第2話 チートの力知る
まるで眠りから覚醒するかの様に、俺の意識はゆっくりと浮上した。
気分は爽快な朝の目覚めだ。
バターをたっぷりと塗ったトーストに、カリカリに焼いたベーコン。そして淹れたてのコーヒーを揃えて、優雅なブレックファーストタイムといきたいところだ。
「まぁ、この世界でそれは無理な話か」
俺はその場に佇んだまま、辺りを見渡してみた。
まず一番最初に目に入ったのは、俺をグルッと囲む様に大勢いる白いローブを着た人たちだ。
その服装と手に持つ錫杖から、恐らくは神官かそういった類の人達だろうと予測する。
次に足元に視線を落とすと、そこには直径1メートルほどの魔法陣が描かれていた。その中心に俺は立っていた。
あぁ〜成る程、このパターンね。
俺は一人で納得して頷く。
異世界転移には二パターンある。
一つ目は、スタート地点が辺境のケース。この場合は、高い確率で隠居した勇者やら賢者やら伝説級の人物に遭遇する。ここで主人公は常識外れの力を手に入れる。
二つ目は、王城か神殿の一室に召喚されるケース。つまり今の俺。
このパターンだと、召喚者を奴隷の様に扱おうとする異世界人がいて、それをチートでボコす。なんて展開もあるが、今回はそんな感じではなさそうだ。きっとこの後、王城の謁見の間とやらに通されて、王様に「どうか魔王を倒してください」ってお願いされるだろう。
そしてもう一つ、王城or神殿召喚パターンで重要なことがある。
「勇者様、私たちの召喚に応じて頂き、心からの感謝を」
純白のローブを纏った美しい女性が、恭しくお辞儀をしながら俺に言葉をかけてくる。
そう、王城神殿召喚で一番重要な事、それは美しい女性がセットになっていると言う事だ。
俺は目の前の女の子に目を向ける。
髪は綺麗な金髪で、それを背中の中辺りまで伸ばしている。スタイルは抜群に素晴らしい、スラリとした手足に魅力的なくびれと、思わず視線が吸い込めれてしまいそうな胸。
もう異世界初っ端からさいっこうです。
「私はテンプレート王国の第三王女、アリス・ブクマクレ・テンプレートと申します」
そう自己紹介をする目の前の女の子から、俺はもう目が離せなくなってしまっていた。
まるで晴天の空の様な綺麗な青色をした瞳は、クッキリとした二重で可愛らしく、すっと通った形の良い鼻とふっくら柔らかそうな唇。
どっちかと言うと外人顔なので大人っぽく見えるが、どことなく幼さも感じるので恐らくは、俺と同い年くらいだろう。
マジで可愛い、今までの人生でぶっちぎりで可愛い。可愛いの概念が根本から変わってしまうほどに可愛い。
「はじめまして。俺は奈呂 圭です。あ、こっちの風習ではケイ・ナロかな? ケイが名前で、ナロが家名」
「まぁ! ケイ様は貴族でいらっしゃったのですね!」
超絶美少女アリスが、感心した様なキラキラした眼差しで俺を見つめてくる。
やめてください、そんな目で俺を見ないでください。貴方は俺を狼に変身させたいのですか?
可愛すぎる女の子の視線は、思春期男子にとっては、大変危険なものであると自覚を持って欲しい。
「いやいや、俺は貴族ではないよ。ただの高校生さ」
「コウコウセイ……ですか?」
俺の言葉にアリスはコテンと首を可愛らしく傾ける。
なんですかその仕草は? 可愛すぎです反則です。
「高校生っていうのは学生の事だよ」
「わぁ! ケイ様はとても頭脳明晰でいらっしゃるのですね!」
アリスは胸の前で手を合わせて、いたく感動した様子である。
キラキラとした眼差しを受けて、若干俺は気まずい思いをする。
この世界で学校に通うというのは、そう簡単なものではないのかもしれない。
取り敢えずここは「あはは」と笑って場を流す。
「それではケイ様、早速で申し訳ないのですが、私と一緒に来ていただけますか?」
俺はアリスの後について、召喚部屋を後にした。
長い廊下を彼女の後ろに付いて歩きながら、俺は壁やら天井に目を向ける。
建物は全体的に石材が用いられていた。床の高級感あふれるやつは、恐らくは大理石だろう。
そんなことを考えながら歩いていると、やがて大きな門の様な木製の扉の前にたどり着いた。
俺とアリスの二人が来たことを確認すると、扉の前に立っていた係の男が扉を開く。
両開きの扉が開くのと同時に、強い陽の光が建物内に差し込む。
「おぉーー!!」
扉の外に広がる街並みを見て、俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。
石畳みの大通りの上を通行する馬車。その両隣に並び立つ洋風の家々。
中世だ! 圧倒的な中世だ!! 中世ヨーロッパだッ!!!
