第25話 人類最強とドワーフ娘
「じゃんじゃん酒ぇもぉってこぉ〜〜い!!」
「勇者殿のジョッキが空だぞぉー!」
「肉だぁ! 肉も持って来てくれぇ!」
いやぁ! 宴会最高ッ!! こんなに楽しい事を知らなかったなんて、俺は一体この17年間をどうやって過ごして来たんだ?
「俺、人類最強の勇者ことナロ・ケイはぁ! 今ここに怪獣をぶっ潰す事を誓いぃ〜! その証としてぇ〜、この酒を一気に飲み干してしんぜよぉ〜〜!!」
運ばれて来た新たな酒を手に持ち、俺は勢い良くテーブルに飛び乗ると、両腕を盛大に広げて高らかに宣言する。すると周りのドワーフ達が『良いぞ! 良いぞ!』と盛り上げてくれる。
マジで気分最高ッ!! ドワーフ達のノリの良さは心地いいですな!!
俺はまるで風呂上がりの牛乳を飲み干すかの様に、グイグイと酒を煽る。その様を見て、さらにドワーフ達は湧き上がる。
「ぷっはぁ〜!! おかわりぃ!!」
「ヨッ!! 酒豪勇者!! 世界一ッ!!」
どこからか聴こえてくる声援に、俺は『どうもどうも』と軽く手を振って答える。
「どっこいしょ!」
まるでおっさんの様な掛け声をあげながら、俺はテーブルから降りて自分の席に着く。
あれ? いつのまにか俺の酒が空になってるんすけど!? 誰か俺の酒飲みました? だれか酒くだせぇ〜哀れな勇者に酒のお恵みを〜。
「勇者殿の飲みっぷりは見ていて気持ちがいいものじゃな!!」
俺の目の前にスッと新しい酒が入ったジョッキが現れると共に、隣の人に話しかけられる。
「んあ? いえいえ、そんな褒められるほどのものじゃありませんですよ」
誰だこのおっさん? と思ったらオッソイのおっさんか。オッソイのおっさんってなんか語呂がいいな、マジウケるわ。
「ではでは勇者殿よ。儂と飲み比べでもしてみますかな?」
「よろしいでしょう。その勝負承りました!!」
オッソイのおっさんよ。俺は人類最強ですぜ? この体は女神様チートによって、いくら酒を飲んでも酔わない身体になっているんですぜ? いくらドワーフが酒に強くても俺に勝とうなんざ、100億年早いわ!!
「よしそれでこそ最強の勇者じゃ!! おい!! ここの席にありったけの酒を持ってこ…」
「いい加減にしてお父さんッ!!」
オッソイのおっさんの言葉が、何やら可愛らしい声で遮られた。
その声に敏感に反応した俺は、声のした方向に素早く顔を向ける。するとそこには、なんとも可愛らしいまごう事無き美少女が立っていた。
来たぁーーー!!! ドワーフ美少女ついにキタァーーー!! 予想通りちっさくてかわうぃ〜〜っ!!!!
その美少女は、少し頬を膨らませて怒った様な表情で、オッソイのおっさんを睨みつけている。
「もうお父さんったら!! こんなに勇者様を酔わせて! 何かあったらドワーフ族全体の責任になるんだよ! 分かってるの!」
んん? ドワーフの可愛いお嬢さんや? 俺は全然酔ってませんよ? えぇ、酔ってませんとも! これっぽっちも酔ってません!!
「そこの美しいお嬢さんや。俺はまだまだ飲めますよ? 酔うという事は人類最強の勇者である俺には、無縁の事象!」
「ほら、我が娘よ。勇者殿もこう言っておるのじゃ! よし! 酒を持ってこ…」
「いい加減にしろ言ってるだろうがクソ親父ッ!!」
最初よりもキツイ口調で言う美少女ドワーフ。しかも空のジョッキによる頭叩きと言うオプション付きだ。ふむ、なんとも痛そうである。ガゴッて音しましたよ?
