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03_乙女ゲームの開始



 ――さて、やって来ました。乙女ゲームの舞台、王立フィオリナ学園。

 王侯貴族の子供たちが通うことを義務づけられた学園。つまりここに通うのは高貴な人間ばかり。

 ふふ、この日のために、わたしはこの数日たくさん勉強したんだ……!

 見よ、わたしの貴族としての立ち振る舞いを!


「お嬢様、無駄にきょろきょろしないでください。田舎者ですか」


「だって、グレアム! わたし学園って聞いていたのに、お城みたいなんだもん! 見るなって方が無理!」


「お嬢様。あなたはラスウェル侯爵家のご令嬢、ヘレナ・ラスウェルです。お忘れなきよう」


 ふ、わたしの貴族的立ち振る舞いなど所詮付け焼き刃よな……。

 でも、ヨーロッパのお城みたいなこーんな大きくて立派な建物前にしたら、皆興奮するって。日本家屋万歳! とか、アジアンテイストカモン! みたいな人ならともかく。


「もうあなたはできるだけ大人しくしていてください。お嬢様らしくするなら、黙って薄ら笑みでも浮かべていれば充分ですから」


「……はい」


 わたし黙っているの苦手。でもグレアムの視線が怖いから大人しくする。

 言われたとおりに黙ってほんのり口角を上げれば、満足そうにグレアムは頷いた。合格点ですかね!


「……お嬢様、にやけないでください」


「え、精一杯の微笑みなんだけど」


「一瞬成功していましたが、すぐにダメになりました。気を抜かないでください」


「お、一瞬成功してた? はい、いえ、すいません、黙ります」


 視線が冷たい。

 でもグレアムの言うとおりだ。気を抜いてる場合じゃない。ここからわたしは本格的に悪役をこなさなくてはならないのだから。まずはゲーム主人公を見つけることからかな。

 ゲーム主人公はおっとりした雰囲気の可愛い女の子だったはず。紹介文では貧乏男爵家の娘で、苦労はしてきたけれど心優しい女の子、みたいに書かれていたっけ。友達になれるといいなあ……って違う違う!

 わたしは主人公の恋路を邪魔する悪役になるのだった。わたしが悪役を演じるだけで主人公たちが上手くいくのかはよく分かんないけど……わたしがここにいるように、神が介入してるっぽいから、なんとかなるのかな! 神が言ってたんだし、うん。

 精一杯悪を演じて、せいぜい主人公たちの恋のキューピッドにでもなってやろうじゃないか! その代わり素敵な恋愛を期待してるよ! わたし他人の恋愛見るの大好きだから!


「……だからお嬢様……はぁ」


 グレアムが残念そうにため息を吐く。黙ってたのにどうして!

 ため息吐くと幸せ逃げるんだよ? 知ってた? だからわたしは誰かがため息を吐いたら大きく吸い込むようにしている。逃がしたらもったいない!


「どうして突然大口開けるんですか。やめてください。あなたは大人しくすることもできないんですか……」


 えぇ、グレアムの幸せが逃げないように捕まえておこうと思っただけなんだけど。恩を仇で返された気分。


「何故不満そうにしているのですか。お嬢様とは真逆で本当に表情によく出る人ですね」


 ふふん、表情豊かってよく言われるからね! 自慢の一つだよ! ――え、ちょっとグレアム、なんでまたため息吐いたの? わたし何も言ってないよね?


「残念ながら、顔が全てを語ってます」


 嘘でしょ? わたしにそんな特技がっ?! 顔だけで会話ができてしまうなんて……!



 *



「――ではお嬢様、くれぐれも大人しくしていてくださいね。終わったらすぐに迎えに来ますから、勝手にどこかへ行かないでくださいね。分かりましたか?」


「はーい」


 教室に到着すると、グレアムはやんちゃな小学校低学年の子供を持つ親みたいなことを言って去って行った。

 そこまで信用がないとは、心外である。


 教室の中は既に人がたくさんいた。

 グレアムとふざけながら来たからちょっと時間がかかってしまったのだ。グレアムは真面目に突っ込んでくれるから楽しい。声を出さなくてもわたしの表情めちゃくちゃ読み取ってくれるし。

 席は生徒一人一人にきちんと用意されている。机に名前の書いたプレートが置かれているのだ。ヘレナ・ラスウェルと表記されたプレートの席に座る。

 こちらの文字が読めるのかって? ご心配なく。入学前の数日間でがっつり叩き込まれましたから。話す言葉は理解できるのに文字は読めないんだから焦ったけどね。日本製乙女ゲームの世界なら漢字、ひらがな、カタカナで表記してくれればいいのに。まあでも勉強すれば英語に近い感じで、なんとかなったからいいけどね!


