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第10話 人類最強と魔王

 俺は魔王の手を取ってフロアの中央へエスコートする。


 はぁ、俺魔王と手を繋いでる……このまま誘拐しちゃおうかな?


 俺の思考がちょっとやばい方向へ向かい始めたところで、ちょうどフロアの真ん中まで来てしまった。ふむ、今の俺はなかなか危ない状態だった。

 俺と魔王は向き合うようにして立つ。

 そして俺は焦った。


 やべッ! 勢いでここまで来ちゃったけど、俺ダンスなんて踊れねぇや……どうしよう。マジでどうしようッ!!


 俺が直立したままフリーズしていると、魔王が一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた後に、クスッと笑いを零した。


「さてはケイ。お主踊れぬな?」


「え⁉︎ いや、その……はい」


 一瞬言い訳を考える俺だったが、結局何も思いつかずに、情けなく頷く。


「最強の勇者殿でも、出来ない事はあるのだな」


 嫌味っぽく言う魔王は、それはもう楽しそうな表情を浮かべている。


「俺にだって出来ない事はあるさ。万能ってわけではないよ」


「ふふ、ならば妾がお主をリードしよう」


 どこか嬉しそうに言う魔王は、俺の右手を掴むとそれを自分の腰に持ってくる。


 ぬおっ⁉︎ や、柔らかい! え? 大丈夫? これセクハラにならない? てか魔王近いなッ!


 色々と刺激が強すぎる事が起こり過ぎて、俺の頭は沸騰寸前に陥る。


「安心しろ。お主の反射能力だと、妾の動きを見てから合わしても充分に踊れるさ」


 そう言うと、魔王は早速音楽のリズムに合わせてステップを踏み始める。


 いきなり始めるんかい! 


 俺は急に始まったダンスに頭の中が真っ白になり、魔王の動きに合わせるのに必死になった。


 右足を前に、左足を横……うお次はターンかよ! でも意外と魔王の言う通り、今の反射神経だったら相手の動きに十分合わせられるな。うん、チートマジ感謝!


 最初は魔王の足を踏まないように、必死に下を見ながら動いていた俺だが、段々と動きにも慣れてきて余裕が出てきた。やっと足元以外にも視線を向けれるようになった俺が、ふと前に目を受けると、至近距離で魔王と目が合ってしまった。

 俺と目が合った瞬間に、ニコッと可愛らしい笑みを浮かべる彼女。


 うぎゃ〜! だからその笑みを止めろッ! 心臓に悪いんだよ! 俺の華麗なるテップがちょっと乱れちゃっただろうが!


「ふふふ、なかなか上手に踊れているではないか。妾の言った通りであろう?」


「どうもありがとう。でもこれは魔王のリードが上手なお陰だよ」


「おや、随分と嬉しい言葉を言ってくれるではないか」


 そろそろステップを覚えてきた俺は、生まれた余裕で、目の前にいる魔王をチラチラと観察してみる。

 俺が地下の魔王の間で彼女に出会った時は引き締まった表情で、凛々しく威厳に満ち溢れたまさに魔王、と言った雰囲気だった。

 でも、今こうして俺の目の前で一緒に踊っている彼女は、ふんわりと柔らかい表情を浮かべて、年相応の少女という感じである。てか何この子? 可愛過ぎて辛いんですけど? ギャップが魅力的すぎるんですけど?


 そんな感じで俺が魔王を観察していると、今まで楽しそうに踊っていた魔王が、急に何か悪戯を思いついた子供のように笑みを浮かべる。


「さきの戦いでは、お主に完敗してしまったからの。ちょっとその腹いせをさせてもらおうか」


 魔王の見様によっては妖艶とも取れる笑みに見惚れていた俺は、彼女の言葉の後のトリッキーなステップの動きに、慌てて合わせる。


「うおッ! ……ちょ、おい魔王!」


「ん? どうしたのだケイ?」


 思わず焦った声を出してしまった俺は、抗議の意味を込めて魔王の名を呼ぶ。が、対する彼女は、すっとぼけた反応をするだけで、俺の抗議など全く受け付けない。そんな魔王の表情はニィと口角を大きく上げて、意地の悪そうな笑みを浮かべている。


 くそっ! とうとう本性を現したな魔王め! そんな悪女みたいな顔しやがって! そんな君も美しいッ!! ……もう! 俺のバカ!


「さすがは人類最強の勇者だな。踊りの経験が無いのに、このステップに着いて来るとは」


 その言葉とともに、魔王は更に複雑奇怪なステップを踏み始める。

 さすがにこれには俺も焦りを募らせる。いくら反射能力が常人離れしたものであっても、このステップについていくのはかなり辛い。

 普通の戦闘であれば、反射能力の他にも剣術や体術といった武術関連のチート補正もかかって、どんな動きにも対応できるはずだ。

 しかし、踊りに対して武術チートが発動する筈もなく、単純なる反射能力のみで対応するしか無い。


 くっそ魔王め! 調子に乗りやがって。可愛いな!


 音楽も最終盤に差し掛かり、フィナーレの盛り上がりを見せたところで魔王が、これはもう相手に対してのフェイントでしょ? こんなステップ本当にあるの? と言いたくなる動きをした。

 かなりギリギリのところで動きを合わせていた俺は、遂に彼女の動きについて行けなくなり、ドレスの裾を踏んでしまった。


「きゃっ」


 小さく可愛らしい悲鳴をあげる魔王は、バランスを崩して背中から地面に倒れそうになる。

 そんな彼女を俺は慌てて抱きかかえる様に背中に腕を回して支えた。それと同時に、音楽が盛大なフィナーレと共に終了した。

 

 なんか、すげぇド派手にダンスを締めくくったみたいになっちゃったよ。ここは情熱の国ですか?


