3:変化
いい年して中二病、とか言わないでください。息抜きに書いているだけなんです。
【報告】2016年11月23日、改題します。
天文一三(一五四四)年 水無月六日 日翔寺
「……品種改良は何とかできそうか。」
俺は手元の紙に書きつけながら呟く。
「まぁな。この時代だと、収穫量はまだまだ西日本の方がおおいからなぁ。」
空海も手元から一切目を離さずに黙々と書き続ける。
「でも、米どころって北陸や東北じゃないの?」
月照がこれまた手元から目を離さないで黙々と書き続ける。
俺たち三人は、頭の中のタブレットやPCから、この時代に必要とされそうな書籍を手書きしている。ああ、印刷機能がほしい。
「そういう地域が米どころとして有名になったのは、江戸時代の大開拓時代を経ないとな。越後すら、今は湿地帯に直播しているぞ。」
「そんなもんなんだ。」
月照がつまらなそうに言って、寝転ぶ。
あまりの放蕩振りに廃嫡されかけた俺が打った起死回生の策は、一年で学問の成果を領内運営に活用することだ。親父・且元(気の弱い方ではない)は諦め半分気味だが……。
「今の領地だと、表向きの石高にしておそらく一万石もない、貫高にして約四千貫~四千五百貫くらいだろうなぁ。実際の取れ高だと海産物や税のかからない商品作物や困窮作物などで優に三万石相当あるだろうけど。」
「そうか、表向きと実際の取れ高が五倍違うのはどうかと思うが……山地が領土の大半を占めるにしては多い方かな。」
「まぁ、大村湾周辺の方が取れ高は高そうだしな。有馬家がめんどくさそうだ」
農業がらみの会話から逃亡した月照をスルーし、俺と空海は話を続ける。
とにかく、どれだけの人員を動員できるか、どれだけの収穫を得ることができるか。弱小領主としてはやることが多すぎる。
「とりあえず、寺を介して人頭帳(戸籍)の整備が必要だろ」
「それはうちの寺でできるように掛け合おう。おそらく、膨大な処理量となるが、利権にもなる。地空様が喜ぶだろうなぁ」
「生臭、と言いたいが、こういう時は助かるな。」
小太りの赤ら顔であるが、ああ見えても中央で優秀な成績を収めてきたエリートらしい。人は見かけによらないものだ
「そして、収穫予測だな。これは……検地が必要になる」
俺の呟きに、空海は顰め面だ。煩雑さと国人の反乱が目の前に浮かんでしまったのだろう。
「どんな手でやるかだ……」
「セット販売しかないだろう」
俺がさらっと言うが、「はっ?」という表情。
「検地を受ければ、収穫量の上がる種籾をあげますよ。検地受けないなら受けないでいいけど、損するぞ……、こんな感じかな。」
「ああ、不利益だけじゃなくて利益もあるよってするわけか。しかし……」
空海の口調には苦いものがある。そりゃそうだろう。
「時間はかかるわ都合のいい種籾なんてない……だろ?」
「そうそう。一年でやっていかないといけないからなぁ」
「この件については、今から動いた方がいいだろうな。収穫量、寒さに強い、虫害に強い……味は二の次だな。とにかく、日の本の米の産地に人を送ろう」
「どうやる? うちだけではどうにもならんぞ」
「……本河内に押し付ける」
俺の発言に、空海は渋い。商人で有能であるが、地空とは仲が良くないのだ。
「そんな顔するな。俺からの依頼、としておくさ」
「動きますかな?」
「動くさ。この計画を聞けばな」
机上の空論であるが、一応は過去に実践された物だ。多少なりとも説得力はあるだろう。
「もう一つ、土産もつける」
「……硝石ですか」
こちらに対しても渋い。ただ、これは本当にそんなものが売れるのか?という疑問からだろう。
「確実に売れるな。今から量産化しておけば……例えば今から20年後、1564年には日野家の火薬保有量は日の本はおろか、世界でもトップクラスになれる」
「……まぁ、織田家の鉄砲戦術は革新的になる予定だからなぁ」
「だろ? そして同時に、対鉄砲戦術を密かに準備もしておく。これは日野家が易々と大勢力に屈服しなくてもいいようにだ」
「しかし、金がかかりますな」
「まぁな。限界まで借り倒してやるさ」
俺の「それが何か?」の口調に苦笑する空海。しかし、その目は鋭く輝く。
「なら、いくつかの商人とも契約を結べるように手はずを整えないとなぁ。」
「商人だけでなく国人衆もだな」
「という感じの話をしておりますなぁ」
