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02_侯爵令嬢ヘレナ・ラスウェル



 ――ヘレナ・ラスウェル。

 それが乙女ゲームでの悪役令嬢、つまりこの身体の主の名前だ。

 グレアムに名前を聞いてヘレナ・ラスウェルの紹介文を思い出した。傲慢でわがままな侯爵家の娘、というもの。ちょっと雑じゃないですかね?

 ねだってようやく手に入れたスイーツことクッキーを口に運ぶ。この世界、乙女ゲームのくせに甘味の種類が少なかった。砂糖が高価なんだって。残念。


「お嬢様、そろそろ休憩は終わりですよ」


「ひぇ、はい……」


 グレアムの声に無意識に身が縮んでしまう。

 今、わたしが何をしているのかと言えば、勉強だ。

 常識はもちろん、マナーやダンス、主要な貴族の名前などなど、覚えることがたくさんあるのだ。わたしの見た目は侯爵令嬢だからね。阿呆丸出しでは舐められていけないらしい。悪役をこなすには、知識も必要だしね。例えば相手をいい感じに貶せる語彙力とかね!

 そうそう、悪役をやるかどうかはわたしの自由みたいに言われたけど、結局やってみることにした。乙女ゲームのシナリオが間近で見られるというのは、やっぱり面白そうだと思ったからだ。わたしが悪役をしないぐらいで本当に世界が滅ぶとは思わないけど、万が一のことがあったら後味悪いし。

 何事も経験! 開き直れ! がわたしのモットーだからね。


「お嬢様、手が止まってますよ」


「ひぇっ、はい、すいません」


 グレアムは主人に従順という設定がどこかへ行ってしまったみたいだ。いや、違うか。主人がどこかへ行ってしまったんだもんな。

 わたしがこの世界に来たとき、彼女に何があったんだろうか。

 わたしがあのとき倒れていたのは、屋敷から少し離れたところにある崖の下だった。ちょうど、崖の上から飛び降りたみたいな位置に居たらしい。それが彼女の意思だったのか、他者の思惑によるのか、単なる事故なのかは分からない。グレアムは調べると言っていたけれど。


「うわー夕日が沈んでいくよー」


 本日のお勉強を終えたと思ったら、一日も終わりかけ。

 お腹がくぅっと鳴る。


「夕食を用意居致しますね。お嬢様はお部屋でお待ちください」

「はーい」


 気品の欠片もないわたしに対しても、グレアムは態度を崩さないのだからすごいよね。仮主人とはいえ、敬意を示せるような人間じゃないのはわたしが一番知ってるもの。


「ぐれあむー、今日は一緒に食べようよー」


 だらんとソファに座りながら、部屋に食事を運んできたグレアムに提案する。

 ヘレナ・ラスウェルになって数日。わたしはずっと部屋でお一人様ご飯状態なのだ。

 この世界に来る前は、家族皆でわいわいご飯を食べていたから、一人ご飯は味気なくて仕方ない。


「いえ。お一人が寂しいのでしたら、ここに居ますから」


 素っ気なく断るグレアム。

 違うんだよ、そうじゃないんだよ! むしろ見られて食べる方が嫌だよ!

 こうなったら奥の手だ!


「――グレアム・ウォーラス! わたくしと一緒にご飯を食べなさい! これは命令よ!」


 グレアムは苦い顔をする。彼は主人(っぽいヤツ)の命令には逆らえない、ふふん。


「また偉く完成度の低いお嬢様ですね……お嬢様はそんなこと仰いませんよ」


 だろうね。だってわたしはお嬢様じゃない。


「でも、わがままなところは一緒です」


 まあこれでも甘やかされた一人っ子ですからね!

 グレアムはわたしの食事を配膳する。あれ、一緒に食べてくれないの? 今そういう流れじゃなかった?


