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第12話 人類最強とパートナー

 俺は今、絶賛土下座中である。それはそれは完璧な、惚れ惚れするような土下座である。土下座道免許皆伝といっても過言ではない。


「本当に申し訳ない。心からそう思っている」


 俺は必死に謝罪の言葉を連ねる。

 朝、ベッドで目覚めると隣には魔王がいた。しかし、俺はそれに気が付かずに、彼女を抱き枕と勘違いをして思いっ切り抱きしめてしまったのだ。しかも、超絶セクハラというオマケ付きで。


 あの魔王を両腕、両脚でがっちりホールドするとか、俺はなんて幸せ……大馬鹿ものなんだろうか。反省をしなければ。反省を。


 俺は必死に煩悩を捨て、自身を戒めようとする。が、邪心を捨てようとすればするほど、己の掌にあの柔らかな感触がフラッシュバックしてくる。


 あぁーッ! 邪心退散! 邪心退散! 摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄…


 俺は悟りの境地に至ろうと、一心不乱にお経を唱え始めた。


 中学の頃にお経を唱えれる奴ってカッコよくない? というトチ狂った感性で覚えたものがこんなところで役に立つとは。


 人生、何が役立つかわからないものである。


「頭を上げろ、ケイ」


「いや、俺は魔王にとんでもない事をしてしまった。お前が望むならどんな罰でも受ける」


 魔王が与える罰、それだけを聞くとかなりヤバそうな感じだが、俺がやらかした罪はでかい。


 たとえ縄で縛られようと、ロウソクの蝋を垂らされようと、鞭でバシバシ叩かれようとも! 俺はそれの全てを受け止める! 魔王が俺に何かをするとか、それはもう俺にとってご褒美ですッ!! …………俺、人として終わってるかも知れない。


「妾は別に、ケイから何かをされて嫌という事はないのだが……そこまで言うのならば一つお願いがある」


 んんっ? なんかとてもテンションが上がる事を前半に魔王が言ったような気がするが?


「俺に出来ることなら何でもする。言ってくれ魔王」


「それだ。その『魔王』と言うのをできれば止めてくれんか?」


 え? じゃあ何と呼べば良いんすか?


「魔王は……魔王だろ?」


 俺が困惑気味に言うと、当の魔王は少し頬を膨らませて不満そうにする。


「『魔王』というのは肩書にすぎん。妾にもちゃんとした名前があるのだぞ? 出来ればその名で呼んで欲しい」


 確かに、考えれば当然のことか。今まで彼女の事を魔王、魔王と呼び続けていたのは、ちょっと失礼だったかも知れない。


「分かった。それで、名前は何というんだ?」


「ヒョウカだ。妾の名はヒョウカ・シテクレンという」


 お? 意外と日本人っぽい名前だな。結構良い響きな気がする。綺麗な黒髪といいハーフっぽい顔といい。とことん俺の好みを突いてくるな。これ以上彼女の事を好きになったら俺、おかしくなっちゃうッ! …………はい、すみません気持ち悪くて。


「ヒョウカっていうのか。良い名前だな。俺の故郷にありそうな名前で、親しみが持てるよ」


「ほう、そうか。それは嬉しい限りだ。これからは気軽に呼び捨てで構わないぞ」


 笑顔で言う魔王。そこに怒りの感情がある様には見えない。


「えっと、魔王…じゃなくてヒョウカは怒ってないのか? その……さっきの事」


 俺は彼女の事を抱き枕と勘違いして、それはもう好き放題してしまった。これが異世界じゃなくて日本だったら、確実に警察のお世話になっている。


「妾は怒ってなどおらんよ」


「でも俺、結構派手にやらかしてしまった様な気がするんだが。その……触ったり揉んだり」


 俺が歯切れ悪く言うと、その言葉を聞いて思い出したのか、彼女の顔が少し赤くなる。


 赤面した表情も美しい! 可愛い!


「う、うむ。確かにケイ以外の、そこらの男に同じ事をされていたら、この世に塵すら残らぬ様に即刻滅殺していたであろうな」


 ヒョウカはフッと不敵な笑みを浮かべながら、とても物騒な事を平然と言う。

 とても魅力的な笑みなんすけど、なんか怖いです。背筋がゾッとします。


「だが、ケイは別だ。なにせお主は妾のパートナーになるのだからな」


 何ですと? パートナー? それはあれですか。人生の伴侶的な? もしそうなら俺、幸せ過ぎて飛び跳ねちゃうんすけど。もう、高く飛び過ぎて月に頭刺さっちゃいますけど?


「パートナー? それはどう言う事?」


「ん? 国王から聞いておらんのか? 妾は序列一位だから、必然的にお主とパートナーを組むことになるのだが?」


 また出ましたよ『序列』が。何なんこれ? というか国王が諸々を説明する手筈になってたのか? あのおっさんめ、いまだに何の説明もないじゃんかよ。アリスの父ちゃんじゃなかったら、今頃は尻引っ叩いて馬小屋に放り投げてるぞ。


「悪いが国王からは何も聞かされていない。謁見してすぐに魔王の間に案内されたからな。なぁ、さっきヒョウカが言った『序列』って何なんだ?」


 今までも、ちょくちょく会話の中に出てきていたこのワード。

 異世界テンプレートを踏襲している時に、この言葉が出ると凄く違和感みたいなものを感じてしまうのだ。

 俺の質問に、魔王は視線を少し上に向けて考える素振りを見せる。


「う〜む、そうだな。序列と言うのはだな…………恐らく今日辺りに国王から説明があるだろう。その時に詳しく聞くがよい」


 おい! 今説明しようとして、途中で面倒臭くなって国王に丸投げしただろッ!