「――あれ、君、隣の席みたいだね。こんなことってあるんだね、これからよろしく」


「わぁ、本当ですね! お隣同士、こちらこそよろしくお願いします!」


 今入ってきた男女がなんか青春っぽいやりとりをして、わたしの前の席に座った。

 きっとこういうところから友情とか恋愛に発展していくんだろうなぁ。微笑ましい。

 悪役って友達できるのかなあ、とか考えていたら前に座った男子生徒がくるりと振り返った。


「――後ろの席の君も。僕はチャールズ・ライトミルズっていうんだ。これからよろしく」


 爽やかイケメン笑顔スマイルでの自己紹介&挨拶。握手でも求めてきそうな勢いだ。

 ついつい素で返しそうになるところをぐっと堪えて。今こそ練習の成果を発揮するときだ!


「――わたくしは、ヘレナ・ラスウェル。ラスウェル侯爵家の長女でしてよ。……気安く話しかけないでくださる?」


 おお、これは完璧に決まった。グレアムにも合格点を貰えるはず。


「え――そ、そうだね。ごめん、女の子に無神経だったよ」


 チャールズと名乗った男子生徒はしゅんと項垂れる。ひぃ~、罪悪感が――って、チャールズ? え、ちょっと待って。チャールズって……チャールズ・ライトミルズって、攻略対象の? よく見れば見た目もパッケージや紹介絵と一緒だ! 赤茶色の髪に、赤い目!

 ……あれ? 記憶間違いでなければ、この国の王子じゃなかった?

 わたし、気安く話しかけるなって言っちゃったんだけど。……大丈夫コレ? 問題にならない? グレアムに怒られる案件?

 わたしの内心など知るよしもないチャールズ王子は、けれどすぐに立ち直って前の生徒や反対隣の生徒に声をかけていた。皆王子だと気づいているから畏縮していた。

 結局、王子の挨拶にまともに返事ができたのは、初めに挨拶を交わした隣の席の女の子だけだった。わたしは畏縮するどころか威圧したから問題外ですね。

 ところで王子の隣席の子の顔を一目見てみたいな~。もしかするとこの子が主人公なんじゃない? 教室に入るよりも前に王子と出会ったっぽいし。偶然出会った男女が偶然隣の席になり、そこからいろんな出来事を経て仲が深まっていく……。乙女ゲームってか少女漫画っぽくない? そういうベタなの好き!

 残念ながら、確認しようにも彼女は前の席なので、振り返ってくれなきゃ確認できない。王子みたいに挨拶してきてくれればな……わたしが威圧してしまったから望みは薄い。

 ――あ、良いこと思いついた!

 わたしは机の上に置かれたプレートを思い切り手で払う。シュッと鋭い音をさせてプレートは机の上を滑り床に落ちた。カランと軽い音が鳴る。よし、狙い通り!


「――ねぇ、前のあなた、わたくしプレートを落としてしまったの。拾ってくださる?」


「えっ、」


「――あ、これだね。はい、気をつけてね」


 爽やかイケメン笑顔スマイル

 もうちょっとで女の子がこっちを見てくれそうだったのに! まさかいち早く王子が拾おうとは! 確かに王子も『前のあなた』だけどさ! ちょっと王子のくせに腰低くない? いや、王子のくせにとか偏見は良くないよね。きっと世の中にはいろんな王子がいるんだ。


「……ありがとう」


 拾って貰ったんだからね、お礼は言いますよ。結果に不満はあろうとも。


「どういたしまして」


 王子はパッと破顔する。さっき素っ気なくした分、なにやら嬉しそうである。うう、罪悪感。



 *



「本当に大人しくできない方ですね」


「はい、すいません……」


「どうして入学一日目でヘレナ・ラスウェルがチャールズ殿下を従えた、という噂が広まってるんですか」


「落ちたものを拾ってもらっただけなんです、本当に……」


「それだけですか、本当に?」


「…………」


「お嬢様?」


「……気安く話しかけないでくださる?」


「いきなりなんですか」


「……って、自己紹介してきた王子に言いました。王子と気づかなくて、つい」


「…………はぁ」


「すごく呆れた視線! ……いえ、すいません、反省してます」


「反省しているのなら、もう一度、貴族としての振る舞いから、主要な貴族の名前と特徴全て勉強し直しましょうか。残念ですね、今夜は眠れませんよ」


「徹夜は効率が悪いってテレビで言ってた! 美容にも悪いって!」


「大丈夫です、お嬢様が頑張ればたっぷり寝られますよ」


「寝られる気が全くしない! ……いえ、ガンバリマス」


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