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28:混戦

ようやく、三根郷~俵坂戦が終了します。しかし、GoogleMapと城郭放浪記に感謝です。行ったことの無いところでも、それっぽく書ける(と思い込んでいる)ので助かります。

弘治二(一五五六)年長月二十九日


「俵坂から敵兵が引いていきます!」

 配下の報告に、安堵の溜息を漏らす義鎮。

 これで無事に戻れるに違いない、と見ていた。


「で、安心してもらったら嬉しいなぁ」

 俺の呟きに、空海と瞳が冷ややかに反応する。

「どう見ても意地悪にしか見えませんな」

「ほんと、性格悪い」

「何とでも言え。さてさて、光秀と清房は横に撤収(・・・・)したかな?」

「はぁ、おそらくはできていると思いますが……」

「そいつは結構。」

「それにしても……逃げ道を開けて、横と後ろから挟撃って酷くない?」

 瞳は自分が行っている謀略を棚上げして言う。

「いやいや、十倍以上の敵を相手ですよ、月照(げっしょう)さん。その相手に対して逃げ道を残しておいてやるなんて、いやぁ、俺ってなんて優しんだろ」

 なんて言っているが、窮鼠きゅうそ猫をむ、なんてさせたくない。さらに言えば、巨大な敵軍を四分五裂状態に持っていくには、この策しか思いつかなかったのだ。

「狼煙!」

 さらに合図を送る。


 大友・龍造寺連合軍内では、騒めきから騒乱へと変わり始めた。

「俵坂の封鎖が解けたらしいぞ」

「なんでもお偉いさん達だけ先に行くらしい」

「雑兵は置き捨て、等とも言われているぞ」

など、広まりつつある。

 無論、これは阿部彦左衛門也茂あべひこざえもんなりしげとその配下、そして|元大友龍造寺連合軍の小者足軽・・・・・・・・・・・・・・達の仕業だ。先の戦の中では小競り合いがあり、捕虜となった者も一定数いる。その捕虜の中でも、とりわけ身分の低い者たちを狙い撃ちにして、引き抜き工作をかけていたのだ。

曰く、

「三年は無税」

「夫役無し。日当制の食事も保障」

「子への教育と雇用機会の保障」

「四年目よりは、作った作物の適正価格での買取」

「能力に応じての登用もあり」

 等々。全員に対して述べた内容であるが、捕虜の数は大したものではない。北松浦や伊万里方面で行えば、ある種の屯田兵となる。復興にもつながるので、等と工作を盛んに行っていた。

 そして、一旦は戻った捕虜たちは、見せられた条件に目が眩んだ。危険ではあるが、前金も貰っている。踏み倒される可能性もあるにはあったが、日野家の将兵の食事を見て、自分たちも食べた限り、特別なものではなく、日々向上しているなんて聞けば、貧しい生活を送っていた大友・龍造寺連合軍の将兵の心はどちらに寄るか、明らかであろう。

「俺たち、捨てられるぞ!」

「逃げよう」

「どうせなら首取って金にしよう」

 等々、あっという間に話が広がっていく。


 大友・龍造寺連合軍が騒乱の中、撤退し始めているのを易々と見逃すでもない。既に布陣していた日野鉄斎・鎌倉肥後守の部隊と日野龍哉本隊が背後から緩々と、遠距離砲撃を繰り返していた。

 当たる必要はない。撤退をはじめている部隊にとって、背後から響き渡る轟音は冷静さを失わせていく。

 幸い、鉄砲は自領生産で一定数以上の確保ができている。そのため、投擲部隊限定であるが、予備も含めて一人頭五丁という、無駄とまで言われる程の配備数を誇っている。おそらく、現段階では日の本一の鉄砲保有数ではないだろうか。


「ええい! 何が起きておるのだ!」

「お味方の兵が、俵坂に殺到しております!」

伯耆(戸次鑑連)はどうした!」

「まだ戻りませぬ!」

 義鎮の陣でも、大きな混乱が起きている。

 周りの将兵の統率が取れなくなってきているのだ。同様の事は、龍造寺陣でも起きている。

但馬(納富信景)、いかなる状況ぞ」

「四分五裂、これに付きます」

「何を呑気な……」

「ここで焦れば逆効果ですれば」

「小河は?」

「未だ戻らず」

「……殿(しんがり)が体を為しておらぬではないか」

 殿(しんがり)は先に撤収した部隊を安全に逃すが目的、そう言いたかったのであろう。

「おそらく、小河も戸次殿も読み違いを為されたのでしょう。まぁ、我らもですが……」

「読み違い?」

「左様。引きこもっていた日野家は撤退と知ると全軍をもって追撃をかける。その気鋭を挫くべく、戸次様と小河は突撃をかける……しかし、敵兵はおそらく……撤退に気づき、ほとんどの部隊を夜襲の為に出した。日野本陣はもぬけの空か、最低限の部隊しか残っていない……という感じでは」

