第18話 人類最強と湯けむり(真)
俺が優雅に風呂に入っていると、あろうことか中年オヤジである国王が襲撃してきた。…………うん、あれはもう、襲撃と言っても過言では無いと思うのですよ。
その襲撃を俺は何とか耐え忍び、再び優雅な入浴タイムを勝ち取った。
勝利の余韻に浸りながら、お風呂を堪能していると、再び脱衣所から襲撃の気配を感じる。
俺は、最大限に警戒心を高めて扉を凝視する。
やがて、ついに姿を現わす襲撃者。その姿を確認して、俺は思わず歓喜の雄叫びを上げてしまった。
アリスキタァァッッッッーーーーーーッ!!!!!!
そう! これ! これぞ異世界ですよ!! これが本当の異世界の入浴シーンなんです!!
見てくださいよ! あの神々しいまでに美しいアリスの姿を!!
普段は下ろしている金髪が、今はアップに纏められている。そのお陰でうなじが丸見え! スラリと伸びた細く美しい生おみ足! バスタオルが巻かれていていても確認できる魅力的なくびれ! 健康的な鎖骨!! むき出しの両肩!!! うォォォォ〜〜!!!! 恥ずかしさと風呂場の熱気でほんのりと赤く染まった頬と、羞恥で僅かにうつむくその表情がベストマッチ!!! 素晴らしいッ!! ブラボーッ!!
彼女が浴室に入ってきた途端、俺の脳内では本人の意思に関係なく、勝手にアリスに対しての実況解説が始まってしまう。本当にもう、俺ってどんだけ変態なんだか……。
「け、ケイ様いらっしゃいますか? そ、その…………お、お背中を御流しに来ましたっ!!」
恥ずかしながらも、どこか決意の篭った声音でいうアリス。
マジか〜。こんなにも完璧で素晴らしい美少女が俺の背中を流してくれるのか〜。最高すぎる! ここは異世界と言う名の極楽浄土なのかもしれない。
「え? あ、アリス⁉︎ な、ど、どうしてここに⁉︎」
俺の慌て焦る声が浴室に響く。
フフフ、この俺の迫真の演技。俳優としても俺はやっていけたかもしれない。
ここで、慌てて焦るフリをすることはかなり重要である。そうする事によって、アリスに俺は純粋で初心なやつだと思わせることができる。さらに、恥ずかしいと思っているであろうアリスだが、それよりも慌てている俺を見る事によって、若干警戒心と羞恥心を和らげてもくれるはずだ。
逆に、余りにも冷静で落ち着いた雰囲気を出してしまうと、アリスは「え? この人なんでこんなに落ち着いてるの⁉︎ 場慣れしている? もしかして女誑し⁉︎ このままじゃわたし襲われる!!」となって、俺への警戒心がMAX状態になってしまう。
あえて相手を精神的優位な状況にする。これがとても重要なのだ。
え? ゲス過ぎるだって?
ふむ、確かにゲスかもしれない。しかし!! 世に多く存在する鈍感難聴系ハーレム主人公は、この手法を得意戦法としている! この手を使ってヒロインたちの心に入り込み、次々とその毒牙にかけていくのだ!!
それにだ、ヒロイン達は結局そのハーレム主人公に心底惚れて、何だかんだ幸せそうにしている。主人公はヒロインゲットで幸せ、ヒロインも主人公に惚れて幸せ。つまり、WIN-WINと言うわけだ。
「それは、その……お、お父様に、ケイ様がここにいると……お背中を流して差し上げろと……」
なんと! この状況はあのおっさんの仕業だと言うのか! ナイスおっさん、いや国王様! 大変グッジョブで御座います!!
「そ、そうなんだ……いやでも、なんの関係も無い男女が、一緒の風呂場にいるのは、えと、まずいんじゃ無いかな?」
どうよ、この俺のキョドッてどもりまくって言葉に詰まる話し方は。完全に女性慣れしていない、童貞そのものの話し方ですよ! …………まぁ、俺、童貞そのものなんですけどね……あ、何だろう、凄く悲しくなってきた。
「それにアリスは王女なんだし。立場上、結婚前のこういうのは普通の人よりも気をつけないといけないんじゃ……」
「いえ! 問題ありません! お父様に言われて来ましたけど、わたし自身も! その……ケイ様の背中を……流し……たいのです……」
フオオォォォォ〜〜〜!!! なんてことを言ってくれるんだアリスさんや。もう、俺のテンションが上限ブチ破って宇宙の彼方ですよ!! ハイテンションどころじゃ無いよこれ?
