第1話 最強チート授かる
人生というものは、何が起こるか分からない。
宝クジが当たって、1日にして億万長者の仲間入りを果たす事があるかもしれない。
急に自分の体に難病が発症して、余命宣告を受けることもあるかもしれない。
そして俺の様にトラックに跳ねられ、17歳にしてその短い人生に幕を下ろすのも、また一つの人生というものだ。
いや本当に、人生って何が起こるかわかんねぇなぁ〜
どこまでも続く真っ白い世界に佇み、俺はぼ〜っと空を見上げる。
うん、空も真っ白。
「あの、先程から呆然としていらっしゃいますけど……大丈夫ですか?」
俺の耳に、ハープの音色の様な心地よい声が届く。
はい、そうです。今、俺の目の前に女神がいます。まじ美人、もう絶世の美女。
トラックに轢かれる。真っ白い世界。美女神。この3コンボが決まっているという事は、間違いなく異世界転移あるいは転生で決まりであろう。
俺もついにチート持ちでハーレムかぁ〜。異世界で最初に会う女の子はどんな子かな〜? 巨乳かな? 巨乳だといいなぁ〜。
妄想ダダ漏れで俺は空を見上げ続ける。
なんだろう、全然実感が湧かないや。
「あ、あの〜。奈呂さん? 奈呂圭さん?」
俺の耳に再び心地よい声が届く。
空に向けていた視線を前方に向けると、絶世の美女神様がこちらを心配そうに見つめている。
そんな気遣わしげな視線を向けられちゃうと照れちゃいますよ女神さん。
なんすか俺に気があるんすか?
「あぁ、はい。大丈夫ですよ。何の問題もありません」
数分前に、トラックに轢かれてグチャってなった割には、精神は正常だ。
俺のメンタルは思いの外、強かったのかも知れない。My heart is steel.
「そうですか、良かったです」
女神様はホッとした様に、胸に手を当てる。
出来る事なら、次の転移先は女神様の右掌がいいです。
「ここに来る人は、ごく稀に精神がおかしくなっちゃっている人がいるんですよ。死というものはとても精神的負担が大きい出来事ですから当然なんですけど、中には『異世界転生キタッーーー!』ってガッツポーズで喜ぶ人がいるんです。よっぽど死ぬ間際に怖い思いをしたんでしょうね。その反動で喜びの感情が異様に高まってしまっていると思うのですが、その姿を見ると、もう居た堪れなくて……」
哀しそうに目を伏せる女神様。
俺は異世界転生の喜びを内心だけに押しとどめた事を自画自賛したい。もし喜びを表に出していたら、きっと今頃、俺は女神様に可哀想な人を見る様な視線を向けられていたのだろう。
それはそれで……ありかもしれない。
「確かに、トラックに轢かれて死んだと思ったら、なんかよく分かんない真っ白空間に来て、多少は混乱していますけど、でも正気は失っていないので大丈夫です」
「そうですか。それならば、これから貴方に授ける力もきっと十分に使いこせるでしょう」
女神様の言葉に、俺は内心で盛大に万歳三唱する。
これもう来ました、異世界チート無双ルート突入確定です。そして、強い漢はモテる。つまりハーレムも確定事項。
これから、俺が主役の愉快痛快異世界爽快無双浪漫活劇譚が始まるわけだ。
やべぇ、なんか漢文みたいになってしまった。意味よく分かんないけど、なんか格好良い。
「力……ですか? 俺は一体どんな力を授かるのでしょうか?」
俺は若干戸惑う様な表情を作って、女神様に問う。
心の中では「チートスキルカモォォ〜〜ン!!」と絶叫中だが、そんな事はおくびにも出さない。こういう物語の主人公は鈍感でなくてはいけないのだ。
それはもう日常生活に支障をきたすのでは? てな具合の鈍感さが求められるのだ。
「貴方に授けるのは“力”そのものです」
「……はい? え〜と、それはそのぉ、どういったお力でしょうか?」
女神様の漠然とした回答に、俺は純粋に戸惑ってしまった。
普通だったら『全魔法属性適正』だったり『現代兵器を創造する能力』だったりと、もうちょっと具体的な感じだと思うのだが。
もしかしてあれかな? 力そのものって言ってるから、凄まじい程の、それはもう物凄い怪力を授かるのだろうか? それはちょっと一点特化し過ぎているし、なんかあんまり格好良くないので勘弁願いたい。
クールで格好良い魔法系チートを希望します。俺、モテたいです。
戸惑いの表情の下で、あれやこれやと考えている俺に、女神様は優しく説明してくれた。
「“力”というのは、全ての力です。身体能力から魔法能力、剣術や槍術、体術に至るまでのありとあらゆる戦闘能力。これら全てにおいて、貴方には人類最強の力を授けます」
「……まじですか?」
それは……強過ぎません? チート全開過ぎじゃありませんか女神様?
最近の流行りだと、不遇な能力だけどよく考えたらこれ最強じゃね? 的な感じの能力やスキルが人気だと思う。そして、馬鹿にしていた連中をギャフンと言わせてザマァって言うのが世界の常識なのだが。
今言った女神様の“力”とやらはド直球。
何のひねりもない、清々しいまでの純然たる最強。
まぁ俺そんなに頭良くないし、単純な方が分かりやすくていいや。
これはこれでありだな。そう思って納得している俺に、女神様が懇願する様な表情をこちらに向ける。
上目遣いやめてください。惚れちゃいます。いや惚れてます。
「貴方には、その“力”を使ってこれから向かう世界を是非とも救って頂きたいのです」
来ましたお決まり展開。
きっとあれだろう、魔王とやらに人間たちが追い詰められて大変だから、その魔王を倒して世界を救ってくれ、というやつだきっと。
「実はこれから転移する異世界は、人類がとても窮地に立たされている状態なのです。なので、どうか貴方の“力”で救済してください」
ドンピシャです。
魔王討伐か〜。という事は、取り敢えず冒険者ギルドだな。Sランクはもう確定だから、あとは立ち居振る舞いをどうするかだ。
自重なく能力全開でヒャッハーするか、それとも「不用意な注目は浴びたくない」とクールに決め「これは地球の物理科学知識を使った技だから公にはできない」て言いながら、自重なくヒャッハーするか。
うん、二択の様で実は一択しかないこの不思議。
やはり人は世界の摂理には逆らえない、という事なのだろう。
「この俺に任せてください女神様。必ずや世界を救って見せましょう!」
キリッとした勇ましい表情で、俺は女神様の手を握って言う。
わお、俺ってば大胆。
今まで女性の手を握るなんて事は、天変地異が起きたってできない事だったのに。どうやら、チートが手に入った事で、気が強くなっている様だ。
「あ、はい! 奈呂さんのような素敵な方であれば私も安心です」
女神様は、急に手を握ってきた俺の行動に対して、ちょっとびっくりした様な表情をする。
しかし、その手を振りほどく様な事はせず、満更でもなさそうに頬を染めている。
この反応は脈ありですか? この女神様は攻略対象ですか?
そんな事を思いながら女神様を凝視していると、彼女がふと視線を外す。
「どうやらあちらの世界の準備が整った様です」
女神様は、俺の手を優しくそっと振りほどくき、二、三歩下がって距離を取る。
「それでは奈呂圭さん。貴方の活躍を心よりお祈りしています」
女神様のその言葉とともに、俺の体は不思議な浮遊感に包まれ、そのまま意識を失った。
こうして俺、奈呂 圭は17歳で異世界デビューを果たした。
それじゃあ、ちょっくらチート能力で暴れてきますか。