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5:外交

ようやく史実の武将が出てきます。とはいえ、ほとんどオリジナルキャラですね。参考文献がwikなので、色々と史実と異なることも出てくるかもしれませんが、ご容赦ください。


【報告】2016年11月23日、改題します。

天文一四(一五四五)年卯月六日


とりあえずは廃嫡を免れた。あの評定の後、希美姉に首筋を掴まれて、空き部屋に引きずり込まれた時は生きた心地がしなかったが。

「……殿、今後は正式に家臣として、命を御下し下さいませ」

 姉のこの言葉の方が正直怖かった。まさかあの姉が、臣下の礼を取るとは……。

 信じられない思いながらも、抱え起こし

「何を仰いますか。日野家不肖の子。姉上たちに支えていただかなければ、独り立ちもままならぬ若輩者。どうぞ、御顔をお上げくださいませ」

と続ける。何で兄弟でこんなまだるっこしい会話をしているのだろうとも思ったが、おそらく姉にとっての、兄弟の決別、主従を明確にする必要を感じたのだろう。

 鬼姉であるが、凡愚な人ではない。聡明な人だと思う。とてつもなく怖いが。


 姉の言葉に謝しながらも、頭の中では次の手を考えている自分がいる。以前の俺はどんな奴だったんだろうな。残っている記憶からは、けしてバカ殿ではない。考えがあり、考えの実現のために行動する力もあったようだ。ただ、尾張のうつけ殿程は考えてはいなかったようだ。親衛隊らしきものも作ってはいないようだし、知己もそこまでは多くないようだ。


同年卯月十六日 肥前国桜馬場城

(……島津との交易のために、何を送れるかだな……)

 早速、まだ城に残っているはずの本河内に話を付けたい。

(しかし……資金をどうしようか)

 頭が痛くなることが多い。その頭痛の大半は金で解決できるのだが。

 一年の寺住まいの際の食費などは、全て俺の小遣いから出ていた。これが痛い。一応領主の嫡男なのでそれなり貰っているはずだったが、親父がこれ幸いとかなり減額してしまった。おかげで自由に使える金は大してない。だからこその、本河内との会談だ。

 やっと見つけたが、爺様もそこにいた。

「おお、龍哉殿。立派になられましたな」

 白々しいことをそう感じさせないように言う技術には感嘆するが、やめてほしい。

「こやつ、いずれは何かやらかすと思ったが、ああいう方向でやらかすとは想定外だわ」

 これまた爺様が白々しく言う。本河内が異例の評定出席をできたのは、爺様の横車が全力全開したからだ。

「島津との交易のことで来たんじゃろ」

 やはりこの爺、喰えない。

「左様。早い方がいいですからな」

「左様。儲け話は逃げない内に喰らい尽くさねばなりませぬ」

 したり顔で恐ろしいことを言うが、これくらいは商人として当然なのだろう。

「ご安心を。島津には当面、肥前名産の干し海産物を大量に出します故」

 本河内の案に、虚を突かれた。

(そうだ。保存食として大量に干し海産物があるが、海の幸に恵まれているので、その存在を忘れていた)

 かなり古い保存品もある。ここで、一計を案じる。

「古い保存食は全て輸出してしまいましょう。そして城には新たな保存食を買い入れまする。」

「ほぉ、それは中々」

 爺様も本河内も嬉しそうに笑みを浮かべる。古い保存食で領土開発のための火山灰を買い入れるわけだ。流石に古すぎる物は仁義以前に人としてどうかもあるので、限度はあるが、島津としては多少古かろうが、民に食わせることができれば御の字であろう。しかも、枯れた大地と引き換えにしてくれるのだ。

 こちらとしても、比較的新しい保存食を常に城に溜め込むことができる。戦時用の非常食にして、長期的に見ると戦略物資でもあるのだ。

「龍哉、使者はどうする?」

 さらに試すように聞いてくる。乗り掛かった舟だ。最後まで乗り続けてやるさ。

「まずは上人様、いや、地空殿から島津の宗教勢力につなぎをつけてもらいまする。同時に、薩摩に避難している公家や商人との繋ぎを宙興殿に進めてもらいましょう。このまま居候家臣として、禄を食むだけでは肩身も狭いでしょうしな」

 やや皮肉を込めて言う。というのも、正式に日野家に仕官はしたが、且元が妙に遠慮して、二人に仕事を振らないのだ。まぁ、あの二人を徴税だのに使うのは持ち腐れもいいところなのだが。そのせいか、二人には名声はあっても勲功がない。一応、家老格の待遇ではあるが、日野家での活動実績がないに等しいのだ。いわば名誉家老といったところか。

