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第20話 人類最強、空を飛ぶ

「ふぁ〜〜ぁぁ……寝みぃ……」


 俺は王城の、何処ともしれない廊下を当ても無くフラフラと歩いていた。


 さっきから欠伸止まんないんすけど? 俺の体はどんだけ酸素を欲しているの? この欲しがりちゃんめ。くぅ〜、早朝の陽射しが寝不足の眼球に染みるぜ!


 昨日、浴場で起きたアリスとのエロハプニングの後、俺は眠れない夜を過ごした。


 えぇ、そりゃあもう悶々とした夜を過ごしましたよ! あんな事があった後に、すやすや眠れる方がおかしい!


 といっても、この異世界には寂しい男の強い味方であるティッシュという物は存在しない。そして、大変ありがたい事に、ベットのシーツ等は毎日優秀なメイドさんが新品に変えてくれる。よって不用意に汚す事も出来ない。つまり、悶々とした欲求不満を発散できない。


 シーツとかズボンを汚して、それをメイドさんに発見されて『あらあら、まぁまぁ』なんて顔されたら、俺はもう羞恥で生きていけません! 恥ずかしさのあまり俺のチート能力が暴走して、この王都を火の海に沈めていたかもしれない。

 つまりは、俺は強靭な理性を駆使して王都を守ったのである。本当に俺は勇者の鑑だな。


 寝不足でぼーっとしている頭で、そんな阿呆な事を考えていると、不意に背後から声を掛けられた。


「おや? ケイではないか。こんな場所で何をしているのだ?」


 その声が聞こえてきた瞬間に、モヤモヤとまとまらなかった俺の脳内が、一瞬でクリアな状態に覚醒した。

 バッと勢いよく振り返ると、そこには朝日に照らされた一人の少女が佇んでいる。

 お尻辺りまで伸びた、艶やかで癖の無い黒髪。女性の理想を体現したかの様な神プロポーション。北欧人の様などこか儚げな美しさを持ちながらも、馴染みのあるお淑やかな日本人女性の雰囲気も持っている、ハーフ的な顔立ち。そして、俺の視線を惹きつけて止まない、真紅の瞳。


 俺の理想を完璧に再現された、奇跡の少女が柔らかな微笑みを向けてくる。


「ヤ、ヤァ。おはようヒョウカ」


 やばい! 背後からの不意打ちに、若干声が上ずってしまった。

 くそぅ、寝不足で弱っているところを急襲してくるとは、卑怯なり魔王!


「うむ、おはよう」


 グッハァ!! 可愛いぃ! 『おはよう』の挨拶を返されただけで、俺の心が幸福感で満たされていくぅ! 今この瞬間に死んでも、俺は一切の悔いがありません!

 てか、朝日に照らされながら、微笑みを浮かべるヒョウカが美しすぎる! もう芸術の域ですよこれは? 朝日マジでグッジョブ! 今日も昇ってきてくれてありがとう太陽、ビバサンライズ! これからもヒョウカを照らし続けてください。


「どうしたのだケイ? 少し目が潤んでいるぞ?」


「いや、ちょっとな。この世の奇跡を目の当たりにして、感動の涙が……」


 朝日に照らされながら、小首を傾げるヒョウカ。これはもう女神も同然です。いや、魔王なんだけどね。


「何を訳の分からん事を言っているのだ。寝惚けているのか?」


 クスッと笑みを浮かべ、拳で口元を隠すヒョウカ。

 はい可愛い、もう可愛い、ほら可愛い。何なのこれ? もうどうしたらいいの俺? 辛いです。目の前の女の子が理想すぎて、辛いのです。


「それで。最初の質問に戻るが、ケイはこんな所で何をしていたのだ?」


「あぁ、いや。特に何か用事があった訳じゃ無いんだ。なかなか上手い具合に眠れなくてね。こうして朝早くに目が覚めてしまって、当ても無く王城内をフラフラと散歩をしていたのさ」


