#5 祭典 фестиваль
この妙な盛り上がりは何だろう?
ナスターシャは自分の持ち分のカードを早々に売り尽くし、大量の五〇〇円硬貨を金庫に納めると、ふいに強い脱力感に襲われた。
それでも気を取り直し、巨人の尾の端末をセッティングし、広場のステージ後ろの壁にワイヤーボールを投影した。未だしつこい鉄道愛好家、さらにはそれ以外の何かの愛好家が付かず離れず、ベストショットを狙ってQSを構えている。
それを無視しつつDC立ち上げにとりかかっていたが、肝心のDCリーダーが若者の一団に囲まれ、なかなか準備ができない。
「キャシー!」
ついつい声高に呼びかけた。「準備は?」
「ごめんナスターシャすぐ準備するわ。」
ゲルトルーデはうまく歩けないことを見透かされ、ステージ縁に座ったまま、鉄道愛好家に取り囲まれて泣きそうになった。あまりにしつこいので、最後にはコンボドライブを一吹かししてアマノヌボコ機上に飛び上がった。それにすら歓声が上がった。
サクラはしずえと並んで、なにやらカードにサインを書かされている。
しずえが大量のカードにサインをしながら、DG—TPは大変なのよ、日本政府がせこくてねぇ、と愚痴を聞かせている。だから皆さん、今後とも通信販売でDG—TPグッズを買って応援してくださいね、と言っているのが聞こえた。
「退いて退いて!」
アサミはアサミでカードを投げつけるように売りつけ、そんな仕打ちにも大喜びの一部の鉄道愛好家を押し退けつつ、旧市役所のピンクのビルからアマノヌボコ充電用の太いケーブルを引きずってきた。
「感電したくなかったら退いて退いて!」
昼前にやっと鉄道愛好家らの熱も冷め、川開きのメイン会場である立町通りの方へ流れて行った。広場はやっと普段の川開き状態に戻った。
「さー売れるものは全部売ったわ!」
最後のカードを売って、しずえは肩をぐるぐる回して大きく伸びをした。「田代島でちまちま商売しても駄目ってことね。」
「もーしずえさん堪忍してぇ。」
サクラはがっくりと疲れ果てた。
「まだRATは走らないの?」
憔悴しきったサクラに、しずえがまじめな顔をして聞いた。
「……わからない。まだ、走ってないわ。」
サクラは目を閉じ、静かに辺りの気配に集中してみた。
「……走ってない。」
目を開けると、しずえがいない。
あれ? ときょろきょろ見回すと、ステージの上、金庫を開けてDG—TPグッズの売り上げを数えているところだった。
「大儲けだわ。通販も軌道に乗れば、ヤタガラス無しで、今回みたいな出前方式なら十分やっていけるわ。電源さえ確保できれば。」
キャシーが金庫の中で唸っているお金を覗き込み、目を丸くしていた。
「もーしずえさん!」
サクラが叫ぶと、しずえはぱっと振り返り、サクラを指さした。
「サクラ、RATを探してきなさい。川開き会場を見回ってRATを見つけてきなさい。」
「え? え〜?」 サクラは驚き、しずえを二度見した。
「それから、サクラとゲルトルーデ以外のDGクルーは全員、川開き会場を歩いて、DG—TPグッズの通販QRを宣伝して回って。これが権限フリーのQRよ。」
言いながら、使用権限無しのQRを飛ばしてよこした。通販QRはくるりと環になってそれぞれの小指に巻き付いた。
「制限無しでいくらでも複製可。問い合わせがあったらいくらでもばらまいて。」
しずえの取り計らいで川開き会場にお解き放ちになった四人は、旧石巻駅前を通り、メイン会場の立町商店街に向かった。駅からすでに人出が多く、ピンク、赤、青、緑の四色のDGスーツ姿は目立った。
「こんにちわー。DG—TPでーす。」
慣れたもので、サクラは訝しげに見つめる視線に行き当たる度、笑顔を振りまいた。
石巻域の中心商店街・立町商店街は州道398沿いに延びた背の低い半アーケード構造の商店街で、蛇田域と異なり、小規模単独店舗兼住宅が単層、狭い道路の両脇に並んでいる。
今日はさらに様々な出店が歩道を埋め尽くすように並び、浴衣姿の観光客は、歩行者天国となった州道一杯に溢れていた。
「今の時間は孫兵衛船競漕始まってるよ。あ、もうすぐブルーインパルスも飛ぶわ。ほら三石崎の新型練習機になったばかりよ。ツバメ、それも戦技仕様なのよ。」