「先に食べていてください。冷めてしまいますから」


 き、気遣い! 美味しい食事を提供しようというプロの気遣いだ! わたしが浅はかだったみたいですね! ――でも。

 部屋を出て行くグレアムにわたしはにっこり笑いかける。


「ううん、グレアムを待ってるよ」


 きっとその方が美味しいはず。


 しばらくして戻ってきたグレアムは呆れ顔だった。


「本当に、待ってたんですか……」


「当たり前よ! 久々に誰かと一緒に食べられるんだから」


 フォーク片手に鼻息荒く言い切ったわたしに、若干引き気味なグレアム。引いてないでお座りなさいな。グレアムの食事も冷めちゃうぞ。

 グレアムが皿を並べ、座ったところで、わたしは手を合わせる。


「それじゃ、いただきます! ……ん~、一人じゃない食事って最高!」


 一口食べただけだけど、いつもより格段に美味しい気がする。


「美味しそうに食べますね」


 事実、美味しいからね。

 テーブルマナーに気をつけつつ、それでもグレアムに注意されつつ食事を進める。


「そういえば、お嬢様のお父様とかお母様は忙しい人なの? わたしが勉強漬けのせいもあるけど、全然会わないよね」


 顔も会わせたことがないので、どんな人なのかさっぱり分からない。一応親なので顔ぐらいは知っておきたいんだけど。


「いえ、お忙しいのではなく、お嬢様に会う気がないのです。お嬢様はご家族に大変疎まれておいででしたから」


「え……それはまた、どうして……」


 知っといた方が良いよね……この話。立ち入っていいのか躊躇してしまうけども。


「お嬢様は苛烈な方でしたが、幼少より利発な方でもありました。幼い頃、旦那様と奥様に仰ったのです。『領民を飢えさせ、私腹を肥やすなんて立派な屑貴族のお手本ね』と」


「し、辛辣ですね……」


 幼い頃っていくつぐらいのことなんだろう。ていうか貴族のお嬢様が屑って。

 でも言葉はアレだけど、言っていることは変なことではないと思う。むしろそう言われるようなことをしていたご両親が悪いんじゃない?


「旦那様と奥様はそれからお嬢様と距離を置くようになりました。酷い言葉を言われたショックというよりは、気味悪がって遠ざけたがったようです。お嬢様はまだ当時三歳でしたから」


「三歳!? 天才児かよ……」


 うらやまし……くはないかな。そんな年齢で大人の汚い事情を分かりたくはないよ。

 わたしが親だったら泣くぞ、三歳児にそんなこと言われたら。いろんな意味で。


「お嬢様は利発なのですが、我慢が苦手なようで、思ったこと、気づいたことはどんな些細な事も厳しい言葉で伝えていました。使用人にも口うるさかったですが、一番はお兄様相手でした」


「お兄様……」


 兄がいたのか。


「『お兄様が領主を継ぐぐらいなら、わたくしが継ぎます』決定的なのはこの一言ですね。宣戦布告とも言えます。爵位を狙うことを宣言したお嬢様は家族から追い出されました。さすがに屋敷からは追い出されませんでしたが、隅に追いやられましたね。この辺り、あまり人がいないでしょう?」


「え、そうなの?」


 気づかなかった。だって、屋敷に住んだことないし。家の中に家族以外の人が常にいるなんて経験ないし。そもそもわたしはホテルだと思ってここに居るから、廊下ですれ違う人が少なくても不自然に思わないし。ホテルで従業員とすれ違うなんてそう多くないでしょ?


「お嬢様は侯爵家の令嬢です。侍女が数人ついてもおかしくありません。ですが一人も居ません。ここに来るのは部屋の掃除をするメイドぐらいなものです」


「え、それはむしろ今の方が、快適じゃない? あ、もしかしてグレアムの負担が大きい?」


 侍女数人に世話を焼かれるとか無理。絶対ぼろが出る。とか思ったけど、侍女がいなくても何とかなっている現状は、グレアムが居てくれるからで。あ、着替えはメイドさんに手伝って貰ってます。さすがにね。

 グレアムは一日中、わたしと一緒に居る。従者といえどもそんなずっと一緒にいるものなのだろうか。中身がわたしのお嬢様を放っておけないから仕方ないんだろうけど。


「いえ、お嬢様がお嬢様のときは辛いこともありましたが、あなたは脳天気で扱いやすいので、楽しいくらいですよ」


 脳天気……! それも言われたことあるぞ、わたし。褒められたのか貶されたのか微妙で調べたんだ。結果は、やっぱりばかにする言葉だった。脳天気で羨ましいって言われたから、期待したのに。それを伝えたら、そういうところが好きだよって言われたから許したけども!


「グレアムは、わたしのこと、ばかにされたことにすら気づけないばかだと思ってない?」


「え。違うんですか?」


「ガチで驚いた表情された! 初めて見たよ、そんな表情もできるんだね! ちなみに脳天気は悪口だって知ってるんだから! いくら扱いやすいとか楽しいっていい感じの言葉添えても騙されないんだからね!」


「……ふ、やっぱり気づいてないじゃないですか」


「え、何? わたし何に気づいてないの!? 他にもばかにする言葉あった? ていうか、笑った!」


「人間ですから笑いますよ」


「いや、そりゃそうだけども!」


 これまで笑った顔なんて見せたことなかったじゃん。だからちょっと感動しちゃったんだよ!



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