第19話 人類最強と湯けむり(極)
少しだけエロい漫画やアニメにあるサービスシーン。それを観ていて「いや、そうはならんやろ」とよく内心でツッコミを入れていた。
しかし、実際にその状況を経験してみると、突っ込む余裕など欠片も存在しないことが判明した。
背中を洗っていたアリスが手を滑らせた結果、俺の背後から思いっきり抱きつく形になってしまった。
「あ、あう、す、すみません! 手が、手が滑ってしまって! すぐに、あう、直ぐに離れますので!!」
背中から、アリスの非常に慌てた声が聞こえてくる。密着するように抱きついてしまっているからだろう、彼女が話す度に俺の首筋に吐息がかかってとてもくすぐったい。そして、とても変な気持ちになります!!
だって!! だってですよ? 抜群プロポーションのアリスが密着バックハグしてるんですよ? つまり今の俺の背中に感じている、この圧倒的柔らかさを誇る2つの感触は………つまり、そう言うことですよ!! 変な気持ちに、てかエロい気持ちになりますよそりゃ!!
「あわ、あわわわ、す、すす、すみません!! 手が滑って、あ、あれ、あれれ」
背後では、一種のパニック状態に陥っているアリスが慌てている。俺の太もも辺りに手をついて上体を起こそうとするが、その度に泡まみれの手が滑って、再び俺の背中に密着する羽目になっている。
フォ〜〜〜ッ!!! フォ〜! フォォォォォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!!
これヤバイ!! マジでヤバイ! 理性が、俺に搭載されているハイスペック理性が焼き切れてしまう!! そうやって何度も胸を押し付けられたら、おかしくなっちゃうぅ〜!!
俺の太ももに手をついて僅かに上体を起こすアリス。しかし、直ぐに手を滑らせて俺の背中に密着する態勢に戻ってしまう。
いやいやいや! 滑りすぎでしょ⁉︎ ボディソープってそんなに滑る⁉︎ わざと? わざとやってるんですかアリスさん? にしてはパニックの演技が迫真ですね⁉︎ あ、ちょっと待って。そんなに太ももを何度も撫でられたら、俺のMy sonが大変な事に………て、ちょっとアリスさん? 滑ってる手が段々と内側に寄ってるんですけど? だ、ダメッ! それ以上はダメェ〜!!
「お! おちち! おちち!! おちちちち! おちちけ! アリスおちちけ!」
俺も焦って呂律が回らない。彼女に対して「落ち着け」って言おうとしているのに、全力で「お乳」を連発してしまった。いや、確かにね。確かにアリスのお乳が俺に襲いかかってますけども、それを全力で声に出して実況するほど変態じゃないです!
ってそんな言い訳してる場合じゃない! このままじゃ俺のMy sonがアリスのハンドで鷲掴みされてしまう!! そうなったら最後、俺の理性が吹っ飛んで、色々終わってしまう! いや、始まってしまう!! イケナイコトが始まってしまう!!! 終わりの始まりであるッ!! …………終わりの始まりって、なんか格好いいよね。こういい感じに男心をくすぐってくる感じがなんとも………って現実逃避してる場合じゃなぁ〜いっ!!
「アリス落ち着くんだ」
「あっ……ケイ様………」
俺は自身のハイスペック理性をフル稼働する。そして、さっきから嘘のように自分の太ももの上をツルツルと滑っているアリスの両手をガシッと掴む。途端に、すぐ後ろにいるアリスから小さな吐息と、恥ずかしそうな俺の名前の呟きが聞こえてきた。
「いいかいアリス。そのままゆっくりと上体を起こすんだ。俺が手を掴んでいてあげるから」
「は、はい。ありがとうございます」
俺の言葉に、アリスもパニックから抜け出し、ゆっくりと俺の背中から離れていく。
柔らかい感触のなくなった背中に、俺はホッと安堵の息を零すと共に、若干の名残惜しさも感じる。まぁ、でもあのままだったら確実に俺は、どう猛な狼になっていただろうから、きっとこれで良かったのだ。異世界ハーレム主人公も、色々とラッキースケベに遭遇するが、一線を越える事は非常に稀である。と言う事は、今回の俺の行動も、異世界主人公ぽい行動だったのだ。
そんな感じで、自分のムラムラした気持ちを必死に鎮めてると、背後のアリスから小さな悲鳴が上がった。
「アッ!」
「どうした!!」
俺は彼女の悲鳴が聞こえた瞬間に、椅子の上でグルンと回転して彼女の方を向いた。次あんなエロいハプニングが起きたら、俺は今度こそ理性を失った獣になってしまう。という危機感からの行動だったのだが、その判断は大いなる間違えであった。
「だッ! ダメですッ!! 見ちゃイヤァ!」
椅子の上で、けつを支点として華麗な180度ターンを決めた俺に、なんとアリスはギュウと力強く抱きついてきた。先程まで背中に感じていた柔らかい感触が、今度は胸板に感じる。ちなみに効果音をつけるとするならば、先程と同じムニュ! である。
……て、ええぇぇぇーーーっ!! 何これ⁉︎ どういう状況⁉︎ もしかしてあれか? 俺よりも先にアリスの方が理性を失ってしまって獣になってしまったのか⁉︎ なにそれ最高じゃんッ!! 美少女に襲われるとか、最高じゃん!!!!
