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29:嬉野

とりあえず、局地戦はこれで終了。

弘治二(一五五六)年神無月五日


 これでも急いだつもりなんだが、敵さんも歴戦の勇将というわけか。

「わずか数日でここまでやるとはねぇ」

 俺は肥前湯野田城へ下検分に行き、唖然としてしまった。日野家程ではないにせよ、館周りは空堀と逆茂木が配置されている。無論、日野家の野戦築城と比べれば微々たる規模なのだが、ノウハウのない大友からすると、上出来な部類だろう。

「今までは陣地に籠って戦うを主としていたが……」

 俺の呟きに、空海が疑念を呈す。

「あの戸次鑑連べっきあきつらが単なる籠城戦をするとは思えませぬ。おそらくは、城攻めをすれば、隙を見て突入してくるでしょうなぁ」

「猛将の猛将たる所以か」

 となると……また罠でも仕掛けるか?

「罠を仕掛けるにしても、相当周到にやらないと、三根本陣で相当懲りているはずだし」

 瞳も言う。歴戦の勇将が、同じような策にかかるわけもない。

「攻城用投石機でも用いますか?」

 既に三國志の時代から存在する兵器を用いる策を出す。

「……焼き石で徹底して打ち込むか」

 まだ、大筒は導入していない。行く行くは製造しようとは考えているのだが、流石に現物がほしい。

「いずれ大筒は手に入れるとしても、今はひたすら焼き石を大量に打ち込むか。」

「はっ」


 熊野神社で攻城用投石機の準備させていた頃、宗運寺砦では、鉄斎と肥後守が作戦会議を開いていた。と言っても、主な作戦は龍哉から降ってくる。

「今回は攻城用投石機か。あの知識はどこから出てくるのかね」

「知らんよ。あ奴は異端児。大方、裏稼業の者とも繋がっておるのだろうさ」

 不思議に思う肥後守対して、鉄斎は冷淡だ。出家して多少は穏やかになったとはいえ、やはりわだかまりはあるのだろうか……。そのようなことを思った肥後守の心中を察したのか、軽く笑いながら言う。

「じゃがのぉ、弱小日野が今や肥前の大半を得るに至ったは、あ奴の類稀なる才知のおかげよ。ならば、儂らはその手足となり、類稀なる才知を九州一円に広げてやろうではないか」

 鉄斎の言に、肥後守は以外そうに見やる。

 堅物、そう思っていた兄は大きく変わっていた。

「……さて、あの城、どう落とす。」

「攻城投石で落とすのは面白くないな。風情が無い」

 最近の日野家の戦ぶりに対してもそう感じている肥後守は思わず言ってしまう。おそらく戦に面白味や風情など求めるな、と言われそうだったのだが。

「調略しかあるまい」

 鉄斎の呟きに、

「阿保か。あそこに籠っているのは決死隊ぞ!」

「じゃから、じゃわ。決死隊といえど、一枚岩とは言えんからなぁ。矢文を大量に送り付けてやれ。『呼応する者、当方の準備は整っている』とな」

「乗るかねぇ」

「乗る必要もない。多少疑心暗鬼になるじゃろう。その多少(・・)が大切なのさ。安心して背中を預けられない決死隊など大したことはない。先の戦を考えてみよ。十倍の兵力差すら跳ね返しておる。」

「……まぁ、損害が出そうもない策だから別に構わないがな」


弘治二(一五五六)年神無月十五日


 いよいよ攻城戦が始まる。本来であれば、少しずつ押し込み、城門を打ち破り……となるのであるが、今回は攻城兵器を導入した。元々は肥前鹿島攻略で用いようと思っていたものだが、鉄砲と異なりこれといった対処法が無い。なので、ここで用いても問題は無いとの判断で導入された。

 既に後陣では大量の焼き石を用意している。間断なく打ち込んでなお余る量だ。

「……全て使い尽くすつもりで撃ちまくれ!」

「ははっ!!」

 肥前湯野田城攻略戦の開始は、徹底した投石兵器の集中運用からだった。一発一発は大した威力にはならない。だが、小粒を大量に打ち込むことで、敵の行動範囲が狭まっていく。


「なんじゃ、これは」

 戸次鑑連が不自由な足を引き摺りながら、湯野田城の周辺を見やる。あちこち煙が出始めている。

「焼き石です」

 配下が報告するが、憮然となる。

「何故こんなところまでに焼き石が……」

「敵兵が怪しげな兵器を用いています。あ、危ない」

 庇い、縁側へ戻す。

「小粒ですが、あちこちに飛び散り延焼を起こしております。」

「……とりあえず砂や土をかけておけ。」

「しかし、建物が燃え始めて……」

 貴重な水を攻めてきたということか。

「敵兵は!」

「依然動かず!」

 ……この距離で突入しても意味がない。おそらく手ぐすねを引いて待っているに違いない。

「延焼を食い止めつつ、防備を抜かれぬように各兵に伝えよ。」

「ははっ!」

「何と面倒な攻め方を……」

 水が大量にあれば、この戦法は大して意味がない。水をかければある程度は治まるからだ。だが、いかに川に近いとはいえ、山城。水の手は然程豊かではない。井戸もあるにはあるが、大量の水が湧きだすほどではない。浪費すればあっという間に無くなるに違いない。


