第13話 人類最強、頼まれる
食事というのは人生においてとても重要な役割がある。
ある大学の研究によると、一人で寂しくご飯を食べるのと、みんなで楽しく食事をするのでは、みんなで楽しく食事する方が寿命が延びるとか延びないとか。
「ケイ様、こちらのはもう食べましたか? とても美味しいので是非食べてみてください」
「師匠、このお肉はとても美味」
「ケイよ、お主先程から野菜を全然食べていないぞ? もっとバランス良く食べないとダメではないか」
もし食事の幸福度が寿命に関係しているのなら、俺の寿命は、それはもう凄い事になっているはずだ。もはや不老不死になっていても不思議ではない。
美女三人に囲まれての朝食。あぁ、俺はいま幸せの絶頂にいる。この空間にいたら、例えカビの生えたパンを食べていても、きっと最高級のクロワッサンのように感じてしまうだろう。
「そう言えば魔王…じゃなくてヒョウカは何で俺のベッドで寝ていたんだ?」
もちろんカビなど生えていない、正真正銘の真っ白な高級パンを頬張りながら、俺は左隣を陣取っているヒョウカに尋ねた。
「ん? それは先程も言ったであろう。お主は妾のパートナーとなるのだから、臥所を共にするのは当然だろう?」
当然なんですか⁉︎ てか臥所ってなんすか? もっと現代語を使ってくれないと俺、分からないっす。
「パートナー云々の話はさっきも聞いた。にしてもだ、いきなりベッドに潜り込んでくるのはどうなんだ? 仮にも俺は男で、君は女なんだぞ?」
何事も順序ってもんがあると思うんですよ。俺、結構そういうの気にするタイプです。
「つまり、ケイは妾を異性として意識していると。ふむ、何とも嬉しい限りではないか」
「いや、あのなぁ。今はそういう話をしてるわけじゃ……どうしたんだアリス?」
俺がヒョウカと話していると、何故かアリスが挙動不審になっているのが目に入り、無視出来ずに声をかけてしまった。
「ひぁい! あ、いえ何でもございません!」
うん、それは何でもございませんの反応じゃないよね? 『ひぁい』がアリスのデフォルトの返事だったら……うん。かなり可愛いな。俺、変態かな?
アリスは何故か俺の視線から逃れるように、自分の皿に食べ物をよそうのに集中する。てか、よそい過ぎじゃありませんか? アリスって実は隠れフードファイター? いくら食べても栄養は全て胸にいっちゃう的な? それならばもっと食べて下さい。食べ尽くしちゃって下さい!
「あ、あの……その、ケイ様は魔王様と、えと……」
一生懸命、自分の皿に食べ物の大山を築いていたアリスが、歯切れ悪く何やら俺に聴いてきた。というか、彼女の耳すっごい赤いんすけど? 大丈夫? 熱出てない? 俺がおでこに自分のおでこ当てて熱計ってあげようか?
「ま、魔王様と一緒に…………よ、夜をお、お過ごしに……」
あ、なるほど。アリスさんや、あなた勘違いしてますで?
まぁ、さっきの俺とヒョウカの会話を聞いたら勘違いしても仕方がないか。
「いや。アリス、君は誤解し…」
「どうしたのだアリス? そんなに顔を染めて」
なんかヒョウカが俺の言葉を遮ってきたんですけど?
しかも、かなりニヤついてるんですけど? 何だろう。すっごく可愛い笑顔なのに、すごく嫌な予感がするのですが。
「何か気になることがあるのか? それならば妾にきくがよい。何でも答えてやろう」
やたらと親身な態度をとるヒョウカに、アリスは頬を染め羞恥に耐えながらも口を開いた。
「魔王様は、ケイ様と共に夜を過ごしたのですか?」
美少女が顔を真っ赤にしながらも意を決した表情をすると、なんかこうグッとくるものがあるね。俺新たな性癖に目覚めちゃいそうです。変態街道まっしぐらです。誰か止めて下さい。
「ふむ、そうだなぁ」
て、おい! このエロ魔王! 何が『ふむ』だよ。
何で勿体ぶってるんだよ。
「ここは朝食の場だ。だから、このような話は出来ればしたくはない。したくはないのだが……」
ヒョウカはここで、妖艶な笑みを浮かべる。
俺、なんかすごく嫌な予感が続いてるんすけど。いまヒョウカの目がキランって光った気がするんですけど?
「これだけは言っておこう。妾の大事な所をあんなにも激しくされたのは、生まれてこのかた初めてだ。であろう? ケイよ」
おーーーーっい!! 何だその超絶誤解を生みそうな言い回しはっ! いや確かにセクハラはしちゃったけどもね。でもあれは事故だから! 俺寝惚けてたから! 抱き枕だと思ってたから! てか俺に話を振るな! なんて答えればいいんだよ!
「ほ、本当なのですかケイ様⁉︎」
「いや! アリス、誤解しないでほし…」
「あれ程にまで強く熱い抱擁をケイの方からしてきてくれて、妾はもうされるがままであった」
うおーーーーっい!! なに言ってくれちゃってるんですかこのエロ魔王は!!
いや、別に彼女が間違ったことを言っているわけでは無いんだけどね! 全面的な非は俺にあるので文句の言える立場では無いのはわかっているつもりなのですけどもね!
でもごめんなさい。ちょっと黙ってて下さい!
ほら、アリスの顔が赤くなってるから。それはもう、こっちが心配になるほどに真っ赤だから。
そしてメリーさんや、君は何でそんなに俺を射殺すような視線を送ってくるんだい? 何で、手に持ってる骨つき肉を噛みちぎる様に貪ってるんだい? 普通にめっちゃ怖いんすけど? 無表情なのに目だけがすごくギラついていて、ものごっつ怖ぇんすけどっ!!
