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01_従者グレアム・ウォーラス



 神の声はもう聞こえない。言うだけ言って去るなんて、神は無慈悲だ。

 神だって言うなら、何故か死にかけているこの体を治していってくれてもいいのに。

 体中が痛くて、もうさっきから涙が止まらない。

 神の声が聞こえなくなってから急に痛みが増した気がする。

 悪役云々の前に、わたしこのままだとここで死ぬわ、たぶん。


「――お嬢様っ!」


 おっと、なんだ、幻覚か? 人がこっちにやって来る。

 土がつくのも気にせず、わたしの側に膝をつく。

 あ、身体を起こそうとしないでね、絶対痛いから!

 そう念じつつも、身体を動かすことはおろか、もはや声を出すこともままならないわたしにそれを伝える術はなかった。

 その人はわたしの胸のあたりに手を置く。


「――っ」


 反射的に「痛いっ」と思って肩を震わせたけれど、痛みはなかった。

 胸に置かれた掌から淡い緑色の光が広がって、わたしの全身を包んでいく。

 何だろう、温かくて気持ちいい……これは、そう――まるで、温泉……! はあ、極楽……。


「……いい湯……」


「……お嬢様?」


 目を閉じて鼻歌を歌いたくなったところで、声を掛けられハッとする。

 見目麗しい青年がわたしの顔を心配そうに覗き込んでいる。

 ていうかこの人アレだ! 見たことあると思ったらゲームの登場キャラだ! 攻略対象ってヤツ!


 名前はグレアム・ウォーラス。

 たしか、従者だったっけ。どこぞの令嬢の。…………ん? さっきから言ってる「お嬢様」ってもしかしてわたしのこと? わたし今悪役だけど令嬢らしいし。


 記憶にある絵ではきっちり整えられていた黒髪は乱れ、額に浮かんだ汗に貼り付いてしまっている。こちらを見つめてくる理知的な緑色の瞳が、不安げに揺れている。

 仕えている主人に虐げられているって設定だったはずだけど、それにしては本気で心配しているように見える。なんだろう、そういう趣味の人?

 失礼なことを考えていると、ふっとわたしを包んでいた光が消えた。痛みも消え去った。

 立ち上がれるようになったわたしは、涙を拭ってからピョンピョンと跳ねてみる。


「――お、お嬢様、急に動いては……!」


「お、おお――っ! 何コレすごい! 動ける! 痛くない! 神よりすごい!」


 魔法で怪我を治してくれたってことだよね。たしかあの乙女ゲーム、魔法の設定があったから。

 言いたいことだけ言って放置していった神よりすごいね、グレアム・ウォーラス!


「お嬢様――?」


 興奮状態のわたしを見て、グレアムはぽかんと口を開けて驚いていた。

 あ、そっか。わたしは今、悪役令嬢だもんね。悪役とはいえ、良いところのお嬢様がこんなことしないよね。そりゃ驚くわ。

 で、でもどうやって繕ったらいいんだ、コレ。令嬢っぽく振る舞おうにもわたしは一般庶民。令嬢っぽさってなんだ。

 うーん令嬢。イジワルな令嬢、といえば。


 ――腰に、片手を当てて。


 ――頬にもう片方の手を添えて。


 ――大きく上体を仰け反らせる――っ!


「おほほほっ! 今のは何でもないのよ。痛みが消えて舞い上がってしまっただけで。えーと、その、アレよ! わたくしのために働けたこと、光栄に思いなさい?」


 わたしが知ってるのはこんな感じ! 異論は認めるっ!

 グレアムはジトッとした目で見ている。うん、やっぱり違ったか。


「……お嬢様、じゃないですね……?」


「あ、分かります?」


 一息で正解に辿り着くとは。やるな、グレアム・ウォーラス!


 *


 豪華な屋敷の一室。

 きらきらしい調度品に、そわそわ落ち着かなくなってしまう。どれも高そう……。


「い、良いところに住んでるんですね~」


「――侯爵家のお嬢様のお部屋ですから」


 グレアムは淡々と答え、わたしを高級そうなソファに座らせた。


「えっと……あなたは座らないんですか?」


「従者は主人の後ろに控えるものですから」


「でも、今のわたしはあなたの主人ではないですし……」


 話をしたいのに、後ろとか横に立たれたらやりづらいわ! 正面に椅子があるのだから素直に座っておくれ。


「外見は私の主人に違いありません」


 ほう、ならば。


「――そこに座りなさい、グレアム・ウォーラス。まさかわたくしの命令が聞けないとは言わないわよね?」


 見かけ上は主人のわたしに、グレアムは逆らえないわけだ。

 設定ではグレアムは主人である令嬢に逆らわず従順だったはずだから。

 グレアムは複雑そうな顔をして、わたしの正面に置かれた椅子に腰掛けた。

 なんで座って貰うだけなのに、こんな面倒くさいんだ。


「……本当に、お嬢様ではないのですか? 今の台詞はそっくりでした」


「えっ、本当!? 正解でした?」


 わたしの演技も捨てたもんじゃないね。昔から思い切りがいいって言われてきたから、それが良い方向に働いたのかな。演技の道に進んでいたら名女優になれたのかも!


