11_夢現な芸術祭
「わ、やっぱりたくさん人がいるね、グレアム」
本日は芸術祭。
学園は、芸術祭に訪れた貴族たちで普段よりも賑やかだ。
つい、きょろきょろ見回してしまうわたしに、グレアムが釘を刺す。
「フラフラしてはぐれないでくださいよ」
うっ、気をつけるけど、あんまり自信がない。
わたし、こういうお祭りとかうずうずしちゃうんだよね。いろいろ見て回りたくなっちゃう。
芸術祭は、学園の生徒が発表する場でもあるけど、それだけじゃない。芸術家たちにとっても発表の場であり、パトロンとなってくれる貴族に見つけてもらう絶好の機会なのだ。訪れる貴族にとっても生徒の作品よりもそちらがメインらしい。腕の良い芸術家を支援しているってことは、つまりそれだけ見る目があるってことで、芸術に造詣が深いって評価になるんだって。素晴らしい才能を見つけるにもまた才能がいるんだろうね。
まあつまり何が言いたいかっていうと、彼らの作品はクオリティがめちゃくちゃ高いんだよ。こう、ついフラフラッと見に行きたくなるぐらいには。
「――お嬢様。言ったそばからどこかへ行こうとしないでください」
「はい、すいません……」
芸術家たちの手で学園は今、絵画や立体造形、さらには魔法などさまざまな方法で飾り立てられているわけだけど、毎年それにはテーマがあるらしい。今年のテーマは「魔女の国」。ハロウィンみたいなテーマだよね。実際、作品はそういうおどろおどろしい不気味なものが多い。だからこそ惹かれるものがあるんだけどね。でもコレ、オカルトとかホラーが苦手な人からしたらきついんだろうなぁ。
「お嬢様が寝坊したせいであまり時間がないんですよ」
「うっ、そうでした……」
それについては申し訳ないです。グレアム起こしに来てくれたのにね。わたしがなかなか起きなかったんだよね、ごめん。
何故時間がないかというと、キャロルさんの発表が前から十番目ぐらいと結構早めだからだ。
しかも音楽発表は学園の中心から少し離れたところにあるコンサートホールで行われるので移動にも少し時間がかかる。この学園、そんな建物まであるんだよね、すごいよね。
到着したコンサートホールでは既に演奏が行われていた。演奏途中はホール内に入ってはいけないらしいので、ホワイエに設置されたソファに腰掛けて演奏が終わるのを待つ。グレアムは立ったままだけどね。少ないとはいえ人目があるから、従者が座るわけにはいかないんだろう。
扉の向こうからパイプオルガンの独特な音色が漏れ聞こえてくる。
「キャロルさんの歌楽しみだね」
「そうですね」
「緊張してないかな、大丈夫かな?」
うわ、どうしよう。自分が演奏するわけでもないのに、ドキドキしてきたよ。
胸に手を当てて深呼吸していたら、グレアムに笑われた。
「何であなたが緊張してるんですか」
なんでって、そんなの自分でも分からないよ! でもほら、友達が大舞台に立つってなったら緊張してこない? わたしだけ?
「大丈夫ですよ、あの方は。こういった舞台は得意なはずです」
ん? 何かその言い方、違和感。
「グレアムって、キャロルさんと前から知り合いなの?」
「いいえ。彼女を知ったのはあの洗濯の件からですよ」
正確には、服に飲み物かけられて洗ってもらったヤツね。グレアムにとってはキャロルさんに服を洗わせてしまった方が印象深いんだろう。ちなみにあの働く現代人が飲んでそうな名前の飲み物だけど、ポールスに助けて貰ったお礼としてあげる予定だったらしいよ。まさかの手作りで、後日改めて作り直して渡したんだって。おっと話がそれたね。
「じゃあ、なんでそう思ったの? キャロルさんが得意って」
「彼女は、お嬢様や殿下に物怖じせずに話しかけますから。こういった場で縮こまるような人には思えません」
うーん、なるほど?
