第15話 人類最強は異世界魔法が使えない?
怪獣を討伐するための遠征部隊の編成には、あと数日かかるらしい。
その間、俺は特にやることがないので、この王都をブラブラと散策でもして暇を潰そうかと考えていると、無表情銀髪娘ことメリーに捕まった。
「師匠、修行」
相変わらず単語と単語を繋げただけの、コミュ力の欠片も感じない言葉をかけられた俺は、まぁどうせ暇だからいいかな。という軽いノリで彼女の要望を受け入れる事にした。
そして魔法の練習をするのに、今は城の敷地内にある騎士の演習場へときている。
「よし、まずはメリー。君の魔法の実力を知りたい」
俺は少し離れたところに立っている、ボロボロの鎧を纏っている案山子を指差す。
「とりあえずあの案山子に向かって、なんか良い感じの攻撃魔法を放ってみてくれ」
俺の言葉にメリーはコクンと一度頷いて、案山子と相対する。
「ーー紅蓮の炎よ、今ここに顕現し行く手に立ち塞がり我へと仇なす敵へと吹き荒れろーー“ファイアーストーム”」
胸の前に突き出すように両手を揃えたメリー。そして詠唱、吹き荒れる炎。彼女の両手から飛び出た灼熱の紅蓮は、数メートル先の案山子を飲み込んだ。
うん、魔法ですわ。まともな状況で聞いたら羞恥で身悶えしそうな詠唱に、ファイアーストームとか言ういかもにもなネーミングの魔法。これぞ正しくファンタジー魔法。王道中の王道だ。
「いやぁ、すごい魔法だな。お見事お見事」
俺はパチパチと手を叩きながら彼女の隣へと移動する。
「こんな魔法、朝飯前」
「そうか、ところで今の魔法は、詠唱無しではできないのか?」
俺のこの質問に、メリーは表情を伏せる。まぁ、もともと無表情なんですけどね。
「無詠唱はできない。無詠唱で魔法を行使できるのは召喚された勇者だけ」
少しだけ気落ちしたように言うメリー。どうやら彼女のプライドを少し傷付けてしまったようだ。
「じゃあメリーが無詠唱で魔法が使えるようになったら、勇者と同等って事だな」
軽くメリーに対してフォローを入れつつ、俺は質問を続ける。
「詠唱を覚えれば魔法はすぐに使える様になるのか?」
「それは無理。イメージの定着がないとダメ」
ふるふると銀髪を左右に揺らしながら首を振るメリー。
くぅ、本当に髪の毛サラサラだなおい。撫でたくなる頭Best3だぜまったく。
「イメージの定着というのは?」
「詠唱と現象の結びつき。これが大事。詠唱だけじゃそれはただの言葉。言葉で魔法は発動しない」
なんか一生懸命に説明されたけど、メリーの話し方だといまいち理解できん。
でもまぁ、なんとなく仕組みは把握できた。つまり、この詠唱を唱えたらこの魔法が出るよってのをしっかりとイメージできれば、魔法は発動できるという感じかな。
古代日本で言うところの言霊ってやつだな。いや、ちょっと違うか? ま、どうでもいいや。
ここで重要になってくるのがやはり“イメージ”だ。うん、やっぱりテンプレですな。ここで現代科学の力を混ぜ合わせれば、異世界人がびっくら仰天腰抜かすほどのチート魔法の出来上がりってわけだ。
とりあえず、俺もさっきメリーが使った“ファイアーストーム”とか言う魔法を使ってみようかな。いやぁ、かっこいいねファイアーストームって名前。漢字にしたら炎嵐ですよ。あ、良い! 良いよこれ! 凄くカッコ良い。ただ漢字にしただけなのに、この溢れる中二病感! 堪んないね!