「そ、そうか。なら、お、お願いします」
戸惑いながらも、といった風を装って俺は湯船から立ち上がり、腰にタオルを巻いてアリスのいる洗い場へとゆっくり歩いていく。
アリスは、お風呂場に来てからずっと恥ずかしげに顔を伏せていたが、段々と近付いてくる俺を意識したのか、チラッと上目遣いでこちらを見て来た。その瞬間に彼女の顔が更に赤く染まる。もう首元まで赤くなっている。
今の反応可愛い!! なにあの上目遣い⁉︎ 最強可愛いかよ!!
彼女の反応に、俺の内心は悶絶の嵐に陥ってしまう。
でもまぁ、アリスが赤面してしまうのはしようがないよね。だって、今の俺の体最高に仕上がってますからね。
そうなんですよ、聞いてくださいよ。チートの力を授かるのと同時に、身体の方もいい感じに引き締まったんすよ! 今までイレーロの細マッチョや国王のシックスパックに嫉妬してましたけど、実は俺も結構な肉体美なんです。
筋トレやダイエットをしても、なかなか効果の出ないそこのあなた! ぜひともトラックに引かれて異世界に来てみてください。なんの苦労や辛さを味わう事なく、理想の体型をゲット出来ます!!
テンションが上がりすぎて、俺の脳内が深夜の通販番組みたいになりながら、アリスの側までやってくる。
「えっと……そ、そこに座って下さい」
アリスは再び顔を伏せながら、近くに置いてある風呂用の小さい椅子を指す。
「りょ、了解でし」
彼女の指示に、俺は妙な口調で返事をしてしまった。
これ、わざと変な口調にした訳じゃないです。素で変な返事をしちゃいました。
だって間近で見るアリスの破壊力ヤベェんだもん!! なんなんすかその谷間はッ!! グランドキャニオンですか⁉︎ バスタオルきつく巻きすぎじゃないの⁉︎ 今にもバインッて弾けそうですけども⁉︎
童貞の俺には刺激が強すぎます。アリスの攻撃力が高過ぎてオーバーキルです。もう、精神的優位がどうこう言ってる余裕なんてありませんっ!!
椅子に腰を下ろすと、アリスは俺の後ろの方にまわって背中を洗う準備を始めた。
くそッ! めっちゃうしろ振り向きたい! でも振り向けない!!
自分の背後で、洗剤を泡立てる音を聞きながら、そんな激しい葛藤と戦う。
「そ、それでは、えと……洗っていきますね」
「お、お願いしましッ」
あ、やべ。また変な語尾になってしまった……。
もうダメだわ俺。平常心を保っていられませんよ。だってそうでしょうよ? こんなにも素晴らしい美少女が、自分のすぐ後ろにいるんですよ? しかもバスタオル一枚ですよ? 平静でいられる方が異常ってもんですよ。
乱れに乱れまくっている内心を誰に言い訳してんの? という感じのことを考えている俺。そうこうしているうちに、ピトッと背中に泡立ったタオルが押し当てられる。
アフンッ! やだこれ気持ち良い。他人に背中洗われるのって結構良いもんなんですね。いやこれ別にいやらしい意味とかでは無くて、純粋に気持ち良いのですわ、これ。新発見です。
「ど、どうですかケイ様?」
「うん、とても気持ちいいよ」
なんか、さっきまではアリスのセクシィー姿で、心が台風襲来の海くらい荒ぶっていたが、背中を洗われ始めてからは、まるで太平洋高気圧に覆われた海くらい穏やかになってます。恐るべきリラックス効果です。
「そ、そうですか」
若干嬉しさを声に滲ませながら、アリスはせっせと俺の背中を洗ってくれる。
あぁ、なんだろうこの心境は。エロい気持ちが皆無かと問われると、そこは否と答えるだろう。しかし、絶世の美少女が、バスタオル一枚纏っただけの姿で自分の背中を流している、という状況下で考えてみると、俺の心はしっかりと理性を保っている。
俺の理性すげぇな。こんなハイスベック理性が俺に搭載されていたなんて、まったく知らなんだ。
「ケイ様……、ケイ様は討伐隊に加わることに、恐怖は無いのですか?」
俺が自分の理性を自画自賛していると、背中を洗いながらアリスが小さな声で尋ねてきた。
「ん? あぁ、確かに恐怖はあるよ」
嘘です。全くありません。
だって俺には神から貰ったチートあるし、多分これは俺TUEEE!!系の異世界ものだし。てことは、怪獣討伐なんて勝確じゃん? そんなものに恐怖を感じるほど、俺はビビリな小ちゃい男ではあらんぜよ。イレーロとかいう、クソイケメンとは格が違うのです!
