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第17話 人類最強と湯けむり(偽)

 異世界、そこには夢と理想が詰まっている。

 御都合主義の塊でできた様なチート能力に、ヒヨコの刷り込み効果ですかって突っ込みたくなるくらいにすぐに惚れてくるヒロイン達、そしてハーレム。男の理想郷、それが異世界というものなのである。

 そして、異世界で無双の限りを尽くす主人公に敵は存在しない。完全無欠の存在である主人公にそんなものは存在してはいけないのである。が、当て馬的な雑魚キャラは必要だ。主人公がより一層光り輝くために、よりヒロイン達が惚れるために存在する当て馬。


「イレーロ・ジュウ・ポイント……ムカつくやつだったなぁ」


 イケメンってだけでも許せないのに、あの喧嘩腰野郎め。あいつは今期Best ofムカつくで賞ノミネート確実だな! もう受賞最有力候補ですよ。


 ムカムカとする胸の内を宥めながら、俺はゆっくりと腰を下ろす。と同時に、はぁ〜と大きく息を吐き出す。


「お風呂最高ですわ〜〜〜」


 俺は首まで湯船に浸かりながら全身の力を抜く。

 そう俺は今、お風呂に入ってます。しかも、王族専用とかいうVIP仕様です。

 メリーとの修行で、結構汗をかいてしまったので、その汗を流したいと通り掛かったメイドさんに要望を出したら、ここに案内されたのだ。


 手足を伸ばしても全然余裕な巨大浴槽。もう余裕どころか泳げちゃいますよ。俺の華麗なるバタフライがお披露目できちゃいますよ。泳ぎませんけどね? お風呂で泳ぐのはマナー違反です。


「あぁ〜、荒んだ俺の心が癒されていく〜」


 イレーロに対する苛立ちや怒りが、お湯の暖かさで溶けていく様である。


 ポケーっと、只々頭の中を空っぽにしてお湯の中で脱力していると、不意に脱衣所の方から、ガサゴソという物音が聞こえてきた。


 うえぇ!? 誰か入ってくるの!? 俺いるんですけど!!??


 俺は一人浴槽の中でワタワタと焦る。どこかに隠れるべきなのか、どうするべきなのか。

 色々な行動パターンが頭の中をよぎるが、ここでハッと俺は気付く。


 ここは異世界や! 男の理想郷に俺はいるのだッ! つまりこれはイベント。お風呂場でのお色気シーン、サービスシーンの到来だッ!!


「これは勇者ケイ殿。お寛ぎ頂けてますかな?」


 てめぇかよおっさんッ!!!

 脳内で俺の大絶叫が響き渡った。


 普通はヒョウカとかアリスとかメリーが来る場面でしょうがッ!! 何で国王が入ってくんだよッ!! 空気読めよ!!!

 いやここは王族専用だし? 国王であるあなたが来ても、何も問題はないんですけどね?


 でもこれは違うでしょ! 本当にこのオヤジは! テンプレクラッシャーめッ!!


「とても良いお湯を頂いてますよ」


 俺は内心の罵詈雑言を押し込んで、国王へと返事をする。


「それは良かった。ここは王城の中でも自慢の場所ですからな」


 そう言いながら国王は真っ直ぐ浴槽に歩いてきて、そのまま湯船に入ってきた。


 て、おい! 掛け湯をしなさい掛け湯を!! マナー違反だぞっ!! おっさんの出汁がお湯に滲み出るでしょうが!!

 てか国王、あんたおっさんの癖に無駄に良い体してんな! シックスパックかよこの野郎! 羨ましい妬ましい!!


「風呂はいいですな。心が洗われる様だ」


 そんな事を言いながら、国王は俺の隣に腰を下ろす。


 なんか絶妙な距離感で腰を下ろしたな国王様よ。良いか悪いかで問われれば、逡巡の後に悪いって答えが出る距離感だ。何とも居心地が悪い。


「こたびの怪獣討伐の遠征。ケイ殿の参加、本当に感謝している」


 俺は国王に悟られぬ様に、ズリズリと少しずつ距離を離す努力に躍起になっていると知ってか知らでか、国王はそんな言葉を俺に投げかけてくる。


「いえ、前も言いましたが俺は勇者です。人類を脅かすものに立ち向かうのは当然ですよ」


 怪獣がどんなもんかはまだ分からんけど。どうせ俺の持つチート能力の前には雑魚同然よ。その雑魚をしばき倒すだけで、ヒョウカ達みたいな最高の美少女が惚れてくれるんだから、本当に異世界はユートピアだな。


 って、おっさん! そんな『私感激しました!』みたいな表情浮かべて近づいてくんなっ!! いや、本当にそれ以上近くに来ないで? え? なになに? 何んでそんなに詰め寄ってくるの? 何でそんな真剣な眼差しを俺に向けてくるの⁉︎ いや無理! マジでそれ以上くんなおっさん!! 分かるでしょ俺のこの引きつった顔! だからマジで、あ、い、いや! う、ウギャ〜〜ッ!!!!


「ケイ殿。どうかこの世界を救ってください」


 中年のおっさんに迫られ、押し倒される恐怖を想像し、俺は腰を抜かしかけ動くことができず、只々目をギュッと固く閉ざした。

 そんな俺の肩に、国王はポンと軽く手を置いて一言だけいうと、再び微妙な距離感に腰を下ろす。もうちょっと離れてくれてもいいんですよ国王様?