それにしては、もっと確信めいた言い方だった気がするんだけどなぁ……。
もしかするとわたしの知らないところで話でもしたのかな? 最近わたしは部屋に籠もって大人しくしてることが多かったから、グレアムの自由な時間はたくさんあったもんね。
大分学園生活にもヘレナを演じることにも慣れてきたからね、あんまりグレアムに頼りすぎないようにしようと思ってるんだ。
その一歩目として、グレアムに頼らず一人で勉強してるんだよね。全然捗らないから、時間がめっちゃかかって結果グレアムの自由時間が増えたわけなんだけど。
いや、それは良いことなんだけどね、一人で勉強するって思ってた以上に大変なんだよね。わたしこっちの文字はなんとか読めるって言っても、すらすら読めるってわけじゃないから、読むだけでも時間がかかるし。分かんない言葉あっても辞書もないから調べられないし。本当グレアムにどれだけ甘えていたかよく分かるよ。いや、まあ、後で分かんなかったとこは聞くけどさ。気になるから。
頭の中で愚痴っていたら、パイプオルガンの音がいつの間にか聞こえなくなっていた。演奏が終わったみたいだ。
「お嬢様」
グレアムから手が差し伸べられたので、お礼を言いながらその手を取って立ち上がる。
出て行くお客さんとすれ違いながら、わたしたちは二重扉を通り抜けてホールの中へ入った。
まだ序盤の方だというのに、客席は意外にも埋まっていた。そんなに広くないホールだけれど、半分ほどは埋まっているんじゃないだろうか。
グレアムに手を引かれ、真ん中より少し前寄りの席に座る。後ろの席の方が埋まっているので、この辺は結構空いているみたい。
少しして薄暗かった舞台に光が差した。この世界に電気で動く照明器具なんてないから、魔法によるものなんだろうね。
舞台袖から、次の発表者が歩いてくる。女の子だが、キャロルさんではない。フルートのような楽器を持っている。
ステージ脇に出て来た男の人が良く通る肉声で、奏者の名前と演奏する曲名を紹介する。マイクみたいに音を大きくするような魔法はないのかな。それとも肉声でやるこだわりがあるのかな。広いホールの隅々に渡る程、綺麗に通る声だし。
男の人が袖に戻っていくと、女の子が正面を見据え、演奏が始まった――。
*
「――お嬢様、次ですよ」
「……んー……」
……んん……? 次って何が? それよりも、もう少し、寝かせて……。
「……こうなる気はしてましたよ」
んー……、グレアム、今なんか、ばかにした……?
「いいえ。最近よく眠れていないみたいなので、仕方ないことだと思いますよ」
眠れてないって……誰が……わたしは、毎日、快眠……。
「――嘘が下手ですね」
…………。
……そうだね、自覚はしてる。
最近、夜はあんまり眠れていない。というか、夜中に起きてしまうんだ。――夢を、見るから。
夢の世界で、わたしは家族と笑っている。わたしはそれが怖くて夜中に飛び起きてしまう。だって、わたしにとっての現実はそんな夢の世界のことなんだ。家族と笑って、友達と笑って、それが当然で現実だったんだ。なのに、わたしは今、そこにはいない。夢でしか、家族と会えない。何より、あの光景を夢だと認識してしまっていることが、わたしにとっての現実がすり替わっているようで怖いんだ。わたしは今、夢を見ているのか、現実に立っているのか、分からなくなってしまいそうで――。
「――――」
眠気でぼんやりとしていた頭に、それは鮮烈に入ってきた。
ぱちりと目が開く。
それは圧倒的な力強さを持った音。いや、声。歌声だ。
ぐん、と惹き付けられる。
もはや眠気なんてどこかへ行っていた。
魅惑的な歌声が、容赦なく耳に入り込んでくる。
美しい歌声は、けれど、どこか妖しくてまるで呪いのよう。だって、聞かずにはいられない。魅了されずにはいられない。そんな歌声。魂が震える、とはこういうことを言うのかもしれない。
歌声が響いていたのは、一瞬のことだったのか、それとも、もっとずっと長い間のことだったのか。よく分からないままに、彼女は、キャロルさんは歌を歌い終えていた。
肩を上下させたキャロルさんと目が合う。本当に目が合ったかは分からないけど、キャロルさんは確かにわたしを見つけていて、こちらに向かっていつも通りかわいらしく笑った。その姿にちょっとほっとする。
キャロルさんがお辞儀をしてステージを去ろうというところで、観客たちはハッと我に返り、途端拍手が鳴り響いた。皆、キャロルさんの歌声に引き込まれていたみたい。大きな拍手と歓声にキャロルさんは嬉しそうにはにかんで、もう一度お辞儀をして舞台から去って行った。
「――すごかったね、グレアム!」
自信があると言っていただけあるよね、思っていた以上のクオリティでびっくりしたよ。音楽詳しくないけど、もうプロ並みじゃない? このままキャロルさんのところへ行ってこの感動を伝えたい……!
「ね、グレアム。キャロルさんのとこ行こう!」
どこに行けば会えるかな。
とりあえず、次の演奏が始まっちゃう前にホールを出ないとね!




