36:鬼謀
すいません。本業多忙に加え、まぁ色々不満などがあり少々不貞腐れモードが数ヶ月発動していました。
弘治四(一五五八)年如月二十三日
日野肥前守龍哉が二百で岩屋へ出陣……正直、大友家の面々は耳を疑った。
今や大友家の軍師と言ってもよい角隈石宗が、おそらく人生のすべてをかけたに違いない、大策謀だ。大友の伊万里攻めに対して、日野家は包囲殲滅、退路遮断としての岩屋攻めを決定したのであろう。それが鎌倉肥後守の強硬な案であった。
実はこの強硬な案に対しては裏がある。日野家のほとんどは日野肥前守直轄領であるのだが、肥前以外の筑前、筑後の一部の領土は旧来の領土方式で統治が為されている。というのも、肥前のように日野家の宣伝工作が順調というわけにはいかなかったのだ。なので、旧来の知行方式の復活を望んでいた旧統治派の筆頭たる鎌倉肥後守に任せていたのだ。行く行くは直轄地方式に行うつもりで。
ところが、日野家直轄方式に順応しつつあったのか、鎌倉肥後守が統治する領土での風向きはけして順風ではなかった。領主毎に異なる年貢や徴用など、不公正さが目に見えてきたのだ。各領主からだけでなく、領民からも突き上げを喰らった鎌倉肥後守は対応に苦慮した。
……そのような状況を、角隈石宗が見過ごすわけがない。何人か送り込んだ透羽が、鎌倉肥後守の側用人に近づき、支離滅裂、四分五裂となるような流言蜚語をまき散らす。領主周辺でも、領地内でも僅かずつながら混乱が広がってきた。日野家の耳目も動き回っているが、琴海大瀬戸の守備と敵対国の内部での情報収集が中心である琴海衆は対応が後手後手に回った。
……岩屋出兵にはこのような裏事情がある。
「にしても、この対応はあほだろ。肥前守」
角隈が呟く。いかに自分が策を巡らせたからといって、この破れかぶれな選択は理解し難いものを感じていた。
「……この二百……足は速いから追撃は無理としても……肥後守の部隊に合流しても八千二百。……こちらが動員した一万三千には……」
「報告! 府内館で一揆が起きました!」
「なっ?! 農民か?」
「いえ、一向宗とのこと」
「……意味がわからん」
「なんでも、『切支丹を追い出せ』とのことです。この件で、御館様が相談したいと……」
宗麟の呼出し命令に渋面となる石宗。対日野戦略はこれからが本番なのに……。
「……承知仕った。そう伝えよ」
「はっ」
内心ではどう思おうと、主君の命令には逆らえないのであった。
「首など取ってる余力はない! 全力で駆け抜けよ!」
主君肥前守を追う凡そ三千の部隊に向かって、日野肥前介龍元が向こう見ずな突撃を仕掛ける。と言っても、手柄首を考えなければ突破だけならそこまで至難の業ではない。相手は逃げ足の速さに呆れ、後ろから迫る部隊を叩いておくか、くらいの気構えしかないのだから。
(とは言え、ここで精神論とはねぇ……旧大日本帝国陸軍の精神主義を笑えないねぇ)
と皮肉っぽく呟く。
(光秀殿が勢福寺で陽動しているから、ここの兵も無茶はできないはず)
あっという間に敵との距離が縮み……ぶつかる。
「槍衾を敷け!」
「敵は少数ぞ、縄を投げよ!」
大友軍は龍元を捕縛しようとするが、遮二無二突撃し、振り返りもしない不気味さに、若干ながら引いてしまう。
「やかましいわ! 邪魔じゃどけ! 下郎ども!!」
龍元配下の将が怒号を浴びせかけつつ、龍元に群がろうとする雑兵を振りほどく。
(雑兵という名の兵はいないのだがなぁ)
どこぞの植物学者を彷彿とさせる台詞がふと頭を過り、必死の状況であるにも関わらず思わず笑ってしまう。
「生き延びて岩屋で落ち合おうぞ!」
周りの将が、ことさらにわざとらしく叫ぶ。幸い林が迫ってきている。
「……散開!」
林に入るや、あっという間に姿を消していく日野龍元勢の勢いに、大友勢はしばし唖然とするのであった。
豊後国 府内館
「……切支丹を保護するのは構いませぬが……一向宗の鎮圧はおやめいただきたい」
「されど、今や我が大友に助力するは切支丹勢力のみ。けして、仏教徒どもとは分かり合えるとは思えぬ」