いや、異世界というのを聞いた瞬間から世界感は中世なんだろうなとは思っていた。思っていたのだが、実物を目の前にすると、高鳴る胸の内を抑えることが出来なかった。
なんかこう「異世界に来たぞ!」っていう実感がフツフツと湧き上がってしまったのだ。
「ケイ様? どうされたのですか?」
外を見て立ち尽くしている俺を見て、アリスが心配そうに声を掛けてきた。
俺、今涙が出そうです。
中世異世界の街並みと金髪碧眼の美少女。これはもう灼熱の夏、キンキンに冷えたビールと枝豆に匹敵するくらい魅力的なのではないだろうか? 俺高校生だから、ビールとか飲んだ事はないけどね。飲酒は二十歳になってからです。
「いやごめん。何でもないんだ」
俺は小さく首を振ると、前へと歩き出す。
あぁ、異世界だ。本当に俺は異世界に来たんだ。
中世ヨーロッパ風の街並みと、そこを歩くまるで日本人とはかけ離れた容貌の住民たち。
やっぱり異世界の住民の髪の毛はカラフルなんですね。俺的には赤髪の女性が好みです。あ、でも今通り掛かった青い髪の女性も捨てがたい。ふむ、しかしこうして見ると緑もなかなか……この世界の人達の髪の色素はどうなってるんすか?
「ケイ様。今の時間帯は人と馬車の往来が多くなっていますので、お気をつけ下さい」
アリスが俺に気遣う様に声をかける。
ちなみに金髪は殿堂入りです。
「ところでアリスさん。今はどこに向かっているんですか?」
俺達二人は今、交通量の多い大通りを真っ直ぐに進んでいる。
先まで俺がいた建物は、どうやら神殿だった様だ。
という事は、今向かっているのは王城で、これから王様と謁見でもするのだろうか?
「私達は今冒険者ギルドへ向かっています」
早速お決まりの一つがやって参りました。
冒険者ギルド、それは異世界において絶対に欠かせない要素の一つである。異世界へ転移した者は、取り敢えずここに来る。そして、そこで必ず悪漢に絡まれている美少女がいるので、それを助けて一人目のヒロインゲットとともに、その時の戦いを見ていたギルドマスターが、興味を持ってクエストを依頼してきたりと物語が動き始める。
つまり、冒険者ギルドとは異世界ものには絶対に欠かせない、マストコンテンツと言うわけだ。
「冒険者ギルドへ向かうと言う事は、俺は冒険者登録をするって事ですか?」
「いえ、ケイ様は勇者様ですので、冒険者登録は致しません」
そっか、冒険者にはならないのかそりゃ残念。
でも魔王を速攻で倒しちゃって、その後にスローライフがてら冒険者をやるのも良いかもしれない。もちろんその時は実力は隠します。
実力はSSSクラスだけど、ギルドに登録しているランクはDランク。いやこの設定憧れるわ〜。「おい新入り! てめぇ生意気だぞ!」と絡んでくる強面冒険者を俺は「やれやれしょうがない」と溜息をつきながらバッサバサと薙ぎ倒していく。
はぁ〜、妄想が止まりませんわ。
「冒険者登録をしないのならば、なぜギルドに向かっているんですか?」
俺的にはさっさと魔王をしばき倒して、その後のハーレムスローライフを楽しみたい。
「それは、ケイ様の魔力量を測定するためです。ケイ様が大変お強い事は重々承知しているのですが、その強さがどれ程のものか調べたいのです」
「なるほどそう言う事でしたか」
魔力測定ね。確かに俺はまだこの世界で、どのくらいの強さかよくわからない状態だ。
そうこうしているうちに、俺達は冒険者ギルドへとやってきた。
そのギルドは、俺が思っていたよりも綺麗で、酒場などは併設されていなかった。地球にあるもので例えるならば、ホテルのフロントってのが一番雰囲気が近い。
「う〜む、これじゃあ乱闘イベントは期待できないかな?」
腕を組んで呟く俺に、アリスが不思議そうな表情をする。
「何か仰いましたか?」
「いや気にしないでください」
さすがに、ガラの悪い男に絡まれたいんです。って言ったら、アリスにドン引きされるのは明確だ。
しかし、改めてギルド内を見てみると、確かに雰囲気は綺麗だがそこにいる人達は、かなり期待が持てそうな見た目をしている。
