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タシロ計画 (第一シーズン)  作者: smcp_佐藤茂
第1部 空飛ぶ転校生 Fliegende Übertragen Sie Studenten
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#2 打合せ Treffen

#2 打合せ(Treffen)


 タシロ計画(Disaster)災害(Guard)防衛(Tashiro)( Program)

 通称『DG-TP(ディグタップ)』は、日本(UNJP)の公益特殊法人。

 二四六〇年・五二年前に露国(UNRU)で初観測され、二四九〇年・二二年前から世界各地で頻繁に観測されるようになったTFP・巨人の(Titan's)足跡( Footprint)

 これを発見した露国(UNRU)では巨人の(スレッドノギ)足跡(ギガンタ)と呼ばれるその特殊局地地震に対処し、それが招く三〇〇年後の災厄(GDED)を阻止するための団体(チーム)

 その主要メンバーが、ここにいる五人、ゲルトルーデも含めた五人の少女たちなのだった。

「始めるよ、静粛に! モルチャット!(Молчать!) 昨夜のTFP処置以降の巨人の尾(クボストギガンスキ)の試算を見て。」

挿絵(By みてみん)

 ナスターシャが一方的にブリーフィングを始めた。どうやら今日はだらだらだべれないようだ。

 震災前(Before3.11)的な教育用視覚ボード・黒板の濃緑色の表面に光の線と点とでワイヤーボールが描き出された。

 地球とその表層、大陸の形と国家の形が色付け色分けされている。露国(UNRU)ФН(ェフン)、そして米国(UNUS)がやたら大きいのはさておき、それ以外に、幾何学模様を描く別の極彩色の光が見える。まるでカラフルな蜂の巣(ハニカム)のよう。


 クボスト(Хвост)ギガンスキ(гигантской)は『巨人の尾』を意味する、TFP発現試算データベース。

 露国(UNRU)アカデミヤ(Акаде́мия)が構築した、量子コンピューター群ネットワークの通称である。

 TFPは、活断層やプレートに起因する地震とは全く異なり、その発現原因は未だ不明。その発現端緒は無作為(ランダム)に見えるが、その実、極めて数学的な規則性と再現性、相関性を持っている。

 それを解き明かしたT-TFP・巨人(Theory)の足跡(of Titan's)理論 (Footprint)に基づき構築されたのが、この巨人の尾(クボストギガンスキ)である。

 世界各地のTFP発現試算地点を大小の六角形(ヘキサゴン)で示し、発現後のプロパと呼ばれる他のTFPを刺激し、三陸沖の特異点(GDED)にストレスを伝播する実体波の伝播状況、TFPの発現を阻止しプロパを阻止した場合の次発(Outbreak)の発現試算等が可能。

 そのデータベースを利用して発現場所を試算し、またTFP阻止結果をフィードバックすることで、リアルタイムでのTFPに対する災害(Disaster)対処 (Control)が可能となる。


 もちろん、理論的には、である。


 試算されたTFP発現確定エリアを示す赤い六角形(ヘキサゴン)の表示・赤六角(RHEX)は、実際は広大な面積を持ち、そこに発現する平均して半径数百メートルの地表陥没を伴う特殊局地地震にリアルタイムで対処するなど、本当に困難なのだった。

 DG-TP、つまりタシロ計画(Disaster)災害(Guard)防衛(Tashiro)( Program)以外は……。


「昨夜の処置でTFP動向はこう変化」

 ナスターシャが言った。

「加えて、今朝、芬国(UNFI)のサンポが三ヶ月ぶりに起動して、こことここの赤六角(RHEX)黄六角(YHEX)に格下げ、プロパの阻止率に変化があったので、試算はこうなる。」

 ワイヤーボール表面の六角形(ヘキサゴン)の色が目まぐるしく変化した。青六角(BHEX)が色を変えた。

 黄六角(YHEX)はTFP発現が確定ではないが、外的要因の変化で赤六角(RHEX)に移行する可能性が捨てられない怪しいエリア。ちなみに、発現の見込みがないエリアは青六角(BHEX)という。

