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第23話 人類最強と森の教会

 ボケ〜っと上の空のまま、俺は王城内を彷徨う。

 脳内ではヒョウカに言われた言葉が、グルグルと延々回っている。


『今夜はお主を癒しに行くつもりだが、逆に妾がお主に癒されるかもしれぬな』


 考えれば考えるほど、この言葉の内容ヤバくね? 『癒しに行くつもりだが』って、癒しってなんですか? 俺はどうやって癒されちゃうんですか? これってもしかして……18禁的展開ですかッ!?


 俺の脳内妄想が、爆発的加速度で膨らみ始める。しかし、それを高スペック理性がなんとか抑え込む。


 いやいや、落ち着け俺。クールに行こうぜ。そう、俺は鈍感難聴系主人公を演じているが、本当に鈍感で難聴な訳ではない。今までの彼女の言葉を思い返してみろ。そこから今夜起こりうる出来事を推察するのだ。


 俺はあてもなく彷徨っていた足を止め、腕を組みながら目を閉じ、記憶を掘り返してみる。


 ヒョウカは言っていた。俺が眠れないのはヒョウカを抱き枕にできなかったからだと。……ん? うん、あと前にヒョウカは、俺から何かされたとしても嫌なことは無いとか言っていたな。……んん?? そういえばその後に、味見をどうとかって言って迫ってきたな。ふむこれらの言動から察するに、ヒョウカは俺に対して、少なからず好意を抱いているのではなかろうか? だって嫌いなやつ相手にスキンシップを取ろうとはしないからな。女という生き物は、とても残酷なのですよ。でもまぁ、幸いなことに彼女は俺に対して拒絶反応は示していない、むしろ積極的に接触を試みている気さえする。つまりだ………………これ絶対18禁展開やッーーー!!!!


 妄想爆発。ここが漫画の世界だったら、俺は鼻から景気良く血をぶっ放して空高く吹っ飛んでいたことだろう。しかしここは現実、よって俺の出血性ショック死はどうにか免れる事ができた。かわりに心臓がバクバクし過ぎて、これはこれでショック死しそうですけどね。


 とりあえずは深呼吸だ。落ち着くんだ俺。今ここであれこれ考えても、ただモンモンムラムラするだけだ。それでは俺の繊細なハートがもたない。ここは取り敢えず、何か気でも紛れる事をして、夜の到来を待つとしよう。……早く夜来ねぇーかなッ!


 完全に夜の事に気を取られて、心ここに在らず状態で王城内を練り歩いていると、中庭っぽいところに出た。


 つーかこれ、庭ってよりかはどっちかというと森だな。なんか普通に樹が生えてるし、やっぱすげぇな王城。金持ちの感性は、庶民の俺には理解できませんわ。庭は普通、綺麗な花を植えるところだろ。チューリップとか向日葵とか、あと黄色いもさもさっとしたやつとか、白い花がダランとしてるやつとかさ。


 そんな感想を持ちながらも、俺は何となくその森のような庭へと足を踏み入れてみた。


 こういう敷地内にある森ってなんか神秘性を感じちゃうのよね俺。なんかジ◯リ的なものを感じるじゃん? 素敵なことが起こりそうじゃん?


 俺は小さく『あっるっこ〜う♪ あっるっこ〜♪』と口ずさみながら生い茂った木々の隙間を歩み進めていく。

 すると程なくして開けた場所に出た。そこに静かに佇む、一軒の建物。


 ん? あれは教会か? なんでまたこんな場所に教会が?


 森の中に突如として現れたそれは、白を基調とした建物で、木製の両扉の上には円形のステンドグラスがある。雰囲気はまさしく教会のそれだ。


 木漏れ日に照らされた教会、ふむなんとも神秘的だな。はっ!! 教会……てことはシスター! これは新たなヒロインとの出会いイベント!!


 俺の脳内では一瞬にして、修道服を着た美少女がモデリングされていく。


 こんないい感じの雰囲気を醸し出している教会だ。さぞかし綺麗で可愛いシスターがいるに違いない! それならば、俺がこの教会に入らないという選択肢があるのだろうか。いや、無いッ!!


 俺の中で、目の前の建物は既に教会ということで決定している。そして、そこにいるのは修道服を着た美少女であることも信じて疑わない。

 もはやスキップでもしそうな軽い足取りで、俺は教会っぽい建物の前まで行き、躊躇することなく扉を押し開けた。


 建物の中は、俺の予想通り教会のようなつくりをしていた。正面には、横に6人くらい並んで座れそうなベンチが5列ほど並べられていて、一番奥は少し高くなっていてそこに祭壇らしきものが設置されている。


 ビンゴ! やっぱりここは教会で間違いなし! さてさて、美少女シスターは何処にいるのかな〜。


 辺りをキョロキョロと見渡していると、祭壇の脇にある扉がガチャっと音を立てた。


 よっしゃー! 美少女シスターとの感動ご対面だ!


