25:他国
龍造寺・大友連合と日野・島津・陶同盟の戦いの序章です。連合と同盟、なんか同盟が負けそうな感じですね。そういえば三國同盟になるのかな……。
弘知二(一五五六)年文月十七日
「迂闊に動かせば死ぬ」
俺の呟きに、瞳と空海が項垂れる。幸い、今ここにいるのは転生者のみだ。
大友家は先年、二階崩れの変にて家中に大きな罅が入ったと思われていた。いや、実際罅は入っていたのだが……、こちらの調略も相当に齟齬を来していたようだ。
「陶家が奮戦、大友と手を結ぶとはねぇ……」
瞳がぼやく。毛利家躍進を防がなければ、確実に西日本方面で詰むと判断の上での、厳島回避策だったが、ここにきて裏目に出ている。
「今更仕方がないから。今はこの状況を少しでも変えないといけないでしょう」
空海が窘めつつ、予想される敵部隊を挙げていく。
「……今山か」
「左様ですな。おそらく実戦部隊として出せる将は、今山の時と変わりますまい」
「兵数は……六万前後か?」
「いや、島津と陶が奮闘してくれるならば、五万前後まで落ちるとは思いますが……」
「島津と陶には私から働きかけをしておくわ」
「頼む。……野戦築城はどうなっておる」
「現在、妙法寺から三根にかけて長大な冊の設置が完了。空堀と川を利用した堀の作成も数日中に完了します。」
「そうか。日当などは?」
「遺漏なく」
「そうか。……大友の切り崩しを行いたい。……南海、北天翔をすぐ呼べ」
「……宗教戦争を起こすつもりですか?」
空海の言葉に肯定する俺。
今や、九州切支丹の希望の地となっているのは大友領なのだ。日野領は一応表向きは実害がなければ布教は問題無し、としている。だが、現状は北天翔地空管理する九州日蓮宗を筆頭に、様々な宗派が日野家からの銭に靡いている状況だ。切支丹や一向宗徒は差別はされていないが、恩恵も受けていないという微妙な状況である。
なので、僅かな信徒たちは日野領から離脱をしている。その行き先が大友家。切支丹かぶれとまで言われた大友はその状況が十年近く続いたのが相当癪に障ったのであろう。これも龍造寺と同盟を結ぶ切欠の一つだろう。
「俺にとっては宗教なんざ、一文の価値もないからなぁ。精々、宗派の覇権争いでガタガタになってもらいましょうや」
俺は顔色一つ変えず、次の案件に行く。
「……今回のキーパーソンは二人だ。一人は吉岡長増。奴はあの毛利元就と互角に謀略戦をできる逸材だ。奴の動きを徹底して陶に釘付けにしておかねばならぬ。」
「……そんな曲者ですか、彼は」
空海は信じられなさそうに言う。
「ああ。瀬戸内海の水軍を内応させ、毛利の北部九州の海岸線沿いの補給線を遮断する作戦を立案したり、死ぬ間際には尼子氏と大内氏の残党を毛利領内で決起させ元就の九州計略を断念させた、と史実にはあるからな。彼が早死にしなければ大友家は衰退しなかったとまで言われる名将だ。」
「うわ、めんどくさ!」
「そう。そういうのを相手に釘付けにしないといけない。……徹底して銭で揺さぶるしかあるまい」
「そこは南海様に動いてもらう、と?」
「左様。いつまでも悠々と過ごされるのもしゃくなのでな」
「で、もう一人のキーパーソンは誰よ」
「ん? 言わずと知れた戸次鑑連、立花道雪だな。あの肥前の熊より遥かに格上の相手だ。」
「……無類の忠義心持ちよね? 調略は無理でしょ?」
「欠片も考えていない。勝算のない戦はやらない主義なんだ」
「それどこの○ンよ」
お、そのネタ通用するのか。
「でもなぁ……日野家、約五千と龍造寺・大友連合軍約五万五千だからなぁ……十一倍の兵力差って完全に詰みだ」
空海が絶望的に呻く。
「いや、諦めたらそこで合戦は終了ですよ。奈良三郎に現在、川棚から佐々、平戸に至る地域の平定を任せています。おそらく、僅か千程度の日野家に惨敗した松浦、少弐からこちらに寝返る国人衆も多いだろうな。その寝返った国人衆を用いて、少弐家に圧力を掛けまくる。龍造寺も増援を送らないわけにはいかないだろう。」
「にしても、分散されるのは龍造寺家よね?」
「いや? 大友だよ」
「へ? 直接の同盟は……」
「直接の同盟は龍造寺家だけだろうが、今の龍造寺から増援を出したら俺たち勝てるぞ?」
俺の言葉に、現在の合戦状況を思い浮かべる。
現在の兵力的にはほぼ互角。
「引き抜けるわけないだろう。引き抜けるとしたら大友軍が到着してからだ。」
「到着したら……完全に負けじゃないの?」
