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4:内政

……和風まおゆう? ローマン・コンクリートとか、重商政策とか、この小説を書き始めて改めて知ったことが多いです。


【報告】2016年11月23日、改題します。

天文一四(一五四五)年卯月六日、肥前国・桜馬場城


一門が揃う。異様な光景であろう。何といっても、女性が多い。そして……譜代の家臣は全て且元の弟。

 正面に当主、且元。中央に座る龍哉から見て、上座の左側に前当主の如水。座を降り、左側には龍哉の姉たる希美が、それなりに艶やかな服装で座っている。いつもなら姦しいものであるが、今日に限れば静かで目を閉じて評定が開かれるのを待っている。その後に分家として、如水の次男・高次、三男・一馬、四男・東司が控えている。如水末子、西斗は大和国を旅しているため、不在である。

 普通であれば、左に希美、高次、右に一馬、東司の並びであるのだが、ここ一年で家臣団に大きな動きが出ていた。菩提寺である日翔寺の住職、北天翔地空上人と今こそ所属はないが、かつては堺でも有数の商人であった南海宙興。彼らが右側に控えている。

 八人が、評定の間で待ち構えていた。次期当主に相応しいか、廃嫡かを決める会議だ。既に、膨大な書類が評定の間に持ち込まれている。その山に、如水と地空、宙興以外は訝し気な表情をしている。

 それはそうであろう。日野のバカ殿として有名であった龍哉が何をやらかすか……不信感満載の空気だ。


「若、大丈夫でございましょうか?」

 評定の間の重苦しい空気に、空海の挙動が怪しくなる。よく見ると視点が定まっていない。

「大丈夫だろう」

 落ち着け、と言わんばかりに正座している空海の膝に手を載せる龍哉。その表情は余裕どころか、どこか悪巧みをしているぞ、と言わんばかりの微笑を湛えている。

「この一年、寝食を忘れてこの作業に取り組んできたではないか」

 評定の間に積まれた山は、けして誤魔化しではない。そう言い切る。

「しかし……どれだけの献策が通ることか」

 内容に自信がないわけではない。自信がないのは、実行できるかという面においてだ。だが、それも出来うる限りの細案は立てている。この細案、机上の論であるため、匙加減が難しいところだが、けして実行不可能な空論ではない。

「半分通れば上等。一切、一つも通らなければ、日野は弱小のままで終わる」

 口調こそ気楽そうだが、けして手を抜いているわけでも、諦めているわけでもない。むしろ、転生前ですらここまで人事を尽くしたことはないと言い切れるほどに、詰め切っているのだ。

「月照がいればもう少し安心なのだが……」

 彼らといる時の月照は、年相応の現代少女のような口調であったが、この時代の日野家においては怪しい存在である。しかし、年齢に似合わない(転生前の年齢は二十代だったらしい)見識で、月照の言にはある程度信頼がある。だからこその発言だが……。

「めんどくさいから嫌」

 そう言い、自室に引きこもってしまったのだ。

「まぁ、そういうやつだよ。だから二人でやるしかないさ。まぁ、俺は爺様に親父、怖い叔父御達に最恐の姉が睨みつけてくる。お前さんにとっては……」

「やめてくれ……お師匠様に、宙興様なんて……怖すぎる」

 毛のない頭を掻きむしる空海。流石見た目通り頼りない、動揺っぷりである。

 控えの間で小声ながらどたばたとやっていたが、家臣の一人が来て平伏する。

「殿が、お呼びでございます。」

 一応礼節は保っているが、薄々と「このバカ殿め」雰囲気を醸し出している辺り、人材としては三流くらいであろう。

 静かに立ち上がり、廊下に出ようとすれ違った瞬間、

「役目、大儀」

 俺はそう呟く。

 いつもと違う口調、そして威儀。

「は……ははっ!」

 いつも以上に平伏してしまう家臣であった。


 襖が開き、一歩、また一歩と静かに足を進める。正直震えあがるような重圧感が、この評定の間に漂っているが、俺は動じることなく、作法通り歩く。

 どうやら、待ち構えていた一門衆も、その気配に違和感を感じたのか、視線が一気に集まる。且元の廃嫡案に同意する東司叔父ですら、いつもの嫌味を口にすることなく、目を見開いている。