既に様相は千日手を示しつつある宗麟と石宗の会話。
宗麟はけして石宗を軽視しているわけではない。それどころか、内政、軍制においては大友家の筆頭家老と言っても良いほどの待遇を与えている。僅か数年で領土の経済状況は好転した。さらに日野家に対して、攻勢を仕掛けているのだから、石宗様々ではある。
だが、ここに至って、宗麟が信奉する切支丹と、石宗が信奉する仏教での政策面の違いが出てきてしまったのだ。寺社については、日野家が徹底した保護政策を実施しているため、大友家としては対抗勢力として切支丹保護を看板にしている。
一方、石宗はというと、風体に反して無神論者であり、どの宗派ともほどほどの距離を置いておきたい。ついでに言えば、日野家の寺社保護政策の中では何故か一向宗は弾圧まではされていないが、手厚い保護を受けていないので、反日野勢力として取り込んでおきたいという考えがある。そのため、一向宗については他の寺社勢力と比べて若干であるが保護が手厚い。
「分かり合うつもりがなくとも構いません。手を結ぶくらいは構わないのでは?」
「じゃが、迂闊に結べば切支丹から見放されるぞ」
「そこは匙加減でしょうなぁ。交易をもってほどほどに利益をもたらし合う関係……」
「いや、デウスの教えを広めることこそ、この日の本には……」
「……とにかく、今ここで弾圧をすれば、日野家の思うつぼ。利敵となりましょう」
「なっ?!」
「今、我が大友が攻勢をかけている次第。ここで一向宗弾圧に動けば、予備兵力を送り付けることはできませぬぞ!」
「……ここで弾圧せねば、日野に勝てるのか?」
「少なくとも肥前守の手駒を燃やすことはできましょう」
「……わかった……」
「ご報告!」
「何事じゃ! 重要な話合い中ぞ!」
「田原近江守様率いる三千五百が、府内南の一揆勢に対して攻撃を仕掛けました!」
「なっ……なんてことを……」
伝令の報告に、角隈の目の前が一瞬真っ暗になる。
(近江守殿……何たる短慮を……)
宗麟と近江守の直属兵、約一万二千は決戦兵力として温存していた。だが……。
肩を軽く叩かれる。振り返ると、何かを決意した宗麟が呟く。
「是非もなしじゃ。一旦戦端が開かれてしまえば最早引く余地はないじゃろう。下手に中途で妥協すれば、碌なことにならぬ……」
宗麟の言葉は、一見正気を失った者の言葉に聞こえる。が、石宗に言い聞かせているのだ。
(一向宗であれ日野家であれ、一旦戦端が開かれてしまえば、双方ともに引く余地はないじゃろう。下手に領土なり和解なりで妥協すれば、碌なことにならぬ……)と。
日野家も開きたくない戦端を開かされた。大友もだ……。
「是非も無しですか……腹括りますか。一揆が波及しないように、各地に戦力を送り込みます。短期決戦で。うまく行けば一揆を抑えるだけでなく、肥前守を叩き潰せる。殿、直属に下知を」
「おうよ!」
「集まってきたか」
龍哉が呟く。既に龍元も追いついており、共に水を飲む。真冬の寒気が刺す時期とは言え、ほぼ休み無しでここまで来たのだ。冷えた水がやたらと旨く感じる。そして……。
「肥後守様、お越しです」
伝令の言葉に視線をそちらに向けるが、当の本人が入ってこない。
「……叔父上、お入りなされ」
龍哉の穏やかな物言いに、足取り重く入ってくるは……とても日野家一の武人とは思えぬほど憔悴し、土気色にまで顔色を変えた鎌倉肥後守一馬だった。
入ってきて、龍哉の座る床几の前にドカッと座るや否や、地面で頭を叩き割らんばかりに土下座する。
龍元が慌てて起こそうとするも、鍛え上げられた肉体は龍元如きではどうにもできない。そして、嗚咽。
それはそうであろう。いかに大友の扇動によるもの(このことは後日、耳目より真相を明らかにされる)とはいえ、強硬に当主龍哉の内政充実策及び伊万里籠城策を否定し、伊万里と岩屋による挟撃策の実行を迫ったのだ。自分の失策であることは百も承知。それだけではない。日野家の主力格の八千を死地に追いやり、尚且つ自分を救うために当主と家宰が死地にいたり、勢福寺や村中は失陥の危機に直面中なのだ。