「したらば俺もドバッと格好良い魔法をーー紅蓮の炎よ、今ここに顕現し行く手に立ち塞がり我へと仇なす敵へと吹き荒れろーー“ファイアーストーム”!」
メリーと同じく、いや彼女よりも幾分か気合を入れて、まるで亀の仙人の破滅の波動を打ち出すかの如くシュバッと両手を前に出す俺。凄く格好いい。
「……………………」
超クールなポージングで静止している俺をメリーが只々無言で見つめてくる。
およそ10秒ほどだろうか。何も起きないまま固まっていた俺は、コホンと1つ咳をしてからポージングを解く。
「イメージが大事だ。集中しろ俺。イメージだ。詠唱唱える、炎出る。よし、完璧」
ブツブツと俺は声に出して言う。こういうのは口に出して言うのが重要なのだ。安全確認も声に出すのと出さないとでは、その効果に雲泥の差がでる。そこに更に指差し動作が加わるとなお良し。御安全に。
「いくぞ、イメージしろよーー紅蓮の炎よ、今ここに顕現し行く手に立ち塞がり我へと仇なす敵へと吹き荒れろーー“ファイアーストーム”!!」
完璧な詠唱、完璧なポージング(魔法には関係ない)、完璧なイメージ。全てが完璧なはずである。しかし、俺の掌からは微塵も炎が出てこない。
「……………………………………」
2度目のメリーの無言が容赦なく俺に突き刺さる。
お、落ち着くんだ俺。焦る必要はない。いくら人類最強の勇者だからといって、何でもかんでもホイホイとできる様では、なんの面白みもないでは無いか。
チートな主人公でも、たまには努力をする必要もあると言う事だ。“友情、努力、勝利”これとっても大事。
「ーー紅蓮の炎よ、今ここに顕現し行く手に立ち塞がり我へと仇なす敵へと吹き荒れろーー“ファイアーストーム”!!」
「……………………………」
「ーー紅蓮の炎よ、マジで今ここに顕現してください仇なす敵へと吹き荒れて下さいーー“ファイアーストーム”!!!!」
「………………………………」
「ーー吹き荒れろーーファイアーストーム!!!!!」
「………………………………」
「ーー吹き荒れろっつってんだろ!ーーファイアーストーム!!!!!!!!!!」
「………………………………」
「無言で見つめないでぇー!! 心折れちゃうからぁー!」
俺は絶叫とともに地面に膝をついて、メリーの無言の視線から逃れようとする。
俺の度重なる魔法の詠唱は全て失敗だった。虚しく空に突き出された掌からは、紅蓮の炎など微塵も姿を現さず。逆に創り出されたのは、絶叫の様な詠唱後の冷たい静寂と、これまた冷たいメリーの無言の視線だけだった。
無表情美少女の冷たい視線。なんかこれ癖になっちゃいそう。いや、癖になっちゃダメなんだろうけど、駄目だと思えば思うほど…………ふぅ、俺の変態が、止まるところ知らなくて困るぜ。
しかし、今回の羞恥プレイによって、1つ分かったことがある。それは、どんなに努力を重ねたところで、この俺には異世界方式の魔法が使えない、という事だ。
理由は、俺の持つ現代科学の知識である。
ファイアーストームを例にとって説明すると、メリーが行使したファイアーストームは掌から炎の塊が飛び出て案山子を直撃した。この魔法を見た俺の感想は2つだ。まず1つが、マジ超格好良いんすけど。そしてもう1つが、あの炎は何が燃えてんの? である。
そもそも火というのは、何かしらの物質あるいは気体が燃焼するときに生じる現象だ。この現象を起こすには、燃料、酸化剤、そして熱の3つの要素が不可欠である。となるとだ、ファイアーストームにおける燃料は一体なんなんだ? 酸化剤は空気に酸素が含まれているから問題ないとして、あと熱の問題もある。火を点火させるための熱はどうやって発生させる? そもそも引火させる対象は何だ? それが魔力なのか? 魔力とは一体なんなんだ⁉︎ 気体なのか個体なのかはたまた光の様な特殊な物体なのか!? 揮発性なのか可燃性であるのか引火点は一体何度なのかっ!!??? ファイアーストームの仕組みは一体どうなっとるんじゃぁぁ〜っッ!!!!