石巻川開き祭り公式DWを見ながらサクラは大騒ぎ。DWには青と白に色分けされた小鳥を思わす小型練習機の編隊飛行の様子が映っていた。サクラはこの松島基地を拠点とする広報飛行群・ブルーインパルスの大ファンなのだ。
「サクラ、RAT探すんでしょ? 遊びじゃないのよ。」
ナスターシャはいつものように冷めている。
「アマノヌボコの整備してた方がどんなけ楽か。」
アサミが不平を言った。「だいたい、さっきの写真、いつのまに盗撮してたん?」
「ごめんごめん、お父さんなんだわ。写真が趣味だから許して。」
サクラは謝った。実際のところ、DG—TPのグッズ販売の話も事前に聞いていた。本当は歌って踊っているところを撮影してQVIEで配信、という話まであったが、サクラ以外嫌がったため、隠し撮りスナップになった。
「ほんま最低や。」
アサミはぷんと横を向いた。
「本当に最低。」
ナスターシャもぽつりと言ったが、それは自分自身に対しての言葉でもあった。彼女は一枚だけ、売らずに隠し持っているトレーディングカードがあった。宝田と一緒に写っている一枚で、宝田もナスターシャも、いい顔で写っていた。
「お父さんを許してよ。」
サクラは少し悲しそうにしてみせた。
川開き祭りは盛況だった。
イベントも目白押しで、時間毎、州道の観光客は歩道に上げさせられ、パレード、小中学生の鼓笛、様々な地域の踊り、阿波踊り、サンバ、よさこいソーランなどの列が道を埋め尽くした。
その時だけは動けなくなるほどぎゅうぎゅうに混雑したが、何とか人ごみをかき分け、真っ直ぐ北上川まで出た。
内海橋を渡り、中程のT字路・秋葉神社交差点を南に折れると、河口に浮かぶ中洲・中瀬公園。
サクラたちは公園に入らず秋葉神社交差点の広い歩道から、青空に白い雲を曳いて様々な形を描く青と白の小鳥・小型練習機ツバメ戦技仕様で編成された広報飛行群の展示飛行を見上げ、北上川河口で繰り広げられる孫兵衛船競漕の熱戦に声援を送った。優勝候補はやはり石巻広域消防救助隊だ。
その合間、会う人会う人に声をかけられる都度DG—TPを紹介し、通販QRを複製して渡すことは忘れなかった。
孫兵衛船競漕予選がきりよく終わったので、四人は道を渡り中瀬公園に。
岡田劇場跡地の碑と立体再現画像DWを見、隣接する日本最古の木造教会『旧石巻ハリストス正教会教会堂』の立体再現画像DWも眺め、その向かい側にある白い宇宙船のような非固定浮力構造の萬画館の無料開放部分も覗いた。NFBSとは津波が来ても自ら浮上し避難可能な可航建造物だ。
四色色違いDGスーツ姿の四人は観光客からヒーローショーの出演者に間違えられたりもした。
萬画館の南の広場では『石巻級グルメフェア』が開催されており、たくさんの出店が所狭しと並んでいた。
様々な石巻の地場食の中で、ナスターシャが一番気に入ったのは、南部屋の石巻焼きそば。アサミはこてこての金城のホルモンにはまった。キャシーは桃生牛の串焼きに豪快にかぶりつき、サクラは広場に残ったしずえとゲルトルーデのため、ヤマダの焼き鳥をお土産に買った。
やがて夕暮れが近づく頃、花火大会会場に向かう観光客の流れが目に付くようになったので、四人は秋葉神社交差点まで戻った。
そして、サクラは気づいた。
「うそ〜! 何あれ〜!」
秋葉神社交差点から東北方向、夕日に照る牧山HrRCの向こう側に、信じがたいものが「いる」のに気づいた。
【サクラがRATを見つけました! 出動準備!】
キャシーの顔が同報QWに映り、ゲルトルーデはステージの縁から立ち上がり、しかしよろめきアマノヌボコにすがりついた。
【充電終わってるはずやねんけど、そのまんまにしとってや!】
とアサミ。
「もう乗って待ってるわよ。」
しずえはステップを伝ってコクピットにもぐり込み、ゲルトルーデはアマノヌボコの機体上に飛び上がり、ちょんと座った。
ほどなくサクラを先頭に四人のDGクルーが、息を切らして広場に走り帰ってきた。
「あら予想外に早かったわね」
「い、急いだわよ……住吉から鋳銭場抜けて……きつぅ……」
サクラはひざに手を置き、息を切らして答えた。
「D、DC立ち上げます……。」
キャシーも息を切らしながら、ステージの縁でたくさんのDWを宙空に開いた。
「クボスト……ギガンスキ、準備良し……。」
ステージの奥の壁に張り付くように、ナスターシャも配置についた。
「サクラ……場所を……示して。」
