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6:停滞

冗長でつまらぬ、と言われそうですがご容赦ください。


【報告】2016年11月23日、改題します。

天文一四(一五四五)年文月六日


「やはりそう都合よくはいかぬか」

 ある程度わかっていたこととはいえ、溜息は止まらない。

「国人衆の頑固っぷり、たまらんなぁ」

 止まらない汗を拭いつつ、現状をまとめた紙を見る。簡単な地形に主要な国人衆と大名家などの繋がり。この複雑な線が、俺たちの頭痛の種だ。

「頑固だけじゃないわ。問題は、血縁地縁ね」

 如水に呼び出されて以降、性格が一変したと言われる月照が言い切る。俺たちは元の性格がこうだと知っているが、今までを知っている家臣からすると、如水公が強烈な躾をしたと思っているのだろう。妙に同情的な視線が多いらしい。

「そうなんだよなぁ。叔父上たちの国人衆は問題無いんだ。血縁を結んだからなぁ。」

「その血縁も、利害があまりないと叩かれていますがねぇ。」

「仕方ないわよ。あくまでも日野家を中心とした血縁関係だもの。」

「とすれば、叔父上たちの家から更に養子でも猶子でもいいから出すか。」

 ちなみに細かいことを言い出すと切りはないが、養子は相続権がある、猶子にはそれがない程度と思っていただけたら良い。

 戦国時代が平成の世よりも家の結びつきだの地元の結びつきが強いだのは有名である。さらに言えば、先祖代々の仇敵なども普通にある。今の世のような商業的な付き合いは無く、より密接で陰湿な面がある。閉じられた閉鎖社会なのだから仕方ないのだろうが。

「後は……それぞれの国人衆に誼を通じようとする大名ね」

 月照がうんざり、と言わんばかりの口調で言う。そりゃ、どこも生き残りには必至だ。国人衆を利用する場合もあれば、国人衆に利用される場合もある。

「そこは寺から圧力をかけましょうかねぇ」

 空海が言う。空海本人にはその力は無いが、日野家重臣となった地空にはある。例え小太りで不摂生な酔っ払いの俗物だとしてもだ。

 中央で学んだという経歴が大きい。そして、何気に情報戦も得意なのだ。彼には、旅の途中備前の鬼ヶ島にて鬼を調伏したという噂が九州の西の端まで流れている。もちろん現代人の感覚からすると嘘っぱち、都市伝説の類なのであるが、情報網が人、馬の時代。尾ひれどころか背びれも鱗の色も一変するほどの変わりようで広まっている……いや、地空が広めているのだ。これも、自分の名を(虚名であろうと)高めるためだ。その策は成功して、眉唾物と思われながらも「今空海伝説」は今も広まりつつある。

 その才略は、戦国の武人としては唾棄すべきものであるが、情報統制、諜報という観点から見るととてつもなく価値が高い。何といっても「中央で学んだ」「鬼を調伏した」「上人」の発する話なのだ。有効利用しなければ、高禄の払い損である。

「そのために仕官したんでしょうしね、師匠様も」

 何気に言う空海。その空海も、今は地空付きの陪臣という立場になっている。まぁ、元々優れた才能はある、というか転生者なのだから、ある程度以上の見識はある。陪臣ながら俺の謀臣だ。

「あの人は見た目ほどだらしなくないし、適当そうに見せかけて、用意周到、緻密よ。見た目はああだけどね」

 月照が手厳しく褒める。そう、一応褒めているのだ。ただ、この月照も一筋縄ではいかない転生者だ。中身は三十路……なんて言ったら刺されるが、今は見た目は可憐な十三才、誰もが見た目だけは絶賛する美少女だ。

「そして、一見すると穏やかな宙興様も、会合衆と鎬を削ってきた辣腕商人にして、公家にも顔が利く文化人。こういっちゃあれだけど、どう見ても腹黒よね」

 ……そう、見た目だけ。中身は滅多切りされた宙興様以上の腹黒美少女だと思う。……っ口を開かなければ本当に可愛いのに。

「とにかく今は、徹底して日野派になる国人衆を増やしていかないといけないわね。」

「全くだ。いくら知識チートがあっても、思う通りにならんよ」

 ぼやきたくなる。そりゃそうだ。知識チートがあっても、思う通りに動く家臣がほとんどいないのだ。そうなるように指示を出しても、所詮は他人。そこにはその個人の意図や利害、感情が入ってくるのだ。人は思う通りに動かない。

 俺も空海も月照も、今は十代の若僧だが、転生前はいい年をした大人だった。空海に至っては、歴史マニアな五十代という驚きっぷりだ。口調こそ底辺高校の不良のようにも聞こえるが、それは外見が精神を引っ張っているのだろう。