 俺は心躍らせて、開いた扉の方へ勢い良く視線を向けた。


「………………………………ッチ」


 おおう、俺今までの人生の中で初めて本気の舌打ちしちゃったよ。思わず出ちゃったよ。でもさ、しようがなく無い? だって、美少女を期待して視線を向けたら、そこにいたのはヨボヨボ皺くちゃのお爺さんでした。ってなったら舌打ちの一つや二つしたくなるってもんですよ。


 てな訳で、俺の期待した美少女ではなく、枯れ果てたような小柄なお爺さんが、俺の方へとゆっくりと近付いてきた。


 はぁーぁ。これが美少女だったら、胸がドキドキのバラ色空間になっていたのに、この爺さんのせいで、俺の心は今、木枯らしが吹いちゃってますよ。もうビュービューですよ。なんつーか、この異世界は、ちょくちょく俺の期待を裏切ってくるスタンスなんすね。


「そなたは、もしや……勇者様でいらっしゃいますかな?」


 俺の近くまで来た老人が、さっと俺の全体を見渡してから尋ねてきた。


「えぇ、俺は先日この地に召喚された勇者。名をケイ・ナロと申します」


 ふむ、なんか自分のことを勇者っていうのは、小っ恥ずかしいな。暇な時に良い感じで格好良い自己紹介文でも考えておこうかな。てか、この爺さんよく俺が勇者って分かったな。やっぱ俺から勇者としてのやんごとなきオーラみたいなのが溢れ出てんのかな? ふふ、自分のカリスマ性が怖いぜ。


「おぉ! やはり勇者様でしたか。わざわざこのような場所にまで足を運んでいただき、恐悦至極でございます。私、名をラースと申します。恐れ多くも、この教会の司祭を務めさせて頂いている者です。して、勇者様はどのような要件でこちらへいらしたのですかな?」


「え? あ、いや……要件というか、その辺適当に歩いてたら、たまたまと言うか……たんなる気まぐれというか……」


 爺さんの問いかけに、俺の答えはしどろもどろになってしまう。


 だって、ジブ◯っぽい雰囲気と美少女シスターの可能性に惹かれて来ました。って言えないじゃん? そんな事ストレートに言ったら、この爺さんブチ切れてテンション爆上げになって、そのまま天に召されちゃいそうなんだもん。マジでこの爺さんおいくつなの? 軽く100歳は超えてるよね絶対に。


「えと、森の中で静かに佇むこの教会に何処か神聖なものを感じまして、惹かれるように訪ねてしまいました」


 俺、嘘はついてません。

 修道女さんも神に仕える人だからね。神聖な存在であることに間違いない、と思う。


「おぉ! ならばこの出会いは、偉大なる神によって導かれたものなのですな」


「……そうかもしれませんね」


 ふっざけんじゃねぇよ! こんな枯れ果て爺さんとの出会いなんて導かれたくねぇわ! 美少女シスターとの出会いならまだしも、こんな男同士の出会いなんて誰も求めてませんよって。これが神のお導きとかだったら、マジでその神ナンセンスだわ。ホモの神じゃねぇのかよ、じゃなきゃ美少女シスター寄越せっ!!


 俺が内心で、神様に本当に聞かれたら天の裁きとかで消滅されそうな罵詈雑言を吐き出す。


「勇者ケイ様。貴方様はこの教会に惹かれたと言いましたな?」


「え? あ、はい。そうですね」


 心の中で愚痴っていたら、だんだん楽しくなってきて。文句を垂れ流すことに夢中になっていた俺は、爺さんの問いかけに対して、反応が遅れてしまった。


 Yo! yo! 俺が望むは美少女との交会。でも目の前の現実に俺後悔。爺さんに妨げられる本懐。俺の夢敢え無く損壊。爺さんに問う、この妨害、損害、どうしてくれるんかい? yeah〜!!


