第26話 人類最強と肩凝り魔王
「ケイよ妾だ。約束どうりに来たぞ。入っても良いか?」
入室を求めるヒョウカの言葉で、俺のボルテージがググンと急上昇する。
「もちろん! ヒョウカの来訪はいつでもウェルカムだよ!」
俺はウキウキ気分で扉に近付くと、ガバッと勢い良く扉を引いた。
その向こうには、急に開いた扉に少し目を見開いて驚き、固まっているヒョウカがいる。
今日もブカブカのエロい寝巻きを着てるなぁ〜もしかして、俺へのサービスだったり? たまんねぇなこりゃ!
「さぁさぁ、遠慮せずに入ってくれ! つまらない部屋だけどな!」
「ふふ、ここはお主の部屋ではなく王城の客室ではないか。そんな事を言っては国王に叱られるぞ?」
「俺は怒られたりしません! なぜなら勇者だから!」
渾身のドヤ顔をして言い放つ。そんな俺の事をヒョウカがじーっと見つめてきた。
むむむッ! この熱い視線は何だ? もしかしてキスか? ヒョウカは俺にキスを求めているのかな? しょうがないなぁ〜。したらば俺が、彼女を蕩けさす様な情熱的なのをいっちょお見舞いしてあげようかな?
俺はヒョウカの熱い視線を正面からしっかりと受け止める。そして、彼女の華奢な両肩にそっと手を添える。
ほらほらヒョウカさんや、キッスしてあげるから目を閉じなさいな。そんなガン見されてちゃ、恥ずかしくて顔を寄せられないでしょ?
目を閉じる様、俺はヒョウカにアイコンタクトを送るが、彼女はそれを無視して俺の事をジッと見続ける。そして一言。
「ケイよ、お主、酔っているな?」
「あぁ、君の美しさに俺は酔ってしまっているよ」
こんなキザなセリフをスラスラ言えちゃう俺、もうイケメン以外の何者でもありませんわな。んでも、このセリフ直近で使った気がするんだよなぁ。いつ使ったっけ? ん〜……思い出せないから良いや。
取り敢えず、勇者な俺からこんなイケメンな言葉を言われたら、きっとヒョウカは恥ずかしさと嬉しさで頬を染めるに違いない。その表情を俺の脳内アルバムに保存しなければ。
そんな使命感のもと、彼女の反応を伺うが、返って来たのは俺の予想とは違うものだった。
「はぁ、何杯飲んだのだ?」
華奢な肩をすくめ、呆れまじりの溜息と共に彼女に質問された。
あっれ〜? 全然ヒョウカが恥ずかしがってないんすけど? なんで?
疑問に首を傾げる俺を見て、ヒョウカは可笑しそうに笑みを零す。
「女を褒める時はな、酒の匂いが無い方が好ましいぞ? 今後の為によく覚えておくのだな」
え!? 俺ってそんなに酒臭かったんですか!?
「それで? いったい何杯飲んだのだ?」
「10から先は数えてない!」
胸を張って堂々と俺が言い放つと、ヒョウカにジト目をしながら『偉そうに言う事では無いわ』と叱られてしまった。
「今夜、妾はお主の酒の臭いに耐えながら寝ないといけないのかな?」
少し目を細め、挑発するかのように言うヒョウカに、俺は素直に頭を下げた。
「すまない! 反省はしないが後悔はしている!」
「……お主、酔うとなかなか面白い事を言う」
右の眉をピクッと釣り上げ、若干頬を引きつらせながらヒョウカは言う。
俺は頭を下げながら言葉を続けた。
「だから俺に償いをさせてほしい!」
「ほう、償いとな。いったいお主は、妾にどんな償いをしてくれるというのだ?」
「マッサージをしてあげます!」
俺は下げていた顔を上げ、ヒョウカを真っ直ぐに見て誠意を込めて言う。
償いと言えばマッサージ。マッサージと言えば償い。相手の身体を手で揉みほぐし、日頃蓄積させている疲労を取り除くマッサージ。その本質は、純然たる奉仕の精神。そこに、卑しい気持ちが入り込む隙間など皆無ッ! 断じて、俺が彼女の身体を合法的に弄れるから、などという下卑た考えのもとに提案したのでは無い! そんな事は一片の欠片も考えていないのだッ! 断じてなっ!!
「お主、マッサージができるのか? あれは多少なりとも訓練が必要と聞くぞ? 素人の者が施術をした場合、効果がないどころか、悪化する場合もあるという」
俺の提案に、いささか懐疑的な表情を浮かべるヒョウカ。
あれ? この世界におけるマッサージってそんなに大層なもんなの? 孫が祖父母に肩叩き券をあげるような感じじゃないの? 久しぶりに親孝行でもするかつって、肩トントントーンって感じじゃないの? 施術とか言われると、ものごっつハードル上がる気がするんすけど……でも大丈夫! だって俺、異世界ものの主人公だから!