「でも、この俺の力で世界の人々を……人類を救えると思うと、俺の感じているこの恐怖に負けるわけにはいかないんだ」
俺は自分の掌をじっと見つめた後に、その掌をギュッと握りしめて拳を作り、視線をやや上に向ける。
決まったぁ! 決意を持って使命をまっとうしちゃうぞ、的な感じの主人公がよくやるやつ。意味深な表情で掌を見つめて、その後にグッと拳を握って力強い眼差しで空を見上げる。略して『意味深掌後拳視線空』! ……うん、なんか必殺技みたいでカッコ良い。
「ケイ様は、心もとてもお強いんですね」
後ろからアリスが言う。しかし、その声はとても小さく、そして少し震えていた。
え? エェッ⁉︎ どったのアリスさんや? 俺のあまりにも格好良すぎるセリフに、感動し過ぎて震えちゃったんすか⁉︎
「私も、ケイ様のように強くなりたいです。でも……怪獣のことを考えると、どうしても震えてしまうのです……怖いのです……」
ほーん、成る程。この世界の人達にとって、怪獣ってのは相当な恐怖の対象になってるんすね。
「こんな状態では、いざ戦いが始まった時に皆さんに迷惑をかけてしまいますよね……」
「いや、そんな事はないさ。きっと……ん? アリスも討伐隊に参加するのかい?」
反射的に、彼女を励ます言葉をかけようとしたが、話の内容からアリスも討伐隊に参加するような感じだったので、思わず聞いてしまった。
「はい、私も参加します。でも、私は序列五位以内ではないので『槍の持ち手』ではないんですけど……」
「『槍の持ち手』じゃないのに、なぜ討伐隊に?」
アリスって王族だよね? なのに危険な討伐隊に参加させるって、どうなのよ? 常識的に考えてありえなくない? あ、そっかここは異世界か。常識が空の彼方にぶっ飛ばされてる世界でした。それに数分前に俺も、非常識が常識になる的な事言ってたしな自分で……俺、頭狂ってんな。
「私は、回復魔法が他の人より上手に使えるので、それで」
「へぇ、アリスは回復魔法が得意なんだね」
アリスと回復魔法とか、もうベストマッチだわ。イメージ通りですわ。彼女に純白の神官服とか着せたら、すごく似合うんだろうなぁ。俺が怪我をしたら、慌てて駆け寄ってきてくれて、俺を膝枕しながら回復魔法をかけてくれる。俺はそれを下から見上げるように眺める、その視線の先には、彼女の荘厳なる2つの双丘が……デュフッフフフ…………はっ! いかんいかん。俺の犯罪者的変態思考が鎌首をもたげてしまっていた。
ふむ、ここはあくまで紳士的な対応で、彼女を励まさなくては。
「戦場において、負傷兵を治療できるというのは、とてもすごい事だよ。それだけで、討伐隊の士気が大きく上がるし、作戦の幅も広がる。アリスはきっと、戦場でも大活躍さ」
まぁ、本当の戦場なんて経験ないんですけどね。てか、日本に住んでたのにある訳がないよね。なので、ネットの知識と自分のイメージを織り交ぜて、適当にそれっぽい事を心込めて言ってみました。
「それに、アリスは絶対に大丈夫だよ。君のことは…………俺が絶対に守るから」
フゥー! 言ってやったぜっ!! これぞまさしくイケメン主人公のセリフゥ!! 俺超格好良い!!
「ぁ……は、はい! ありがとうございますケイ様」
うんうん、アリスの声音もなんかとても良い感じだよ。こりゃ惚れたな。落ちちゃいましたな、この俺に!
「ケイ様にそんな事を言ってもら貰えるなんて、私は幸せ者で…キャッ!」
後方から聞こてきた短い悲鳴。その直後に、俺の脇腹の横を女性の細く白い腕が通り抜ける。
むむっ! これはアリスの腕。なぜに俺の脇腹を通り抜け……
そんな疑問が過った瞬間、俺の背中に衝撃が………いや、激震が走った。
ムニュ! 効果音をつけるとしたら、これが一番の正解だろう。
その効果音をもたらしたのは、2つの強大な凶器。男の理性を葬り去る事に特化したその凶悪な兵器は、容赦なく俺の背中に押し付けられている。
「あ、あう、す、すみません! 手が、手が滑ってしまって! すぐに、あう、直ぐに離れますので!!」
非常に慌てた様子で言うアリス。
彼女はちょっと力を入れて背中を洗おうとした拍子に、手を滑らせてしまったようだ。彼女の手は、俺の脇腹を通り抜けて前方へ。前のめりに態勢を崩したアリスは、反射的に俺に背中に抱きついてしまった。
それはそれはもう、とても情熱的なバックハグと同等ですよ。そして何より、背中に押し当てられているものが凄い!!
俺は全神経を背中に集中しながら、心の中で絶叫した。
エロいハプニングキタァァァーーーーーーッ!!!!!!!!