 ……因みに俺は三十代、引きこもりニートってやつだな。それが転生した途端、次期当主就任予定なんだから……。

「いっそ、預言者として動いてもいいんじゃないの?」

「いや、それはまずい。」

「何でだよ?」

「預言者ってのは、虚名高い高僧でよりも信憑性がない。大体、精度の高い預言はできないだろ。暦を考えてみろ。太陰暦から太陽暦に代わるときこそある程度調べられるが、こんな昔の暦、これがどの暦に当てはまるか、本当に調べた暦と一致するのか、そもそもこの時代で使われている暦は一つなのか……そういうことを考えると考えると、預言なんてこっちとしてもあやふやなものでは、どうにもこうにもならんさ」

「冗長でつまらない物言いだけど、そうね」

 相変わらず容赦ないが、納得してもらえて何よりだよ。

「とはいえ、ある程度動いてくれる駒が必要だな……」

「兄様、兄様の扶持は?」

「……実質二千貫、四千程度かな。」

「……半分の千貫を使って、忍びを抱き込めないかしら」

「忍びか……」

 月照の言に、はっとする。情報を制する者、何とやら、だ。

「情報を扱える者には、しっかりと対価を払う。現領主にはできないが、バカ殿の道楽に見せかければ……」

「バカ殿は言い過ぎだが、その価値はあるな。」

「……いっそ、若の腹心にしてしまいますか、忍びの棟梁を」

「都合よく優れた人材がいればな」

「そこはお爺様仕込みの私が仕込むわよ」

「……やっぱりあの爺、忍びを飼っているのか?」

「飼ってなきゃ、いくら小領主といえ、成り上がれないでしょうなぁ」

 空海も然もあらんと頷く。

 おかしい、脳内タブで知識チートのはずなのに、全然チートという気がしない。今、こうやって話をしていることすら、あの爺様に把握されているような気がする。

「多分、正体は気づかれてないけれど、何をしようとしているかは薄々感づいていると思うわ。お爺様は」

 ……怖っ!

 慎重に、だが迅速に事を進める必要があるなぁ。


天文一四(一五四五)年霜月十六日


それから数か月。一応、島津公からは色よい返答を頂いている。少しずつであるが、交易も順調に進みつつある。が、港の整備などが追いついていないので、南蛮漆喰は実験段階に留まっている。

それと、一つ失策。

「叙任して間もないのに、こちらのことを事細かに気にかけていただき、真恐縮」と返答の中にある。礼を失してはいけないと思い、調べ上げた上での宛名だったのが、逆に用心させてしまったようだ。

「まぁ、優れた諜報網がある、と思っていただけたのでは?」

とは、月照の言。

 そうそう。月照が相談すると、爺は事も無げに子飼いの忍びを譲ってくれた。国人衆の中の琴海衆だ。有馬の大村城のほぼ対岸に位置する琴海を根城とする村落集団だが、農業以外にも漁業などの利害関係で大村と敵対するため、それなりに情報収集をしているという。つまり、多少蓄積あるわけだ。

 そして俺は、それで十分と思っている。どうも忍者というと体術に優れ、忍びの技を……と思ってしまうのだが、情報収集と管理というのは、一般に思われている忍びの類とは大きく異なるからだ。僅かでも情報収集の蓄積があるのは有難い。

如水の書状片手に、俺と月照、空海は十里(一里を3kmとして)程離れた琴海まで、馬を飛ばす。如水の書状を見ても、頭領は訝し気な表情を露骨に浮かべていた。そりゃそうだ。十代の若僧どもが、前当主の紹介状ありといえ、正式に雇いたいなんて誰が信じられようか。だが、千貫で雇いたいには目の色を変えた。バカ息子の小遣いが二千というのは知れ渡っている。つまり、その半分で雇おうというのだ。

「正気ですか?」

「こう見えても兄は正気です。こう見えても」

 嫌味っぽく月照が言う。

「……忍び働きに銭を出すということは、侍として雇うということだが?」

「そういっている。」

 俺の真剣なまなざしに考え込む。

「さらに言えば、働きが評価されれば出世も当然ありうる」

「はっ?」

 こいつ馬鹿か? の視線が痛い。

「今は私の手持ちで雇うこととなるが、当主となれば、それなりの待遇も考えている。」

 俺の言に完全に黙り込む頭領。だが、これは断れないだろう。

(その時払いの日雇い忍びでなく、領主のお抱えとなる。それは金銭的な儲け以上に名誉なことだ。しかも、それなりの待遇という言葉。……これを俺個人の感情で断ったとしたら……他の衆に殺されても文句言えんな。というか、琴海衆が四分五裂してまうわ。このガキ、バカに見せかけていただけか。これだけの条件、断れない。俺が会うという段階で既に負けじゃねぇか)

 頭領の沈黙に、表向きは沈黙を平静を保ちながらも、内心ではほくそ笑んでいた。そりゃそうだ。簡単には決めれないだろうが、話す内容は精査している。それに、次期当主が収入の半分を使っても正式に雇おうとしているのだ。これで断られても、実は大して困らない。爺の子飼いはこの集団だけかもしれないが、同様の忍び働きを細々とやっている国人衆はそれなりにいる。次に行くだけだ。