「ふっふっふ、心配するなヒョウカ。俺のGod‘s handにかかれば、たちどころにキミは快楽の渦に飲まれる事だろう」
女性にモテるための要素はいくつかあるが、その中でもマッサージの上手さというのはかなり大きな存在である。女性というのは、当たり前だが体に触れられるという事に対して警戒心が高い。しかし! マッサージによってもたらされる快感が、その警戒心を薄めてしまう。最初は肩揉みから始まり、次は足裏へ、そして太もも、腰といった感じて、次々と身体を許してしまい、しまいには……あれ? 俺さっきマッサージは純然たる奉仕の精神とか言ってた様な? これじゃ奉仕じゃなくて精子の……ま、どうでもいいっか!
てなわけでマッサージと言うのは、女性を食いまくっているチャライケメンの常套手段なわけである! 俺は世の女性たちに警告したい、異様にマッサージが上手い男は皆、狼であると! そして、そんな狼に憧れた俺は、日夜マッサージの練習に明け暮れたと言うわけだ。その磨きに磨き抜かれた技術は、ついぞ日の目を見る事はなかったけどな……ちっくしょうぅッ!!
「……ケイよ、お主の目は何故ギラついているのだ?」
「それは気合を入れているからだ!」
「気合……マッサージとはそんなに気合を入れるものなのか?」
「当たり前だ! しっかりと気合入れて、真心を込めなければマッサージはうまくいかない!」
しっかりと気合を入れて、指先まで感覚研ぎ澄まし集中しなければ、相手を満足させるマッサージなど出来るはずもない。
「そう言うものなのか……?」
「そう言うものなのだ! とにかくさっさと始めるぞ。そこに座ってくれ」
俺は再びヒョウカの両肩に手を置くと、グッと押し込んでベットの脇に座らせた。
「ん、お主は酔うとなかなか積極的になるようだ」
「美しい女性を前にして、積極的になれない男は甲斐性無しのへなちょこさ」
俺もベットに上がって座らせたヒョウカ後ろに回り、膝立ちになって彼女の肩に手を添える。
「酒の力を借りず、素面でそこまで言えたのなら、妾も言う事無しなのだがな」
「俺は酔っていないぞ。これっぽっちも酔っていないぞ」
俺の言葉を聞いて、ヒョウカは呆れたような笑みを浮かべる。
「それは酔い人の常套句であろう。まったく……」
お? 何だこの『やれやれ、こやつには全く困ったものだ』的な言い草は? ちょっち俺ムカッときちゃったよ? こうなったら超絶マッサージテクで、ヒョウカをヒーヒー言わせてやる! 彼女が『もう降参! 勘弁してくれ!』って言っても止めてあげないんだからねッ!
ヒョウカを快楽で悶え苦しめる事を心に誓い、俺は早速肩揉みを開始する。
まずは、肩全体を軽く撫でて凝りの具合を調べてっと……んー? ちょっと肩に力が入っているな? 緊張してるのかな?
「ヒョウカ、もっとリラックスして肩の力を抜いてくれ」
「う、うむ。しかしケイ、お主の手つき、少しいやらしくはないか?」
「そんな事はない。今の俺はヒョウカの凝りをほぐす事しか考えていない。妖怪凝りほぐしと化している」
いきなりエロを前面に出す様なヘマは俺はしません! 最初はエロをグッと押し込み我慢して、誠意のみを持って接する。そして、然るべき時が来たならば、その時は……ぐへへぇ。
「……やはり少しいやらしい気もするが……まぁ、相手がお主ならばべつに良いのだが」
そんな事を言いながら、ヒョウカはスッと肩の力を抜いてくれた。
よしよし、それでは早速マッサージ始めちゃいますよ〜。どれ、ヒョウカの肩の凝り具合はどんな塩梅ですかなぁ〜? んん? おやおや? 意外と思っていた以上にこってるぞこれ?