特に今壁にかかってるボードを眺めてる男なんか、モヒカンで腕には刺青が入っているし、身にまとっている鎧は、何処ぞの世紀末からきたんですか、ってな具合だ。
ふむ、これは中々に期待が持てるかもしれん。
俺がそんなことを思っていると、受付の奥から一人の女性がこちらに向かってきた。
「ようこそおいで下さいました。私は冒険者ギルドのギルドマスターを勤めさせて頂いているレビュー・クレシアンスと申します」
はいきました美女二人目。
今名乗ったレビュー・クレシアンスさん。一言で言うならば美人OLだ。
バシッと着こなしたスーツに、知的な赤いフレームの眼鏡。ピチッとしたスカートから伸びる脚はスラリとしていて綺麗である。ヒールを履いているのもあるが、とても身長が高い。多分俺と同じくらいはあると思う。
俺の中の弄ばれたいお姉さんランキング堂々の一位に輝くレビューさんは、左中指でクイっと眼鏡のフレームを押し上げる。
ヤベェ! その仕草まじでヤバイっす! もう一回やって下さいお願いします。
アリスが最強の可愛い系だとしたら、レビューさんは綺麗系である。その美貌に俺は、なんで異世界にスーツがあるの? と言う疑問が一切浮かばなかった。
あるものはしょうがないじゃないか! だって似合ってるんだもん!
「アリス様、そして勇者ケイ様。どうぞ奥の部屋へ」
レビューさんはそう言って、俺とアリスを受付のカウンター横にある扉へと促した。
扉をあけて中に入ると、そこには一つのテーブルと、その上には何やら水晶のようなものが置かれていた。
俺はちょうど部屋の真ん中に置かれているそれに近付く。
「これが魔力量を測定する道具ですか?」
俺は水晶のような物を指差しながら、レビューさんに尋ねる。
「はいそうです。これは魔力水晶という代物でして、魔力量に応じて色を変化させる性質を持っています」
レビューさんはおもむろに魔力水晶に近付くと、自身の右手を水晶にかざした。
その途端に、無色透明だった水晶は一瞬にして鮮やかな青色へと変化した。
「このように、この水晶に魔力を流すとその者の魔力濃度によって色を変化させます。色の段階は7段階に分かれていて、一番下が赤、そこから橙、黄、緑、青、藍、紫と強くなっていきます」
「なるほど、これはただ魔力を流すだけでいいんですよね?」
確認する俺に、レビューさんは肯定の頷きを返す。
おっし、それじゃここは気合を入れていきますか!
俺は水晶に魔力を流すために、右手をかざす。
魔法なんてものは今まで使った事がないが、魔力を流すだけなら何となくできる気がする。この世界に来てからというもの、俺の中で、得体の知れないエネルギーをずっと感じていたのだ。
イメージでは、このエネルギーを外に放出する感じでいいはずだ。
それじゃあ、この俺の中に渦巻く熱いパトスをドバッといっちゃいます!
俺は出血大サービスじゃい! てな感じで魔力を放出する。
魔力放出した瞬間に、レビューさんが「え? うそ、何これ⁉︎」と小さな悲鳴を上げていたが、俺はそれを無視することにした。
魔力を放出すると、俺の髪の毛がブワッと逆立って、密室であるはずのこの部屋に一陣の風が巻き上がった。
何この演出、超格好良いんですけど。
俺は期待に胸膨らませて、魔力水晶に目を向けた。
あれ? 何でこいつ無色透明のままなん?
レビューさんの時はすぐに青色に変化していたのに、変だな。もしかしてもっと魔力を流さないとダメなんかな?
しょうがない、ここはもう一声頑張ってみますか。大丈夫、俺はやればできる子なんだから。
こうして、俺が更に魔力を注ごうとした時、ピキッと言う亀裂音がした後、何と魔力水晶が砕けてしまった。
「う、うそ……魔力水晶が壊れるなんて初めて聞きました……」
隣でアリスが呆然とした表情で呟く。うん、その表情も大変可愛いです。
「この魔力水晶でも吸収できないほどの魔力量とは……何とも凄まじい」
レビューさんは割れた水晶を一瞥した後に、俺に目を向けてくる。その視線には、尊敬と若干の呆れが混じっているような気がする。
俺は「あはは」と取り敢えず笑いながら、頭をかいた。
あれ? もしかして俺、やっちゃいました?