 ふむ、テンション上がると愚痴がラップになってしまうのは、人類の謎の一つだな。


「この教会に惹かれたということは、貴方様の中には恐れがあるかもしれません。神の助けに縋りたい、そういう気持ちが有るのかもしれませんな」


「あ〜、そう……でしょうか?」


「良いのですぞ勇者ケイ様よ。そなたは勇者。しかも人類最強の勇者であられます。弱さを見せる事は憚られるでしょう。しかし、神に縋ることは弱さではありませぬ」


「は、はぁ」


 なんか始まっちゃいましたよ。爺さんの説法モードがオンになっちゃいましたよ。


「神は創造主であられます。空も山も海も川も、生きとし生けるもの、その全てが神の手によってお創りになられました」


 ほいほい、偉大ですね神様は。世界を創っちゃうとかマジぱねぇっすわ。もう神様は創作意欲の塊ですね。

 そういえば俺の元の世界でも、世界は神によって創造されたって話があったな。確か6日間で世界を作って、んで7日目に世界作っちゃったよ! バンザーイって宣言したとかなんとか。だから1週間は7日間で、世界完成記念日の日曜日は休日なんだっけ?

 いや〜、神様の偉大さはスケールがでかすぎてよく分かんねぇわ。でも取り敢えず尊敬。マジ神リスペクト。


 そんな適当な事を俺が考えているとは、露ほどにも思っていないであろう老人は、止まる事なく話を続けている。


「万物の主人たる神に縋るのは決して恥ずべき事ではありませぬ。ましてや勇者様は『怪獣』と相対する定めを背負っておられる御方、神を求めるのはもはや必然で御座います」


「あ〜、いや別に俺そこまで怪獣が怖いってわけじゃ……」


「おぉ!! あの『怪獣』を恐れぬとは、さすが勇者様ですぞ! 素晴らしい胆力!」


 ヤッベ。なんか爺さんのテンション上げちゃった。ますます面倒臭い感じになりそうだな。


「しかし、『怪獣』とは神がお造りになったこの世界の理から外れた存在。その力は、たとえ『世界の祝福』を受けている勇者様であられても、脅威となられますぞ」


「えと、ご忠告有難うございます。あなたの言葉、しかと胸に刻んで戦いに挑ませて頂きます。それでは俺はこの辺でお暇させて頂きます。また機会があればお会いしましょう。それでは」


 俺はちょっと強引に話を切り上げると、老人に対して軽く会釈をした後に踵を返して教会の出口へと向かう。


 うーむ、この強引な別れ方は爺さんに対して失礼になっちゃったかな? ……ま、いっか! どうせこんな教会に来ることなんて無いしな。美女または美少女がいない場所に訪れる必要性は皆無ですからね。だったら、これ以上爺さんの長話に付き合う必要も皆無! よって俺が立ち去るのも必然。さっさとこんな場所立ち去って、次なるヒロイン遭遇イベントの為に移動せねば。アディオス爺さん!


 俺はそそくさと扉を押し開けて、教会を後にした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 勇者が立ち去った後も、老人はジッと扉を見つめ続けていた。そんな彼に、奥の部屋から現れた人物が声をかける。


「ボステル司祭様、誰かいらしていたのですか?」


 その声に、老人は振り返る。


「うむ、今しがたまで勇者様がな」


「まぁ、勇者様ですか?」


 驚きの声を上げる人物に、老人はスッと視線を向ける。


 もしここに先ほどの勇者がいたら、それはもう瞳をハートに変えて妄想ダダ漏れにする程の美女が、老人の前に立っている。


「それで、勇者様は如何でしたか? アレを倒せそうでしたか?」


 美女は魅力的な唇の端を少し上げて、老人に問いかける。


「如何であろうな」


「あら、『世界の祝福』を受けている勇者なのに」


 その言葉に老人はフンと鼻を鳴らした。


「祝福とはよく言ったものよ。実際はそんな綺麗なものではなかろうて。それに……」


「それに? なんですの?」


 美女が小首を傾げると、絹のように滑らかな髪がサラサラと流れる。


「ふむ、『怪獣』それすなわち人類の業。我らはそれを受け入れ、滅びるべきやもしれぬ。勇者召喚など、さらに業を深めるも同然」


「恐ろしい事を言わないでくださいボステル司祭様。きっと勇者様がすべての怪獣を打ち倒してくださるはずです」


 美女は、全てを魅了してしまいそうな美しい笑みを浮かべて言う。しかし、老人は顔を俯かせる。


「勇者にとってこの世界は、縁もゆかりもない世界。その世界が魅力ないものと分かれば、不安は募り、それはやがて怒りとなり、その刃は我らに向くであろう」


 老人は暗く低い声で言う。しかし、それとは正反対で、明るく弾むような口調で美女は言う。


「大丈夫ですわよ司祭様。わたくしが思うに、勇者様は、彼はその刃をこの世界には向けません。向けられません」


 そう言う美女の表情は、まるで恋する乙女のように、夢見心地のような表情であった。

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