「ヒョウカさんや? 最近、目の疲れや頭痛があったりしませんかね?」
「ん? あぁ、確かに少し頭の痛い日はある。しかし身体を動かすと痛みは引くからあまり気にしてはいなかった」
そりゃ運動すれば、血流が良くなってコリも少しは解れますからね。にしても、ヒョウカってまだ全然若いはずだよね? 直接に年齢は聞いてないけど、多分俺とさほど変わらないはずだ。なのに、この凝りようはちょっと異常な気がする。
あれかな? 胸がデカイからかな? いやでも、確かに大きいがこんな肩こりの原因になる程かと言われると、少し疑問に思ってしまう。ヒョウカの胸は、彼女のプロポーションの魅力を最大値にするベストな大きさとなってる。いやぁ本当に素晴らしい!! ……となると、この肩こりの原因は別に有るな。ここは異世界だから、パソコンやスマートフォンはないだろうし、運動不足って事も恐らくないだろう。
俺は、ヒョウカの凝りの原因を考えながらも、しっかりと彼女の肩を揉みほぐしていく。
「どうだ? 痛みは無いか?」
「うむ大丈夫だ。にしても、先程までは少し懐疑的であったが、お主本当にマッサージができるのだな。確かにこれは気持ちが良い」
「だろう? だが、まだまだこんなもんじゃ無いぞ? 本番はこれからだ」
今はまだ、筋肉を軽く揉んで暖めている状態だ。ヒョウカの肩凝りは、俺の想像以上だったから、しっかりと筋肉を暖めて柔らかくしないといけない。本当は肌とかを傷めないようにマッサージオイルが欲しいが、無いものは仕方がない、力加減に気を付けながら揉みほぐしていくとしよう。
しかし、この肩こりの原因が運動不足でも無いとすると、考えられるのは精神的なものだな。
「なぁヒョウカ」
「なんだ?」
「最近悩みとかは無いか?」
俺の質問に、気持ち良さげに目を閉じていたヒョウカがスッと目を開いて、首を捻って俺の方を向こうとする。
「どうしたのだ急に?」
「いやなに、これも償いさ。今なら出血大サービスで、何でも相談に乗ってあげるぞ? あ、あと顔は前を向いててくれ」
俺がそう言うと、彼女は『すまん』と言って顔を前に向け、そして少し考え込む。
「そうだな……悩みか……ふむ。最近の話だがな。一人気になる男がいてな?」
なぬッ!? 男だと!? それは一体どう言う男だッ!?
「ッ!? すまんケイ。少し痛い」
「おっと悪い。力加減をミスってしまった」
いかんいかん。心の乱れが出てしまった。
平常心、平常心だぞ俺。
「んで? その男が?」
「その男はな。ダンスがとても上手いのだ。それに武術もかなりできる」
ぐぬぬぬっ!! 何だそのクソイケメンチックな男は!? 最近の話って言ってたな、いつその男にヒョウカは出会ったんだ!? と、危ない危ない、また手に力が入りすぎていた。危うく彼女の肩を握りつぶすところだった。
「ほほう。そのヒョウカが気になる男ってのは、かなり優秀なようですな」
俺がなんでも無い感じで言うと、ヒョウカはクスッと笑いを零した。
「あぁそうであるな。確かにその男は今まで妾が出会った男の中で、一番優秀だな」
グワァー!! その男、ぶっ潰す!! 何処のどいつじゃいワレェ!!
「しかし、なかなかの奥手の様での? 妾がその男に体を寄せると、すぐに恥じらって妾を引き離すのだ」
バカなの? ねぇバカなのその男は!? ヒョウカから体を寄せられるとか、羨まし過ぎるだろうがよッオイ!
「そのくせ、その男は寝惚けていたなどと抜かしながら、妾をベットの中で強く抱き締めてきおるのだ。『抱き枕と勘違いしていた』などと言う訳の分からん言い訳をしてな」
はぁ〜!? ベットの中でヒョウカを抱き締めただとッ!? それもう確信犯だろッ!! 何が『抱き枕と勘違い』だ馬鹿野郎め!! 絶対バカだろその男! 嘘つくならもっとマシな嘘つけよ!そんな見え透いた嘘を……ん? 抱き枕? あれ? あれれれ? その男、俺知ってるかもしれな〜い。
「その男が妾の事をどう思っているのか、とても気になるのだが」
ヒョウカはそこで一旦言葉を区切ると、腰を回して上半身を俺の方に向ける。
うわっ!! ちょッ、ち、近い! ヒョウカの顔が近い!!
今までせっせと肩を揉んでいた俺の目の前に、ヒョウカの完璧に整った顔が来る。
「なぁケイよ。お主はその男をどう思う? 妾は是非お主の意見が聞きたい」
日本と北欧のハーフの様な顔立ち。日本人女性の様な少し幼さを感じさせる容姿と、北欧人女性の様な完成された美を思わせる大人っぽさ。その相反する二つが絶妙な具合で混ざり合って、なんとも言えない妖艶な雰囲気を醸し出している彼女が、顔を寄せて見つめてくる。その真紅の瞳には、いたずら小僧の様な光が宿っている。
「あ〜そうだな。うん、その男は……あれだな! バカだな!」
「ほう? お主もそう思うのか?」
ヒョウカはニヤッと口角を上げて、上目遣いで俺を見つめてくる。
「ならば妾はどうするれば良いと思う? ケイの意見を参考にしたいのだが?」
くそ〜妖艶魔王め!! ここでこんな攻勢に出てくるとは予想していなかった!
酔って無敵モードに入っているから、今夜はずっと俺のターンだと思っていたのにッ!!
あ、俺は酔ってないけどね!!