「じゃんじゃん撃ち込め!」

「これでいいんですかねぇ」

「いいんじゃないの? 楽だもん」

 城方の必死さと比べると滑稽なまでに呑気な状況になっている。掘って焼いた石を打ち込むだけの簡単なお仕事、というわけだ。もちろん、焼いた石が爆ぜる、投石機の縄が切れて味方に被害が、というのも無いわけではない。

 だが、損害比としては圧倒的に城方の方が多い。既にあちらこちらが燃え始めている。

「兵を収容する建物を守るか、水を守るか、だな。どっちを選ぶと思う?」

「諦めて突入してくる方じゃないですかねぇ」

「城が城として役に立たないなら、突入しかないでしょう」

 籠城覚悟で準備を整えていたのに、出てくるしかない状況を用意する、基本的な戦術だろう。が、今までにない攻城戦術に、流石に猛将、戸次鑑連も手も足も出ないに違いない。

「まぁ、一対一で戦ったら、億が一つにも俺に勝ち目はないからなぁ」

 俺も多少鍛えているが、猛将には程遠い。以前の龍造寺隆信の突貫で、よく死ななかった、と自画自賛したものだ。

「さてさて、形を変えた水攻めに、戸次鑑連殿はどのように対応するんでしょうねぇ」

 空海の言葉に、ふっ、と何か嵌った感じがした。

「そうか、そういえばこの地形でこういう戦術だと、一応は水攻めになるのか」

「えっ?! それを意図していたのでは?」

「いや? 単なる嫌がらせだったんだが……」

 急ぐ時に籠城戦なんかしやがって、こうなったらそんな城焼いてやる、というのが発端だったんだが……。

「聞かなきゃよかったです。前代未聞の攻城戦術の誕生かと思っていたのに」

「いやぁ、新たな発想とか、得てしてそんなもんじゃないのかなぁ……」

「ねぇねぇ、そこで漫才やってないで。敵も必死で打ち返しているようだけど……」

 瞳の声で、言い合いをやめ、簡易櫓に出向く。一応は肥前湯野田城も見える。

「……全然こっちには届いてないなぁ……」

「そりゃ弓や石だもんね……届いたら人間じゃないわよ」

「でも我慢できるのかなぁ……こんな人を馬鹿にした攻城戦」

「忍耐強さを持った将なら、成果を気にしないで粘れるだろうけどねぇ。おそらく足止めに徹したいのだろうけど、これは……敵さんには申し訳ないけど無理じゃね?」


 間断なく降り注ぐ焼き石に、城内の士気は駄々下がりであるが、嫌な情報も入ってきている。

「龍造寺家総動員だそうだ。家就いえなりを大将として、信周(のぶちか)長信ながのぶらが参陣するらしい。少弐家からは江上武胤えがみたけたね小田正光おだまさみつ神代勝利くましろかつとしの姿もあるらしい。)

 空海の報告に俺は首を傾げる。

「おかしいだろ。何で少弐家の反・龍造寺隆信が出陣するんだよ」

「そりゃ、日野家が好き勝手やっているからでしょ。幸い、松浦は日野家に完全に下ったからいいけどね」

 俺を窘める瞳。

「どれくらい相手の兵が出てくるか……腐っても鯛か腐った鯛かくらいの差が出るわけだが」

「何良い事言ったつもりのドヤ顔なのよ。おそらく一万前後。少弐は当てにならず、松浦が併合され、大友も一時的とはいえ撤退した今、手加減なんてしてもらえないでしょうねぇ」

「上等上等。こっちは野戦築城に鉄砲でひたすら地味に攻めさせてもらうさ」

「何を言っているんですか! 玉薬の節約はしてくだいよ! 手間暇かかっているんだし……」

「いやいやいや、ここは出し惜しみするところじゃないだろ。下手に出し惜しみすると死ぬ。」

 ダラダラと弛緩しきった空気の中、伝令が然程あわてず入ってくる。

「戸次鑑連が城から出てきました」

「流石に持たなかったか」

 伝令の報告に、空海が同情するように呟く空海。いかに物資があったとしても、物資を保管する場所ともども焼かれてしまえば長期は持たない。

「……行くぞ」

 流石に今回は逃げ道を開けるつもりはない。戸次鑑連……ここで討たせていただく。


「お前ら、済まぬな」

「何を仰いますか、殿。気弱なことを言わんでくだされ」

 最後の出陣になるだろうが、残った配下八百とは上出来である。

「いざという時は儂の輿を置き捨ててでも敵将、日野龍哉の首を取れ!」

 戸次鑑連の怒号に、背筋が伸びる決死隊。

「……突撃!」


「一目散にこっちに来たか……」

 日野龍哉が冷静に戦況を見る。日野鉄斎、鎌倉肥後守、日野光秀、鍋島清房が一斉射撃を行うが、横移動する敵兵には大して当たらない。追撃の兵が出てくるが……遅い!

