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2:仲間

【報告】2016年11月23日、改題します。

天文一三(一五四四)年卯月六日


渋い顔の且元を前にして、俺は内心ビビりまくっていた。何だよ、且元っておどおどして常に胃を痛めていそうな奴じゃないのかよ! 何だよこの強面。額から斜めに刀傷あるし、筋骨隆々だし……。

「……お前の姉か妹に婿をとって、家を継いでもらってもよいのだがな」

 言っている内容だけ聞いていると優しげだが、その口調は『まともに家を継ぐ気がないならぶった切る』という気を発している。俺はこれ以上ない、と言わんばかりに土下座をする。

「以後、心を入れ替え勉学に励みますれば……平にご容赦を!」

 これ以上はないと言わんばかりに板敷……畳なんて高級な物はない……にこすりつける。

「何なら、菩提寺・日翔寺に叩きこんでもらって結構。空海と共に勉学に励みまする」

 目を見開く且元。今までこんな殊勝な言葉は聞いたことがないのだ。当然の反応だ。

「……出家すると?」

 訝し気な且元に、きっと顔を上げる俺。

「一年後、学問の成果を認めていただけなければ家をたたき出されても結構」

「ほぉ。中身が入れ替わったような物言いよな」

(しまった。調子に乗りすぎたか?)

 内心焦りつつも、さらに言葉を継ぐ。

「某も乱世に生まれし者。必ず日野家の役立つ者となりましょう」

「ふむ、期待はせずに待つと致すか」

 どうやら一年を、最後の遊び倒す期間と思ったようだ。

「龍哉、下がれ。」

「ははっ」


 冷や汗を拭いながら、廊下を歩く。時代劇に出てくるような豪邸ではない。障子なんてほとんどの部屋に無いし、古ぼけた感満載だ。それでも、近隣では唯一の領主屋敷だ。数多くはないが、そこそこの広さがある。しばらく歩きとある部屋の前に止まる。障子を軽く叩こうとすると、静かに開く。

「……兄上?」

「あ、ああ。俺だ。月照、今ちょっといいか」

 どこを見つめているかわからないような表情ではあるが、現代基準でも十分に美少女だ。剃髪こそしていないが、尼の服装がよく似合っている。これが誉め言葉なのかわからないのであえて言わないが。

 畳の縁をわざと踏みながら、どっかと胡坐をかく。無論、普段の行いとは違う。

「……今日は何用ですか?」

 心ここに非ず、という風情で口を開くが、一応は口を開く。これでも、家族の中では一番話してもらっている方なんだそうだ。

「……永禄三年(一五六〇年)、織田、桶狭間」

 首をかしげているが、僅かながら眉間に驚愕の動きが見えた。もうひと押しか。

「……天正十年(一五八二年)、明智……本能寺」

 耳を穿りながら言ってやる。単純な手であるが、どうやら同類のようだ。

 月照は一旦障子の外を伺って、から普段と異なる聡明な口調で呟く。

「慶長五年、九月、新暦なら十月、ユリウス暦なら一六〇〇年、関ヶ原……」

 俺の『ああ、あの戦いね」と相槌を打つと同時に、涙する。いやいやいや、美少女の涙は美しいんだが、嗚咽はやめようね? 落ち着くまでひとまず宥める。少し落ち着いた頃合いに、月照がいつもと違う口調で話し出す。