 いつもの場で膝を突き、頭を垂れる。そして目を上げ、我ながらほれぼれとする声で、

「本日は、これまでの失態の挽回を行わせていただく場をご用意いただき、感謝の言葉もございませぬ」

一気に言い切る。我ながら度胸あるなぁ。

「ふむ。そなたは一年前、不行状を改め、学問の成果を、と言ったな」

 且元が、当主らしく鷹揚な口調で言う。

「はっ。ここに持参いたしましたる書は、日翔寺の空海の協力のもとに編纂いたしました、領地運営と軍事運営に関する覚書でございます。」

 俺の言に、高次叔父が首を傾げる。

「はて、覚書とは何か? 単なる記録をまとめ上げた物とは異なるのか?」

 そう呟く。その呟きに、俺の背中に冷たいものが走る。

「まぁ、最後まで聞いてからじゃな」

 答えを求めようとする高次叔父を制し、如水が話を促す。この爺様、全てお見通しのような感じがして……恐ろしい。

「はっ。まずは領内統治に関して。」

 そういうと、山と積まれていた紙から、その束を各々に配る。

 大まかに言うと、品種改良と山地における田の開拓、そして検地について書いている。肥前桜馬場のようなほとんどが山で構成されている土地では、江戸時代に開拓されたような平面での田を作るのが難しい。山を越え、伊佐早や大村の方に出ると多少恵まれた平地はあるが、そこは既に有馬領だ。

 本来であれば、南西に少々行くと港に相応しい場所もあるのだが、整備には莫大な金がかかる。その資金を稼ぎ出すための第一歩として、先ほどの3つ、改良、山地開拓、検地を挙げている。三つの中で時間的な問題を抱えるのは改良と山地開拓。これはある程度出費を覚悟するしかない。

 検地については、飛鳥衆を除く室町・鎌倉・奈良の国人衆が定めた制度に従って行ってくれる。これで収入の安定化が図れる。

 立て板に水の如く次々と述べていく。

「改良に商人をかませるのか」

 高次叔父が悪い笑みを浮かべる。どうやら、俺たちの考えが垣間見えてきたようだ。

「左様。研究開発に協力すれば、その種籾の独占販売権を保障する。日野家とそこに協力する国人衆には格安という条件だが、日野領以外への販売は……魅力的じゃないかと」

 澄まし顔で、次の事を言う・

「山地開拓は一旦、川を大規模な石堤防で防ぎ、巨大なため池を作ります。この地は山が多い地で、洪水なども多いですが、石堤防を作ることで、川や田に流す水量を調節できまする。大規模な工事となりますので、段階的に進めていくつもりです」

「段階的に、とは?」

 政治に疎い東司叔父も載ってくる。

「まずは小規模な沢に石堤防を築きます。それで集落の生産を安定させる。ある程度沢の水量を調節できたならば、その下流域に大規模な石堤防を作り上げる。ある程度の土地は水に沈みますが、水量は安定、洪水対策となり民も落ち着いて生産に励めるものかと。」

「とりあえずここまでで、反論などはあるか?」

 且元が渋面で一門に問いかける。ここまでの献策とは欠片も考えていなかったのだ。以前如水がいった「家督禅譲」が頭を過る。

(冗談じゃない、まだ三十路で引退などできるか)

 悪い予感を振り払うように、首を振る。

 そんな時、姉の希美が呟く。

「石堤防はどの程度持つのか、それがこの山地開拓が成功するか、失敗するかの分かれ目かと」

(流石、最恐の姉貴)

 僅か二才しか年が違わないのに、現代知識も混じる案に対して、的確に問題点を出してくる。だが、それは想定済みの質問だ。

 現代だと鉄筋コンクリートが主流なのだが、実は耐久性がそれほどでもない。大体五十年と言われている。それに鉄はやはり高い。そこで想定問答の回答としては、

「南蛮漆喰を使おうと考えております。」

「な、南蛮?」

「ええ。なぜかは分かりませぬが、日翔寺に南蛮の文献があり、唐国の言葉に翻訳された書籍がありました」

 そう言いながら、ちらっと地空を見る。何か言いだすかと心配したのだが、杞憂のようだ。膨大な紙を一つひとつ確認している。

「南蛮漆喰、と言いますが、材料は火山灰と石灰の混合物です。説明によりますと、かなりの長期、耐久性があると言われております。地震さえなければ百年単位で持つと」

「かなり持ちますか」

 希美も納得したようだ。そこに、宙興が口を挟む。

「石灰と火山灰が原料と言いましたが、石灰はともかく、火山灰はどうしますか。近場の島原は敵領有馬ですぞ。」

 そう、それも頭が痛い問題であったが、これは空海の破れかぶれな叫び「敵敵敵! 敵の敵は味方!!」から、月照が一応の解決策を見出していた。

「島津と天草経由で交易を行うというのを考えております。」

「島津?」

「ええ、彼の地は桜島等火山が多く、多くが火山灰に包まれております。島津が精強と言われるは貧しいからですが、その貧しさの原因たる火山灰を食料と交換するのはいかがでしょうか?」

 島津との交易という俺の言葉に宙興は顎に指をかけて考え込む。おそらくはこちらの輸出物と向こうの輸出物の相場、損がないかを巡らせているのだろう。

 半刻ほど待っていると、ふっと顔を上げ微笑む。

「いけそうですな。五島水軍を味方につけることができれば、そこまでかからないでしょう」

と。元商人のお墨付きだ。

(ん?)