「DG-TPの管轄、それも……海?」

 とキャシー。赤六角(RHEX)の一つが、日本(UNJP)近海で光っている。

「サクラ、わかる?」

「ん〜……わからない。まだRATたちも騒いでない。」

 サクラが木の机に突っ伏したまま、眉間にシワを寄せて言った。

「今後、ほかの場所でのTFP発現と他国のピラーズ運用次第でこの試算結果はまた変わる。」

 とナスターシャ。

「この海底のTFP、処置しなかった場合、想定される津波の被害は?」

 キャシーが提案し、サクラは驚いたように跳ね起きた。

「え? スルーするの?」

「例えばの話。サクラがまだ気づいていない以上、いつ起こるかわからないんだから。」

 キャシーの表情はやや固かった。

「あの〜。」

 ゲルトルーデが小さく手を上げ、発言許可を求めるように周りに目配せした。

「どしたの?」

 サクラが小首を傾げ、ゲルトルーデの可憐な戸惑い顔を覗き込んだ。

「Fräuleinサクラは、本当にTFPを、予言できるのですか?」

 その青い瞳は、恥じらいと熱が入り混じり潤んでいた。

「予言? 予言なんて違うよ〜。」

 サクラは恥ずかしそうに手を振って見せた。

「予知……かな?」

 ナスターシャが真顔で言った。

ノメラ(Номера) デリャ(для) ナウチニフ。(научных.)

 続けて『非科学的』とつぶやいた。

「あのね、わたしにしか見えない……ネズミみたいなのがね、TFPが起きる前に凄く騒ぐの。その騒ぎ具合で、いつ頃、どこに巨人(ギガント)が現れるかが、何となくわかるのよ。それだけよ。」

(Eine Ratte)?」 とゲルトルーデ。

「DG-TPでは、サクラにしか見えない()()をRATって呼んでる。」

 キャシーが金色の後れ毛を指でかき上げながら言った。大人びている。サクラやゲルトルーデと同じ一七歳とは思えないほど、大人びている。

RAT(ネズミ)、つまり不規則移動(Rambling)痕跡(Trail)()()が不規則に移動している、その痕跡が、サクラには感じられる。」

 ナスターシャが続けて言った。「地磁気の僅かな歪みの遷移、測定不可能なほど微細な実体波や弾性波、あるいは地殻内を伝播するナノサイズのプラズマ脈動……。」

「わかんないわかんない!」

 サクラは頭を抱えて再び机に突っ伏した。「も〜何だっていいじゃん! ネズミよネズミ!わたし猫神様の使いだから、見えないネズミが見えるだけ!」

「猫神様?」

 とゲルトルーデ。

「あれが生き物なものか……。非科学(Номера для)(научных.)だ。」

 ゲルトルーデの疑問を遮るように、ナスターシャがまた『ノメラ デリャ ナウチニフ』とつぶやいて目を覆った。

「スルーしないわ。絶対わかる。TFPが来る前にRATたちが必ず騒ぐもん。巨人(ギガント)が来るぞって騒いで教えてくれるもん。」

 サクラは叫び、がたんと木の椅子を押し倒して立ち上がった。「絶対! 絶対! 止めて見せるもん! 昨日みたいに……」

 わっと感極まって涙ぐみ、嗚咽をもらした。

「サクラはちゃんとやったよ。頑張ったよ。」

 キャシーはあわてて立ち上がり、そっとサクラを抱きしめた。身長差があるため、サクラはキャシーの豊満な胸に顔を埋める形になった。


 昨夜、サクラが勝手にTFPの南東方向に飛び立った時、タシロアイランドのメインDCブースの中のキャシーの脳裏にも、くちゃくちゃに潰れた狩猟小屋のイメージが鮮明に浮かんでいた。