てな感じの思考が、詠唱中に俺の頭の中をグルングルンと猛スピードで駆け巡るのだ。そしてその思考の結果、俺の頭の片隅でこんな魔法、非現実的だ出来っこない。と決め付けて、結果魔法の発動には至らない、といった感じだろう。
実際はこの詠唱でメリーはファイアーストームを発動させているし、科学的に矛盾点があったとしても、そこを気にせずにイメージだけでゴリ押しすれば、問題ないのだろう。けど、俺の場合は半端に現代科学の知識を身につけてしまっているせいで、その矛盾点を無視できない。
ふっ、つまり天才であるが故の苦悩というやつか。
ニヒルな笑みを浮かべ、俺はやれやれと小さく首を振る。
「師匠、気持ち悪い」
「やかましいわッ!」
無表情のくせに引いた雰囲気を醸し出すって、どんな芸当だよ。そんな事が出来るならもっと表情筋を鍛える努力しようよ。君、笑ったらとても可愛いと思いますよ?
「師匠、もしかして……………ファイアーストーム使えないの?」
「うっ……」
彼女の言葉に、思わず言葉に詰まってしまった俺。
その俺の反応を見て、メリーは嘲笑うかのような笑みを浮かべた。ような無表情をした。なんかややこしいな。
「ふーん、へぇ、そう、師匠、ファイアーストーム、使えないんだ」
「……ッ!?」
メリーの今の言葉、絶対に俺を馬鹿にしている。今もメリーは無表情だが。もしも彼女が活発快活少女だったら、今頃ニヤァと大きく口角を上げて。
『え? 人類最強の勇者なのにファイアーストームも使えないんですか? マジウケるんですけど。プーックスクス』
とか言われているのだろう。
これは駄目だな。このままでは勇者としての威厳がなくなってしまう。
ここはいっちょド派手な魔法をぶちかましてメリーの度肝を抜きますか。
「メリー、君は何か勘違いをしていないか? 俺はファイアーストームが使えないんじゃない。使わないんだ。人類最強である俺にとって、そんな“火遊び”魔法は必要ないのさ」
さっきまで全力で詠唱を叫んでた男が何いっとるんだ。というツッコミを受けそうなセリフを吐いて、俺はゆっくりと案山子の正面に立った。
実際問題、俺が異世界方式の魔法を使えなくてもなんの問題もない。自分の知識を元に矛盾を感じさせない方法で魔法を発動させれば良いだけなのだから。
「メリー。君に本当の炎魔法というのを見せてあげよう!」
俺は魔力を大量に放出、その放出した魔力を“ナフサ”へと変換する。それと同時に魔力で増粘剤であるナパームも生成、それをナフサへと添加していく。
俺の広げた両手の間に、ドロドロとしたゼリー状のものが出来上がっていく。
「これが勇者の魔法だ! 我流ファイアーストーム!!」
両手を突き出し、大量のゼリーを案山子にぶちまける。と同時に着火。
たちまち激しい炎の嵐に飲み込まれる可哀想な案山子。
「すごい炎。さすが師匠」
メリーが業火に晒されている案山子を見ながら感心したように言う。
「あ、あぁ。そうだろ?」
俺は自分の予想を上回る炎の激しさに若干動揺しながらも、メリーの言葉に返事をする。
ナパーム弾。それがどんな代物で、どんな原理なのか。俺は資料やネットの中では知っていた。しかし、実際にこうして使ってみると、これがどんなに恐ろしい兵器であったかが身に染みる。
こりゃ戦争で使用禁止にもなるわな。
こんなのもを昔の戦争では、人間に対して使っていたと考えるとゾッとする。
現代科学の力、それに俺は薄ら寒いものを感じながら、案山子からそっと目を逸らした。
同時に真っ赤に焼け、溶けかかった金属製の鎧を纏う案山子はドサッと音を立てて崩れ落ちた。しかし、それでも炎の勢いは衰えなかった。
あれ? 矛盾といえば、なんで魔力は簡単に他の物質に変換できるんだ? 色々と物理法則無視してね? これ一番の矛盾点じゃね?………………これ、考えたら駄目なやつだ! 魔法使えなくなっちゃうッ!!
ここは勇者が持つもう1つの究極魔法の出番だな!
ーー秘技“御都合主義”発動ッ!!!