日翔寺、茶室……と言いたいが、まだ茶室という概念はない。納戸に近い場所であるが、南海宙興の手にかかると、匠の技が冴えわたる、と言わんばかりに侘寂の空間が現れたではありませんか。
亭主に相対するは、住職地空。相変わらず赤ら顔であるが、別に酔っているわけではない。この男、坊主というには肥え、明らかに血色が良すぎる。そんな男があくびを噛み殺しながら言う。
「途方もない……と言いたいが、どこで鉄砲の話など聞きつけておるのやら。」
茶碗を回しつつ、静かに顔を挙げ、宙興を見る。宙興はどこ吹く風と言わんばかりん微笑を浮かべ、被っていた頭巾を取る。
「左様。おそらくは遊びまわっている内に、どこぞで耳に入れたのでしょう。」
首を横に振り、困ったもんだと言わんばかりにいうが、どこか楽しげだ。
「母の縁でここに逃れ、このままこの寂れた寺で朽ち果てていくと思うておりましたが……」
「何気に貶すのはやめい。……野心に火でもついたか」
相変わらずの不機嫌そうな表情ではあるが、どこか嬉しそうにも見える。
「左様ですなぁ。会合衆との争いに疲れ、この地を安住の場と思うておりましたが……。あの若者たちがあそこまで考えておるとは」
無言でお代わりを要求する地空の茶碗を受け取ると、軽く水で洗いもう一杯茶を立てはじめる。
「検地、品種改良……火薬の作成か……」
顎を撫でまわしながら首を回す地空。自分とて、少なくともこの九州では有数の学識者との自負はある。その彼をもってしても、いずれの発想を思い浮かべることはできなかった。
この時代、確かに地道に田畑を耕す者もいるが、為政者となると隣の領土に攻め入る、奴隷を手に入れる、刀剣・弓を揃え、余裕が少しでもできれば馬を揃えることを大切にする。自分の領地からどれだけ取れるか、収穫量を増やす、先を見て新兵器を揃えるなど、小領主には難しい面が多いのだ。
「……日野の力だけでは手が回らんだろうなぁ」
「回りませんなぁ」
「人手がいるであろうなぁ」
「いるでしょうなぁ」
縁側で茶を飲む老夫婦みたいな会話だが、その空気はいささか違う。
「……北天翔、南海、そして空海……日野家の頭脳として正式に仕える必要があるだろうなぁ」
「……若殿を見る目が変わりますかな。」
こともなげに言う地空に、茶碗を差し出しながら言う宙興。
「ん? ああ、若が来て数ヶ月で北天翔和尚と南海が仕官したとな」
少なくともあの若、けしてバカ殿ではない。尾張の吉法師とかいう者もうつけと言われているが、そう思わせているだけ、と地空も宙興もみなしている。うつけの振りをして油断させるのは、古代唐国でも行われている常套手段だ。
「見る目が変わらなければ、日野は永遠に小領主のままさ。うまく駆け引きしたり頭下げたりしなければ、あっという間に有馬に併合、家臣化していくだろうよ」
二杯目の茶も美味しく飲み干す。そして、
「うまい、もう一杯」と茶碗を差し出す。
天文一三(一五四四)年水無月一六日
「はっ?」
肥前国桜馬場城。というか館。突然の来訪に驚く当主・且元。目の前に座る二人の来訪も、申し出も意表を突くものであった。
「菩提寺住職として厚くもてなされているのはありがたい限りであるが、その恩を返したい」
日翔寺住職の地空上人の申し出にまず驚く。日野家は日翔寺の手助けがなければ、領地運営もままならぬ。日頃からそう感じており、頭が上がることはないと思っていたのだ。なのに……。
「日野家に仕える……そう申すのか」
豪胆な且元も、背筋を正さざる得ない。何といっても中央で学んだ学識者。言わば高僧なのだ。宗教的な権威だけ見ると、日野家すら平伏ものである。その高僧が頭を深々と下げる。
「左様。日野家の手助けをさせていただきたい」
ふてぶてしい物言いに、にこりともしない仏頂面であるが、臣下の礼をこれ以上ないというくらいに慇懃に行う地空。そして。
「某も、居候でありながらも厚く敬っていただいた恩義に報いたい」
と南海宙興も深々と頭を下げる。
かつては会合衆に所属していた文化人。公家にも多少であるが顔が利く。ゆくゆくは役に立ってもらおうと下心はあったのだが、あちらから頭を下げてくるとは思ってなかった。
「お二方の仕官、心より礼を申す。」
淡々と応対するは且元の父、今は如水を名乗っている。
「ち、父上?!」
