19_不仲
というわけで、放課後。
話をしてもらうため、わたしは再び隣のクラスへやって来た。
「迎えに来たわよ」
「帰ってくれ」
この素っ気ない返事ですよ。もうなんか慣れてきた。
まあ、結局ロベルはわたしにごり押されてくれたんだけどね、あのあと。それでもいざグレアムに会うとなると嫌になってくるんだろうね。
ロベルは何かを探すように視線をさまよわせる。落ち着かない様子だ。わたしがグレアムを連れてないから逆に不安なのかな。どこに隠れてるんだって感じで。いや、隠れてないけどね。
「グレアムなら廊下よ」
とりあえずロベルを驚かさないように、廊下で待っていてもらっている。まあ、それでなくともグレアムが教室に入ることってあんまりないんだけどね。
「はぁ……」
嫌そうに顔をしかめたロベルはため息を吐いて席を立つ。なんというか諦めの感情がすごく伝わってきたよ。
「どこで話すんだ?」
「グレアムが適当な教室を用意してくれているわ」
放課後だから教室なんて空き放題なんだけどね。部活とかないし。
「まあ、ついてらっしゃい」
諦めた顔をしたロベルを引き連れて、教室を出る。
廊下では、先程言った通りグレアムが姿勢良く待機していた。片手にはわたしの荷物を持っている。
「待たせたわね、グレアム」
「いえ」
グレアムはわたしに返事をしたあと、ついとわたしの背後に視線を滑らせる。切れ味の鋭いナイフみたいな視線に、わたしまでちょっとビクッとなってしまった。そりゃ、こんな目向けられたら怖いわ。ロベルが怯える気持ちがちょっと分かったような気がする。
わたしに視線を戻したグレアムは、もういつも通りだった。
「では、行きましょうか」
「え? ええ」
グレアムはわたしの手を取り歩き出す。――いや、ちょっと待って。いつも通りじゃなかった。手を引いて歩くなんて普段しないんだけど。
これはあれかな。行ったことないところに行くから迷子にならないようにってことかな? はぐれないようにってことかな? え、信用なさ過ぎじゃない? びっくりなんだけど。
入った教室は応接室みたいなとこだった。サロンって言うのかな。生徒が歓談するための部屋らしい。
部活はないけど、こういうところでお喋りする生徒は結構いるみたい。プチお茶会みたいな感じかな。楽しそうでいいよね。
置いてある机や椅子も普通の教室に置いてあるものよりも凝った装飾でおしゃれだ。優雅な気分になれる。高価そうでドキドキするけどね。
「本日はお時間を取らせてしまって申し訳ありません」
ティーポットからティーカップへと琥珀色の液体が注がれる。
紅茶のいい匂いが立ちこめる。
「ダンスパートナーの件も受けてくださるそうで、ありがとうございます」
椅子に座ったわたしの前にティーカップが置かれる。ロベルの前にも。
紅茶の給仕を終えたグレアムはわたしの隣に立った。
……何故、わざわざ紅茶を淹れながら言ったんだろう。顔も見ずに。淹れ終えてからでも良かったよね?
ていうかグレアム何か威圧してない? 空気が重いんだけど。
「グレアム、ロベルはそう悪い人じゃないと思うよ。だから」
もうちょっと態度を緩和させてあげて欲しい、と小声で頼もうとしたんだけど。
「そうかもしれません。ですが、私はあなたを守らなくてはいけませんから」
この調子。
うーん……安全のために慎重になるのは分かるんだけど、守るって一体何を警戒しているんだろう。一応調べたからロベルの身元ははっきりしてるし、敵意を向けられているわけでもないのに。ていうか明らかに怯えられているのに。
グレアムとわたしでは見え方が違うのだろうか。というか、ロベルについて知っている情報が、違う?
「――あ、もしかして前世の知り合い?」
前世で何かしら因縁のある相手だとかそういうこと?
それならグレアムが用心深く警戒しているのも、ロベルが怯えているのも説明がつく……いや、つくかな……。なんかかみ合ってなくない?
