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第11話 人類最強と抱き枕

 俺は真っ白な空間にいた。

 その空間はどこか見覚えがあった。


 あ、ここはあそこだ。トラックに轢かれた後に、女神様と出会った場所だ。


 まだ異世界に転生してから一日しか経っていないのに、色々と内容の濃い時間を過ごしたおかげで、随分と久しぶりに来た感じがする。


 この不思議空間に来たってことは、きっと……。


 俺は足元も頭上も真っ白の何もない空間をキョロキョロと見渡した。すると案の定、どこからともなく美しい女神が現れる。


 おぉ! やっぱり女神様いた! さすが神、美しさも神がかってるぜ!


 絶世の美女を視界に捉え、思わずニヤケそうになるのを堪えながら、俺は女神様に近づく。

 しかし、女神様のすぐ近くまで来て俺は違和感を感じた。


 あれ? 女神様ってこんな顔だったけ?


 絶世の美女である事に変わりはない、しかしどこか違和感を感じてしまう。


 てか何で女神様はさっきからずっと、だんまりを決め込んでるんだ?


 女神様は俺の方を向いている。つまり俺の存在には気が付いているはずだ。なのに一向に話しかけてきてくれない。


「あの? 女神様?」


 堪えきれずに、俺の方から声をかけてしまう。

 だが、女神様は返事をする事はなく、代わりに右手をスッと差し出してきた。


 ん? 何ですかこの手は?


 俺が頭に疑問符を浮かべていると、何もない真っ白な空間に音楽が響き始めた。


 え? もしかしてこれって…………。


 俺は若干嫌な予感を感じながらも、女神様が差し出した手をまるでダンスに誘うかの様に、恭しく握る。

 すると女神様はスッと体を寄せてきて、ダンスを踊る姿勢になった。


 何で? え? 何で? 何で女神様と俺、踊ってんの?


 女神様とクルクルと踊りながら、俺の頭は疑問符で一杯になる。

 やがて音楽が止み踊りも終わると、女神様の姿がスッとまるで霞のように消えてしまった。


 って、消えるんかーい! マジで何これ?


 俺が眉間にしわを寄せて悩んでいると、今度はアリスが姿を現した。


 はい⁉︎ 何でアリスがいんの? え? まさか実はアリスも転生者でしたって事?


 俺の疑問はさらに深まる。


「ア、アリスだよね? 何でここにいるの?」


 俺が恐る恐る尋ねる。しかし、彼女もまた女神様と同様に返事を返してくれない。そして差し出される右手。鳴り響く音楽。


 まさか…………また踊るの?


 そのまさかだった。

 俺はアリスの手を取って踊り始める。

 やがてダンスが終わると、アリスもまた霞のように姿を消す。そして現れる三人目、メリーの登場だ。


 何? マジで何なの? は? え? 何?


 もう俺は錯乱状態です。でも、そんな俺とは関係無しに三度鳴り始める音楽。差し出される右手。

 俺は何故か抵抗できずに、その手を取って踊り始めてしまう。


「だ、誰か……誰か助けてくれ……」


 メリーと踊りながら、絞り出すような声で助けを求めてしまう俺。

 もう意味がわからなさすぎて、頭が可笑しくなりそうだ。いや、既にもう可笑しくなっているかもしれない。

 メリーの姿は、ダンスが終わると同時にスッと消える。


 いったい次は誰が出てくるんだ?


 俺は真っ白な空間に注意深く視線を巡らせる。

 すると突如、大勢の女性が俺を囲むようにグルッと出現した。その女性達は、一様に俺に手を差し出して迫ってくる。それと同時に鳴り響く音楽。


「う、うわぁ! なんだよ! 何なんだよッ!!」


 遂に俺は声に出して悲鳴をあげてしまう。

 しかし、それでも周りの女性は手を差し出しながら迫ってくる。その距離は段々と詰まってきて、やがて俺を押しつぶすように圧をかけてくる。

 聞こえてくる音楽もだんだんと激しくなってきた。


 俺は抵抗できずに、大勢の女性に押し潰された。









「っは! はぁー、はぁー、はぁ〜〜。なんだ…………夢か」


 パッと俺が目を覚ますと、そこには豪華な天蓋が目に入ってきた。同時に俺の目には清々しい朝日が差し込み、身体は柔らかい羽毛に包まれている感触が伝わる。

 どうやらここは、俺にあてがわれた客間のベッドの中のようだ。それが分かると共に、俺の中にどっと安心感が広がる。


 はふぅ〜。夢から覚めてこんな安心感を得たのは、小学生の時の遅刻する夢から覚めた時以来だぜ。


 あの時は、夢から覚めて「何だ遅刻は夢だったのか〜」と安心して二度寝したら本当に遅刻してしまった。うん、認めよう。あの頃の俺は馬鹿だったのさ。


 しかし、今は学校なんて面倒臭いものはない! 何たってここは異世界なのだから!


 俺は二度寝を決心する。

 安心感を得たら急に強い睡魔が襲ってきた。俺はそれに特に抗おうとせず、むしろ積極的に受け入れる。

 安らかな微睡みの中で、俺はまぶたをゆっくりと下ろし、目を閉じた。


 あぁ、これはすぐにでも熟睡モードにいけますぜ。


 俺は一度大きく息を吐き出しながら、仰向けの体勢から寝返りを打って左側を向く。その時、横に投げ出した俺の腕が何かに当たった。


 ん? 何だ? なんか良い感じに柔らかくて細長いものがあるぞ?