「日野の至宝と言われる上人と宙興殿が日野家に加わるは、まさしく誉。後ほど、お二方の処遇につきましてはお知らせいたします故、本日は館に泊まっていっていただきたいものですな」
如水は且元の驚きを意にも介さず、事務的に進める。
「ははっ」
「父上、何故あの二人は……」
二人が退出した後も、対面の間に残った且元と如水。予想外の事態に、現当主・且元は動揺を隠せない。
「さぁな。」
冷たい対応をする如水。内心、且元の動揺っぷりにいら立ちを隠せない。
「父上!」
「落ち着け。声を荒げるな、感情は隠し通せ。付け込まれるぞ」
「しかし……」
「あのお二方が動く、というのであれば重畳。宗教界と商人衆、公家にも顔を売れるというもの」
「されど、長年日野家と距離を置いていたあの方々が、なぜ今更……」
「必要となったからだろうな」
「なぜ今……」
訳が分からんと頭を掻くが、ふと思い当たる……。
「龍哉か……」
「可能性はあるな」
「しかし、あのバカ息子が日翔寺に入ったのと、あのお二方と……」
「まぁ、良いではないか。十ヶ月後結果がわかるだろうさ。もう一つ言うておく。あやつがそれなり以上の成果を出した時は……当主禅譲も考えておけ」
「はぁ?」
父が孫に甘いのはいつもの事だったが、当主禅譲とは穏やかではない。
「そりゃそうだろ。成果が出なければ廃嫡。成果を出して当然かね? 成果を出したなら出したなりの報酬を考えねばなるまい。この場合、等価交換で考えるならばお主の隠居、家督譲渡が妥当じゃろう」
思わぬ内容に絶句する。ただ、バカ息子が奮起してくれればよい、そんな軽い気持ちで言ったのに……。
「廃嫡など簡単に口に出すでない。その言葉で死する者がおることを忘れるでない」
「……ははっ」
且元はけして凡庸な領主ではない。それなりに統治も行い、侵略に対しては勇猛果敢に対応する。そうでなければ且元が他の一門から小なりと言えど当主として認められる訳がない。だが、如水の高すぎる目線からすると、真面目すぎる。真面目すぎるのは融通の利かなさ、臨機応変への乏しさに通じる。一代官ならばそれも良し。先陣の将であれば有能であろうが、それだけでは足りぬ、そう考えていた。
日野如水は、傑物である。仙台は信濃の海野氏と血縁があるとされていた。が、家系捏造などざらなこの時代、信憑性を問うのは野暮であろう。しかし、流浪の身で肥前の桜馬場で生計を立て、地元の小領主に取り入り、下級の武士の娘と結ばれ、出世し……乗っ取った。
それだけでなく、その娘以外にも側室をもち、且元、高次、一馬、東司、西斗の五兄弟を政略的に用いた。且元を本家とする体制だ。少なくとも、それで安定はしている。だが、安定しているだけだ。
如水はそう考える。内部的な安定だけで、家を保つことができるのか。否。勢力を伸ばした方が良い。それは分かる。だが、現実問題を考えると、金の問題が大きすぎる。人口200程度の寒村を人口5000程度にまでは育て上げた。その躍進ぶりはこの時代としても異様なほどであるが、勢力としては弱小勢力から小勢力に変わった程度だ。高城、大村、日之江を有する有馬に一歩も引かないだけマシであるが、南肥前と言えば未だに有馬領というのが一般的だ。
且元は気づいておるのだろうか。十三才で元服させた理由、龍哉の才を。気づいておらぬであろうなぁ。
自室に戻りつつ、ため息をつく。
孫だから可愛いわけではない。町を散策している時に、孫が町のならず者ども一緒にいたのを見かけた。いきなり叱り飛ばすつもりはないが、内容によっては孫も含めて全員殴り倒そうとは思っていた。
だが、話の内容を聞いて、目から鱗だった。孫は目に見えない要望をなんとか吸い上げようとしていたのだ。そんな発想はなかった。もしかしたら、且元の厳しい教育の中で、自分で判断することに対して不安を持っていたのかもしれない。そこから、直接聞こうと思ったのではないか。
その一つが気になると、孫の奇行に興味が湧いてくる。手の者に数日程尾行させた。買い被りかもしれない。そんな危惧もあったが、杞憂であった。
自室に入ると、如水は久々に満面の笑みを見せる。けして人前では見せない、見せてこなかった笑顔だ。
「龍哉、名付け親たる儂に、恥をかかせるなよ」
厳しい言葉ではあったが、己が野心を成就できる可能性に、気分が高揚するのであった。