「そうか、それでこんな何も無い王城の外れにいたのだな」


 俺の説明を聞いて、ヒョウカは納得した様に頷いた。


 適当にフラフラと歩いていたけど、どうやら俺は王城の外れまで来てしまっていたらしい。意外と城の中って階段やら廊下やらが入り組んでいて、ボケっとしているとすぐに方向感覚が無くなるんすよね。これも、敵に攻め込まれた時の防衛機能なんでしょうかね? 王城内にまで攻め込まれている時点で、もう詰みな気もするんすけどね。


 そんな事を考えていると、不意にヒョウカがニヤッと口角を上げた。


 あ、これヤバイやつだ! 何か仕掛けてくるぞ。エロ魔王モードのスイッチが入ったぞ。


 俺は彼女の、妖艶で美しいが警戒が必要な笑みに、さっと身構える。


「ふむふむ、なるほど。どうやら妾は、そなたに謝らないといけない様だな」


「え? ヒョウカが俺に? どうしてだ?」


 彼女が俺に謝らないといけない理由が、皆目見当がつかない。


「昨夜そなたがよく寝付けなかったのは、妾を抱き枕にできなかったからであろう?」


 とんでも無い事を言い出したな、この魔王様は。

 逆に昨日の夜にヒョウカに来られていたら、その時こそ俺は獣と化して、内に秘められた欲求不満を全て彼女にぶつけていただろう。そして、大人の階段を三段飛ばしくらいで駆け上がっていたに違いない。


「昨夜は討伐隊編成の会議が長引いてしまってな。そなたの所に行けなかったのだ。寂しい思いをさせて申し訳ない……」


 本当に申し訳無さそうに、そして許しを請うかの様に上目遣いで俺を見つめてくる。


 ぐうぅ! あざとい! 物凄くあざとい! でも可愛い!! 彼女になら俺は、騙されようが何されようが全てを許してしまいそうである。


「いや、別に寝付けなかったのは、ヒョウカを抱き枕にできなかったわけではなくてだな。ただ単に…うぐぅ!」


 さすがにヒョウカに対して、ムラムラして眠れなかったとストレートに言う訳にはいかないので、さりげない言い訳を交えながら、彼女の抱き枕攻撃をかわそうとしたが、言葉の途中で唇をヒョウカの人差し指で遮られてしまった。


 ほえぇ!? どゆことですかこれは!? 彼女の人差し指が、俺の唇に触れてるんすけどッ!? 何これ超常現象!?


 突然の出来事に、俺の脳内は早速パニックを起こす。

 そんな俺の隙をついて、ヒョウカはスッと俺に体を寄せてくる。


 ほげぇぇ!! なになになに!? 何起きてんのマジで!? え? 近くない? ヒョウカさん近くない? 俺の視界がヒョウカで一杯なんですけど! 今の俺世界で一番幸せな男かもしれない。


「でも安心して欲しいケイよ。討伐隊編成の話は一通り終えた。つまり会議はもうない」


 ここでヒョウカは、俺の胸板にそっと掌を添え、妖艶な微笑みを浮かべながら至近距離から見上げてくる。


「今夜は、妾を抱き枕として存分に抱き締めて眠るがよい」


「ーーッ!!!」


 これダメなやつだ。あかんやつですよ。理性が、俺のハイスペック理性が機能停止寸前です。


 でもそれも当然ですよ。想像してみなさいな? 自分の理想の女性が、ギュって抱きしめられる至近距離で『抱いて寝てもいいよ?』って囁くんですよ? 上目遣いで。そう! 上目遣いで艶やかに囁くんですよッ!! そりゃ理性も崩壊しますよ!! 逆に崩壊しなかったらダメでしょ!? 男としてダメでしょ!! ……でも我慢しちゃう!! 俺は我慢しちゃう!! 俺の理性はこんなもんじゃ崩壊しません。舐めてもらっちゃ困ります。結構ギリギリだけど持ち堪えちゃいます。


「早朝からそんな際どいからかいは勘弁してくれ」


 俺はヒョウカの両肩に手を置くと、そっと彼女を引き離して距離を取る。


「ふふっ、嬉しいくせに。なかなかケイも素直ではないな」


「そう言うヒョウカの顔も真っ赤になっているぞ?」


 俺がヒョウカの赤く染まっている頬を軽くポンポンと叩きながら指摘する。


「良い男に言い寄っているのだ。赤面するのも当然であろう?」


 ずるい! これはずるい! 少し不満そうに頬を膨らませているのが、最高に可愛い! あざといとかそう言うのがどうでもよくなるくらいに可愛い!