 俺がジト目でヒョウカを見続ける。すると彼女は、誤魔化すように視線を泳がせる。なんか、これはこれで楽しいです。

 やがてヒョウカは、おれのジト目攻撃に耐え切れなくなって、コホンと小さく咳払いをする。


「それにしてもケイよ。お主に早朝から情熱的に求められて、妾は驚いたぞ?」


 はうっ! やっと説明してくれると思ったら、まさかの反撃ですか⁉︎ どんだけ説明するのが面倒くさいんだよ!


「いや、あの……あれは俺が寝惚けていたせ…」

「あれほど情熱的に求めるという事はお主、さては妾に惚れているな?」


「なっ……」


 大正解ですッ!! もうベタ惚れです! ぞっこんです! でも今ここでそれを認めるのは、敗北感が半端ない。なんかそれは凄く癪に触るので、絶対に認めたくはないッ!!


 完全に攻守が逆転して、ヒョウカが妖艶な笑みとともに俺にたたみかけてくる。


「そうなのであろう? 惚れているのだろう?」


「いや、あれはただ寝惚けていただけだ。そもそも、目を開けるまでヒョウカとは気が付かなかったしな」


「ほほう、そうか。ではなぜお主は、妾の香りを嗅いだ瞬間に顔がニヤけたのだ?」


 そんな所まで見られていたのですかッ! 


 思わず俺は心の中で絶叫してしまった。その動揺が表に出てしまったらしく、俺の表情をずっと伺っていたヒョウカが勝ち誇った笑みを浮かべる。クソッ! 悔しい! でも可愛い!!


「ふふ、そうかそうか。なぁケイよ。お主は妾が欲しいのか?」


 妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、ヒョウカは四つん這いになって俺の方へゆっくりとにじり寄ってきた。


 なんで急にこの魔王はエロスモードに突入してんだよ! てか、その体勢だと胸元がッ! 胸元が際どいッ!!


 今の彼女の服装は、薄ピンク色の寝巻きである。その寝巻きというのが、サイズ一つ間違えちゃったんすか? と言いたくなるような絶妙なブカブカ加減なのだ。それがまたなんともエロい。として首元が緩いために、そこから覗く絶景が俺の欲望を悪戯に駆り立ててしまう。


 俺はヒョウカを直視出来なくなって、顔を横に逸らす。すると、すぐ近くまで迫ってきた彼女が、スッと俺の頬に手を添えてきた。


「お主と妾はこれからパートナーとして、長い時を共にするのだ。ならば、ケイを伴侶とするのも妾にとってやぶさかではないぞ?」


 は、伴侶ですとッ⁉︎ 是非! 是非にお願いしたい所です! でも今は君の妖艶さが凄くて、なんか声出せません!


 ヒョウカは、俺の頬に添えていた手をそのまま下げて来て、俺の胸板に掌を当てがうと、グッと押し込んできた。俺はその力になぜか抵抗できずに後ろに倒れ込み、ベッドの上で仰向けの状態になった。

 すると、すかさずヒョウカが俺の上に覆い被さるように乗って来た。


 なんという事でしょう。今、襲われてます? 押し倒されて襲われてますかこれ? 俺の貞操大ピ〜ンチッ!!


「だが、どうせなら伴侶とは幸せな家庭を築きたいものだ。それには色々と相性が大事と聞く」


 ヒョウカはそう言うと、ゆっくりと俺に顔を近付けてくる。


「どうだ? ここで少し…………味見してみるか?」


 何だろう、ヒョウカから凄くいい匂いがして、頭がボーとしてくる。なんか上手く思考が回らないや。あぁ、このままヒョウカを抱き締めたらきっと凄く柔らかくて気持ちいいんだろうなぁ〜。


 ………………って! ストーーーップ!! ストップ! STOP!!!!!!!!!!


 寸前のところで、僅かに残っていた俺の理性がフル稼働した。

 俺は、もう触れ合う寸前のところまで近づいていた魔王の両肩に手を当てて押し返す。


「どうしたのだケイ? 怖気ついたか?」


「俺はまだお前の事をよく知らない。よく知らないのに、こんな事をするのは良くない。お前も自分をもっと大事にしろよ」


 俺は気恥ずかしいのを悟られないように、そっぽを向きながら言う。


「そうか。ケイは妾の事を大切に思ってくれているのだな」


 このエロ魔王は、よくもまぁ、いけしゃあしゃあと言うもんだ。

 俺は、ヒョウカとは違う方向を向きながら、視線だけ動かして彼女の様子を探る。

 そして、内心で大きな溜息をついた。


 はぁ〜。顔真っ赤にする位恥ずかしかったんなら、あんな事しなきゃ良いのに。まったく。


 表情は澄ましているが、顔色が熟れたリンゴのようになっている魔王を見て、俺はそう思うのであった。

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