18_パートナー
「――待ちなさい! はぁ、さすがに速いわね……!」
立ち止まって、荒い息を吐く。
額に汗が滲む。
この暑いのに、走って逃げるとかやめて欲しい。
廊下の先を睨む。追いかけていたはずの人物はもう見当たらなかった。
かといって、ここで引き下がるわけにもいかない。
わたしは声を上げる。
「ロベル・ミヘルス! 大人しく出て来なさい――!」
事の起こりは少し前。本当にちょっと前。五分前くらい。
授業と授業の合間の時間。いわゆる休み時間に、わたしは隣のクラスを訪れた。
目的は芸術祭で出会った男子生徒――ロベルと話をするために。
実はロベルとはあれ以来遭遇していない。芸術祭から一月以上経過したのに不自然なくらい姿を見ていなかったのだ。
友達発言は勢いでしちゃったけど、そこまで親しいとはわたしも思ってないから、まあいっかって放って置いたんだけどね。ちょっと今は事情が変わったから話がしたい。
ロベルはたぶんわたし、というかグレアムを避けてる。初対面で大分怯えてたもんね。もう関わりたくないんだと思う。
だからわたしはグレアムを連れずに、念には念を入れて不意を突くように休み時間に訪ねたのだ。
ロベルは窓際の席で窓の外を眺めていた。
「久し振りね、ロベル。話があるのだけれど――」
ロベルの行動は速かった。
わたしが話しかけた途端に逃げ出したのだから。
意地でもわたしに関わりたくないらしい。
既に教室の外に姿を消したロベルに向けて恨み言のように呟く。
「――わたくしから逃げるなんて、いい度胸ね?」
わたしも頼れる知り合いがロベルぐらいしかいないんだよっ! 必死だよ!
ロベルには悪いけどさ。
ていうか、話ぐらい聞いてくれないかな。脱兎の如く逃げられるとほんの少し傷つくんだけど。
ということで、今は逃げるロベルを追いかけている。
いや、姿は見失っちゃったからもはや手当たり次第に探している。
正直勢いで飛び出して来たんだけど、令嬢が廊下を走るっておかしい状況だよね。さっき気づいた。でも、気づいたところで止まれないから、人目のないところまで駆けてきた。ロベルを追って。
ここで逃がしたら、もう機会はないような気がするんだよね。
一旦警戒したらロベルは徹底的に逃げて隠れそうだから。
一通り探して見つからなかったら、グレアムに助けてもらうことにしよう。
「ナァーン」
「ん?」
今、なんか猫の鳴き声っぽいのが聞こえた気がする。
あそこの扉かな?
猫の声がしたと思われる扉に向かおうとしたわたしの手がぐいと引かれる。
「――あそこには、行かない方がいい」
「ロベル」
よく分からないけど、目的の人物が自分から出て来てくれたので、ガシッと腕を掴む。よし、捕獲!
「捕まえたわよ、ロベル!」
「……そうだな」
得意げに笑うわたしを、ロベルは呆れ気味に見ていた。
「もう何でもいいから、ここを離れるぞ」
わたしはちらりと扉を見遣る。少し気になりはしたが、ロベルは逆方向に歩き出した。
また逃げられては適わない。わたしはロベルの腕を掴んだままついて行った。
ロベルがやって来たのは、適当な空き教室だった。
たぶんもう授業が始まってるから、廊下にはいられないと思ったのだろう。
教室に入る前、ロベルは何度か廊下を確認していた。
「全く、あなたが逃げなければ、こそこそする必要もなかったのよ」
「俺はあんたたちとは関わりたくない」
「グレアムと、でしょう? 心配しなくても今グレアムはいないわ。あなたが嫌がると思って」
「……あんたと関わると必然的にあの男もついてくるだろ」
「あら、わたくしに協力してくれれば、何も怖がる必要はなくてよ? 何をそんなにグレアムのことを恐れているのかは知らないけれど、わたくしの言うことはグレアムは聞くわ」
たぶん。聞いてくれるはず。
「……話を聞こう」
まじか。図らずも脅しみたいになっちゃったんだけど。別にグレアム、ロベルに危害を加えようとかしてないからね? 本当、何にそんな怯えてるんだか。
「嬉しいわ。早速だけれど、ロベル。わたくしのパートナーになってくださらない?」
「断る」
即断即決!