 でも、まじでびっくりしたわ〜。本当に俺の人生最大のピンチだと思いましたよ。もう心臓バックバクですよ。……ん? これは別にときめいてるわけじゃないよな? 吊り橋効果とか発動してないよな? うん、大丈夫、俺の禁断の扉はガッチリ封印されてます。


「俺の持てる力、その全てを持って怪獣討伐にあたりましょう」


「何とも心強い言葉……」


 国王は感極まったのか、目頭を親指と人差し指でキュッとつまむ。


 おやおや国王様。俺の言葉で泣きそうになってるんすかい? なら早く風呂から出て自室に戻ったほうがいいですよ? 男は簡単に他人に涙を見せるもんじゃありません。ましてや、あなたは国王。ほら、早く浴槽から上がりなさいな。……てか、さっさと出てけや! これ以上俺の優雅な入浴タイムを汚すな!!


 そんな俺の、怨念の篭った祈りがこのテンプレクラッシャーに届くはずもなく、国王は「ふ〜」と一度大きな息を吐いてから、こちらに顔を向けてきた。いや、マジでこっち見ないで下さい。


「申し訳ない。みっともない姿を見せてしまった」


 本当だよ。中年おっさんの涙ぐむ姿とか需要ねぇから!


「いえ、あなたも国王という立場上、多くのものを背負っているのでしょう。その気苦労はお察しします」


 あぁ、俺って本当に紳士ですわ。こんなおっさんに対しても、苛立ちを表に出さずにこの対応。イケメンの中のイケメン。トップオブザイケメンですわ。イレーロとかという、顔だけイケメンとは格というか、もう次元が違うのですわ。


「ところでケイ殿。話は変わるのだが、娘のアリスとはもう話はしたのですかな?」


 体ごとこちらを向いて尋ねてくる国王。


 むむっ! あんたちょっと距離が再び近くなってるぞ!


 俺は警戒心を高め、若干身を引きつつ国王の質問に答える。


「えぇ、彼女とは何度か話をさせてもらっています。前回の晩餐会では一緒に踊ってもいただきました」


「そうですか! して、ケイ殿はうちの娘をどう思われますかな?」


 身を乗り出す様に、更に距離を詰めてくる国王。


 おうおう! それ以上近くと俺の水鉄砲が炸裂するぜおっさんよ! 俺の水鉄砲は一秒間に10cc放水できて有効射程は30cmの高スペックだぞ! あんたの、その異様にキラキラ輝いている眼球を百発百中で撃ち抜けるんだぞ⁉︎ だからそれ以上近寄るな!!


「アリスさんはとても美しい女性だと思います。礼儀などもしっかりされてますし、大変素晴らしい王女様だと思います」


「そうですか! そうですか! アリスは少し甘えん坊な所があるが、しっかりとした真面目な子に育ってくれた。自慢の娘です。どうかこれからも娘を宜しくお願いしたい」


 俺の言葉を聞いた国王は、それはもう満足そうな表情を浮かべる。


「え? あぁ、はい。分かりました」


 ん? なんか宜しくお願いされちゃったけど? これって婚約とかそういう話? まさか、そんな事は無いよね。これは、これからも仲良くしてやってくれとかそういった類の「宜しくお願いしたい」だよね? それだったらもう大歓迎ですよ。いくらでも宜しくお願いされちゃいますよ。ふむ、なんか今のは変態発言ぽいな……。


「それでは儂はそろそろ上がらせてもらおう。ケイ殿はまだ入っていられるのですかな?」


「えぇ、もう暫く湯に浸かっていようかと思います」


「さようか。では先に失礼する。どうぞ、ゆっくりとしていってくだされ」


 そう言って国王は浴場を後にした。


 はぁ〜やっと居なくなったよあのおっさん。


 俺は脱力して、湯船の中で手足を投げ出して大の字になる。


 ここは異世界なのに何で中年おっさんが風呂場に来るかな? 普通はヒロインが来るべきでしょう? 常識的に考えてそうだよね? いや、本当の真面目な常識で考えたら、女性が男性の風呂に入ってくることはほぼ無いんだけどさ。もし偶然が重なって中に入ってきちゃっても、そのまま混浴ってはならないんだけどさ。でもここは異世界ですよ? てことはですよ? 日本の常識は、ここでは非常識になるんです。そして、日本の非常識がここでは常識になるんです! そういうもんなんです異世界は!

 なのにあのおっさんはッ! この非常識野郎め!


 他人が聞いたら、こいつ頭沸いてん? と真剣に心配されそうな事を考えていると、再び脱衣所の方からガサゴソと音が聴こえてきた。


「あのおっさんめ! ま〜た来やがったのか? 何だ忘れ物か?」


 よっぽど不満な気持ちが昂ぶっていたのか、心の中の言葉をそのままストレートに口に出してしまう。


 いかんいかん、と思いながら浴室と脱衣所を仕切っている曇りガラスを睨み続ける俺。一瞬俺の脳裏に、曇りガラスっていつ頃発明されたものなんだろう? というどうでもいい疑問が浮かぶが、それを無視して、その曇りガラスの扉を睨み続ける。


 やがて、曇りガラスの向こう側に見える人影が濃くなってきて、扉に手をかけたのが分かる。


 んん? なんか人影が小さく無い? あのおっさんって、もうちょっと大柄だったはず…………。


 そんな疑問が過ったのと同時くらいで、扉がガラガラと音を立てて、脱衣所にいた人物が浴場へと入ってくる。


「け、ケイ様いらっしゃいますか? そ、その…………お、お背中を御流しに来ましたっ!!」


 アリスキタァァッッッッーーーーーーッ!!!!!!

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