「臨戦態勢! 一歩たりとも引くな!」

 俺も采配を握り馬に飛び乗る。刀槍の類は苦手だが、馬だけは日々遠乗りを欠かさないので得意だ。いざとなれば飛び出して逃げてやる。

「殿!」

 同じく馬に乗った空海と瞳が来る。

「お前たちは三百ずつ率いて、側面強襲……死ぬなよ」

「無論! 某、帰ったら思い人に手紙を……」

「露骨にフラグを立てんでくれ」

「軽い冗談です。」

 空海の笑みに、思わず苦笑してしまう。

「じゃぁ、私も」

「いや、そのノリ要らないから。こんな戦で死ぬのは馬鹿馬鹿しい。生きて、勝って、さらに贅沢してやる。」

 そう言うと、采を振りかざす。


 戦術的にはそんなに難しくはない。中央に俺の本陣。鶴翼で敵を包み込むように殲滅する。後は殺到してくる味方を入れられるように開けている。

 問題は……本陣が崩れないかだが。

「殿、ご安心を。我ら青母衣が支えきりますれば。」

 阿部彦左衛門と本河内正左衛門が旗本三百を率いている。

「……猛将戸次か……できれば味方にほしかったが……」

「無茶は言わんでください。生け捕りとかはできませんからね」

「分かっておる!」


 僅か八百、多少見くびっているところがありましたよ。五倍の兵力で対応しているから……なんて、思えない状況です。

 正面兵力は敵八百に対して、直属旗本とかつての有馬家の将、安富純治やすとみすみはるの合わせて千が詰めている。空気感満載の彼であるが、堅実な将として重宝している。

「純治……抜かれるなよ」

「御意。何とか頑張りますれば。」

「伝令! 訃報! 西郷清久様、ご逝去」

「なっ!!」

 決戦の最中にろくでもない報告が届いてくれる。

 裏切り者であったが、裏切り以降は忠実な日野家のおとな衆として日之江の管理を司っていた。史実では一五五二年死去だから、史実よりは四年程長生きしたわけか……。対大友・龍造寺戦における裏方部門として、日之江の治安を司っていた男が死んだ……。

「如水殿に伝令! 急ぎ日之江に入城を」

 琴海大瀬戸でのんびりと隠居生活をしていたかつての当主……再登板を決意する。

「はっ」


「来ます!」

 圧倒的なまでの威圧感を放ちつつ、一町(約百十メートル)の距離まで近づく。既に敵の半数は討死。残りも満身創痍であるが……。

「来ませい!」

「しゃらくさい! 大将の首を挙げよ!」

 流石は猛将、戸次鑑連。圧倒的な兵力差なのに、打ち破らんばかりの勢いだ。

「だがな……」

 采を上げる。背後に控えていた長柄部隊が一斉に敵の足元にねじ込んでいく。

「勢いがあろうとな、足元を掬われれば動けなくなるんだよ」

 俺は冷たく言う。秘策というにはおこがましいが、これが案外効く。

 興奮の中足元を掬われると、その興奮故に中々立ち上がれない。そして、長柄は足元を掬うだけでなく、確実に敵兵の命を削っていく。刺され、勢いよく叩きつけられ……。

 首など討ち捨てだ。

「戸次伯耆守殿か。」

「……日野肥前守殿か」

 そして、対峙する俺と戸次鑑連。その覇気溢れる表情に後退りしたくなるが……。

「最早ここまででございますな」

「ふん!」

「おっと」

 鑑連の槍を辛うじて叩き落とす。疲労困憊なのであろう。槍を拾おうという気力も尽きているようだ。

「見事なり、日野龍哉。あそこまでの劣勢を覆し……某はこの有様よ。……この土俵際の幻術士め」

 忌々しそうに、だが、人生の最後で心行くまで戦い抜いた男が力を抜く。ここで降伏勧告するのは忠臣に対して無礼であろう故、采を振る。


弘治二(一五五六)年神無月十五日、大友義鎮の忠臣として、大友家随一の猛将として名を馳せた戸次鑑連は、肥前湯野田の地にてその生涯を終えた。享年四十三才。

残念なお話。立花誾千代ちゃんは生まれません。宗茂だけでも確保しないと……。

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