「……で、こちらの石堤防建築の見分は?」

「……本当であれば細かく見ることのできる父上が一番なのですが、当主の仕事でもありません。……希美姉上でいかがでしょうか」

「ほぉ。希美をねぇ」

「なるほど、希美様なら」

 実力は十分であるし、日野領では優れた代官として、領民の信任もある。国人衆も親しみと、畏れをもって接している。なぜ男に生まれなかったのか、と龍哉が覚醒する前までは周りも、本人も悔やんでいた。

 覚醒後は、真っ先に協力を申し出て、自ら龍哉の家臣に降格した。将来的には元の場所に戻るのだが、演出としてであろうか。まだ当主を禅譲されない龍哉の家臣という陪臣になることで、バカ殿の評判は形を潜め始めている。

 そして、大事業の総指揮官への任命。今後、日野領の筆頭代官の地位は確実であろう。代官とはつまり領主の名代である。城代や城主よりも権力がある。直轄地の総責任者なのだ。今の小領主だと領主代行のようなもの、大名の代官となると身上が小さくとも今の日野家くらいの統治を行うこととなる。

 その地位に人望ある姉をつけるというのだ。盤石にして、外に向かうという意思表示とも受け取れた。

「内政は希美姉、外交は地空と宙興……ゆくゆくは空海が受け継ぐだろうから、安心だが、他にも軍政、諜報に携わる者がほしいなぁ」

「ほほ、諜報はいずれ西斗様が司るでしょうなぁ。あの方は相当な情報通です。今は讃岐の三好様の家臣、松永殿のところに居候していると、手紙が来ましたぞ」

 本河内がさらに隠し玉を放つ。松永って、茶釜爆発事件の松永だよなぁ。どんな繋がりなんだよ。

「軍政は……当面は鎌倉様と奈良様が受け持てば問題ないでしょう。あのお二方は堅実です。」

「本河内、本日はご苦労」

 差し出口はそこまで、と言わんばかりに如水が言う。

「ははっ。早速、城内に入れる保存食を見繕ってまいりまする」

 如才なく、そういって出ていく。

 出ていったのを尻目に、ため息をつきながら言う。

「爺様、これから日野家はどう進んでいくのだろうか」

 正直、それが気になる。そして、それを親父には聞けない。聞くわけにはいかない。

「さぁな。お主が継げば、西日本の覇者にはなれる。且元のまま後十年もすると、肥前の熊か鬼島津に領土をとられるじゃろうなぁ」

「そこまで親父が無能とは思わねえんだがなぁ……」

「あやつは真面目すぎるからな。高次と仲が悪いのも、同族嫌悪なのさ」

 そういって笑い飛ばす。

「本当であれば、大和にいる西斗くらいの自由さがほしいところさね。だが、あやつはそんな看板めんどくさいと言いおってな。おかげで、日野家の躍進は止まっておるのさ」

「なぜ爺様が表舞台に立たないんだ?」

 不思議に思っていたことを言う。今しか機会はないと思ったからだ。

「……十分じゃろ。一代で素浪人が小領主とはいえ主として家を立てる。それに……」

「それに?」

「当主として表向きの活動をするより、暗躍する方が何かと好都合でな。少なくとも儂が生きている内は、且元のあの生真面目さが、儂の動きを隠してくれる。」

……謀略好きか、爺さん。

……ん? そうか……。

「一つ、お爺様に頼みたいことがありまする。」

 突然の正座に、あっけにとられる。

「聞けることなら」

「月照に、謀略を仕込んでやってください」

「はっ?」

「日野家では珍しく、あの若さで出家しておりますれば、僧籍を利用して、様々なことができると思うのです。無論、地空様や宙興様と職務が被るは承知の上ですが・……」

 俺の申し出に、考え込む如水。だが、この申し出に載ると俺は確信している。なぜなら月照は日野家躍進に役立つ見識があるからだ。

「……朝廷対策、大名対策……」

 爺様の独り言に頷く。

「……女子の身で参内は中々大変じゃと思うが……」

「補佐役に空海をつけましょう。一見すると頼りない風貌ですが、あの男、私の献策に多大なる貢献があります故」

 さらに考え込むが、大きく頷く。

「よかろう。儂が全力で仕込んでやろう。」


 これで島津外交、山地開拓、品種改良、検地などはめどが立った。資金は……最大限まで借り倒してやるさ。利権を配りまくってやる。

 こうでもしないと、短期間で富国強兵なんかできるわけが無い。ある程度以上借りることができたら、貸倒なんて勘弁だろうから、全力で補佐に回るだろう。な、本河内。


……そうか。当面は軍政担当ということで一馬叔父と東司叔父の力を借りるとあるが、九才下の妹、紗耶香を鍛えてもらおう。そうすれば指揮官が増える。そうすれば、陽動やら挟撃やら、もう少し攻め手が増える。お願いする価値はあるな。

