13_空腹な芸術祭
「……静かに」
「――っ」
ひぇ、何この男――!?
口を塞いでから、身体を拘束するまでの動きがプロだったんですけど!? 怖っ!
なんでこんなヤバそうな人が学園にいるの!? 学園には身分がしっかりしてないと入れないんじゃなかったの!? でも人がやることだから、抜け穴はあるよね! そういうことかな!?
一気に後悔が押し寄せる。
いや、余計な事ってするもんじゃないね……。あと隠れん坊しているわけでもないのに、物陰になんて隠れるものじゃないね……。
うぅ、口が塞がれてるって結構苦しい……。
男はさっきのわたしと同じように、看板の陰から向こう側を覗き見る。何、隠密か何か? 何か見張ってるの? あとさっき自分でもやっといて何だけど、こういう物陰から覗き見るってバレないものなのかな。顔出してたら普通に近く通った人とかに気づかれない? 校舎の壁に沿って立てられた看板だから、後ろから見つかるってことはないけど。
男はわたしを拘束したままだったので、いい感じにわたしにも男が見てる景色が見えた。
近くを人が通るけれど、こちらに気づいた様子は全くない。どうなってるの? 魔法の力?
グレアムとキャロルさんも看板の前を通る。辺りを見回しているから、たぶん二人でわたしのことを探しているんだと思う。本当、変に隠れないで合流すればよかったね。これじゃ二人に迷惑かけるだけだ。我ながら愚かなことをしたよ。
……でも、キャロルさんと一緒にいるときのグレアムってなんか雰囲気違うから居づらいんだよなぁ。
他の人たちと同じく、彼らの目にもわたしや、わたしを拘束する男は映っていないようで、通り過ぎて行ってしまった。ええ、本当に見えてないの? 待って、行かないで、助けて。
「――ぷはっ」
二人の姿が人に紛れて見えなくなったところで、わたしは解放された。
なんで解放されたのかよく分からないけど、とにかく逃げなきゃ、と思ったけども、こわばった身体は上手く動いてくれなかった。
うん、なんていうかね、左足に右足を引っ掛けた。
ぐらりと体が傾ぐ。
「――っ」
こ、転ぶ!
と思った瞬間、強い力で腰の辺りをぐっと支えられ、事なきを得た。
「……」
えっと……ここにはわたしと怪しい男しかいないわけで。
つまり、今わたしを助けてくれたのは、さっきわたしの口を塞いでいた人ってわけで。
恐る恐る後ろを見る。
うん、やっぱり同じ人。
「……あ、ありがとう?」
咄嗟にお礼を言ってしまった。
助けて貰ったのは本当だけど、転びそうになったのはほとんどこの人のせいなのに。
「いや、大丈夫か?」
普通に心配してくるし……。
わたしが体勢を立て直すと、男は離れた。もう拘束する気はないみたいだ。いや、じゃあさっきの何だったの?
警戒の視線を向けると、男はばつが悪そうに顔を逸らした。
「その、悪かった……見つかるかと思って、つい……」
しどろもどろな様は言い訳をするかのよう。
見つかるってやっぱり何か見張ってるの? 監視対象に見つかるって話? でもそんな物騒な雰囲気はもうしないけど……。
「隠れてるの?」
「ああ……どうしても見つかりたくない人がいて、身を潜めてた」
「じゃあ、口を塞いだのは」
「悲鳴を上げられたら不味いと思って……」
「……もういいの?」
「ああ、もういない」
追いかけないってことは見張ってたわけじゃないのかな。単純に顔を合わせたくなくて隠れていただけ?
……何、それ。こっちはかなり怖かったんだけど。トラウマになったら訴えてやる!
強く睨むと相手はたじろいだ。
「本当に、すまなかった……」
反省している様子を見て、わたしは息を吐く。
わたしがこんなとこに隠れたのも悪い。あんまり相手ばかり責めるのは躊躇われる。
「もういいよ。確認のため聞くけど、あなたも、生徒?」
不審者じゃないことはもう分かったけど、一応ね。
「ああ、一年のロベル・ミヘルスだ」
同学年だけど、知らない名前だ。顔にも見覚えはない。となると隣のクラスの人かな。クラスは二つに分かれているから。
「そっか、わたしは――じゃない。わたくしは、ヘレナ・ラスウェルよ」
どっと冷や汗が出た。
やってしまった。やってしまったよ、わたし!
今の今まで素で話してたね!?
い、いつかやるとは思ってたけども。
「ああ、やっぱりそうなのか」
あれ、意外と気にしてないっぽい。表情も「ふーん」くらいだ。あまり興味なさそうだね。
ヘレナの口調が多少変でもよく知らない人からすれば、案外こんなものなのかな?
