第16話 人類最強は罵られる
ファイアーストームの一件で、俺には異世界方式の魔法が使えないという事が判明した。
これは、俺が魔法で戦う事にいたってはなんの問題はない。俺には現代科学の知識を利用した、チート魔法があるからだ。しかし、この俺の魔法をメリーに教えるとなると、とても大きな問題が発生してくる。
俺は、いまだに激しい炎に包まれている案山子を無表情で見つめ続けている銀髪娘に目を向ける。なんか若干視線がキラキラ輝いているのは、気のせいだろうか?
「なぁメリー、ちょっと聞いても良いか?」
「うん、なに?」
こちらに顔を向けて、小首を傾げるメリー。
はい可愛い。何なんだろうこの小動物感は。なんかこうギュッとしたくなる。そしてサラサラな銀髪をワシャワシャってしたくなる。………………やりませんけどね? 俺、犯罪者にはなりたくないし。
「メリーは、どうして火が燃えるのか疑問に思った事はあるかい?」
俺方式の魔法を使うには、物理や化学などの知識を身に付けることが必須条件になってくる。しかし、以前の会話から、メリーには、と言うよりもこの異世界の人達にはその辺の知識が皆無である。中世ヨーロッパと同等の文明を築いていて、そこの住民は、え? 科学? なにそれ美味しいの? 状態である。これぞまさしく御都合主義の極み! 主人公が思う存分イキリまくれる優しき世界! 異世界まじ最高ッ!!
と、ここに突っ込むのは野暮というやつだろう。それよりも今問題なのは、その科学知識ゼロのメリーに、色々と教え込まないといけないという事だ。
科学を学ぶ上で一番重要になってくるのが、好奇心である。かの有名な偉人アイザック・ニュートンは木から落ちる林檎から万有引力を導き出したという。さすがにその域までいくと変態というか変人というか、偉大過ぎて無理って感じだが、ある程度の適度な好奇心は、科学のお勉強の効率を上げてくれるのは間違いない。
「火が燃える訳?」
「うん、火って何だろう? て思ったりした事はある?」
俺の言葉に、メリーは神妙(無表情)な表情をする。
もし彼女に、火などの自然現象に対しての疑問や、これらに対しての知識欲求があれば、科学の勉強のポテンシャルはかなり高いと言えるだろう。一つ一つ論理的に解明されていく現象に、自ずから科学の世界に魅了され、のめり込んでいくのは時間の問題だ。そうなると教える側としての負担はかなり軽減される。
「火は神の意思」
「そうそう、火ってのは神の意思で……ん? 今なんて?」
メリーの予想外の回答。思わず俺は聞き返してしまう。
「火は神の意思の具現化。ときには怒りをときには慈悲を表している」
「お、おう。…………なるほどな」
彼女の有無を言わせない揺るぎ無き言葉に、俺は頷いてしまう。
成程そうきましたか。たしかに地球でも、科学が発展するまで自然現象は神様のせいにされてたんだっけか。
うーん、そうか神様かぁ。神様ねぇ………よし!