「……読まれていた?」

「おそらくは」

 辺りはかなり騒然としてきたが、隆信と納富の間には張り詰めた空気が流れていた。

「……どこでこうなった」

「分かりませぬ」

 ある程度の分析くらいならできるが、原因分析となると途端に匙を投げてしまう。納富も多少は内政も行うが、根は武官である。

「分からぬものを考えても仕方はありませぬ。兎に角、ここから逃げ延びねばなりません」

と諭す。

「……しかし、生きて戻ったところで最早反撃はできぬぞ」

 この夜襲だけではない。敵の十倍以上を動員したのに、押し切れず、崩しきれず、撤退。しかも撤退時にはあってはならぬ追撃まで受けている。

「国人衆の多くが離反するであろうなぁ。我らも……左衛門督(大友義鎮)も。」

 隆信の呟きに、応じることができない。

 この時代、忠義の概念はほぼ存在しない。下剋上上等の世の中であり、弱肉強食が当たり前なのだ。油断する者が馬鹿を見る。史実の羽柴秀吉による織田信長の敵討ちは、当時の人々からは奇異の目で迎えられている程だ。そして、国人衆は生き延びるために二股も三股もかけており、どこに所属しているのかを明確にすることはできない。

「此度は……あかんじゃろうなぁ」

 暗闇であるが、その闇の奥にあるものを見極めようと目を眇める。

「何としてでも、挽回していただきたいものですがな」

 龍造寺の重臣であるからこそ、この言葉は切実であった。粛清の中でも生き延びた強かな男。だが、龍造寺本家が滅亡、または降伏ともなると、自分の一族が危うい。大友との同盟を画策するも、うまく行かず……。このまま行くと、粛清対象であろう。


「無理はならん! とにかく鉄砲を撃ちかけまくれ!!」

 日野龍哉の叱咤激励が響き渡る。

 ようやく、戸次・小河勢が日野鉄斎・鎌倉肥後守勢の横腹を襲おうとするが、巧みに交わされてしまう。

「甘い甘い。このまま山間に押し込めて討ちかけろ」

 肥後守がそういうと、一斉射撃を行う。半数の千をもって、地形を駆使して戸次と小河を叩く。

 しかし、流石の猛将、戸次鑑連。僅かに緩やかな斜面を駆け上がり、陣形を整え直す。間断なく突撃を繰り返しながら、大友軍後備えより引きはがそうとする。

 だが、肥後守も嬉野敗戦の汚名返上を図ろうと、巧みに投擲と歩兵の突撃で支える。兵力差五倍近く。されど、地形を巧みに用いて、千を五部隊に編制し直して、挟撃、横合いからの襲撃、焼討などで敵を苦しめる。

小河遠江守も猛将に相応しく、肥後守の隊に対応し、時には突破をできたように思えた場面もあった。

だが、それを許さない者がいた。

日野鉄斎だ。かつての日野家の当主。現当主の龍哉とは不仲との噂もあり、数年前には事実、敵対したこともある。だが、今や有力な部将として主君を支え、北の針生、音無田郷で少弐・松浦家を打ち破っている。

一国の君主としては物足りないと厳しく言われる時もあったが、前線の部将としては一級の彼。大友・龍造寺連合軍に容赦なく銃撃を加えながらも、二百の兵をもって戸次・小河の兵に対して、的確に嫌な位置、後方支援部隊を打ち破る。

「流石は兄者、嫌らしいところに的確に攻撃が入る」

 傍目には一進一退の攻防であるが、純粋兵力比では鉄斎・肥後守隊千二百に対して戸次・小河隊は四千.日野家の圧勝であるとともに、戸次・小河隊の兵の士気はかなり悪化している。先の日野本陣攻防戦での屈辱的撤退、折り返しの鉄斎・肥後守隊への突貫。

 十分な休息もない中、戸次と小河は奮戦ともいえる戦いを見せているが、将兵が持たなかった。

「駄目だ! 逃げろ!」

「逃げろ逃げろ!」

 日野家の煽りとの相乗効果で、あちらこちらからと崩れていく。いかに大友・龍造寺の精鋭揃いとはいえ、多くの兵は雑兵だ。雑兵は崩れていく。

「最早ここまでか……」

「役目は十分に果たしました故、引き際でしょう」

 戸次鑑連が先陣を切り、開けた穴を小河が広げていく。

「後は本軍と合流するしかありますまい。伯耆守殿、ここは某に」

「遠江守殿……」

 僅かな間であったが、共に轡を並べて戦った同士。おそらく永久の別れとなるのは自明の理であった。

「決して、短慮は起こさぬことぞ……」

 小河がそう呟くと、日野隊の方へと向き直る。

 戸次は何も言葉を発することができず、剛勇の士に一礼をすると、離れていく。


 日野本隊は三手に分かれて、徹底した銃撃を浴びせていた。中央に日野龍哉の千二百.右翼に本河内正座衛門光輝千、左翼に西東空海隊千.日野瞳は三百の騎馬をもって、もっぱら攪乱に回っていた。それに加え、横撃を加える日野光秀と鍋島清房の合計千二百。