 俺は内心ボヤきながら、抱きかかえている魔王へと視線を落とす。


「大丈夫か?」


「……う、うむ……問題ない」


 抱きかかえているので、自然とお互いの顔の距離が近くなってしまう。

 どこか呆然とした様子の魔王は、わずかに間を開けてから俺に返事をした。

 今の彼女は、地面と平行になるくらいに傾いていて、背中も逸れているから、このままの体勢は辛いだろうと思い、俺はそっさと彼女を助け起こしてやる。


「ドレスを踏んで悪かった。怪我はないか?」


「ん? あ、あぁ……大丈夫だ」


 むむ? なんか魔王の態度がおかしいのですが?


 踊っていた時は楽しそうな雰囲気だったのに、今の魔王はどこか余所余所しい感じになってしまっている。


「ケイとの踊り、楽しかったぞ。では妾はこれで失礼する」


 魔王はクルッと踵を返すと、スタスタと足早に去って行ってしまった。


 あれ? 俺もしかして怒らせちゃった?  嫌われちゃったのかな? もしそうなら俺もう生きていける自信がないんすけど……。


 俺はトボトボとした足取りで元いた場所に戻ると、そこにはアリスとメリーが待っていてくれた。


「さすがはケイ様と魔王様ですわ! あれほど素晴らしいダンスは見た事がありませんわ!」


 俺を出迎えたアリスは、若干興奮気味に手をパチパチと叩きながら俺を褒める。


「少し悔しいけど、お見事」


 その隣のメリーもまた、俺の踊りを褒めてくれた。

 まぁ、あれだけ凄いステップで踊ってたら、側から見たらすごくレベルの高い踊りをしていると思われても納得だ。


 俺は合わせるので精一杯で、周りの様子なんて見る余裕なかったけどな。


 というか、魔王の方からあんなステップを仕掛けてきて、俺がミスったからといって機嫌を損ねるのは如何なものでしょうか? 理不尽じゃない? 魔王め可愛いからってなんでも許されると思うなよ。まぁ、可愛いから許しちゃうんだけど…………俺のバカ!


 俺が内心でぶつくさと文句を垂れていると、晩餐会の会場に次の曲が流れ出した。


「あ、あの……ケイ様……」


 名前を呼ばれて、そちらに視線を向けると、若干頬を染めたアリスと目があった。


 ふむ、なるほど。お誘いは男からするものなんだっけか。


 俺はアリスに前に移動すると、魔王にもしたように片膝をついて片手をスッと差し出す。


「アリス、俺と一曲いかがですか?」


 俺が誘うと、彼女はぱっと花開いたような笑顔を浮かべる。うん、可愛いです。


「はい! 喜んでっ!!」


 俺は彼女の手を取って、再び会場中央の開いたスペースへと向かう。


 アリスとのダンスは、とても優雅に余裕を持って踊れたと思う。

 最初の魔王とのダンスが超高難易度ステップの連続だったために一瞬足りとも気が抜けなかったが、今のアリスとのダンスは、音楽を聴きながら周りに目を向ける余裕まである。

 クラシックのようなゆったりとした音楽に合わせてステップを踏み、時折目が合って恥ずかしそうに視線を伏せるアリスを間近で見て癒され、終始穏やかに踊る事ができた。

 踊り終わった後に、アリスの手を取って、軽く手の甲にキスをすると、彼女からボフンという擬音が聴こえてきそうなほど顔を赤くしていた。すごく可愛かった。


 アリスとのダンスを終えてテーブルへ戻ると、次はメリーが無言で俺の事をジッと見つめてきた。

 しかし、さすがに二回連続で踊って疲れを感じていた俺は、彼女の視線を無視することにした。するとメリーは、俺をガン見しながらジリジリと詰め寄ってくる。

 それでも俺はメリーを無視する。


「じーーー」


「いや、その効果音を口で言っちゃダメだろ」


 思わず俺はツッコミを入れてしまった。


「だって。師匠が意地悪をするから」


 無表情を保ったまま不満で頬を膨らませる弟子に、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。


「悪かったよ。どうかこの俺と踊ってくれ」


「その誘い。承諾する」


 メリーの何とも上から目線の物言いに、俺は苦笑を浮かべながら、彼女をエスコートした。


 メリーとのダンスは、アリスの時ほど優雅とはいかなかった。何故なら俺と彼女では身長差がありすぎた。

 ちょうど俺の胸の位置にメリーの頭の天辺がくる位なのだ。


 ダンスって身長の相性もあるんかな。でも、さっきからすごい上目遣いで俺を見てくるメリーもかなり可愛いな。ギュってしたくなるな。ギュって。


 そんな事を思いながら思いながら踊っていると、あっと言う間に曲が終わってしまった。

 魔王、アリス、メリーと3人続けて踊った俺は、次こそは休もうとテーブルに向かう。

 しかし、俺のテーブルの近くにいたのは、キラキラと表情を輝かせながら、こっちを見てくる大勢の貴族令嬢達。


 ……マジっすか? 全員と踊ったら俺過労死しちゃいますけど?


 晩餐会の夜は長いのであった。

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