「……同じような転生者がやっと現れた。やっと話ができる」

「あ~あのな。空海も転生者だぞ?」

「えっ?」

「気づいてなかったか?」

 呆然とする月照。そりゃそうだ。出家した寺の小坊主が転生者。そんなありきたりそうなことが現実にあるとは思っていなかったのだから。

「気づくわけないわ。それにしても……長かったわ。十三年、生まれたときから待ち続けて十三年よ」

「生まれた瞬間に転生したのか?」

「そうよ。ここに来た瞬間はパニックで大泣きしたけど、赤ん坊で幸いだったわ。で、迂闊なことは言えないから、ちょっと演技はさせてもらったけど……」

 ふふん、どう? と言わんばかりのどや顔に少しばかりイラッとするが、まぁ嬉しいのだろうから大目にみてやる。

「空海は怪しいとか言っていたけどな。まぁ、転生者フィルターがあったからだろうな」

「他の人は? 怪しんでない?」

 空海の気づきに、他の人も気になるが……。

「いや、ちっとやそっとじゃばれないだろ。で、話したいことは色々あると思うが……一年ばかり、日翔寺に引きこもる」

「はぁ? あんたばか?」

「いやいやいや、馬鹿言わんでくれ。こう見えても本気だぞ?」

「寺に籠って何やる気よ」

 普段の口調からするとかなりフランクだが、一応妹。しかもバカ兄に若干ながら同情的な立場を取っていた月照からすると、出家するとでも思ったのか胡散臭そうに見る。

「村のチンピラどもを集めて訓練でもする気? 集まっても五十人くらいでしょ?」

(そんなに集まるのか……うまく使えば母衣衆に使えるな。)

「それは一年後やる」

「やるんかい」

「だが、これから一年は」

 指でちょいちょいと招く。これはいくら二人きりでも大声では言えない。

「空海と共に未来の知識をまとめ上げていく。頭の中の使ってな」

「はぁ? タブレット? 何よそれ」

……そういえば十三年前からいるのか。

「こんぴゅーたーって知ってる?」

「馬鹿にしないでよ一応XP使っていたわよ。何か最近、変な警告ファイル出てたけど」

「あ~XPはサポート終了したからなぁ。」

 頭の中のPCのOSはアップデートできないからなぁ……。それにしても、脳内パソコンをネットにつないで、ウイルスとか感染するのかいな。いろいろ調べてみるか……。

「どうせこの時代で生きるなら、天寿を全うしたい。で、使えるかもしれない知識をリアルに使えるようにする。そうすれば……この時代の天下人になれるかもしれない」

「……歴史を変える気?」

「考え方はいくつかあるだろうなぁ。一つは自分たちが過ごしていた世界の過去へそのまま戻った。そうだとしたら、歴史改変になるだろうな。二つ目は、自分たちとは違う並行世界(パラレルワールド)に飛んできた可能性。そして仮想現実(バーチャルリアリティ)に紛れ込んだ。どれにしても、歴史改変にはならない。」

「言っている意味が分からないわ。私はあなたと違ってオタクじゃないの」

 少し軽蔑した口調だ。しゃべりすぎたかな。まぁいいや。

「とにかく、歴史が変わる可能性は低い、とだけ言っておく」

 断言しているが、根拠など欠片もない。変わるなら変わるでいいや、と思っている。歴史維持のために死ぬなど真っ平だ。

「天下人になるかならないかは後で決めるとして、この世界の生産性を上げていきたいんだ。今、この時代だと小氷河期だ。作り方次第で不作を最小限に抑えることができるはず。一年は短いけど、これから俺が日野家の後継となるための施策を考えておきたいんだ。」

「ふ~ん、冗長でつまらない物言いだけど、正しいわね」

 髪の毛をいじりながら、聞き入っている。そして、今日の訪問の主目的。

「でだ。月照、お前も来い」

「……私もそれに加われと?」

「そうだ。この作業ができるのは俺と空海、そしてお前だけだ。どうだ、日野家の女宰相として活躍してみないか?」

 我ながら悪い笑みを浮かべているなぁ、と思いながら誘いをかける。

「……今の世の中、女子に地位や権力など……」

 ん? 怖気づいている?

「井伊直虎や寿桂尼など、代理ではあるが当主として活躍する例もある。それに……」

「それに?」

「当代唯一といっても良い知識人を軽々しく扱うことはできないだろう」

 そう、俺自身にも言い聞かせる。確かに、今のPCのスペックから考えれば、月照の脳内PCは古い。しかし、今現在から見ると、500年近く先んじているオーバーテクノロジー、オーパーツみたいなものだ。ネットが使えるにせよ使えないにせよ、脳内PCは決して不要のものとはならないに違いない。

「お前が女性の地位を上げればよいではないか」

「されど……」

「気が向いたら日翔寺に来い。俺は行くぞ」

 そういうと返事も聞かずに立ち上がる。別段会話のテクニックなどではなく、住職である北天翔との約束の刻限が迫っていた。

「あ、兄上……」

 いつもの口調ながら、やや焦りながら、声をかけようとするのを目の端でとらえたが、急ぎ足で立ち去る。


 馬を走らせること半刻ほど、菩提寺である日翔寺へ到着する。領主の(バカ)息子が来るということで、寺の小僧どもはひれ伏し……てないね。そうなんだよなぁ。あくまでも小領主であって、仕組みとしては寄合のまとめ役みたいな役柄。大して権威などもない。なにせ、小領主。中小大名の有馬の小競り合い的な侵攻すら、総出でかからないと対応できない。そんな時、よりどころとなるのは武力であると同時に信仰心だ。現代日本から考えると理解しにくいものだが、求心力は大きい。