「しかしまぁ。この先は今夜に取っておくとしよう。ケイよ、そなたに色々と教えないといけない事があるのだ。少し、妾に付き合ってもらうぞ」


 さらっと話題を変換しましたけど、魔王様、前半に凄い事言いましたよ? あなた今夜一緒に眠るつもりなの? また俺眠れない夜を過ごしちゃうよ?


 俺が呆然としている間に、ヒョウカは「付いてきてくれ」と言って、歩き出す。


 俺はヒョウカの後ろを歩きながら、今夜の俺はどうなってしまうのだ!? と色々と妄想を広げていると、やがて大きな広場にたどり着いた。


 あれ? ここって昨日メリーと魔法の修行をした所じゃないのか? 実際には魔法の修行は、俺が挫折し…教育方針の転換で剣の稽古が殆どだったんだけどね。


「怪獣との戦闘をするにあたって、ケイに渡したいものがある」


 ヒョウカはそう言うと、演習場の端に置かれている木箱から、ある物を取り出して俺に渡してきた。


「ん? これは……甲冑?」


 彼女が渡してきた物、それは西洋風の甲冑だった。しかし、全ての部位が揃っているわけではなく、何故か下半身だけしかなかった。


 俺が怪訝な表情で手渡された甲冑を見ていると、俺に渡したものと全く同じものをヒョウカも持って来て、それを自身の下半身に装着した。


「言葉で説明するよりも、実際に目で見たほうが早かろう」


 ヒョウカはそう言いながら、演習場の中央まで歩いていき、一瞬集中するかのように目を閉じると、次の瞬間、ブワッと宙に舞い上がった。


 おぉ! スゲェ! 飛んでるよ!


 思わず目を見開いて、俺はヒョウカを見上げる。

 今の彼女は、地上から五メートルほどの高さで静止している。よく見てみると、ヒョウカが下半身に装着している白銀の甲冑が、今は淡い青色の光を発していた。


 ヒョウカは高さを維持したままスーと俺の方に移動してくると、ゆっくりと高度を下ろしてきて、やがて俺の目の前に着地した。


「どうだ? この甲冑がどう言ったものか理解できたか?」


 ちょっと得意げな表情を浮かべながら、ヒョウカが俺に言う。


 ドヤ顔も可愛いな、おい! それにこの甲冑、空を飛ぶための魔道具らしい。テンション上がりまくりだなこれは!


「これはどうやって使えばいいんだ?」


 手に持っている甲冑に目をやりながら、俺はヒョウカに尋ねた。

 よっぽど俺の目がキラキラと輝いていたのだろう。ヒョウカは若干笑いを含みながら、使い方の説明をしてくれる。


「まずは普通に装着するのだ。その後に、甲冑に魔力を流し込む。流し込んだ魔力の量によって、浮力が変わってスピードも変わる。まぁ、実際にやってみるのが手っ取り早い」


 どうやらこの魔王様は、言葉の説明よりも実践で覚えろ的な教育方針らしい。

 まぁ俺も勇者としてのチート能力で、身体能力や魔力操作に補正がかかっているから、いきなり醜態を晒す可能性は低いだろう。


 そう思って、俺は早速下半身だけの甲冑を身につけて、演習場の中央へと移動する。


「よし! いくぞ!」


 俺は気合の声とともに、下半身の甲冑へと魔力を流し込んだ。

 途端、グンと足を持ち上げられる感覚があり。思わず俺は腰を曲げて、態勢を崩しかけるが、そこはチート能力保持者。なんとか姿勢を持ち直して腰を伸ばす。そして、視野を広げてみると、そこは演習場の遥か上空だった。


 ホォォォーーーッ!! スゲェ! 飛んでるよ! 俺今飛んでるよ!!


 地上を生きる人間が、通常ではお目にかかれない景色を目の前にして、俺のテンションは爆上がりしていた。



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