俺は無言で演習場の端まで歩いていく。そして壁に立て掛けてあった練習用の剣を2振つかんで、メリーの前に戻ってくる。
「師匠、練習用の剣。どうするの?」
「魔法を扱うにあたって大事なのは強靭な精神力だ! そして強靭な精神力は強靭な肉体から生み出される! 俺の魔法が使いたかったら、まずは体を鍛えるところからだっ!!」
料理人を目指す見習いが、いきなり包丁を握らせてもらえると思うなよ! まずは皿洗いからだ! そこからジャガイモの皮むきなどの下拵えを経て、やっと本格的な料理を作らせて貰えるのだ! ………多分。俺、料理人の修行の事なんて何も知らんけど。
「……なるほど、わかった」
俺の現実逃避の滅茶苦茶理論を疑いもしないメリーは、俺が差し出す練習用の剣を受け取り、正眼の構えをする。
「強力な魔法習得のため。努力は惜しまない」
想像以上のやる気を見せる彼女に、俺の心の中に罪悪感が湧き上がってくる。
いや別にメリーに魔法を教えることを諦めた訳じゃないし? 剣術稽古も集中力とか精神力の鍛錬に役立つはずだし………多分。
「よし、それじゃあいくぞ!」
その言葉を皮切りに、俺とメリーは打ち合いを始める。
さすがは序列三位というだけあって、メリーの剣捌きは中々のものだった。序列一位のヒョウカと比べると、幾分か動きに劣っているところはあるが、それでも十分に強いと言える実力だろう。
それともう一つ、とても重要なことがある。
それは、稽古中の彼女がとてもエロい、という事だ。
俺は服については無頓着で、メリーの服装の名前とかはよく分からんけど、簡単に言うと今の彼女は、ハーフパンツにTシャツという、動きやすさ重視の格好をしている。
そんな彼女が、剣を振るうときにチラッと見えるおヘソとか、もうどんなファンサービスですか状態ですよ。しかも若干汗ばんできて、シャツがピタッと胸に張り付いてるし、首筋にうっすらと浮かんでいる汗の雫が…………もう辛抱たまらんっ!!
そんな感じで俺の変態がブゥワッと溢れ出そうとしたとき、ふと演習場の外から声がかけられた。
「おやおや、これは勇者様じゃないですか」
その声に、俺はメリーの剣撃を受け流した後、すっと片手を上げて彼女に待ったをかけて、声のした方に顔を向ける。
「我らが魔王を撃ち破った勇者ともあろうお方が、油断せずに鍛錬を続けているとは、いやはや頼もしい限りですな」
俺に声をかけてきた人物。それは黒髪に赤い瞳を持った青年だった。
俺はその人物を見た瞬間に、眉間にしわを寄せる。
身長は軽く180センチを超えていそうな長身に、スラッとした手足の長いモデル体型、しかし筋肉は良い感じについていて女子ウケの良さそうな細マッチョ。極め付けはその端正な顔立ちで、ヘアカタログの表紙を飾っていそうなイケメンである。
つまり、かなりハイレベルなイケメン。
それだけで俺の抹殺対象ファイルに登録されるに十分事足りる。
「すみませんが、どちら様でしょうか?」
俺は努めて平常心でいようとしたが、どうしても口元が引きつってしまう。俺にとって美少女は目の保養になるが、逆にイケメンは目に毒だ。もしこの俺が失明したら人類の、いや世界の損失だ。そうなる前に、早急にこの目の前のクソイケメンを葬った方が良いだろうか?
そんな敵対心満々の内心を必死に押さえ込みながら、俺は青年と向き合う。
「おっとこれは失礼しました。わたくしめはイレーロと申します。イレーロ・ジュウ・ポイントで御座います。以後お見知り置きを」
そう言って、青年ーーイレーロは癪に触るほど慇懃な礼をする。
何だろうこいつ。なんかムカつく。そこはかとなくムカつく。
「そうか、俺はケイ・ナロだ。よろしくな」
俺は引き攣る笑みを浮かべながらも、友好の証として右手を差し出す。
イレーロはその右手を一瞥した後、フッと小さな笑みをこぼした。
「わたくしめの様な下賎な者が『人類の希望』である勇者様と握手など、恐れ多いで御座います」
大仰な態度で言うイレーロは、そのまま視線をメリーへと向ける。
「メリーシュカン。貴様も大変だなぁ」
彼はスッと目を細めて、汗ばんでいる彼女の服装にさっと目を通す。
「人類の希望を世界に留める為に、とは言えこんな……おっと、これは失礼。今のは失言でした」
わざとらしく自分の口を手で覆うイレーロを俺は剣呑な目で見る。
今こいつ、俺の事を『こんな奴』って言ったよな? 何だこのクソイケメンは? 喧嘩売ってんのかな? 買っちゃうよ? 俺買っちゃうよ? 幾らかな幾らでも買うよ?