俺の歓喜の咆哮が、浴室に……いや王城内に響き渡ろうとしたした瞬間。俺のちょうど顎の下あたりに顔を埋めているアリスから「うぅ〜」という小さな声が聞こえた。
んん? アリスの方から襲ってきたのに、恥ずかしさで悶えてるのか? なんて可愛い子なんだ!
そんなことを思いながら、俺はアリスを見るために視線を落とした。そして、絶句した。
「あ、アリス……その……タオルが……」
視線を落とした瞬間に目に入ったのは、全てが見えてしまっている彼女の美しい背中。え? 全部見えるっておかしくね? そんな疑問と共に、遅れて目に入るのは、彼女の足元に落ちている白い塊。そう、彼女の体から剥がれ落ちたバスタオルである。
なん……だと? バスタオルが落ちている? つまり今のアリスは……真っ裸……だというのか? それはつまり、今俺が胸板に感じているこの感触は……生っ!!!!
瞬間、俺の胸あたりの神経が異常な程に敏感になる。
これはヤバイ!! 俺の理性が弾け飛ぶ! 早くなんとかしなければッ!!!
「アリス。取り敢えず離れてくれないか?」
「い、いや! ダメです!」
まさかの拒否ッ!? え? コレってOKってこと? そういうこと?
「こ、このまま離れたら、その……ケイ様に……見られてしまいます……」
あー成る程ね。そういうことね。だからさっきも凄い勢いで俺に抱きついてきたのね。くっ付いて仕舞えば見られないって事ね。でもね、アリスさんや? こうして濃密に密着するのも、見られてしまうのと同等なのでは? 見られるのが嫌だったならば、素早く後ろを向けば、良かったのでは?
ふむ、もしかしたらアリスが後ろを向いて体を隠すという選択をせずに、俺に抱きついてくるという、あり得ない行動に出てきたのは、異世界ハーレム主人公の特殊スキル『ラッキースケベ』のなせる技なのかも知れない。今のこの状況、俺が客観的に見る立場だったら絶対に突っ込んでいる。
『いや、こうはならんでしょ』ってね。
「大丈夫だよアリス。俺はちゃんと目をつぶっているからさ」
「ほ、本当ですか?」
恥ずかしさで顔を真っ赤にし、瞳を潤ませながら、アリスは上目遣いで俺をみる。
グッハァ! それ反則! 可愛すぎる! そんな仕草しちゃいけません! しかもあなたは今、真っ裸なんですよ? その辺自覚持たないとだめでしょ? メッだよアリスちゃん。 メッだからね!
「ほら、目を閉じたしこうして手で覆っているから、早くバスタオルを拾いなさいな」
俺は自分の手で両目を覆いながら、彼女に言う。
…………こうして手で覆ってれば、薄眼を開けて指の隙間から覗いても、バレないかな?
覗きというのは、男のDNDに刻み込まれた行動なのです。それに、平安時代の恋愛は、男の覗きから始まるって聞いたことあるし、覗きって別にそんな悪い行動じゃなくね?
俺の脳内で、勝手にそんな言い訳が流れ始めるが、そこは俺のハイスペック理性が全てシャットダウンしてくれる。いや、俺の理性まじ高性能。もうちょっとスペック落としてくれてもいいんですよ?
「もう目を開けても大丈夫です」
彼女の声を聞いてから、俺はゆっくりを手を下ろして、瞼をあげる。そこには、顔を真っ赤にしながらも、ちゃんとバスタオルを巻いているアリスの姿が、目に入る。
「そ、その……すみません。ケイ様の背中をお流しするつもりが、こんな慌ただしい事になってしまって……」
顔を俯かせ、申し訳なさそうに謝罪してくるアリス。
いやいや、慌ただしかったのは確かだけども、それ以上に俺はいい思いが出来たので、全然謝る必要なんて有りませんよ?
「気にしないでくれアリス。君に背中を洗われているときは、とても落ち着くことができてとても良かったよ」
俺は下心を一切感じさせない、爽やか紳士スマイルを浮かべる。
対するアリスは、なおも顔を俯かせて、モジモジとしている。
なんすかそのモジモジは? すごく可愛いんですけど? 圧倒的な破壊力はないけど、なんかこう、ボディーブローのようにジワジワくるものがある。
「それにケイ様にあんな、はしたない格好まで……」
「いやいや、はしたなくなんて無いさ。とても綺麗だったよ」
「っ!! き、綺麗……」
「うん、すごく綺麗だよ。全部見れなかったのがちょっと残念」
俺の言葉に、アリスの顔が更に赤くなる。
あれ? これってセクハラ発言!? いや、もう犯罪発言!? 気が緩んで俺の願望がダダ漏れになってしまった!!
「そ、その……ケイ様には、ちゃんと……ちゃんと見てもらいたかったので! い、今はまだ見せられません!!」
アリスは叫ぶようにいうと、そのまま踵を返して、ものすごい勢いで浴室を去って行ってしまった。
え? ちゃんと見てもらいたいってどういう事? そういう事? 醤油事?
一人取り残された俺から、一筋の鼻血が流れた。