「いきなり前世などと言うのはどうかと思いますよ」
「あれ、声に出てた?」
「はい」
うわ、恥ずかし。
もしも全然関係なかったら、わたしただの変な人じゃない? それかやばい宗教の人。
ほら、ロベル目を見開いてびっくりしてるよ。そりゃ前世を覚えてるなんてそうそうあるはずないもんね。
「あんたも、記憶があるのか!?」
と思ったら、まさかの当たりですか。わたしの身の回り、前世持ち多くない?
ロベルが身を乗り出して、わたしの手を握った。すごく嬉しそうなところ悪いけど、記憶があるレア体験をしているのはわたしじゃないんだなぁ。
「ええと、わたし――わたくしではなくて、グレアムの方なのだけど」
わたしはといえば、それと同じかそれ以上の体験を今しているけどね。他人の身体に入り込むっていうね。しかも別世界の。
なんて思っていたら、突然ビュッと風が吹いた。
えっ、室内なのに何故風が?
「離れてください」
あ、なんだ。グレアムか。風魔法得意だもんね。発動速いなあ……あはは。
……。
――いや、なんで急に魔法!? 怖っ! 紅茶こぼれちゃうよ!?
ロベルがすっと手を放して、すすすっと椅子ごと距離を置いた。まあ、そうなるよね。ただでさえグレアムに怯えているのに、威嚇じみたことされちゃね。
「あーええと、ロベルに聞きたいことがあったのよね、グレアム?」
この様子だとやっぱり前世関連で気になることがあるのかな。
二人はどういう知り合いだったんだろう。仲良しってわけではなさそうだけど。
「はい。前世を覚えているというのなら、確認したいことがあります」
ひえ、空気がぴりぴりしてる……!
ごめんよ、ロベル。話だけなんて言って。それだけでも怖いわ、この空気。
「私の前世はある国の姫を護衛する騎士でした。あなたは何をしている人間でした?」
誰なのかってことまでは分からないのかな。キャロルさんとかポールスのことは分かったみたいなのに。それとも分かっている上で聞いているのかな。
ロベルは顔をしかめて、椅子から立ち上がる。
「やっぱりおまえ……」
「……心当たりがありましたか? 私も一つだけ心当たりがあります」
何この険悪な空気。
「わっ!?」
突然グレアムの両手がわたしの両耳をふさいだ。びっくりした。
「あなたは聞かないでください」
え、なんで? ていうか結構聞こえちゃってるよ? いいのかな。
ふわりと風が吹いた。まだ魔法使ってたんだね。
「 」
「 」
――あ、あれ? 聞こえない。
グレアムとロベルが何か話しているけれど、わたしの耳は音声を拾ってくれなかった。
おかしいな、くぐもっていたけどさっきのグレアムの声は聞こえたのに。
二人のやり取りはそう長くはかからなかった。
グレアムの手がパッと耳から離れる。
「もういいですよ」
「よ、よかった。聞こえる――!」
急に耳が聞こえなくなるって結構怖いね。
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか?」
「いや、驚くというよりも怖かった……今の魔法?」
「はい、風を操ってあなたに声が届かないようにしていました」
「な、なるほど……すごいね」
風の魔法ってそんなこともできるんだ。でも急に聞こえなくなるのは怖いから、先にもう少し説明して欲しかったな。
「あ、ロベルと話はついたの?」
「ええ、まあ。聞きたいことは聞けました」
「結局二人は知り合いなの?」
「たった一度、顔を合わせたことがあるだけなので、知り合いとは言い難いですね」
たった一度って、お互いよく覚えてたね。
一体どんな出会い方をしたんだろう。
「もう行っていいか……?」
ロベルは相変わらず関わり合いになりたくなさそう。今すぐ逃げたいって顔に書いてある。
「はい。もう結構です。パーティーではお嬢様のことをよろしく頼みますね」
グレアムの方は前より態度が緩和したかな? もう分かりやすく警戒も威圧もしていない。
「ロベル。今日はありがとう。またね」
「……ああ」