「おぉ怖い。そんな目でわたくしめを見ないで下さいませ。ブルって漏らしてしまいます」
言葉とは裏腹に、何とも挑発的な笑みを浮かべるイレーロ。そんな彼につられて、俺もニタァと暗い笑みを浮かべてしまう。
「それは申し訳ない。けど許してくれ。俺は昔から愛玩動物の類がちょっと苦手でな。他人に愛想を振りまく事でしか生きていけないやつが苦手なんだよ」
嘘ですよ? 豆柴とか子猫とか大好きです。ウサギとか抱きしめてずっとモフモフしていたいです! が、しかし! このイケメンは大ッッッッ嫌いであるっ!!
「ほう、それはそれは難儀ですなぁ」
俺の言葉を聞いて、若干表情に怒りの色が混ざる。
ふふん、いいぞぅ。もっと怒れやクソイケメンめ。
てか、なんなのこいつは? 何で俺に突っかかって来るの? あれかな、俺があまりにも強すぎて、その強さに嫉妬しちゃった的な? 何それ超面倒臭い奴じゃん。つーか本当に面倒臭いな。
「おい、イレーロとやら。俺に何か言いたいことがあるならハッキリと言え。お前、面倒臭いぞ?」
あ、言っちゃった。つい本音言っちゃった。俺ってばお茶目! テヘベロッ!
「……………そうですか。勇者様がそう仰るならば、ハッキリと言わせてもらおう」
イレーロはそう言うと、ギンっと鋭い視線で俺を睨んできた。イヤン、この人怖いぃ。
「俺はテメェが戦場で役に立つとは、これっぽっちも思っちゃいねぇ! いいかファッキン勇者! 今回の怪獣討伐で俺達の足を引っ張ってみろ。その時は俺がテメェをぶっ殺す!!」
いやいやイレーロさんや。あんた口調変わりすぎでしょ⁉︎ 口汚いなおい。ファッキン勇者って………
「その目だ。その目付きが気にくわねぇ。何の緊張感もない平和ボケした目だ! そんな奴に怪獣討伐が務まるとは到底思えねぇ!」
イレーロの豹変ぶりにあっけにとられた俺だったが、彼の話からすると、どうやらこいつも怪獣討伐の遠征隊に参加する様だ。
ふむ、これは良くない。大変良くないぞ。
戦いというのは個々の連携が重要だ。その中で、こいつの様な危険因子が混ざってると全員の命が危なくなってしまう。
まぁ実際は、俺の圧倒的な力で無双して、あっという間に怪獣討伐して、それで終わりなんだろうけどね。それでもちょっと、こいつには説教が必要だな。
「お前がどう喚こうが、俺は遠征隊に参加する。そして、俺はお前よりも強い。圧倒的にな」
俺がそういうと、イレーロは悔しそうな表情を浮かべる。
「いいかよく聞け? 怪獣ってのはとても危険で強大な敵なんだろ? それなら、自分の感情を優先しないで、全体の目的達成のために徹する。それが戦士ってもんじゃないのか? お前の様なやつが一番足を引っ張る存在だと、俺は思うんだがな」
ここで俺は一旦言葉を区切って、真剣な表情を作る。
「あんまり半端な気持ちでいると……………死ぬぞ?」
その言葉を聞いた瞬間、イレーロの顔は真っ赤になった。
ワオ、人の顔ってそんなに赤くなるんすね。まるでトマトですよ。イケメントマトの出来上がりですわ。
「て、テメェ…………」
一瞬、飛びかかってきて胸倉を掴まれると思ったが、イレーロはどうやら踏みとどまったらしく、クルっと踵を返して、俺に背を向けた。
「半端なのはどっちだ」
小さくそんな捨て台詞を吐いて、イケメントマトは去っていった。いや、首筋まで赤くなっていたから、どっちかというとパプリカon theトマトかな? ハハッ、意味わかんねッ!
「全くなんだったんだ? あいつはよ」
俺がため息とともに呟くと、スッとメリーが隣にやってきた。
「彼は魔王様と同じ魔人族。とても強い。私よりも強い。序列二位」
「………まじかよ。あいつ『槍の持ち手』だったのかよ」
まさかの大物だった人物に、俺はもう一つ大きなため息を吐いたのだった。




