38:外道
永禄元(一五五八)年弥生五日
高祖山砦奇襲戦で臼杵安房守鑑速を討ち取るという、英雄譚でも有り得なさそうな妄想のような大金星を挙げたが、実は行動限界が近づきつつあるという現実に悩まされている。
数か月に渡る岩屋包囲戦。日野家の精鋭八千は、確かに現在の状況からするとほぼ完全な専業兵士集団。農地の心配もなく、食事の心配も必要ないという恵まれた環境にはある。だが、野戦生活が続くとそれだけで気力は消耗する。しかも、敵に包囲されかけ、敗退。損害はそこまで出ていないといえ、士気の低下は著しい。
幸い、高祖山砦奇襲戦により士気の低下は一定水準で収まっているが、これ以上の継戦は断念せざるを得ない。
さて、ここで。ただ撤退するのは至難である。というのも、忘れていけないことだが、あくまで時間差で敵の一部隊を撃破しただけ。つまり、まだ総数と情勢では負けているということ。さらに言えば、砦での迎撃というある種の迎撃戦と異なり、撤退戦は相当な不利になるということが挙げられる。
それはそうだ。撤退となれば、生き残りたいという思いがより強まる。戦の中での「生き残りたい」と意味合いが異なる。死亡フラグ、なんてあるが、戻ったら子供が生まれているから名前を付けるんだ、求婚するんだ、結婚するんだ等、気も漫ろな状態になる。戦闘に集中できるわけがない。
そこで俺はろくでもない鬼畜な策をとることにして、何としてでも生存率を高めようと図った。それが今回の作戦の尻拭い策ともいえる、略奪作戦である。
「ほんとに殿は、現代で育ったんですか?」
龍元が最初に俺の策を聞いた時には、ぶん殴ってきそうな程怒気に孕んだ声で言った。
「……昭和後半生まれだがな」
「どういう発想ですか! 略奪に人攫い、挙句の果てに村落を焼き払うとは!」
「苦肉の策どころじゃねぇ! んなことわかってはいるんだ。外道の策とはな! しかし! 大友の軍装で略奪させたお前が言うな!」
「いやいやいや、確かに略奪も外道ですがね……それでも人攫いに略奪に村落焼き払いはやりすぎ……」
「任務だ」
俺の吐き捨てるような言葉に、興奮した龍元が一瞬動きが止まる。
「……任務? これが?」
「そうだ。八千の兵を生かすためのな」
俺の言葉に、龍元は顎に手をやり考え始める。俺の言葉が足りないせいで、いつも苦労をかけているが、今回もそのような状態。
「高祖山からは撤退しなければならない。だが、単なる撤退だと、損害が著しく上がる」
「……この地の価値を下げるつもりですか……」
「そう。労働力も物資も無くなり、さらに駐屯できそうな場所もあらかた無くなってしまえば、敵はその地に留まろうとはしなくなるな」
「それにしても外道ですな」
「百も承知だが、それをしなければ日野家はさらに追い込まれる。実働戦力一万五千の半数以上が壊滅したら、村中、肥前鹿島は失陥、日野家の存亡に関わる。さらに言うと、撤退戦でなく作戦行動として引き上げるのであれば、多少は士気も維持できるだろう」
「主目的はそっちですか」
「その通り。とにかく唐津まで引き上げさせればいい。清房が殿だ」
そういうと同時に、鍋島清房が入ってくる。聞いていただろ、お前。
「相変わらず人をこき使いますな、義息殿」
口調こそ軽いが、既に臨戦態勢であり清房配下の兵は砦周辺、砦南方の隘路を重点的に警戒している。
「済まんね。今回は臼杵の首を獲れただけ僥倖というものでな。帰還後どれだけお詫び行脚しなければならないか、と考えると憂鬱で仕方がない」
「まぁ、上に立つ者の責任ですからな。早々、私の方で放っていた耳目から幾つか知らせが」
そういうと、結構な数の書状を見せる。
「……筑後柳川城は島津の包囲下にあるが、膠着中……」
「豊後方面に陶家の……日野久秀殿が出陣中。小倉で睨み合いが続いている」
「豊後豊前全土に渡り、一揆が頻発。大友家と一向一揆が激突している」
「日向の縣城が島津の手により陥落……島津家の薩摩・大隅・日向・肥後支配はほぼ確定」
大まかな内容は以上の通りだ。多くの書状にはどの国のどの城が、と詳細な報告が書かれていたが、詳細についてはまた後日、鳥谷城へ戻ってからだ。
「島津家が大国になったな」
俺の呟きに龍元が即座に返す。
「従属でもしますか?」