 総数五万の兵も、夜行強行に加え不意討ち、退路の確保と大混乱である。しかも、経験がほとんどない鉄砲の轟音に、雑兵が我先にと逃げ始めている。

 雑兵にとって、戦とは所詮生き延びるための手段であって、命を懸けて主君を守る、等という思いは欠片もない。生きてこその人生である。あわよく生き延びることができれば、今後は日野家にでも付こうか、等と強かな事すら考えている。

「駄目だ。一部を除いては統制が全く取れない。」

 義鎮は何とか統制を取り戻そうと、太鼓、鐘、ほら貝、伝令とありとあらゆる手段を用いてみるが、大混乱状態となっている今、虚しく響くだけだった。そんな時、一人の男が血塗れになりながら帰ってきた。

「伯耆か!」

「は、不甲斐なく……」

 言葉少なの戸次に、全てを察した義鎮は、強く肩に手を載せる。

「言うな。全ては儂の判断の誤りよ。日野を過小評価し、撤退の時ですら過小評価した儂のな。」

「……小河遠江守も、某の盾となり……」

「あの遠江がか」

 先の戦で奈良三郎東司(とうじ)に奇襲を仕掛け、あと少しで崩壊にまで追い込んだ猛将の死に、粛然とする。

「……何としてでも生き延びねばなるまい」

「御意。……一つ願いの儀がございまする」

「申せ」

 鑑連の何かを決意した目に、義鎮は毅然と向かう。

「某に志願兵を与えてくだされ。嬉野を日野家の墓標へと変えて見せましょうぞ」

「……鑑連……その方の願いの儀、聞いて遣わす。存分にやれい。そして……」

「はっ……」

「必ず生きて戻れ。そなた無しでは儂の九州統一の夢は幻となってしまうでな」

「……御意……御意!」

「たれぞある!」

 大混乱の中、何としてでも編成すべく義鎮自身が各陣営へと向かうのであった。


弘治二(一五五六)年長月三十日


「詳細は不明なれど、敵方死者凡そ七千.前代未聞の死者数かと。」

「黒鍬が悲鳴を挙げているわ。埋葬の人手が足りないって。」

「……領民に日当を渡し、埋葬も復興も短期で行わせるしかあるまい。」

 翌朝、大友・龍造寺の撤退後の俵坂は、阿鼻叫喚と言っても良いほどの地獄絵図であった。嬉野に向かって落ち延びるため、味方を踏みつけた後が残る。

 室町隊が俵坂へ着陣次第、日野本隊は嬉野に向かう。既に先行部隊として鉄斎・肥後守隊と日野光秀隊が向かっている。敗残兵の収容、地固めなどで日野本隊と鍋島清房の隊四千が後始末を行っている。

「お味方の大勝利ですが……何とも血生臭いですなぁ」

 言葉の表現ではなく、辺りに立ち込めた臭いに、気の弱いものなどはもどしてしまう。その惨状に、戦に手慣れた鍋島清房すら眉を顰める。

「今後はどうなさるおつもりで?」

 俵坂から下を見る龍哉に対して、清房が言う。

「ん。清房、そろそろ隠居でも願いたいのだろうが、最後に大仕事をしてもらう」

「いい加減、楽させてもらいたいのですがねぇ。もう四十三才ですよ」

「若いとは言わぬが、隠居というにはまだまだ早いでしょうな。」

「やれやれ。龍造寺に止めを刺すべく、調略せよ、ですか?」

「そうだ。重臣は分家を中心に切り崩し、国人衆は徹底的に日野体制に組み込みたい。兵力は……直属二千を連れて行け。」

 直属二千の言葉に思わず龍哉の顔を見てしまう。

「問題ない。無用な反抗を起こさせぬためだ。それに、もう少しで松浦・少弐領の国人衆は日野家の傘下となる。そうなれば三郎の兵もこちらに集まる。」

「……殿はどこまで行かれるつもりですかな」

「分からん。行けるところまで行って、足りなかったら……できるやつに押し付けるさ」

「殿らしい」

 のんびりと会話をしている最中、伝令が来る。

「戸次鑑連千二百、肥前湯野田城に籠りました」

「しまった! めんどくさいことになるじゃねぇか!」

 嬉野の南西側の街道を押さえられたようなものだ。とはいえ、湯野田で立て直しを図る敵への妨害を行う余裕はない。

「向かい側の宗運寺に先行部隊を布陣。俺たちはその南西にある熊野神社へ入る。」

「まずいの」

「だからこそ清房……任せた」

「任されましょ」


「殿!」

「落ち着け空海、瞳。分かっている。この嬉野で足止めを喰らうわけにはいかない。少なくともこの余勢を駆って、肥前鹿島まで落とさないと、また同じことが起きる。かなりの無茶でもやるしかない。」

 俺の言に、空海が頷く。

「湯野田を何としてでも落とす」


続く

猛将戸次鑑連との死闘の始まり。戸次鑑連を調略したいという思いと、忠臣ゆえ調略はできず死を選ぶのではないかという思いがせめぎ合っています。さて、次回もどのように展開するのやら。

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