 やり取りをしながら爺様を見ると、家臣を呼んでヒソヒソとしている。

(何か手を打つか? それとも打ったか?)

 あの喰えない爺さんの打つ手は気になるが、話を続けたい。

「さて、以上が内政に関する覚書です。専門的に検地などを後に行ってもらうとして、現在の実収貫高五千石が、この策を用いることで、およそ一万貫を超えるものと見ております。」

 俺の言葉にどよめく。そりゃそうだ。単純計算で倍に増えるのだ。根拠なく言えば詐欺と言われても仕方のない増え方だ。

「しかし、我らの取り分は五割増し程度に収めるくらいがよいでしょう。ここで大切なのは、民が働いた分だけ得をするということです。」

「取り分も倍にすればよいのではないのか?」

 且元が納得できないのか呟く。

「う~ん、これは商人的な発想となるのですが……」

 説明が難しい。直接的な年貢の取り立てよりも、経済がうまく回ることで入ってくる間接的な税収の方が、天候などに影響されにくく安定するのであるが、戦国の世で重商政策は中々理解されにくい。

「目に見える、年貢の徴収が減ると、民は年貢が減ったと喜びます。そして、減った分は農民たちの取り分となりますが、それをそのまま蓄えるわけではありません。売却し、生活費に代え、様々な商品を買うわけですが……その買う商品に、僅かながら城に収める税を設定するわけです。」

「それは良い考えですな」

 突然の声に振り向くと、日野家出入り商人本河内彰輝が嫡子、光輝を連れて下座へ腰を下ろしている。いつの間に……あ、もしかして爺様か? どんだけ見通す力を持っているんだよ。

「農民は買う力を増す。その分、使う銭が増え、我らに金を落とす。その中から一部を税で集める。いい手法ですな」

 強欲そうにいやらしく笑うが、最近日野領で様々な商売を手掛け、成功している商人らしい強かさを感じさせる。

「うまく行くと、相場などで財を増やせるかもしれませんな」

 おいおい、それはちと危険だろ。まぁ、冷害などは調べたら載っている場合もあるので、それなりに勝てるかもしれんが……。

「相場は置いといても、天候に左右されない税は、必要かと思いまする」

 本河内彰輝の献言に、一同頷く。経済については、疎いのが多いので、信じてしまうのだろう。

「……しかし、この火薬というのは……」

 さすが商人、目敏い。が、敢えて何も言わない。書いていることを信じるか信じないかは、商人の才覚だ。

「龍哉様、この火薬の製造法、ぜひお売りください。交換条件として、生産体制が整い次第、一定量を城へ納めさせていただきまする。」

 僅かな間に、頭を下げ言う。

 この頭の回転の速さに、正直度肝を抜かれる。

(これ現代知識があっても手玉に取られるんじゃねぇの?)

「……しかし、これは無理だろうなぁ」

 日野家の軍事を司るといっても過言ではない一馬叔父が言う。手にしているのは……。

「兵農分離政策、ですか」

「左様。確かに、この献言に書かれていることはとても良い。前線戦闘部隊と後方支援部隊の編成と常備軍の発想。どれも素晴らしい。ただし、恐ろしいほど金がかかる。そして、金だけでなく、国人衆が反発しかねん」

「それは分かっております。しかし……」

「これからの躍進には必要、それは分かっておる。ここまでの策を見せてもらった以上、お前さんの才覚も本気度も分かったし、兄貴も日野家の家督を譲る決心くらいついただろ。な?」

 豪放な一馬の物言いに、思わず且元に目をやる。且元は目を閉じ、固まったままだ。

(しまった、やりすぎたか?)

 と俺は焦った。廃嫡を防ぎ、次代当主として日野家を躍進させるべく、多くの実現できそうな案を提示する……だけのはずだったのだが、匙加減を間違えたようだ。


((お前、本当に、あのバカなのか?))

の視線が痛い。

やりすぎ注意、ですな。

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