お、これはなんか友達っぽいやり取り。手を振り返してはくれなかったけど、振り返ったロベルは小さく頷いてくれた。
若干お嬢様言葉見失ったけど、ロベルはあんまり気にしないみたいだから、まあいいよね。
ロベルが出て行った扉から、隣に立つグレアムに視線を移す。
「グレアム、あのさ」
「はい」
「せっかくだから一緒に紅茶飲もう?」
淹れてもらった紅茶、まだ一口も飲んでないんだよね。もったいないことに。
「でしたら、淹れ直しますよ」
「あ、わたしのはこれでいいよ。熱すぎるとすぐ飲めないし」
「そうですか。分かりました」
新しく自分の分のお茶を淹れたグレアムが、わたしの正面の椅子に座る。
再び紅茶のいい匂いが立ちこめる。
「魔法を使ってまでわたしに話を聞かせなかったのは、どうして?」
結局ロベルの前世は誰だったのかとか、さっき二人で何の話をしていたのかとか聞きたいことは他にもあったけれど、一番はこれが聞きたかった。
何の意図があってそうしたのか。
「聞く必要がないからです。前世など結局は全て遠い過去に終わってしまったことですから」
……どうかな。グレアムもロベルもポールスもその終わってしまった過去を結構引きずっているように見えるけれど。
「わたしは、グレアムたちの前世について知らない方がいい?」
これは線引き。踏み込んでいい領域と駄目な領域の境目を引く。
誰にだって、知られたくないことはある。踏み込まれたくないことがある。
グレアムは頷いた。
「ええ。その方がいいですね」
「――そっか」
紅茶を口に含む。美味しいけれど、少し苦い紅茶。ごくりと喉の奥に押し込んだ。
「あ、やっぱ紅茶冷たいや」
「淹れ直しますか?」
「ふふん、まあ見てて! わたしも大分魔法を使えるようになってきたんだから!」
カップに手をかざす。
黒いもやのようなものがカップを包む。
わたしの魔法は光らないんだよね。その代わりに禍々しい黒いもやが現れる。
悪役らしいといえばらしいけど、なんか使うのを躊躇う見た目なんだよね。こう、悪い魔女が使いそうな感じで。もう慣れたけど。
「ほら、温まった!」
手をどかすと、紅茶からほかほかと湯気が立ち上る。
うっわー、初めてやったけど大成功だよ。わたし天才なんじゃない?
「熱いと飲めないのではなかったですか」
「大丈夫。冷ますから!」
フーッと紅茶に息を吹きかける。水面が輪を描いて揺れる。
「そこは魔法じゃないんですね」
優しい風が頬を撫でた。
キラキラと舞い散る淡い緑色の光。グレアムの魔法だ。
「おお、ありがとうグレアム。いい感じに冷めた!」
熱すぎず冷たすぎず、いい温度。
「うん、美味しい! さすがグレアム」
魔法って本当便利だなぁ。
ちなみに冷ますとき魔法を使わなかったのは、その発想がなかったから。熱いもの冷ますときは普通息吹きかけるものでしょ。ていうか思いついてもグレアムみたいに器用に風を操れない。暴風で紅茶をこぼすのが落ちだ。
「……魔法の特訓しようかなぁ」
ちょうどもうすぐ夏期休暇で時間もあるし。
学園内は一応特定の場所以外での魔法の使用は禁止されているけど、学園の外なら使いたい放題だし。
「今は魔法よりもダンスを優先すべきではないですか?」
「確かに」
それもそうだ。ダンスパーティーが数日後に迫ってるんだった。
「またロベル捕まえて練習しなきゃ!」
あ、やばい。練習の話はしていない。本番の話しかしてない。ロベル練習付き合ってくれるかな……嫌がりそうだな。
「練習なら私が付き合いますよ」
「うん、それはもちろんお願いしたいんだけど、やっぱ一回でもいいからロベルと踊っとかないと不安なんだよね」
予行練習って大事だと思う。
グレアムは顎に手をやってちょっと考え込んだ後で頷いた。
「確かにいきなり本番というのは不安がありますね。あなたの場合」
「だよね! 明日もう一回ロベルと話をしなくちゃだぁ」
まあ、たぶんなんだかんだロベルは付き合ってくれると思うんだよね。嫌そうにしながらも。問題はグレアムがいる空間で踊りの練習に集中できるかって方だと思うんだ。