途中で何度も腹を切ろうと思っていた。が、ほぼ唯一の理性が、かつての龍哉の言を思い出させていた。
『腹を切るなんざ責から逃げる卑怯者。責を負うなら生き延びて、徹底して生き延びて、失策を挽回せよ。土や砂を食んでも、しぶとく生き延びよ。日野家の将の生き様よ』
しばし続く嗚咽。感情の整理程度にはなるに違いない。
龍哉は見限ることはない。次で挽回を期待している。だから、敢えて言葉はかけない。懐紙を握らせ、言う。
「涙と鼻水を拭け。軍議をはじめる」
その辺の機微は分かっているのであろう。自分の失策が言葉ではどうにもできないことを知っている。なので、力強く涙を拭き、盛大に鼻を噛む。
「……では、高祖山に迫る鍋島勢と呼応して、ここ高祖山で迎え撃つ算段を話し合おうぞ」
「何? 既に撤退した?」
伊万里から急速に転回し、岩屋への後詰として行軍中であった臼杵安房守は、当の岩屋から伝令に顔を強張らせた。
「はっ。五日前に、整然と撤退していきました」
伝令の報告に、思考が止まる。
(……おいおい、あまりにも見切りが早くねぇか? 少なくとも肥後守は包囲を解くつもりはなかっただろうに……)
岩屋に留まり、後詰が来るまでに城を落とすと見ていたため、その算段が狂う。
「で、敵はどちら方面に行ったと?」
「北です」
「北か……そうだろうなぁ」
南は封鎖されている。勢福寺と村中の兵力だけでは柳川と秋月の兵力を抑えるのに手一杯のはずだ。……北?
「まずいな……。伝令」
「は。」
直属の母衣衆を呼び寄せる。
「吉岡左衛門大夫殿に伝令。……敵は高祖山にあり! そう伝えよ」
豊後国 府内館
「……岩屋から北上?」
狼煙による通信により詳細な報告は分からないが、角隈石宗は僅か数刻の間に動いた状況に、嫌な予感を感じていた。
「馬鹿な。いかに南が包囲されているからと言って、立花山には……」
絵地図を見て、肥前守達の逃げた位置の候補を虱潰しにしていく。
「……伊万里か。それとも高祖山から南へ抜けるか……」
自分の呟きながら、微妙に引っかかるものを感じる。
立花山から吉岡左衛門大夫隊、伊万里から岩屋へ向けて臼杵安房守隊、岩屋や秋月の朽網市生隊、柳川の志賀隊……粗漏はないはずだが……。
「……としたら、ここしかあるまい」
ある程度の兵力の陣を置き、耐えうる場所。おそらく……。
「敵は福岡にあり。吉岡、朽網、志賀に伝令を!」
「敵さんはあそこで足を止めるか」
二丈岳の麓近くの太田神社に陣を張った鍋島勢は、高祖山と二丈岳の間、前原の小高い丘に陣を敷いている臼杵軍を刺激しないように見ている。
「直茂、どう思う」
利発な少年から、聡明な青年部将として成長を遂げた直茂は、顎に手をやりしばし考えて、慎重に口を開く。
「……おそらく、岩屋から肥後守様は撤退されました。そして、殿の軍勢と合流されていると思います。」
「それは面白い読みじゃが、根拠は?」
「……本来であればあの高祖山は、連なっているように見えますが、南側に細いながらも街道があります。とすれば、独立した山に籠るのは退路を断たれます。通常ならば蜀の馬謖が如き愚策のはず……されど、殿ならば……」
「というか、殿ならば、でなく後詰がおるからじゃろ。儂等がな」
「……各個撃破、ですか」
「じゃろうなぁ。敵さんは一か所にまとめて数か所から包囲をしようとしたが、内に殿は極めて短期間で策を見破り、逆に一か所に集まる前に各個撃破をしようという算段じゃろ」
「……意図はわかりましたが、危険な賭けでは?」
「戦は博打だからな。その上で危険性ができる限り低い手段をとった、ということだろう……」
「うまく行きますかね?」
「何を他人事のように言っているんじゃ。成功させるのは儂等よ。……行くぞ直茂」
「……はっ」
永禄元(一五五八)年弥生一日
前日、正親町天皇の即位により元号が変わる。
転生登録武将は、九州を統一したら終わりにしようと思います。というのも、ゲームを基に書いていますが、九州統一後からは基本作業ゲーになってしまうんです><
なので「俺たちの戦いはこれからだ!!」になるような気がして仕方がありません><