 沸き返る大地に噛み砕かれる小屋、その灯りがチラチラ明滅する様、狭い小屋の中で抱き合う影、それは幼い孫と老猟師。サクラが泣き叫ぶ顔もフラッシュバックした。

 キャシーは心臓が鷲掴みにされ、きゅっと身が縮まるのを感じた。

 しかし次の瞬間、別のイメージが浮かんだ。

 小屋から転がるように這い出す影、孫を背負い、崩れ落ちる小屋から飛び出す老猟師。サクラのほっとした表情も。

 キャシーはそのイメージに心の底から安堵し、同時に深いため息をついた。


「もうあんな怖い目に……合わせたくない。」

 サクラが嗚咽の切れ間につぶやいた。


 昨日の夜、サクラはアマノヌボコを小屋の近くに着陸させ、分厚く狭い丸ハッチを抜け出した。ピンク色の災害(Disaster)防護(Guard)服・DGスーツは身体をぴっちりと包み込み、熱や寒さからDGクルーを守ってくれるが、サクラはその時、汗だくになって小屋に駆け寄った。燃え上がりそうな体熱に駆られ、何度もつまづきながら小屋だった残骸に走り寄った。

 近くに影が動いた。

 老猟師と幼い孫二人。

 暗い露国(UNRU)の原野、巨人(ギガント)が踏み砕いた大地の際、間一髪のところで生きながらえた二人の姿を前にし、サクラは震える声で叫んだ。

日本(UNJP)から来ました巨人(ギガント)退治のDG-TPです。巨人の足跡(スレッドノギギガンタ)は……やっつけました。……もう安心ですよ」

 夜の向こう、老猟師の胸の中から、幼い孫が答えた。

スパシーバ。(Спасибо.)

 ありがとう。

 サクラは緊張の糸が切れ、その場にへたり込むと、訳もわからず泣いた。

 こわかったのか、うれしかったのか、もうわからなかった。


「もうあんなことは嫌……。だから……だからスルーしない。」

「わかったサクラわかったから、サクラ……」

 キャシーはサクラを優しく撫でさすりながら、まるでお姉さんのような優しさでささやいた。

「だから……。」

「だから?」

「ねぇねぇ、ゲルの歓迎パーティーしよ。父さん、漁研からウニもらってきたんだ。」

 サクラがキャシーの胸からぐちゃぐちゃに泣き乱れた顔を上げ、言った。「ね、ゲルトルーデ。うちにおいでよ。」


 サークル活動は原則五時まで。

 時間になれば、また猫の声にしか聞こえない鐘が鳴り渡る。

 五月、もう日もずいぶんと長くなり、別れ難い女生徒たちに教師たちが「もう帰りなさいと」声をかけはじめる時間。教師は教師で、子供達を帰らせて早く自分も帰りたい。

「サクラさんたちそろそろ帰りなさい」

 旧校舎の教室を周りながら、声をかける。今日はサクラの担任の河原田先生がDG—TPのサブDCのドアを開けた。

「あ〜そうだ、先生も来る? 今日うちでゲルの歓迎会するよ。」

 とサクラ。

「え! ほ、本郷さんも来る、来る、来るの来るの?」

 中学生にしか見えない童顔の担任はぱっと表情を赤らめた。

「あ〜今さっき決めたとこだからまだ呼んでないよ〜。」

「サクラ、司令にも聞かなきゃ駄目でしょ?」 ナスターシャが言った。

「今夜は出動ないんだから、いいよいいよ! 父さんいつも飲んでるから同じだよ〜。」

「本郷さんは本郷さんは本郷さんは?」

 河原田先生はそればかり尋ねた。

「わかったわかったコールしてみるよ〜。」

 サクラはそう言いながら、赤に近い褐色の髪の一房に巻き付いたおぼろげな立体画像(ホログラフ)の環・QRを抜いて空中に放り投げた。

 環は宙で四角い窓の形に広がった。

 厚みは無い。大きさは手のひらほどのピンクの縁の長方形で、窓に一瞬こんな表示が浮かんだ。


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 anytime, anywhere


 窓に何個か(アイコン)が並び、電気通信端末(テレホン)型のアイコンをタッチすると、登録済みの生体(Bio-InDent)ID(ification)BID(バイディー)一覧が表示された。

 サクラの担任教師はもじもじしながら、その場を動かなくなった。


(C)smcpせんだいみやぎコンテンツプロジェクト実行委員会

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