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26:搦手

有馬の時以上の嫌らしい後方攪乱です。十一倍の兵力で正面決戦なんてバカですよ、バカ。空海君はマリアナ海溝より深く土下座をしていてください。因みに、大友義鎮の台詞の一部は、某准将の台詞そっくりですが……本当は有能なはずなんですけど、兵力が多すぎて完全に勝てるとしか思わなかったのでしょうかねぇ。家臣が有能で慎重でも、主君が調子に乗ってブイブイ言わせすぎると……という展開です。

 弘知二(一五五六)年長月二十七日


 戦線は膠着している。龍造寺・少弐・松浦連合の時の膠着とは全く異なる。

 気を緩めれば、あっという間に押しつぶされかねない圧倒的な兵力差の中、その均衡状態を維持しているだけ、日野家は健闘と言っても過言ではない。少なくとも、ここで敗れたとしても、愚劣な将とは評されたりはしないだろうが……。

「そんな評価は無意味さ。善戦しようが負けは負け、苦戦しようが勝ちなのだからな」

 俺は本陣でほんの一時の休息を取りながら、調略と輸送体制の確認を行っている。膨大な量の輸送が行われ、煩雑の極みであるのだが、この補給が途絶えれば確実に死ぬ。一切手抜きなどできぬ。足軽小者達ですらここで負ければ裕福な生活が水の泡、となれば必死にならざるを得ない。

 何と俺は「敗戦回避の達人」なんて意味が分からない評を貰っていたりする。おそらく、この一連の長期合戦で、多少の敗北はあるが、全体的には敗戦まで持ち込まないという意味で褒められているのだろうが……。

「いやいやいや、今既に敗戦直前ですから……過大評価もいいところ」

 無論負けるつもりなどは毛頭ないのだが……。


 今からおよそ一月ほど前であろうか。龍造寺隆信と大友義鎮が久々に対面を果たしている。一時は敵味方として別れていたのだが、一応は大友が龍造寺の後詰という形で修好状態になっている。

 密かに耳目を送っていたのだが……。

 陣には大友義鎮と龍造寺隆信が並んで座り、大友義鎮側には戸次鑑連他数名が座している。龍造寺隆信側には小河遠江守と納富但馬守他数名。錚々たる面子が揃っている。

「此度の後詰、まっこと忝い」

「気にされるな。敵は所詮少数であるとは言え、我らが領土も相場などで相当荒らされておる故な」

 表面上は非常に和やかに話し合いが進んでいる。今後の対応についても、おそらく順調に進むと思われたのだが……。

「これからの対応をいかになさいますかな」

 戸次鑑連が話を進める。九州でも名声高い将の発言だ。遮る者はいない。

 同盟を慶誾尼と共に画策し、実現に貢献した納富但馬守が口を開く。

「ここは兵の優位を活かして、力攻めに落とすべきでしょうなぁ。敵の数は大したこともなく、ここを抜けば南肥前平定は日を要せずに済みましょう。」

 彼の発言に、小河が同意する。

 大軍に策なし、とは至言である。ここでこの策を取られると、正直俺は詰みだったのだろうが……。

「……いや、持久策で良かろう」

 龍造寺隆信が自信満々に口を開く。

「我らは敵の十一倍。最早勝ちは見えておる。このまま圧力を掛けることで、敵兵は自然崩れ始めるのではないか?」

 隆信の発言に、大友義鎮も立派な髭を扱きながら、うんうんと頷き口を開く。

「左様左様。我らが威光の前に、日野家如きは潰されるじゃろう。わざわざ戦ってやる必要もあるまいに。の、山城守。」

 二人の主君の言葉に絶句する小河、納富。

(何を言っているんだ、この人たちは……)

とあからさまにこそしないが侮蔑の表情である。

「殿」

 あまりのことに頭が真っ白になりそうになりながら、小河が辛うじて口を開く。

「……いやいやいや、他の口からも敵は迫っておりますれば……」

「はっ? 吉岡に臼杵に吉弘もおるわい。余裕で押さえられる」

 馬鹿な事を言うな、と言わんばかりの義鎮の嘲笑う口調に、小河は思わず睨みつけてしまいそうになる。歴戦の勇将の睨みは、それだけでも相当な威圧感だ。義鎮も咳払いする。

「それと補給ですな。総数五万五千の補給は容易くないと思いますが……」

 納富但馬守の言に、同意と頷く小河遠江守。

「何をそんなに心配しておる。輸送部隊もおるし、輸送拠点も各地に配置しておるわ。」

「そこを敵は狙ってくる、そう考えております」

 小河遠江守が粘る。こんな策を通せば、戦費は莫大になる。ここは短期決戦を挑まなければ、苦境に追いやられるのはこちらだ。そんなことも分からないのか、と思いながら続ける。

