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第22話 人類最強と空中戦

 耳の横でゴウゴウと音を立てて、風が凄い勢いで流れていく。その風切り音を聞きながら、俺は首を左右に振り標的を探す。しかし、その標的をなかなか見つけられず、俺の中に小さな焦りが生じ始める。一度冷静に周辺を良く観てみようと、地面と平行になっていた態勢をグッと起す。


「くっそう、全然見つかんないな。どこにいったんだ……」


 そう俺がぼやいた矢先、自身の上空で僅かに風を切る音が聞こえた。

 俺は瞬時にその音に反応し、直感に従って後ろに移動した。咄嗟の判断だったので、魔力を込めすぎてしまい、飛行魔道具『ルベ・トラーソ』の胴体部分が、えげつない速度で俺の胴体部を運ぶ。慣性の法則に従って置いてけぼりにされた俺の四肢は、胴体に引っ張られるように前に突き出された格好になってしまい、首もグイッと変に突き出される。


「ぐぇッ」


 まるで踏まれたカエルの様な声を上げながらも、俺は自分が元いた場所に素早く目を向ける。

 そこには、上空から地面に向かって猛スピードで飛行するヒョウカが目に入る。もし俺が後方に避けていなかったら、もろに彼女のタックルを喰らっていたであろう。


 いや、ここはあえて喰らっとくべきだったのかな? 俺に向かって熱烈に向かって来るヒョウカをガシッと俺が抱きしめる。……最高ですねこれ! フハッハハ! やべ、テンション上がってきた!! …………いやいや、そんんこと考えてる場合じゃないな。訓練に集中しないと。


 俺は首を素早く左右に振って邪念を振り払うと、やっと姿を捉えた標的を一目散に追い掛ける。


 先程の失敗から学び、一部の甲冑に魔力を込めるのではなく、腕と胴体、下半身の甲冑に満遍なく魔力を注ぎ込むことによって、爆発的な加速度で機動しても体への負担は思っていたよりも少ない。


 あっという間にヒョウカの後ろに付いた俺は、ニヤッと口角を上げる。


「背後を取ったぞヒョウカ」


「ほほう『ルベ』を使ってまだ数分で妾の背後を取るとは、さすが勇者だな。しかし、まだ甘いぞケイよ」


 ヒョウカはそう言って、背後の俺に不敵な笑みを向けてきた。途端、彼女は急激な減速とともに後方宙返りの動きをする。

 急制動をかけたヒョウカの機動に反応しきれず、俺は彼女を追い越して前へと出てしまった。


 って、今のヒョウカの動き、俺がやろうと思ってたマニューバじゃん!! クルビットじゃん!! ……戦闘機がやるとカッケェスゲェ! ってなるけど生身の人間がやると、ただの空中バク転だな。まぁ生身の人間が飛んでる事自体がカッケェスゲェ! 状態なんですけどね。


「どうだ? 立場が入れ替わったぞ?」


 背後からなんとも得意げな表情でヒョウカが声をかけて来る。


 くっそう! ドヤ顔可愛いな、おい!! でも悔しい!


「舐めんなよ!」


 俺は叫ぶと同時に、見よう見まねで先程のヒョウカの動きを実践した。


 先ずは減速、と同時に上体を起こしてその流れのまま足を振り上げる。全身のバランスを崩さない様に注意しながら、今度は上体を下降させる。と、ここで間髪入れずに上体を上昇に切り替えて、同時に下半身を下降させる。って、この動きそれぞれの『ルベ・トラーソ』に対する魔力制御がえげつないな! ひとつでも間違えたら錐揉み回転すんぞこれ! でも、これで……。


「どうだヒョウカ! これでまた俺が背後を取ったぞ!」


 決まったぜ秘技『クルビット返し』

 いやぁ、見よう見まねであんな複雑繊細な魔力制御を要する動きが出来ちゃうなんて、やっぱ勇者チート半端ないないな。ロシアのスホーイもびっくら仰天の高機動ですよ。女神様に感謝感激です。