「面白い冗談だな」
「冗談だとお思いで?」
真顔だ。
「ん~~島津がこれを機に日野江等に攻めてきたらどうします?」
「え? 精鋭水軍相手に島津が勝てるの?」
俺の素の返しに龍元も苦笑する。
「どうあがいても無理でしょうなぁ」
「水軍で勝てるとしたら村上くらいだよ。陸戦でも、超長期戦に持ち込まれたらどうするんだろうねぇ。補給とか経済とかねぇ」
嫌らしいほどの笑みを浮かべて俺は言う。
日野家の強さは軍ではない。一応精鋭は揃えてはいるが、守備兵力等々も含めて一万五千動員できれば上等な方だ。今回の八千だって相当無茶しているのだ。
だが、日野家の恐ろしさの第一は、徹底した補給線の確保だ。今回の高祖山臨時砦こそ現地略奪を行っているが、基本は買い取りと輸送。隠されている棒道の数はおそらく日本全国でも屈指。一般街道の整備すら日ノ本でも有数だ。
さらに言うと、多くの人手を用いた経済情報戦は、おそらく今後百年は追随を許さないであろう。戦略物資の大量確保と流通統制、何より相場のある程度の操縦まで行っているのだ。
本気で日野家が島津家統治下の四か国に対して経済情報戦を仕掛けたら……。
「三か月で干上がるだろうねぇ」
この言葉は嘘ではない。本気でやれば、大友・島津・大内……毛利や長曾我部まで波及する。京の都も例外ではないだろう。
「まぁ、いいさ。とにかく撤収だ」
永禄元(一五五八)年弥生十二日
日野家は追撃を想定していたと思うが、こちらはとてもそれどころではない。確かに角隈越前守は日野龍哉の首を主目的としていたのだが……。
「……臼杵様」
茫然自失の態で、一時期の昇竜の勢いは消え失せていた。
元より義鎮の軍学の師にして、同学兼備の人と称される程であったが、義鎮の宗教政策への諫言等で、大友家家中では実は窓際族にいたとも言われていた。その角隈の復権を行った臼杵の討ち死には、大友家に大きな大きな罅を入れていたのだ。
「何故に……無茶を」
石宗は悔やんでも悔やみきれない思いで悲しみに暮れていた。
主君とその義兄の人格、志賀・朽網・田北の不和……。大友家の猛将戸次鑑連と臼杵鑑速という巨大な柱が倒れ、大友家を支えきれる大物は吉岡左衛門大夫だけだ。
そして、現在。石宗の読み違いを責める書状が多く届いていた。多くは急激な出世への妬み、極一部大友家の存亡に関わるという真剣な書状だ。
臼杵軍の残党が福岡で志賀・朽網隊に合流。討ち死の報と日野家が高祖山西部の一帯を焼き討ちしているとの報も届いている。
臼杵安房守の人望は、臼杵本人が思っている以上に家中上下問わず篤かったようだ。府内館内ですれ違う度に冷たい視線と態度に晒される。それだけならまだしも、臼杵だけが高祖山に布陣したのは角隈がそのように使嗾したため、自分が大友の大老になろうと画策し謀をもって安房守様を殺した、そのような噂まで流れる始末。
それに対し、義鎮は珍しく家中に対して今までの角隈の貢献に対する詳細と礼を明確にし、表向きは収まっているように見える。
だが、このような噂が簡単に広まるとは……。
「まさか、殿が某のところへおいでになられるとは……」
自室に主君義鎮を迎えた石宗は、平伏しながらも訝し気であった。それはそうであろう。大友存亡の危機、という状況になってきているのだ。そんな中、わざわざ時間を割いて石宗に会いに来るとは……只事ではないはず。
「頭を上げてくだされ、越前守殿」
しかも傍らには、田原近江守、主君の義兄までいるのだ。
そして近習を下げると、二人は上座を下り、何と私に向かって土下座をしてきた。
いかに近習を下げているとはいえ、所属不明確な、たかが軍師的な私に対して主君と、ほぼ同じ権勢を持つ近江守様が頭を下げる。どれだけ異様なことなのか、お分かりいただけるだろうか。
「我の短慮により、一揆勢は勢いづくばかり。某の不徳の致すところ」
土下座のまま、強く近江守様が言う。
「同じく、神仏憎しの私情に囚われ国の大事を見誤ってしまった。」
さらに主君まで。
……どうしたらいいんだろうねぇ、この状況。
「……頭を……お上げください、殿、近江守殿。揃いも揃ってのこの仕儀、いかなる所存か……存念を伺いたく」
私の言葉に、気まずそうにする二人。いや、気まずいのはこっちですぞ?