 としたら、一番下の星鳴も誰かに鍛えてもらうか……筆頭代官の希美姉に鍛えてもらえたら、有能な代官となるかもしれない。今は四才でどうなるかはわからないが、少なくとも愚物には育てないだろう。


「ふふっ、燃えてきたぞ!!」


 そんな龍哉を離れた廊下から睨みつける男、且元がいた。

 今や且元の権威の低下は目も当てられない状況だ。緻密な名将という風情で、領民に接し、評判は悪くなかった。嫡男の奇行についても非難よりも同情が先だっていたのだ。そのような世論、且元がバカ息子の廃嫡に言及したとしても、誰が反対しようか。

 如水は廃嫡反対であったが、はきとはしなかった。相続は当主の責任事項だからだ。高次ら兄弟は分家の身のため発言権などない。できれば希美に当主を渡したいと考えていた。口実はなんとでもできる。

 だが、一年前のあの日、突然土下座してきたあの時、嫌な予感がした。今までと違う、想定できない事態。改心と寺籠り……。

 挫折して遁走することを期待していたのだ。ところが、遁走どころか、膨大な成果をもってきてしまった。

 稚拙な内容であれば、ぶった切ってやろうとも思っていたが、それなりの経験を積んだ一門衆はバカ息子の才覚を認めてしまった。それどころか、部外者の本河内までが乗り気ではないか。

 ふざけるな、そう叫びたかった。

 今まであれだけ奇行をし、俺に恥をかかせたのに、なかったかのように振舞うとは何事か。しかも親父も親父だ。なぜあのバカの肩を持つ。支援する。俺の時にはしなかった、あの手厚い支援はなんだ。しかも本河内までしゃしゃり出やがって。

 そもそも、なぜあの時に上人や宙興が家臣としてきたのか……既にあの段階で何らか話がついていたのではないか?

 自分の思惑から事態が外れていき、暗い思いに怨念じみたものがまとわりついてくる。誰かが見たら、その殺気に失神しかねない形相だ。

 ギリギリと柱を握りしめ、一筋の血が指先から流れる。爪が割れたのだ。どれだけの力を籠めたらそうなるのか。それほど屈辱を感じていた。


「龍哉が次期当主にほぼ確定かな」

 自分の部屋で書き物をしながら、月照が呟く。天才とか秀才ではないが、心底この時代を満喫しようと全力の兄らしき男に、月照は少しずつ考えを変えていた。

 できれば部屋から出ないで引きこもっていたい、そう考えていたのに、気が付けば一年を日翔寺の離れで過ごした。あの作業は馬鹿馬鹿しさを感じながらも、楽しいと感じる自分の姿を見つけてしまい、動揺したこともあった。

 評定では表に出なかったが、控えの間から話は聞いていた。自分たちの、若僧どもの策が通ったのだ。

 私たちはやれる。そう確信した。そして、女性が活躍できる場を作ること、兄が言っていた妄言が、妄言ではないのかもしれないと感じはじめていた。

 ならば動こう。自分の時を動かそう。

 もう、変人を装って話しかけられるのを避ける自分は終わりにする。元々、性分でなかったのだから。

 兄を助ける家臣として、何らかの技能を身に着けたい……。

 その時、障子の外から祖父、如水の声が聞こえてきた。なぜだか、私の閉ざされた扉が開かれたような気がした。


天文一四(一五四五)年卯月二十八日 薩摩伊集院城

「日翔寺……肥前の寺? あの有馬とかいう大名とは違うようだな」

 書状を受け取ったのは島津家第十五代当主、島津貴久。つい最近、朝廷の上使である町資将が薩摩を訪問して、正式に国主として認められた。上昇気流に乗り始めている。

 そんな中、聞き覚えのない小領主から書状が届く。普通なら家臣にでも読ませてそれなりの対応をするところだが、手元に届くまでの手順がまこと綿密だった。菩提寺の住職から不思議な書状といって渡されたのだ。それなりに信仰心を有する貴久が、断れるわけもない。

 書状を開いて驚愕する。大まかな内容は、


「時候の挨拶

 交易の願いと交易内容

 島津薩摩守護職様

   天文十四年卯月 日野肥前史生」


 無論、交易の内容そのものも食指が動くものだ。あの役立たずの火山灰を、食糧と交換するという。正気か?と正直思った。だが、それを帳消しにするほどの衝撃が、島津『薩摩守護職』だ。叙任は先週だ。先月でも先年でもない。そしてこの時代のこの距離、未だに三郎左衛門尉と薩摩ですら呼ぶ者がいる中、これは衝撃であった。

 祐筆を呼び、書状を書く準備を整える。

「……丁重に、慎重に、対応せねばな。」

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