「あ、違いますね」


 い、今は演技してないから……! 似てないのは仕方ないんだって。


「お嬢様は、『わたくしに逆らったらただじゃおかないわよ』でした」


 あ、ああ、台詞の話。そんな変わらないと思うけど。


「わ、わたくしに逆らったらただじゃおかないわよ?」


「いえ、別にやってくださらなくて結構です」


 イメージでポーズまでつけてやったのに!? 視線が冷たい!


「――ですが、あなたがお嬢様ではないのは分かりました。お嬢様はもっと気高い方でしたから」


「はい、すいません……」


 わたしに気高さは欠片もないです。お嬢様とか絶対向いてません。

 グレアムは首を横に振る。


「いえ、違います。良い意味で言ったのではありません。気高さ故に苛烈で恐ろしい方でしたから」


「そ、そんな風に言って良いんですか……?」


 仮にも主人なのに。

 悪役令嬢をやるくらいなのだから、性格に難ありの人なのだろうと思っていたけどさ。恐ろしい方って。何をしたらそんな風に言われるんだ。


「今のあなたはお嬢様ではないですからね。あなたは間抜けそうですし」


「間抜け……」


 面と向かって言うとは。この人、さては毒舌ってヤツだな?

 まあ、人生で言われたことがないわけじゃない言葉だけど。……「良い意味で間抜け」ってね。いや、間抜けって悪口だからね? 愚かって意味なんだからね。わたしはわざわざ調べたんだぞ。


「それで、お嬢様の身体に入り込んだあなたは誰なんですか?」


「わたしは――、……あれ? わたしは……何だっけ、名前……」


 思い出せない。名前を覚えてないってかなり異常じゃない? わたし何気に記憶喪失?

 え、でも名前以外は普通に思い出せる。さっきも「間抜け」って言われたこと覚えていたし。誰に言われたのかもはっきり覚えてるんだけどな。


「……分かることだけでいいので、答えてください」


「え? はい……」


 頭を抱えて「うーん」と唸っている様子に嘘ではないと判断したのか、グレアムは聞き方を変えることにしたようだ。


「あなたはどうしてあんなところにいたのか知っていますか?」


「いいえ。気づいたら、あそこで倒れてました」


 ていうか、なんであんなところで死にかけていたんだろう、このお嬢様。


「お嬢様については、何か知っていましたか?」


「うう……ほとんど知りません。性格が悪いんだろうな、ぐらいです」


 悪役令嬢です、とか言ったらちょっと意味不明だよね。グレアムが虐げられていた設定だから、性格が悪いんだろうなと思っていたのは本当だ。


「私については?」


 これまた言いづらい。悪役なお嬢様よりは少し多めに知っているけれど、情報源がゲームだ。

 えーっと、たしかグレアム・ウォーラス、二十歳。傲慢な令嬢の従者で、主人の命には淡々と従い従順に見えるが、腹の底では――


「へぇ……? 随分な言い様ですね」


 グレアムの目がすっと細められる。


「わ、わたし今、口からもれてました?」


「はい、ダダもれでしたね」


「そうですか……」


 自分の阿呆さ加減に項垂れる。これは間抜けだ、間違いなく。


「私のことはよく知っているんですね。どこで知ったんですか?」


 やっぱ聞きますよね。どう説明したらいいんだろう。別の世界で知りましたって信じるのかな。でも嘘ついても気づかれそうだしな……。そもそもわたし嘘つくの下手だし。


「あのですね……、頭のおかしいことを言ってると思われるかもしれませんが、わたし、ここの世界の人じゃないんです。別の世界で、この世界を舞台にしたゲーム――物語があってですね、そこにいろいろと情報が、ありましてですね……」


 情報があったはずなんだけど、ほとんど知らないんだよなー……。グレアムに関しても公式サイトの登場人物紹介で読んだことしか知らない。何だったら、悪役令嬢の名前も覚えていない。攻略キャラの名前と紹介文ぐらいは覚えているけど。


「そうですか。別の世界……ですか」


「信じてくれますか!?」


「嘘をついているようには見えませんから。ひとまず次の質問で最後にします。あなたには教えなくてはいけないことがたくさんありそうですから」


 確かに。

 神の話だと世界がどうなろうとも、一年後にわたしはこの世界を去るらしい。裏を返せば、一年間この世界で過ごさなくてはならないということ。しかも、生粋のお嬢様の身体で。常識とか、知識とか、やったら不味いこととか、最低限ここでのルールは教えてくれると嬉しい。実際にできるかは別だけど。


「知っていたらで結構です。――お嬢様は、どこに行ったんですか?」


 わたしは首を振る。

 そんなこと、わたしが知りたい。悪役も令嬢もわたしには荷が重すぎると思う。


「分かりました。それでは今後あなたにはお嬢様として生活していただきます。その身体がお嬢様のものである以上、そうする他ありません」


「は、はい。頑張ります」


 見た目は令嬢、中身は庶民なあべこべですが、精一杯努める所存です。こういったドレスを着て、侍女とかにお世話をして貰う貴族生活に憧れがなかったわけじゃないしね! 乙女ゲームをやる程度には乙女だよ、わたしは!


「あ、一つわたしからも質問いいですか」


「何でしょう?」


 乙女といえば、アレを忘れてはいけない。


「――スイーツはどんなものがあるんでしょうか、この世界」


 乙女ゲームの世界なんだから、期待しても良いよね?



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