「長期戦になれば我らは負けですぞ!」

「控えい! 負けとは何事ぞ!」

「奇襲など受ければどうなされるのか! 全軍で動けば愚の骨頂! 放置すれば各個撃破のよい的ですぞ!」

 隆信と小河の険悪な雰囲気に、勝ち戦気分の義鎮の言葉が、明暗を分けた。

「……奇襲と言っても少数であろう。ならば各補給地点に防衛兵力を派遣。敵の奇襲には臨機応変に柔軟な対応をする。」

 義鎮のこの言葉に小河も納富は肩を落とした。戸次鑑連は空気であったが、一応は吉岡長増との打ち合わせ通りだったので、内心一安心していたのだ。


「というような内容を話をしておりました」

 耳目の報告に、俺は何とか笑いを堪えよう、堪えようと耐えたのだが……空海と瞳が持たなかった。

「何それ。愚君賢臣ってやつか? なんであの立花さんが空気」

「義鎮最高! なに、臨機応変に柔軟な対応、って。ちょ~受けるんですけど。」

「ちょ、お前ら……せっかく我慢していたのに」

 と言いながら、あえなく俺も笑い崩れる。すげぇどこかのヒステリー持ちの准将閣下だ。白目向いて倒れそうだ、俺が。

「ご、ご苦労だった……ぶほっ!!」

 笑いが止まらない。

ねぇねぇ、俺たち帝国軍? 部下の誰かに幼馴染の女性と悲しい別れをしてんのかねぇ。やべぇ……。

一通り笑い倒した後、別の耳目を呼び寄せる。

「徹底して敵の配置を調べ上げよ。細かければ細かい方が良い。特に、各補給拠点の配置人員数……後、補給地点の馬は全部腐った藁を食わせて使い物にならないようにしておけ!」

 さらに別の耳目には、

「近隣の民に格安で兵糧やら酒やらを売ってやれ。敵の兵は既に勝ち戦に緩みきるだろうからなぁ」

「……四年程早い桶狭間ですな。ならば、納富に会ってきましょうかねぇ」

「ほぉ。あの忠臣が下るか?」

「下らなくても構いません。ただ、噂とは怖いものですからなぁ」

 空海はいつものとぼけた表情で、離間策を提案する。そして、奈良三郎が苦戦しつつも崩れなかったのは、納富から情報が流れていたらしい、という噂を流すつもりだろう。事実であろうが嘘であろうが、疑心暗鬼になる可能性がある。

「もう一つ、これは私が既に仕掛けている策だけど……小河も既にこちらの調略の手が及びつつあり。何故、奈良三郎は崩れなかったか。それは小河が手加減したからだ。どうやら肥前鹿島城を任されるらしい……」

 ……いつの間にか、現代人だったはずの瞳と空海が辛辣な策を繰り広げるようになってきている。俺も冷酷に、を言い聞かせながら進めているのだが、流石は謀臣だ。俺の苦労も少しは軽くなるだろう。

「殿……我々とて、どうせならこの世界で生き延びたいのですよ」

 空海が悲愴な顔で呟く。

「そうよ。戻れる当てもないのであれば、この世界で徹底して生き延びてやるわ」

 瞳は力強い視線で言い切る。

「……長かったな、覚悟を決めるのが」

「そりゃ、平成の人間だったからね」

 その一言が、現代人との決別の瞬間であった。


 時は今に戻る。

 繰り返し広げられる調略の手。こちらにも調略の手は広がっているが、崩しようがないのだろう。日野家の結束は何気に強い。

 そして寄り合い所帯の龍造寺・大友連合軍はというと……。

「なんじゃ、またあそこは争いが起きているのか」

 俺は敵のことながら呆れてしまう。

 大友陣営は、どうやら宗教絡み揉めているらしい。元々義鎮の信仰心の厚さから、兵卒の中に相当数の切支丹がいる。だが、龍造寺も含めると、やはり仏教徒が圧倒的に多い。

 長対陣の中、日々の生活習慣や信条の違いから、小競り合いが起きはじめている。日野家の軍律では、そのような小競り合いは日当の減給と厳しく言い渡しているので起きていない。だが、切支丹たちと仏教徒たちの争いは、思っているより深刻そうだ。