 まぶたを開けるのが億劫になっていた俺は、目を閉じたまま自分の横にあるものを手で弄って、何であるかを予測した。


 ははぁん、これは抱き枕ですな。異世界にも抱き枕なんて文化があるんだな。


 さすがは王都一の客間である。付いているメイドさんもきっと一流の人達で、気配り心配りのプロが集まった精鋭なのだろう。その彼女達が、俺に快眠してもらおうと抱き枕を置いていってくれたという訳か。

 俺はそんなメイドさんに感謝をしつつ、その抱き枕をもっと自分の方に寄せようとグッと引き寄せる。


 んん? この抱き枕、意外と重たいぞ? 中に詰めているのが綿だけじゃなくて、色々と混ぜている高級品って事かな?


 いよいよ睡魔で上手く回らなくなってきた脳内でそんな事を考えながら、俺は引き寄せた抱き枕を両足で挟むようにし、両腕を回す。


なんかこの抱き枕、結構複雑な形してんなぁ。ふむ、それに場所によって柔らかさが違うぞ?


 俺は手を動かして、抱き枕の色んな所を触ってみる。すると、他の場所よりもやけに柔らかく、触るとムニムニとする場所を見つけた。


 おぉ! なんだこれは! この掌から少し溢れそうな大きさの柔らかい物体は! 


 この抱き枕すごいな! と俺はしきりに感心する。

 でも俺が日本にいた時は、人を駄目にするソファだとか、やたらと触り心地の良いぬいぐるみとかが販売されていた。だから、抱き枕もそれなりの進化を遂げていてもおかしくはない。この異世界が、そこまで抱き枕に力を入れていたことには驚きだが。


 しかもこの抱き枕、なんか良い匂いがすんだよなぁ。匂いに着目するとは、商品開発部門もなかなか良い着眼点だ。


 完全に眠気で思考能力が落ちている俺は、そんな訳分からないことを考える。


 と言うかこの匂い、どこかで嗅いだことが…………あぁ、魔王と踊っていた時の匂いだ。


 彼女と踊っていて、ターンをする度に今の香りがフワッと漂っていた。


 さっきは悪夢を見ちゃったからな。この匂いのおかげで、次はいい夢が見れそうだ。


 俺は幸せな気持ちに包まれながら、夢の世界に旅立とうとしたその時、何者かに耳元で囁かれた。


「お主は朝から何とも情熱的だな」


 おぉ! 魔王の声がする! この抱き枕にはボイス機能まで付いているのか! この抱き枕買いたいです! お幾らですか?


「そんなに激しく求められては、さすがの妾も平常心ではいられぬぞ?」


 ふむ、話すバリエーションも多いみたいだ。いや、もしかしたら声を録音するタイプなのかな?


「ケイよ、起きているのだろう?」


 すげぇ! まるで俺に話しかけてきているかのようだ! もしかしてAI機能搭載型ですか?


「こらケイ。いい加減に眼を開けんか」


 抱き枕がそう言うと、俺の頬を軽くつねってくる。


 ん? つねる? 動いたのか? さすがに動くってのは抱き枕の範疇を超えちゃってると思うんすけど?


 俺は、今目の前にある抱き枕がどれだけ凄いものなのか目で見て確認したくなった。

 眠気で非常に重くなっているまぶたを、俺はゆっくりと開けていく。


 いやぁ、三大欲求である睡眠欲すら押しのけてしまうって、好奇心はすごいね。九つの命を持つ猫すらも殺してしまうのも納得ですよ。


 そんな事を思いながら、俺は目を開けた。

 そして息が止まった。


 あ、あれ? 抱き枕が魔王そっくりなんですけど?


 俺、魔王の真紅の瞳とバッチリ目が合っちゃってるんですけど? しかも超至近距離で。これもう、お互いの鼻先が触れ合いそうなくらいの距離なんですけど? 俺まだ夢の中なのかな?


「ふむ、やっと目を覚ましたようだな」


「………この世界の抱き枕技術凄すぎだろ」


 思わず声に出して言っちゃいましたよ。


 何これ? 本当に抱き枕? もうほぼ魔王じゃん! てか魔王じゃん! …………魔王ッッ!!!!!!


 俺は目をクワッと見開いた。もう有り得ないくらいの勢いで意識が覚醒する。


「なッッ!! どうして魔王がいるんだッ!!」


 あまりにも驚きすぎて、震える声で俺は尋ねる。


「何を今更言っておる。こんなにも情熱的に触れ合ってきたのはお主の方ではないか。だがな……」


 魔王は一旦言葉を区切ると、少し顔を赤らめて視線を伏せる。


「その……手を……退かしては貰えないだろうか?」


 珍しく弱気な口調で言う魔王に、俺は自分の手の位置を確認した。瞬間、俺は今までに無いほどの勢いで後ろに仰け反って魔王から距離を取った。


「す、すまん!! その、俺完全に寝惚けてて! えっと、すまん! いや、申し訳ございませんでしたッ!!」


 俺はベットの上で正座をすると、バフンと羽毛に頭を打ち付けて、全力で土下座をした。


 どうして! どうして同じベッドで魔王が一緒に寝てるんだよッ!!!!

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