「……想像以上に状況がよろしくない、そういうことですか」
私の呟きに近江守が憔悴した表情で、
「家中が四分五裂だけなら……多少の問題でしかないのだが、今や領民が宗教的な対立で分裂している。今こそ一致して対応しなければならないのだが……」
「然様。なのに、切支丹可愛さに他宗を攻めるとは……これは本来であれば腹切りものでしょうな」
繕っても仕方がないのでバッサリ言うことにした。どうせ本来の責任も八つ当たりも俺に来るのだ。破れかぶれになってやる。
「それは儂もじゃな。いずれこの素っ首、くれてやっても構わぬが、日野に痛烈な一撃を喰らわせぬ限り……」
「それは……まぁそうですな。経済的には持ち直してきたはずですが、また此度の件で逆撃を喰らうでしょう。つまり二点、宗教的対立の解消と経済再建が要になります。」
「石宗、お主主導で……」
「それはなりませぬ」
主君の言葉であるがそれはお家のために甚だよろしくない。今回の高祖山会戦の戦犯扱いされている俺を主導にしてもグダグダになるだけだ。
「某についてくる者は、後ろ盾あったとしても……いや、後ろ盾が付いたとしたらより一層、虎の威を借る狐のようになってしまうでしょう。某は蟄居が妥当かと。」
「……しかし」
今更ながら俺のことを高く買ってもなぁ……。
「左衛門大夫(吉岡長増のこと)をお呼び下され。彼の者こそ、戸次伯耆、臼杵安房と並ぶ実力者。彼の者を筆頭に据え、当面は外征の禁止を」
「……島津とは和睦だな。儂が出よう。」
田原近江守が言う。
「それどころか、陶とも……日野とも和睦を結ばねば立ち行かなくなりますぞ」
「……志賀、朽網、田北の説得は儂が行うしかあるまい」
と義鎮。
「直接日野との面識がある者は……」
頭の中で家中を思い浮かべるが……。
「特におらんじゃろ。断絶しておるし、対日野戦線は膠着状態にして自然停戦……それしかあるまい。」
田原近江守が言う。そう。日野との外交路は潰えた。もはやどうにもなるまい。
もう一方、悪夢のような情報が入ってきた。
肥前国伊万里城
何とか撤収を終え疲労困憊の日野軍に、唯一といっていい朗報が届いた。
「……陶家、従属ですか」
龍元も意外そうにしながらも笑みが止まらない。北九州と長門・周防に勢力を誇っていた陶家の従属はそれほどまでだ。
「久秀叔父がやってくれたな」
あの食えない叔父御がやってくれたに相違ない。
「おそらく、有能な立ち居振る舞いで信頼を得つつ、日野家には自分以上の人材が豊富に存在することを誇示。今回の大友家撃退に伴い、陶晴賢は隠居。家督は嫡子に譲り渡すということか」
「でしょうなぁ。これで一応日野家は落ち着ける……」
「いや、それは無理だ。大友がそれこそ家中一丸となって我らに歯向かってくるであろうなぁ。」
「……無理をしますか?」
「せざるを得ないな。これから一年の後、大友と毛利に対して軍を出す。そのつもりで内治を……」
「委細承知」
続く