巨人の尾に正確な発現場所を入力し、より詳しい試算をしなければならない。
「……座って……るのよ。まじで。」
サクラが息を整えつつ、不安に押しつぶれそうに答えた。
「え? 何言ってるの?」
しずえは眉をひそめ、アマノヌボコの狭い耐圧ハッチから身を乗り出した。
「今度のTFP……巨人……牧山トンネルの山、リンク石巻の上の山に……腰掛けて……夕日を眺めてるのよ!」
サクラの説明はこうだった。
TFPは基本、地表もしくは地下を中心とした点であり、それを示すRATの走り方が右回りだったり左回りだったり、一点に集中する消失点型だったり、中心を見極めるのに手こずるフラクタル崩壊型、移動し続けるソリトン型だったりする。
その一方、五月の和歌山沖のように、海底に露出し、RATたちに覆われてあたかも実際に海神・綿津見のように振る舞うものもあったが、今回もそれに近いケースだった。
「RATに覆われて形が見える。まるで足だけ……手長足長の足長? みたいな感じ、牧山トンネルの上に座って、二本の細長い足を投げ出してじっと夕日を見てるけど、きっと、きっとこれから動くわ。」
サクラは自分のピンクフレームのQWを開き、牧山トンネル近辺の遠景を映し出した。その上に自分しか見えない足長の像を指でなぞった。
光の線が伸び、子供の落書きのような、直線のみで構成されたほとんど足の『足長おじさん』が現れた。
「大きい……。立ったら 一キロくらいある。もしこれが歩けば、あっと言う間に三〇キロ圏を通過します。」
ピンクQWに書き込まれた足長を見て、キャシーが首を振った。
「こんなケースは今まで聞いたことがない。」
ナスターシャが首を振った。
「ノメラ デリャ ナウチニフ。」
非科学的だ。
「動き出した場合の移動コースを推定、移動線上から避難誘導開始。」
しずえがアマノヌボコの機上から言った。「石巻市防災窓口、石巻広域消防救助隊にコースを連絡して。」
「推定コースはこんな感じだけど、サクラ、間違いない?」
キャシーがバングルQRを銀細工風のQWに展開して、地形図を映した。その上に足長の予想される動きを赤い線で描いて見せた。
牧山トンネルから、北上川を渡って石巻域に入り、町をまたぎ再度北上川河畔に。開北大橋で北上川を越えて、商業部、そして専大のキャンパスを横断し、また再び曽波神大橋で北上川を渡って、蛇田域の北をかすめて、鹿又、前谷地、涌谷域にいたる直線。基本的にRNA・新農業革命に基づく農業生産域が多く、避難誘導すべき居住区は限定されるのが幸いだった。
「うん、こんな感じ。でも歩く速度も、どこで踏むかもわからないけど……。」
「OK! 関係各所に通報します。」
キャシーは自分のシルバーQWを閉じ、何のカスタマイズもしていない調整専用のQWを開いて、石巻市の防災窓口にTFP通告を行った。
「このコース上、幅五〇〇メートル内からの避難を……。え?」
またキャシーは言葉を失った。
「花火大会会場が含まれる?」
開北橋の手前の河川敷が花火大会のメイン会場で、見事にコース上に当たっている。
「仕方ないじゃない。中止を勧告して。」
と、しずえ。「アマノヌボコはその足長のそば、ええと、リンク石巻は近すぎるから、隣のCTホールで動き出すのを待つわ。動き出したら、追跡して、発現する瞬間を待つ、いい?」
「すでに数千人の観客が集まっていて、今からの避難は逆に危険だと言ってます。」
キャシーが当惑顔で言った。
「避難勧告はしたわ。担当部署が動かないなら、それでいいじゃない。」
巨人の尾を再確認しながらナスターシャが言い捨てた。
「ともかくCTホールまで移動する。サクラ、乗って。あとは足長次第、でも最後まであきらめずにいきましょう。」
しずえが言い、先にアサミが充電用のケーブルを外してステップを這い上った。サクラは不安げな表情のまま続いた。
「大丈夫。」
押し黙ったまま狭いコクピットに潜り込んだサクラに、しずえが言った。「花火、見たいでしょう? 花火大会を守れるのはあなただけなのよ。」
サクラは不安げな瞳のまま、しずえを見つめ、やがて目をつぶった。
「うん。わたしやれるよ。やるわ。」
サクラは目をつぶったまま、アマノヌボコの羽衣を起動し、東に進路を取った。
(C)smcpせんだいみやぎコンテンツプロジェクト実行委員会