 そのため、領主のバカ息子相手に恭しく頭を下げる寺社はそうない。例外的なのがこの日翔寺だ。無論、住職が祖父如水の親友というのが大きいが、世間一般的な宗教としても異端なのだ。各宗派の良いとこどりで、祈りはあくまでも心の支え、生きることを楽しくするも苦しくするも人次第、とどうも宗教臭くないところが良い感じだ。ついでに言うと、北天翔住職は公然と生臭であることを明確にしているし、宗教人が御仏の言葉を承れるよう修行を行うことに対して「聞こえたら頭の病」と言い切り、お経は形式、とばっさり切り捨てている。それでも信心する者もいるのだから、人とは不思議である。

「来たか、小僧」

 赤ら顔で小太り禿の粗末な僧衣を着た貧相な男が出てくる。どう見ても単なる酔っ払いのチンピラなのだが、それが北天翔住職だ。慌てて頭を下げる。別段、敬意を抱いているわけでないが、あからさまに不機嫌になるのだ。それがとてつもなくめんどくさい。

「住職様、此度は、某の我儘にて世話になり申す。」

「ああ、構わんよ。空海と学を磨く、と聞いておる。仏の御心を知るも学であるが、人々のためとなる学を磨きなされ。それが将来的には御仏の心につながることとなろう。」

 これが酔わず、しゃっくりなどが混じらずにいう言葉であれば、なるほどできた人だ、とでもおもってもらえるのだろうが、とっくりからラッパ飲みしながら言われても説得力がない。とはいえ、一応、本心でこの人は言っている(はずな)ので、繰り返し頭を下げながら空海の部屋に向かう。


 部屋を開けると、当時としては高級な紙が大量に置いてあった。

「いずれ必要になるかと思って、無い知恵絞って入手した」

とは、後に北天翔住職の言葉だ。酔っ払いだが慧眼と言っていいだろう。それとも、酔っている時だけ慧眼なのか……。

「若、ようこそいらっしゃいました」

「すごいな」

 部屋の整理のされ方も見事だが、それ以上に炭も大量に用意されている。

「……日野家を躍進させる策が、この離れから生まれ出る……感慨深い」

 空海がやたらと熱っぽく語るが、それに同調する気にはなれない。なぜなら……。

「全てを実施できない可能性を考えておかなければならない」

「しかし、脳内タブが……」

 あ、やっぱり忘れてる。

「あのなぁ……」

 我ながら露骨だなぁ、と思いながらもあきれた口調で言ってしまう。

「素材や作り方がわかっても、実際に作り上げるための技術がなければ机上の空論だぞ」

「それはわかっているんだが……」

「それに、二人だ」

「俺たちだけか?」

 二人と聞いて、空海は意外そうにする。

「月照は?」

「保留だとさ」

 月照との会話の件を話したが、脳内PCの件は噴き出していた。

「そっか、転生してきた時期とつながっているんだな」

「そう。だから時事ネタも技術もその当時の技術が限定となる」

「でも困らないだろ?」

 そう困るわけではないのだ。一気に五百年近く未来の技術を広げられるわけもない。まだ火縄銃も十分に広まっていないのだ。広げなければならないのは、作物をそれなりの品質で大量に収穫できるようにするための方法の確立と、戸籍制度の充実、税制整備と……いかん、ほんの少しの思い付きですら山のように課題が出てくる。

「困りはしないが、人手はほしい」

「そうだな……」

 どのようなことを策として、目録として出していくかが課題だ。

「では……」

 ようやく気持ちが落ち着き、座って話そうとした時、廊下から僅かながら足音が聞こえる。

「ん?」

 障子に目をやると……。僧形の美少女が。

「来たか、月照」

 俺はにこやかに、空海はおどおどと迎える。

「来ちゃった」

 テヘペロいただきます……じゃない。これで同士が三人になった。

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