「アリス、誤解しないでほしいんだが、俺とヒョウカの間には何も無かった。と言えば少し嘘になってしまう。というのも今朝、俺は寝惚けて彼女を抱きしめてセクハラをしてしまった。これは本当に申し訳なかったと心から思っている」
俺は一旦ヒョウカの方を向いて頭を下げる。
こういう時は誠意を見せるのが重要なんです。
「でもそれだけだ。それ以上のやましいことは何も無い」
まぁそれ以上もなにも、これが日本だったら訴えられて、慰謝料請求とかされても文句言えませんけどね。でもここ異世界だし! 俺チート持ちの勇者だし! 多少のおいたは世界が許してくれるはず! ……俺普通にゲスいな。
自分の汚い部分に気が付いて、軽い自己嫌悪に陥っているところに、ヒョウカの優しい声がかかる。
「ケイよ。こちらに顔を向けよ」
「ん?」
彼女の囁く様な甘美な声音に、俺は反射的に反応して顔を向ける。
「今朝の出来事は驚きはしたが、妾にとっては幸せな出来事でもあったぞ?」
「ぶふぉっ!」
妖艶な笑みと共にヒョウカから発せられた言葉に、俺は思わず吹き出してしまった。
このエロ魔王はもうダメだ。可愛すぎて太刀打ちできる気がしない。てか、よくよく考えると、自分の好きな子がエロいって結構最高じゃない? そうでもない? 個人の好みの問題? あ、さいですか。俺はエロい女の子は最高だと思いますっ!!
◆◇◆◇◆◇◆
朝食を食べ終えた俺は、昨日に続き謁見の間へと向かった。
恐らくは国王から色々と詳しい説明が聞けるのだろう。やっと『序列』とかに関する謎が解けると思うと、朝の心労が軽減される気がした。
いやぁ、今日の朝食はかなり疲れた。あの後、アリスの誤解を解くのにかなりの労力を費やしてしまった。なにか言う度に、エロ魔王モードに入ったヒョウカが茶々を入れてきて、中々思うように話が進められなかった。
更には、メリーがずっと俺を怖い目で見つめてきて、精神をゴリゴリ削っていくものだから、朝から変な汗ダダ漏れでした。
本当にモテる男っていうのは、辛いものですなぁ。
今まで生きてきた人生の中で、おそらく一番贅沢な悩みに軽いため息をついているうちに、謁見の間の扉へとたどり着いた。
案内のメイドに連れられて来た俺を確認して、扉の両脇に控えていた衛兵が恭しく頭を下げて扉を押しあける。
お? 今日はヒョウカもここにいるのか。
豪華絢爛な椅子に座するテンプレート王国の国王。そのすぐ隣には、国王に負けず劣らず豪華な椅子に腰を下ろしているヒョウカの姿があった。
他は昨日と変わらない顔ぶれだ。アリスを含めた王女三姉妹と、謁見の間の左右の壁際に整列している大臣や武官らしき国の重鎮たち。
こう言う場面になると、本当に異世界ファンタジーって感じがしてちょっとテンション上がっちゃうな。てかアリスまだ顔赤いし、本当にもうアリスは純情でピュアで可愛いなぁ、もう。
「ケイ殿、よく休められたであろうか?」
自分の前まで歩みを進めた俺に、国王が声をかけてきた。
「ええ、国王様の御好意でこの都一番の客室をあてがって頂き、とても充分に体を休めるとこができました」
精神の方はエロ魔王から受けたダメージで、休息充分とは言えませんがね。
内心でそう言葉を続けて、俺が国王の隣にいるヒョウカに視線を向けると、バッチリと目があってしまった。
俺と目があったヒョウカは、片目をパチっと閉じてウィンクをしてきた。
ぐっはぁっ!! 何という凄まじい攻撃力だっ! さすが魔王だ。勇者である俺に、片目だけでこれ程のダメージを与えてくるとはっ!
くそ、ヒョウカめ! まだ俺の精神を削り足りないというのかっ! お前は俺をどうしたいんだッ!!
「そうか、満足して頂けたのであれば、こちらとしても喜ばしい限りだ」
国王は、俺がヒョウカからの攻撃によって瀕死の状況に陥っているなど露知らず、一人シリアスな表情をし始める。
「ケイ殿よ。そなたには、この世界の人類の誰よりも強力な力を持っておる。そんな、そなたに頼みたい」
んん? なんか重要そうな場面の予感。
ヒョウカのウィンクに悶絶していた俺だが、国王の真剣な声音に若干正気を取り戻す。
周りを見渡してみると、国の重鎮たち、そしてアリス達王女三姉妹。更には、先程いたずらにウィンクまでしてきていたヒョウカまで、表情を引き締めて真面目な表情をしていた。
国王は椅子から立ち上がると、俺の前まで歩み寄り、真剣で真っ直ぐな眼差しで俺を見つめてきた。
な、なんすか? 俺はノンケなんでそんなんでときめいたりはしないっすよ? 俺の中の新たなる世界への扉はがっちり封印されてますので。例え国王がどんなにダンディでも開くことはありませんので。
「どうか。どうかお願いします! 我らの『怪獣』退治に協力をお願いしたいッ!!」
国王はガバっと深く俺に対して頭を下げてきた。
それに続いて、ヒョウカやアリス達、俺以外のこの謁見の間にいる全員が頭を下げてきた。
え? え? 何これ? ドッキリ? てか怪獣? 怪獣って言ったらゴ○ラとかの事? それともバル○ン星人?
視界に映る人全員が自分に頭を下げているという人生で一度も経験したことがない状況に、俺はキョドッてしまう。
そして同時に思う。
異世界ファンタジーに怪獣て…………ミスマッチじゃありません?