 そして、補給地点。こちらは既に三百人近くという、日野家の規模としては異常と言えるほどの耳目を動員して、敵の補給路の確認と、自軍の補給路の防衛に相当の力を注ぎこんでいる。阿部彦左衛門也茂を総大将として、耳目及び補給部隊を一任。

 奇襲については、俺の直属兵千二百を二手に分け、一つを鍋島清房へ、もう一つを日野光秀に任せる。二人ともできる男たちなので助かる。既に数か所で補給地点は焼討に合い、数は少ないが重要拠点の馬は使い物にならなくなってきている。

 絶妙に敵の通信手段、補給路に遅延が生じはじめている。中には誤報、間違いではないが紛らわしく、再度確認が必要なことなどが増え始めてくる。となると留守居にしても現地にしても内政担当官の負担が増えてくるのだ。

 軍事ではこちらが圧倒的に劣勢であろうが、内政の経験値はこちらが圧倒的なんだよ。内政処理量で優位に持ち込んでやる。


 一方の大友・龍造寺連合軍は、既に補給路や内政の維持について限界点が来つつあるのだ。無論、留守居にも本陣にもそれなりに対応できるものが詰めている。が、府内館と三根の距離は直線距離でも約二百五十キロメートル。一方の桜馬場と三根では五十キロメートル。兵力では暴虐に曝されているが、距離では大友の方が暴虐に曝されている。

 さらに言えば、龍造寺は戦続きで兵糧も乏しくなってきており、後詰五万を食わせるとなると借金も繰り返さざるを得ない。だが、その金を貸しているのは日野家傘下の本河内家資本。この辺が巧妙なのだが、さらに嫌らしい手として、この借金の証文を寺社に売り渡しているのだ。商人相手であれば、徳政令など踏み倒しも容赦なく行うが、寺社勢力となると話が違ってくる。

 正に、ありとあらゆる手で大友にも龍造寺にも圧力を掛けまくる。補給地点以外にも大友・龍造寺陣営に加わっている村落も不思議なことに山賊が多発して散々に荒らされている。

「あのような弱国、もうすぐ補給など切れるわい」

 大友義鎮は顔を引きつらせながらも虚勢を張る。所詮は二十万石にも満たない小国。補給体制などあっという間に破綻するに違いない、と見ている。

 これが通常であれば全く正しい。だが、日野家にはその手は通用しなかった。保管量は送料としてみれば二百万石を超えている。これは米だけでなく、麦、粟、稗、黍等々も含めてであるが、とにかく裕福なのだ。


「ふん。補給はまだまだ持つぞ」

 俺は不敵な笑みを浮かべる。

 時折、敵は猛攻をかけてくるが、既に野戦築城でなく広大な城塞として、三根を南北に両断できるほどの規模を誇っている。突破できそうな場所は少なく、そこは集中砲火の場所になっている。雑兵が手柄めあてに突っ込んでくるが、難なく撃退できている。

「しかし……よくよく考えれば、我らは敵地にて城塞を置いておるのだな」

「言われてみればそうでしたな。自領でなく敵地に城塞を置くことができる故、焼討なども大して怖くはございませんなぁ」

 幾分余裕が出てきたのか、空海も涼し気に言う。汗だくなのは清房と光秀くらいであろう。戦功は何で報いるべきか……。

「今日の食事は?」

「玄米にわかめの味噌汁、納豆、焼き魚、煮物の類ですな」

「存分に喰って存分に働いてだな」

 殖産興業のおかげで今や食糧事情に関しては日の本でも数少ない富裕層だ。

「……そろそろ敵は……内部から崩壊するはずだけど……」

 瞳が冷たく呟く。

「酒はたらふく。でも、食糧事情は貧弱。ただでさえ十分に補給路が機能していないのに加えて、塩不足となれば……」

 輸送部隊を討つ上で最重要としたのは、塩を運ぶ部隊だった。塩は当時としてはほぼ唯一に近い調味料にして、保存食作成に欠かせないものだった。そこを徹底して狙い撃ちしたのだ。いかに食糧があっても味付けがないものは食欲をそそることはない。量が出たとしても、それを食べられるだけの塩味がなければ、士気は駄々下がりであろう。日野家の捕虜になった者などは解放すると言っても土下座して、もうしばらく牢にと言い出す始末。