まあ、それならそれでいっか。
「それじゃあ、わたくしは行くわね」
グレアムたちを見失ってしまったので、また探さなくては。
あとこれ以上ボロを出す前にここから去りたい。
「ちょっと待ってくれ」
しかし看板から出たわたしを追うように、ロベルも出てくる。
――あれ? おかしいな。
看板裏から人が二人も出てくるとか異様な光景なはずなのに、誰も目を留めない。
さっきと同じだ。
まるでわたしたちのことが見えていないみたいに、前を通り過ぎていく。
「悪い、気配を遮断する魔法をかけてたんだ」
魔法? いつの間に。
ロベルの手がポンと軽くわたしの肩に触れる。けれど、魔法が発動するときの光は出なかった。解除のときは光らないのだろうか? 使ったことのない魔法だから分からない。首を傾げると、ロベルが短く説明してくれた。
「魔法を使うときの光は消すこともできる」
そうなの!?
あの光って絶対出るものだと思ってたよ。消そうとか思ったことないけどさ。
「できるやつは少ないだろうが」
そ、そうかあ。グレアムは普通に光ってたしね。
ロベルは魔法が得意なのかな?
光が消せたら便利そうだよね。あれが派手に光るから、魔法を使うとすぐにばれるんだけど、光らなくなったら学園内でもこっそり魔法が使い放題になりそう。
「――お嬢様!」
あ、グレアムの声だ、と振り返ろうとしたところで、ぐいと強い力で後ろに腕が引かれた。
「――ぅわっ?」
バランスを崩した体はとすんと、グレアムの胸板で受け止められた。
び、びっくりした。また転ぶかと。
「グレアム?」
「ようやく見つけましたよ、お嬢様」
見上げたグレアムはほっとした表情でそう言った。
けれど、わたしとロベルの間に入ったグレアムは、一転して冷ややかな声をロベルに投げかけた。背を向けているので表情は分からない。
「それで、あなたは誰です? お嬢様と一緒にいたようですが……」
なんかすごい圧を感じるんだけど。
ロベルを警戒しているみたいだ。
「グレアム、あの、ロベルは……」
いや、なんて弁解してあげればいいんだろう。
口塞がれて拘束されたけど転びそうになったの助けてくれたし悪い人じゃないよって? 微妙に説得力がないね。
ロベルが顔を引き攣らせて、一歩後退る。
ああ、でもこのままじゃロベルに悪いよね……。
「友達! いろいろあって友達になったの、さっき」
まあ、間違ってない、よね?
友達は言い過ぎかもしれないけど。
「そうでしたか、申し訳ありません」
ロベルに軽く頭を下げるグレアム。
けれどロベルは怯えたように青い顔のままだ。
「――お、まえ……」
そのまま何事かを呟いて逃げるように去って行ってしまった。
なんかごめん、ロベル。でもわたしもさっき怖い思いをしたし、お互い様だね?
グレアムが振り返ってわたしを見る。
さ、さすがに怒られるよね、先に謝った方がいいかな?!
「……申し訳、ありません」
「え」
上から降ってきた消えそうなほど小さな謝罪の声に、疑問符が浮かぶ。謝るのは、わたしの方じゃない?
グレアムは不安げに緑の瞳を揺らす。出会ったときと同じだ。
「どうして、謝るの? わたしの方が、謝らなくちゃいけないのに」
「あなたを一人にしてしまいました」
「わたしが一人で勝手に迷子になっただけだよ?」
「いえ、違います。私が目を離してしまったせいです」
「それを言うなら、わたしだってフラフラしちゃったわけだし……」
フラフラするなって言われてたのにね。グレアムがついてきているかなんて確認しないで自分勝手に行動しちゃったせいだ。
グレアムは首を振る。
「違います。あのとき、あなたがホールを出て行ったことに気づかなかった私の落ち度です」
「え……あのときってまさかキャロルさんの発表の後? もうそこからはぐれてたの?」
え、わたしも全然気づかなかったんだけど。
互いに全然気づいてなかったって、逆にすごくない?
グレアムもキャロルさんの歌に感動して夢見心地だったのかもしれない。わたしもあのときテンション上がってふわふわだったもんね。だからこそまわりが見えてなかったんだけど。
「はい、申し訳ありません……」
「いいよ、そういうこともあるって。それに、今回のことはお互い様だよ。わたしも、勝手にどっか行って探させちゃってごめんね」
互いに気づいてなかったんだもんね。原因は二人ともにあるわけだから、おあいこだ。
けれどグレアムは苦しそうな顔で首を横に振る。な、なんでそんな思い詰めてるんだ。
「分かった、ひとまずご飯食べに行こう、グレアム」
こんなグレアム初めてで対応に困る。
とりあえず落ち着いて貰いたい。
それからここ外だから人目を集めてるんだよね。落ち着ける場所にも行きたい。
あと普通にお腹空いた。お昼食べたい。
「……かしこまりました」