「ぐぐぐぅ〜……我が娘よ。暴力はいかん。いかんのじゃ……」
「じゃあ一回で言う事を聞きなさい」
腰に手を当ててフンと鼻を鳴らす美少女ドワーフ。彼女はオッソイのおっさんを一瞥すると、俺の方に顔を向ける。
この子マジで美少女だよ。アリスやメリーに勝るとも劣らない顔立ちだよ。
鮮やかで綺麗な赤髪は肩口で揃えられていて、クリッとした愛嬌のある大きな瞳に、魅惑的にふっくらとした唇。それに何と言ってもそのプロポーションよ! ドワーフなだけあって、背丈は小さい。おそらく俺の胸辺りくらいしかない。なのに凄くでかい! 何がデカイのかと言うと、胸がデカイ! 絶対的な大きさでいうと、恐らくはアリスの方がデカイだろう。しかし、背格好を考慮した相対的な大きさで言ったら、このドワーフ娘に軍配があがるだろう。
小さい背丈なのに、魅力溢れるプロポーション。なんだろう、ロリとはちょっと違う。何が違うのかと問われるとはっきりとは言えないが、何となく別ジャンルな気がする。
あぁ、俺の新たな性癖が目覚めてしまいそう。変態度に磨きがかかってしまう。
「勇者様ごめんなさい。うちの父が調子乗って色々と」
「いえお気になさらずに。俺も楽しんでいますので」
俺がそういうと、少女はホッと安心した様な表情を浮かべる。
「そう言って頂けると助かります。あの、これをどうぞ」
そう言って少女は透明な液体が入ったグラスを俺に渡してきた。
ん? お近づきの印に一杯ってやつですか? いいでしょう! 一気飲みにて飲み干して見せましょう!!
俺は少女からグラスを受け取ると、一気に飲み干した。
少女からもらったものを飲み干した瞬間、スッと喉がリセットされた様な感覚が走り、モヤモヤフワフワしていた頭が、ほんの少しだけスッキリした。
「これは素晴らしいお酒ですね! まるで水の様に飲みやすい!」
そう俺が絶賛すると、少女は少し困った様な笑みを浮かべた。
「あの……それはお水です」
「……」
「……」
「なるほどッ! なるほどねッ!! つまりこれはwaterという事ですね!!」
「そう……ですね」
ふぅ、危ない危ない。なんとか誤魔化すことに成功したな。アルコールが入って俺の脳は今、思考が冴え渡っているのかもしれない。
「その……お水を飲めば、勇者様の酔いも少しは醒めるかと思いまして……」
おぉ! 可愛いのにこの気遣いができるとは! なんと素晴らしい美少女なんだ!
だがしかし、ここで彼女の誤解を一つといておかねばならぬ。
「素敵なお嬢さん、お気遣いありがとうございます。ですが俺はお酒には一切酔っていません。俺が酔っているのは……」
俺は目の前の彼女の手をスッと恭しく握る。
「あなたの美しさに酔っています」
キャ〜! 俺格好良い!! イケメンすぎて困っちゃうぅ〜っ!!
「こら勇者殿ッ!! 儂の可愛い娘を勝手に口説くでないッ!!」
「お父さんは黙ってて」
「いやしかし…」
「黙れ」
「……はい」
なんかこの父娘の力関係がはっきりとしすぎてません? でもまぁ自分の娘がこんなに可愛かったら強く出られませんよね。オッソイのおっさんドンマイ!
「勇者様、自己紹介が遅れてごめんなさい。私はこのオッソイの娘、エタラン・ゼータイ・スマンと言います」
お? オッソイのおっさんの娘なのに、二番目の名前が違うぞ? これは突っ込んじゃいけない複雑な家庭の事情がお有りなのですかな? まぁなんでも良いや!
「エタランちゃんっていうのか。良い名前だね。俺はケイ・ナロ。よろしくね」
俺はここぞとばかりに、渾身のイケメンスマイルを浮かべる。
「こちらこそ宜しくお願いします。皆さん私の事はエタって呼ぶので、勇者様もよろしければ私の事は気軽にエタって呼んでくださいね!」
はうっ! なんて気さくで良い子なんだ!! 眩しすぎて俺の目が眩んでしまいそうだっ!!
「我が娘はこう見えて、熟練の鍛治職人でもあるのじゃぞ? どうだ勇者殿凄いじゃろう?」
オッソイのおっさんが渾身のドヤ顔をしながら自慢してきた。
それを見た周りのドワーフ達は『エタちゃん自慢が始まったよ』などと言って、若干距離を取っている。
「我が娘はな! 数少ない『ルベ・トラーソ』の修復、調整のできる鍛冶師なのじゃ!! どうじゃ! 凄いじゃろう!!」
「もうやめてよお父さん! 恥ずかしじゃないッ!!」
頬をほんのり染めて、顔を俯かせるエタラン。
ほうぁ〜! かわうぃうぃ〜!! 恥ずかしがってるエタちゃん、かわうぃうぃ〜!! オッソイのおっさんグッジョブ!