「ほほう。あの動きをここまで完璧に模写されるとは、さすが勇者であるな」


 俺に対して素直に賞賛の言葉を送るヒョウカ。しかしここで、彼女はニヤッと不敵な笑みを浮かべる。


「がしかし、背後を取っても油断は禁物だぞケイよ」


 俺がヒョウカの不敵な笑みに心奪われていると、彼女が急にクルッと体の向きを俺に向けた。それと同時に急制動をかける。


「ーーぬわっ!!」


 今まで結構なスピードで進んでいたのに、そこで急にヒョウカが減速したものだから、当然のように俺は彼女に激突しそうになる。


 あのね、いくらチート能力で反射能力が上がっててもね、限度ってもんがあるんですよ。限度ってもんがね。

 いやまぁ…………ぶっちゃけちゃうと、避けれたんすけどね。避けれたんすけど、避けたくない自分がいたというか、このまま突っ込めば、みんな大好き不可抗力で、好みどストライクの女の子に合法的に抱きつけるチャンスな訳ですよ。


 というわけで、俺はヒョウカの動きに対応しきれず、彼女と接触してしまった。

 ヒョウカとぶつかった瞬間、俺は勇者の反射能力をフル稼働して、あくまでも衝突の衝撃で仕方がなく、といった感じで彼女を抱きしめる。


 俺は今、ヒョウカを抱きしめている!! 圧倒的に抱きしめている!! 感激!!


 お互いに甲冑を身に纏った状態であるので、抱きしめた瞬間にガシャンとなんとも無機質な音が響いたが、今の俺にはその音さえも、挙式している教会の鐘の音に聴けてしまう。…………変態、ここに極まれり、だな。


 ヒョウカという美少女を抱きしめている感動と、自分が内に秘めたる極められた変態度に対して、若干の危機感を抱く。そんな俺の目に、満面の笑みを浮かべたヒョウカが映った。


 あぁ、この至近距離でその笑顔はダメですよ。俺の思考が宇宙の彼方へとぶっ飛んでしまいますで。


「ふふ、妾の勝ちだな」


 ウンウン、そうだね。何者もその笑顔には、勝てないよ。勝てるわけがな……い? ん? 俺達って何か勝負してたっけ?

 僅かに現実に戻った俺の思考に浮かぶ疑問。それは、彼女が俺の目の前に白い布をかざした事で、解決される。


「あ……」


 俺はおもむろに自分の腰に視線を向けると、そこに挟まっているはずの白い布が、無くなっていた。


 ヤッベェ! ヒョウカに抱きつくことに必死すぎて、勝負のことすっかり忘れてたッ!!


 俺たちは今、飛行魔道具の訓練としてお互いが腰に付けた白い布を奪い合う、という訓練の真っ最中でした。


 完全に訓練の事忘れてましたわ。忘却の彼方でしたわ。いやでも、これでヒョウカの満面の笑みが至近距離で観れたのだから、俺としては勝ちも同然だな。あれだ、試合には負けたが、勝負には勝った! とかいうやつだな。だから俺は全然悔しくなんてない!


「ふむ、ケイよ。お主は確かに見事な魔力制御で、よく『ルベ』を操っていた。見事であったぞ。さすがは勇者だ。しかし、妾に勝つには少しばかり力が及ばなかったようであるな」


 うん、悔しくなんてありません。全然悔しくなんてありませんとも?


「先日の手合わせでは妾はお主に、手も足も出なかったが、こと空中戦においては、まだ妾の方が一枚上手だったという事だな」


 く、悔しくなんてないぞ。むしろこんなに勝ち誇ったヒョウカの笑顔が見れて、俺は幸せなんだ。そう、幸せなんだッ!!


「まぁ、お主は今日初めて『ルベ』を扱ったのだ。焦る必要はないぞ? お主には才能がある。すぐに妾など追い抜いてしまうだろう。……今はまだのようだがな」


 く、くく、くくぅ、くくくぅぅ〜…………悔しいですッッ!!!


 なに! ヒョウカがめっちゃ煽ってくるんすけど! 慰めているようで、実は挑発してきてるんすけど!? そんなに俺に構って欲しいの? 可愛すぎかよ! ムカつくくらいに勝ち誇った笑顔浮かべちゃってさ!! それがまた、たまらなく俺の心を惹きつけてやまないんだよ!! 負けず嫌いで勝気な女性、俺は結構好きです。


「そうだね。今はまだ、俺の力じゃヒョウカには勝てないみたいだよ」


 ふふふ、この勝負はおとなしく負けてあげよう。


「でも俺は勇者として強く在らなければならない。だから、たくさん修行を積まないとな。もう一度、俺と勝負してくれるかい?」


 次は絶対に負けない。ぜぇったい負けないもんねっ!!