「……さらに噂を流すか」

「……府内で大規模一揆が発生、といったところですかな。」

 空海がしたり顔で言う。

「俺の思考を読めるようになってきたな。だが、それだけだと、敗走するだけだろうなぁ。できる限り敵の士気を壊滅まで追い込みたい……」

「埋伏でも行いますか。十面くらいの」

「ほぉ、それはいいなぁ」

「いや、光秀殿と清房殿の発案でしてな」

 空海が頭を掻く。まぁ、軍事的なセンスには期待してなかったのだが、他者の案を受け入れる度量はあるようだ。

「……戦の流れが変わるかねぇ」

「馬印が動けばね。ただ、動いた直後に流言飛語が広がらないと効果は半減だけど」

 瞳も敵陣を睨みながら言う。

「白地に紺の大友杏葉が動けば……それが機か」

 その時、伝令が来た。

「敵より使者が来ました!」

「今来るのは迷惑だな」

 事も無げに言うが、瞳が意地悪く笑い、

「迎え入れましょう。」

 その表情を見て、俺もふっと笑う。

 頷くと、使者と連れてくる。

 連れてこられたのは、尼だった。

 戦場故、床几を出して進めるが、その尼は侮蔑の表情を浮かべて、

「其方如き小国の者が、平伏しないで迎えるとはどういうつもりですか。」

 俺は内心ほくそ笑みながら、尼を睨みつける。

「なんじゃ、その目は。妾に逆らうのかえ」

「馬鹿か貴様は」

「な?!」

「戦時の使者は一応名代として対等であろう。それは大国であれ小国であれ関係ござらぬ。それが武家の仕来りで御座ろう。それを弁えず、小国がどうのと言い出すから馬鹿と言ったのだ。礼儀知らずの生臭婆め」

「はっ! 和議の使者に対する礼か、それが」

「礼を弁えぬ豚に対しては、これでも十分に礼を尽くしすぎでしょうね。あら、豚にこのような言葉を理解できまして?」

 さらに意地悪く煽る瞳。なるほど、さっきの笑みはこれが目的か。

「折角のお越しでござるが、まともな礼を弁えぬ者と話す寸暇などございませなんだ。とっとと出て行ってください。せめて、しっかりとした人間の言葉を覚えて来て下され。会話ができる知性があるのであれば、豚でも一応相手させていただきます故。それでは、この豚を引き摺り出してくれ」

 俺がそういうと、近習が尼の肩を掴んで引き摺り出そうとする。

 半ば悲鳴を上げながら、その尼は、

「妾は慶誾尼であるぞ! この無礼者、汚らしい手を離せ!」

「おやおや、龍造寺山城守の母親は豚でござったか。肥前の熊でなく肥満の豚とでも名を改めるがよろしいな……叩き出せ!」

 遠慮なく叩き出す。

「これで肥前の熊は頭に血が上り、冷静な判断はできなくなる、と。今山では息子に檄を飛ばして奇襲させたのに、今回は盛大に息子の足を引っ張るわけか。ざまぁみろ」

「……殿、ここまで口が悪かったとは……」

 空海が若干脅えているが、これは……長対陣でうんざりしていた憂さ晴らしをした、とでも思ってくれれば、うん。


 二月余の長対陣の中、ついに、大友本陣で動きが見えた。

「……できる限り、敵を討つべし!」

切り札として、日野家と交渉をしようとした慶誾尼ですが、交渉以前の問題でした。

まぁ、御家第一と称して家臣の継妻となるような人物です。

肥前の熊を挑発するためとはいえ、肥満の豚など若干汚い言葉を使っていますが、これくらいで怒らないでください。

罵り合戦なんて戦では普通ですから。

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