「どうじゃ勇者殿! こんな完璧な可愛い娘を嫁にもらわんかね?」
「ちょッ!! お父さん!? いきなり何言ってるの!?」
なんの脈絡もなく爆弾を放ってきたオッソイのおっさんに、エタランはギョッとした表情をした。そんな驚きに満ちている表情もまた愛嬌があって良きである。
「是非とも貰いたいです!! お義父さん!」
「エッ!? 勇者様!?」
今度は驚愕の表情で俺の方を向くエタラン。その愛くるしい大きな瞳を見開いて、可愛いなぁ。
「勇者殿にお義父さんと言われる筋合いはないッ!! うちの娘はまだ誰にもやらんッ!!!」
「お父さんッ!! 言ってる事がめちゃくちゃよッ!!」
なんと! ここで二人の運命を引き裂く残酷な現実が立ちはだかるというのか!! だが俺は勇者! こんなところで立ち止まるわけにはいかない!!
「俺は絶対にエタランさんを幸せにしてみせるッ!! たとえこの身が朽ち果てようともッ!!」
「いや勇者様!? 朽ち果てちゃダメですよ!? 私の幸せよりも怪獣退治の方が大事ですよ!」
「勇者殿よッ!! その心意気や良しッ!! そこまで言うのなら、儂を倒していぐびぇ…」
「調子乗んなクソ親父!!! 良い加減にしろッ!!!!」
本日2度目の空ジョッキアタックが、オッソイのおっさんの頭部にクリティカルヒット。先程はガゴッって音がしたけど、今回はドゴって感じでしたね。いや〜大変に痛そうです。オッソイのおっさん、南無三です。
「うちの父が重ね重ね申し訳ありません」
エタランが本当に申し訳なさそうに、俺に対して頭を下げてくる。
「いやいや、俺も楽しんでるので大丈夫ですよ。それにエタちゃんがお嫁さんに欲しいくらいに可愛いのは事実だしね〜」
「っ!? も、もう勇者様ったら! お酒飲みすぎですよ」
お! 今までで一番エタちゃんの顔が赤くなったぞ? 本当に可愛いなぁ。頭撫でて、めんこいめんこいってしたくなっちゃうなぁ。めんこいってなんだっけ? 東北弁だっけ? まぁどうでも良いや。
「こら勇者殿!! だから娘を勝手に口説くでない!!」
「良い加減にしてよお父さん。もう宴会もお開きにするよ」
娘のその言葉を聞いて、オッソイのおっさんの顔が絶望で染まる。
「なにっ!? もうお開きじゃと!? まだ始まって数分じゃろうて」
その言葉に、エタランはハァという溜息と共に呆れた視線を父親に向けた。
「何惚けた言ってるのよ。もう外は真っ暗よ? 討伐隊の出発は明後日に決定したんでしょ? なら勇者様も遅くなり過ぎる前に帰してあげないと」
なにぃ!? 外はもう真っ暗だと!? そんなはずは無い。だって俺がここにくる時は、まだ夕方にさえなっていなかったと言うのに、それが真っ暗だと?
俺はそれが事実か確かめるために窓へと目を向ける。
「うそ……だろ……?」
「なんと……真っ暗じゃ……」
オッソイのおっさんも同じ様に窓に目を向けて、その現実に絶望していた。
「ほらほら、片付け始めるわよお父さん。あ、勇者様には城のメイドさんに話をしておいたので、もうすぐ迎えが来ると思います。それまでゆっくりとしていてくださいね」
エタランはニッコリと笑いながらそう言い残すと、オッソイのおっさんを引きずる様にして去っていった。
去り際にオッソイのおっさんが『また! また飲みましょうぞ!! 次こそは飲み比べを!!』と叫んで、その後すぐエタランに頭を叩かれていた。
しばらく俺は騒々しい宴の中で、一人ボーとしていると、やがてメイドの人がやって来て、俺を部屋まで連れて行ってくれた。
この時に驚いたのだが、俺は気がついたら自分の部屋に戻って来ていた。どうやって宴会会場からここまで戻って来たのか、一切の記憶がないのだ。
ふむ、どうやら俺は無意識に転移魔法で帰って来てしまったよだな。チート魔法を無意識に使ってしまうとは、俺の才能は恐ろしいばかりだ。
しかし、その転移魔法を使った副作用なのだろうか? すごく体が重くて、とても眠い。このままベットに倒れ込んだら、即寝落ちできる自信がある。よし、即寝落ちしてしまおう、寝てしまおう、そうしよう。
確固たる意志を持って、俺がベットに倒れこもうとした時、扉をノックする音が聞こえて来た。
んもう! なんだよ良いところだったのにぃ〜!
不満をたれる俺、しかしノックの後に続く声を聞いて、俺の不安は宇宙の彼方にぶっ飛んでいってしまった。
「ケイよ妾だ。約束どうりに来たぞ。入っても良いか?」
そういえば今夜はヒョウカが来るって言ってたんだったッ!!!