表情が、すっごい嫌そう。苦虫を噛みつぶしまくってる。
ま、まあ、一回でオーケーもらえるとは思ってなかったし?
「もうすぐダンスパーティーがあるでしょう。そのパートナーを務めてくださらない?」
「嫌だ」
嫌と来たよ。心が折れそう。
「だいたいパートナーは殿下なんじゃなかったのか?」
「それ、それよ。その噂のせいでわたくしはあなたにこんなことを頼んでいるのよ」
グレアムと相談した結果、別のパートナーがいるってアピールするのが手っ取り早いってなったんだ。王子との婚約話自体が潰せればそれが一番良いんだけどね、ヘレナに婚約者ができない限りそれは無理だろうからね。
「ああ、なるほど」
理解が早いな。
「分かった。それなら協力する」
「え、本当に?」
「俺が断ったせいであんたに何かあった方が、あの男が怖いからな」
いや、別に断ったところで、ロベルのせいってことにはならないと思うけど……まあ、受けてくれるなら何でもいいか。ていうかどんだけグレアム怖いんだ。グレアム実はロベルに何かしたの?
「理由は何であれ、助かるわ。あとはこのことを周知させなくてはね」
わたしは王子じゃなくてロベルのパートナーとして参加するってね。
これで王子の婚約者候補からはぐんと遠ざかるはずだ。ロベルと婚約って可能性はかなり低いだろうし。調べたところに寄ると、ロベルは子爵家の次男だったから。欲深いらしいヘレナの両親が積極的に縁を結びたい相手ではないだろう。
「ロベル。あなたは嫌そうな素振りをしていてもいいわよ。わたくしが乗り気なだけで十分効果があるはずだから」
要はわたしが王子狙いじゃないってアピールできればそれでよし。
むしろ嫌がってる相手を連れてく方がそれっぽくない?
いや、今回ロベルには本当に申し訳ないけど。
「俺は別にあんたが嫌いなわけじゃない」
それは分かってるけど。
「だが、あの男を連れてるあんたに近寄りたくない」
それもよく分かったけど。
「だから協力はするが、極力近付かないでくれ」
すごい避けようだね。
協力を頼む相手を間違ったかな……。まあ、選択肢がロベル以外になかったんだけど。
まず、わたしと知り合いの男子生徒が、王子を除くとポールスとロベルしかいなかったんだよね。驚くことに。もうこの二択だったらロベルしかないじゃん。ポールスは絶対協力してくれないだろうし、下手なことをすると今度はポールスと婚約ってことになりかねないからね。
わたしと知り合ってしまったのが運の尽きなんだろうね、ごめんよ、ロベル。
「分かったわ。それなら、名前を使うのは良いわね? あとは、パーティーのパートナーはわたくしだってあなたも機会があれば広めておいてくれると助かるわ」
「もちろん、それぐらいはする。当日のエスコートもきちんとしよう。だから、これが終わったらもう関わらないでくれ」
……そんなに嫌なんだね。本当、協力に感謝します。
「ありがとう、ロベル。あなたがいてくれて良かったわ」
実際、嫌々でもロベルが請け負ってくれて助かった。
そうじゃなかったら、噂を潰して回るか、そこらへんの男子生徒を引っ捕まえて協力させるとこだったからね。どちらにしても手間がかかる。
まじまじとロベルがわたしの顔を見つめてくる。何、にらめっこ?
「間の抜けた顔だな」
あれ、わたし今お礼を言ったよね。なんで真顔でばかにされたの? 実はわたしのことも嫌いなの?
「――あ」
「どうしたんだ?」
ロベルが不思議そうにわたしを見た。
ごめん、ロベル。
「……一つ、言い忘れていたわ」
「何だ?」
「確認だけれど、極力近付くなってことは、必要があれば近付いていいってことよね?」
そういうことだよね?
「ああ、やむを得ないことがあれば……待て。嫌な予感がする」
その予感は正しい。
「今日の放課後、グレアムに会ってもらうわ。一度話がしたいそうだから」
「……やっぱりあんたのパートナーとか無理」
だよねー。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。グレアムは話をするだけよ」
笑って誤魔化しておこう。ここまで来たらもうごり押しだ。
ロベルもグレアムを警戒しているみたいだけど、グレアムもロベルをちょっと警戒しているみたいなんだよね。何か確認したいことがあるっぽい。