「そうだな、よかろう。お主が望むならいくらでも相手になるぞ」


 俺の再戦の申し込みに、ヒョウカは二つ返事で了承した。


 それから俺たち二人は、4回ほど勝負をした。結果は最初の勝負も入れると俺の2勝3負、僅差で負け越してしまった。


「ふふふ、今日1日でここまで上達するとは、圧巻であるなケイよ。妾を超える日も近いであろうな。まぁ、今日ではなかったようだが」


 ぬごぉーー!! 悔しい!! あともうちょっとでヒョウカに勝ち越せるのに! 最後はコツ掴んできて二連勝できたのに!! 無念です!!


 俺は「ぐぬぬぬッ」と歯を食いしばり、空を見上げた。

 ヒョウカと一緒に、飛行魔道具『ルベ・トラーソ』の訓練を始めた時は、地平線から顔を出したばかりだった太陽が、今はもうてっぺんを少し過ぎた辺りまで来ていた。

 さすがに空腹感が大きくなってきた俺とヒョウカは、ここで訓練を止めることにした。

 俺の本心としては、空腹そっちのけで、俺が勝ち越すまで勝負を挑み続けたいところだったのだが、生憎と、この『ルベ・トラーソ』という魔道具、消費魔力がえげつないのだ。序列一位であるヒョウカの魔力量をもってしても、連続飛行時間は約30分ほど。燃費を気にして飛べば50分は持つかな、といったところだ。

 なので、今日の訓練にまわせる魔力量は、ヒョウカにはもうないとのこと。ちなみに俺の魔力量だと、一時間くらいは連続飛行は出来そうである。うん、やっぱり勇者チートはこのくらい優遇されてないとね。


「それではケイよ。妾は討伐隊編成の仕事に戻らねばならない。また今夜会おう」


「あれ? 討伐隊編成の会議はもうないんじゃないのか?」


 朝、最初にあった時にそんなこと言ってた気がするだけどな。


「うむ、会議はもうない。だがそれ以外のやらねばならない事が山程有るのだ。これでも序列一位であるからな妾は」


 少し疲れた表情を浮かべながらヒョウカは、ウンザリとした口調で言う。


 うん、なんか今まで見た感じヒョウカって、事務仕事向いてなさそうだもんな、一時間以上机に黙って座っていたら、ウガァー! って叫び出しそうだもん。


「それは俺は参加とか手伝いはしなくていいのか? ほら、俺はヒョウカのパートナーとやらなんだろ?」


「申し出はありがたい。だが今のところお主の手伝いは必要ないのだ。今は、討伐戦の時に完全に力を発揮できるよう、コンディションを整えておいてくれ」


「そうか、わかったよ。討伐隊編成の仕事、頑張ってな」


 そう俺が労いの言葉をかけると、ヒョウカは憂鬱そうにゆっくりと頷いた。


「ふむ、今夜はお主を癒しに行くつもりだが、逆に妾がお主に癒されるかもしれぬな」


 ヒョウカはそう言い残すと、重い足取りで演習場を去っていった。

 その背中を見届けてから、俺も演習場を出る。


「お腹すいたし、取り敢えず食堂に向かってみようかな」


 空腹を訴える腹をさすりながら、食堂を目指そうとした時、ふと先程のヒョウカの言葉がフラッシュバックした。

『今夜はお主を癒しに行くつもりだが、逆に妾がお主に癒されるかもしれぬな』


 んん?? 今思えばあのヒョウカの発言って、結構な爆弾発言じゃね? 今夜? 俺を? 慰める? ……ほえぇぇぇ〜〜!!! そういえば、朝にあった時に、俺が眠れなかったのはヒョウカを抱き枕にできなかったからとか何とか、訳わかんない事言ってたな。…………え? もしかして今夜ヒョウカくるの? 俺の抱き枕にされるのにくるの? やばい、想像したら鼻血出てきそう。

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