「……お受けいたす。約定、けして違えぬよう……。」

「無論。働きに応じて報いる故、安心されよ」

 とりあえず、多少動ける駒は確保かな。


天文一五(一五四六)年睦月二十六日

さらに数か月。琴海衆は思った以上に動いてくれている。血縁地縁を辿り、凡そであるが北九州全体の情報が入りつつある。

全体的に大きな動きはできないが、それでも相場の情報などが入ってくる。全国で豊作、不作などはあるのだが、地域によっての出来不出来もあるのだ。大規模な商いは座があって行えないが、行商程度ならある程度行える。僅かながら相場が動くので、小銭稼ぎ程度のことを行ってはいる。手持ちの千貫と琴海衆の資産、破綻させない程度の博打を打って、何とか勝ち傾向である。大博打内からすると、博打ですらないと言われる程度だが、多少増加であればよいのだ。

そのような収入を使って、ひたすら小規模貿易に励む。交易については五島水軍に利権をちらつかせながら、香焼を母港として行っている。有馬に見つからないように、天草下須島で密貿易のように行っているので効率は若干悪いが、それでも南蛮漆喰の材料は少しずつであるが集まってきている。

当初は城下の民も「変なことを始めた」という認識だったが、定期的に海産物を買い取ってくれるし、少しずつであるが水の確保も行ってくれる日野家に、今まで以上の感謝の念が出てきているようだ。

まぁ、為政者は飢えさせないという基本原則を守っているだけなのだが。こういう状況を見ると、周りも黙ってはいない。次第に日野家の傘下に集ってくる。

たまたまだが、都合良くいい方向へと走り始めているようだ。だが、品種改良はまだまだ時間がかかる。石堤防も要望は多いが、予算と材料の都合で中々進まない。検地も、最近になってようやく協力してくれる国人衆が増えてきたくらいだ。

決意して凡そ二年弱、停滞の次期である。


「もう少し迅速に進んでほしいなぁ」

 たくさんの陳情、要望、苦情の書類に囲まれながら、俺は自分の部屋で月照、空海、そして阿部彦佐と決裁作業に勤しんでいた。

 阿部彦佐は琴海衆の頭領の三男だ。珍しく読み書きに堪能で、計算も悪くないので、引き抜いてきた。働き手が減ると苦情は受けたものの、琴海衆への扶持とは別に十貫文で雇っている。

 現在の金額すると凡そ二百万円程度だが、働き次第で変わるのと、今までの恩賞形式ではないので意欲は高い。

「殿、こちらの束は終わりましたが……」

 彦佐が差し出す書状は石堤防進捗状況報告書。予定よりは順調なようだ。

「彦佐、書庫へ入れておいてくれ」

「はっ」

 小走りにかけていく。

「あやつは拾い物よ。内政官として育てなければな」

「全く。楽できる」

 不謹慎発言の空海だが、彼の傍らにも、反対側に座る月照の傍らにも山のように書類が置かれている。

 こんな小領主が記録を残してどうする、などという家臣もいたが、俺は記録に残すことにこだわった。口伝などめんどくさくてやってられない。第一、知っている者がいなくなったらどうするのか。

 作業の手順書などは応用が利くので、残して今後も活用していきたいのだ。これだけで今後の面倒は避けられるのだから。


天文一五(一五四六)年如月十六日


「……おのれ!」

 領主の間で仕事をしている且元だが、嫡男の活躍の報告を聞き歯噛みする。

「儂にとって代わる気か!」

 琴海衆の雇い入れ、石堤防の設置、島津との交易……どれもこれも評判は良い。噂では、九州北部の飢饉にかこつけて一儲けもしているらしいという噂もある。

「由緒正しき日野家の統治に泥を塗る気か!」

 この考えは別段且元がおかしいわけではない。武士が忍びを雇い入れるなど本来ありえないし、交易も商人に許可を出す程度のものだ。相場に介入するなど、気狂いの所行とまで言われるのだ。

 とはいえ、表立って処分はできない。琴海衆の件は如水、前当主の専決事項だ。石堤防設置と交易は評定で決まってしまったこと。相場の件で廃嫡に持ち込もうとも思ったが、噂が出どころなので「噂で処断する気か」と言われると強くは対応できない。

 大きく状況が変わっているわけではないが、少しずつバカ息子の評判が、優れた嫡子に変わってきている。

「良いことなのだろうが……気に食わん!!」

 一時は廃嫡しようとまで思っていた息子の改心に、素直に喜べないのだ。

 そう、如水の「家督禅譲」の言葉が、拭いきれないからだ。


 けして日野家を衰退させたいわけではない。だが、着実な歩みが必要だと考える。後の歴史家が、「日野且元は保守的な考えをもって、日野龍哉の先進的な考えを否定し、後の日野家分裂につながる」と指摘しているが、保守・先進だけで切り捨てるのはいささか乱暴ではないかとする学者もいる。

 先の見えない時代に生き残りをかけて、互いの思惑がぶつかっている状況。これから数年、且元と龍哉の政治的な対立が始まっていく。

国人衆は地名を基につけています。また、地名が出てきますが、史実ではありませんのでご了承ください

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