の俺には水が必要だ。そしてその水を飲むためには、引っ付いているヒョウカを一旦引き離さないといけない。


 でもそれって、難易度高めだよなぁ……俺の腰に回されているヒョウカの左手は、なんとかできると思う。でも問題は俺の右足ですよ。なんか知らんけど俺の右足、彼女の股に挟まれてるんすよね。有難うございます。こんなにガッチリ挟んで、ごっつぁんです。もうね、ヒョウカの太ももの柔らかさがね、尊いんですわ。


 あと右腕が本格的にやばい気がしてきた。なんか冷たくなってきてる気がする。これ血流が止まって細胞が壊死してるとかないよね? 大丈夫だよね? 心配になってきたから取り敢えず、右腕をヒョウカの頭から抜こう。


 よし、ヒョウカを起こさないように……そ〜っと腕を首と枕の隙間に……


「んぅ……んん……」


 俺がモソモソと腕を動かすと、ヒョウカが可愛らしくむずかりながら寝返りを打った。


「おうふ……これは……最高なんだけどね……」


 俺の二の腕を枕にしていたヒョウカは、頭の位置を俺の胸の上に移動させてしまった。


「……ふむぅ……」


 満足そうな吐息を漏らすと、ヒョウカは再び気持ち良さそうに寝息を立てる。


 本当に気持ち良さげに寝てくれちゃって、俺はどうやって水差しまでたどり着けばいいんすか? しかもヒョウカの髪からめっさ良い匂いがすんのですけど。鼻が勝手にクンカクンカしちゃうんですけど……やべ、深呼吸のしすぎで吐き気が……水が飲みたいよぉ。


 かなり限界に近づいていた俺は、断腸の思いでヒョウカを起こす事にした。


「お〜いヒョウカ、ヒョウカさんや」


 俺はそっと彼女の肩を揺すって呼び掛けてみる。


「……すぅ……んッ…………すぅ……すぅ…………」


「……駄目だ。全然起きてくれない」


 暫く揺すっていたが、起きる気配がまるで無い。逆に、彼女を揺する事で俺が段々と焦りを募らせていく。


 こんなピッタリと密着状態で揺すったら、ヒョウカの柔らかいものが俺の脇腹辺りでフルフルと揺れるんすよ。そんなんなったらね、もうね、色々と耐えられんのですよ。もうbeast mode突入寸前です。


「仕方がないな……ちょっと退かせてもらうぞ」


 寝ているヒョウカに断りを入れてから、俺は彼女の肩を押して、俺の上から退かそうとした。


 その瞬間ーー。


「……イヤッ!」


 拒絶に言葉とともに、彼女は俺の手を振り解くように身体をよじると、再び俺の胸の上に戻ってきて、先程よりも強く密着してきた。


「わるいヒョウカ、起こしちゃっ…」

「行かないで……わたしを………一人に…しないで……父様……母様……」


 てっきり俺は彼女を起こしてしまったと思ったが、どうやらそうではないらしく、ただの寝言のようだ。

 ただ、それはとても弱々しく、か細い言葉だった。まるで迷子になってしまった幼児が、不安と恐怖のなか、やっと絞り出した声のようだ。

 さっきまで俺の腰に回されていた手が、今は俺の胸元のシャツをギュッと握っている。シワができるほどに強く。


 彼女の表情を伺ってみると、先程までは気持ち良さそうだった寝顔が、今は泣きそうなものに変化していた。いや、よく見てみるとヒョウカの閉じられた目元には、小さな涙の雫が一滴溢れていた。


 それを見た瞬間、俺は自分の二日酔いの事など、どこかに吹き飛んでしまった。それよりも今は、どうにかしてヒョウカを安心させないといけない。彼女の涙を見て頭の中が真っ白になった俺は、その事しか考えられなくなっていた。


「……わたしを……置いて行かないで……」


 俺の胸にギュッと縋り付いてくるヒョウカ。そんな彼女を落ち着かせるように、俺はヒョウカを包み込むようにそっと抱きしめて、頭をゆっくりと撫でてあげる。


「大丈夫、大丈夫だよ。ヒョウカは1人じゃない、1人になんてしないよ」


 なるべく穏やかな口調で、なんども言い聞かせるように『大丈夫』と繰り返し、ゆっくり一定のリズムで頭を撫でる。

 暫くそうやっていると、ヒョウカの表情も段々と穏やかになっていき、最終的には再び気持ち良さそうな寝顔へ戻った。その事に俺はホッと胸をなで下ろす。


 はぁ〜良かったぁ。ヒョウカが泣いた時はマジ焦ったわ……あれ? そう言えば吐き気が少しマシになってるな。なるほど、女の子の涙には、二日酔いを抑える効果があるんだな。………………うん、女の子の涙を見るくらいなら、二日酔いに苦しんでる方が良いや。


 そんな事を考えながら、俺はヒョウカの頭を撫で続ける。もう穏やかに寝息を立てている彼女には必要ないのかも知れないが、何故かやめられない。

 俺は自身の腕の中で、スヤスヤと眠っているヒョウカを見下ろす。


 なんかなぁ、寝てるときのヒョウカってか弱そうって言うか、何と言うか。守ってあげたいって思っちゃうんだよなぁ。


 これは恐らく、さっき見た彼女の涙の影響が大きいんだろうな。普段なら絶対に見せないであろう、あんな表情を見せられてしまった俺は、盛大に庇護欲を駆り立てられています。今までは、彼女の顔立ちやプロポーションに興奮していたが、今は不思議とそういうのを関係無しに、ヒョウカの事を愛おしく思ってしまっている。


 ……これが恋のはじまりってやつなんかな?


 そう思った瞬間、今のこの状況がとても気恥ずかしく思えてきて、自分の顔が熱くなったのを感じた。それと同時に、今までは二日酔いでムカムカしていただけの胸に、ほんのりと暖かいものを感じた。


 あれ? これマジ? 俺、ヒョウカにマジ惚れしちゃってる? …………いやいやいやいや、まさかね。そんなわけ無いんですよ奥さん。だって俺は異世界転生の主人公でっせ? つまりハーレムを形成する男でっせ? そんな俺が本気で1人の女性に惚れちゃうなんて、んなわけ無いんですよ。

 良いですか? ハーレムを形成するにはですね。1人の女の子に気持ちを向けるなんて事は、御法度なのです! 沢山の女の子に好意を向けられるにもかかわらず、それに気がつかないように振る舞い、だが相手の気持ちが離れないように、ちょくちょく好感度上げをする。そう言うマメでゲスなメンタルコントロールが大切なのです。1人の女の子に気持ちを向けるなんて、そんなのは禁忌中の禁忌ですよ!


「……すぅ……すぅ……ケイ…………すぅ……」


 ふぁッ!? 今この子、俺の名前言った? 寝言で俺の名前言ったよね!? まさか彼女ができたら体験したい事、第3位をこんな状況で体験するとは! てかググリたい! めっちゃググリたい!! 『寝言 名前 心理』ってググリたいよぉッ!! 



「……うふふ…………」


 わ、笑った! 俺の名前を言った後に笑ったよ!! もうやだこの子! 可愛すぎるんですけど!!


 ヒョウカの放つ、寝言という無意識だからこその高威力攻撃に、俺のハーレム計画は頓挫の危機に晒されていた。


 あと、さっきからヒョウカが息を吸い込む度におっぱいが押し付けられるんすけどッ!! もう……あざっす!!

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