「いや、到着したら膠着する。」
もう瞳と空海の理解の限度を超え始めているのだろう。目を白黒させている。
「総数五万もの大軍が、こんな狭隘な地形で自由に動けるわけないだろう。これが大村まで出てきたら完全に負けだけど、この三根までで相手の足を止めてしまえば、敵陣は伸び切る。」
「そこで夜襲……ね?」
「それしかないだろう。それか、夜襲と見せかけて無駄に敵の兵を揺さぶり疲労を誘う。」
「……堂々と正面決戦したいものですなぁ」
日野家の戦いぶりに、空海が溜息をつく。弱小の日野家が、せせこましいくらいの調略でここまで伸びてきていることへの思いだろう。
「……無駄死にはさせたくないねぇ。」
死地に活路を見出す、というのは俺の趣味とか主張に合わない。
弘知二(一五五六)年文月二十七日
豊後府内館では、家臣団が慌ただしく動いていた。だが、その動きはどこかぎこちないものがある。
稀代の名将と言われる戸次鑑連は、どのぎこちなさも仕方なし、と思っていた。
「ふむ……足軽どもまで動揺しよるわ。」
「仕方ないだろうな、伯耆守(戸次鑑連のこと)」
「これは……左衛門尉様」
振り返ると、筆頭家老の吉岡長増がいた。
「……何故、この時期に左衛門督様(義鎮のこと)は龍造寺なんぞと盟を結ぶのか、小一時間程問い詰めたい気分でしてな」
思わず出る口に、皮肉っぽく応じる。
「欲が出たのさ」
「欲……ですか」
「そうさ。殿は切支丹宣教師共から崇め奉られ、カピタン共(南蛮航海船の船長)からは日の本一の賢人などと称され、有頂天になっておる。そして……天狗になったところを利用されたのさ」
「ふむ……調子に乗りやすいのは我が殿の欠点ですからな」
「それでもお主は徹頭徹尾、守り抜くつもりじゃろ?」
「無論」
「儂もじゃ」
吉岡長増がにかっと笑う。
「ただなぁ……儂の耳目から得たことなんじゃが……日野家は心してかからねばならんぞ」
「……あの弱小の日野家をですか?」
戸次鑑連とて、油断しているわけではない。だが、いくらなんでも最近になって南肥前を統一した日野家が脅威になるとは思えなかったのだ。
「……有馬家は大友家の従属家臣家であった。それなのに儂らは一切手を出せなんだ。それは何故か……二階崩れが原因とはいえ、陶も島津も気が付けば大友の敵となっておったし、島津に至っては日野家と対等同盟まで結んでおる。純粋な戦の力だけで見れば、島津と日野の対等同盟などありえないことだろう。」
「言われてみれば確かにそうですな。……日野家の本来の力は……内治……謀略」
「正解じゃな。としたら、我らが打たねばならぬ手は……龍造寺への後詰は形だけにしても良いとして、我らや龍造寺共に対する調略の手を絶つことが第一。そして、敵の情報操作を封じるか逆手に取るか……」
「できますか? 内治や謀略に優れた、となれば、我々だけでは手が足りませぬが……」
「やるしかないよ。戦力としては当てにできる連中が多いが、謀略となると途端に人手不足になる我が大友しては、忸怩たるものがあるがねぇ」
ある意味大した度胸だろう。大友家はほとんどが脳筋で、謀略に対応できそうなのは俺(吉岡)と戸次鑑連しかいないと言い切ったようなものなのだ。
「まずは……こちらからも南肥前に向けて何らかの交易を行わなければなるまい」
「……南蛮物を用いますか」
「そうだな」
「日野家は何を考えてか、南蛮とほぼ交易はしていないと言いますからな」
「なれば……適当に見繕って、大勢の人で運ばせるしかあるまいな。」
「ということは嬉野から大村という道は戦場故使えないので……」
「海路じゃな。柳川から日之江、高城、桜馬場と作ればよかろう」
「……狙いは西郷清久、でよいかな」
「まぁ、最早裏切りはしないだろうが、揺さぶるだけは揺さぶるしかあるまい」
「とにかく、日野本領を揺さぶれば日野家も弱体化するだろうて」
「あまり本意ではありませんがねぇ……」
「とにかく、日野家への対策は任せた」
「えっ?! 某がですか?」
急な振りに、思わず素で答えてしまう戸次鑑連。
「儂は陶と毛利、北肥前の蠢動を抑えるのに手一杯じゃよ。その辺も何気に日野家の調略が効いているからなぁ。なので伯耆守、任せた」
「……分かりましたよ。何とかしますよ」
半ばやけくそで答え、そしてかなり後まで後悔することとなる。
「ふむ……流石の日野肥前史生殿もこの事態は困っておるだろうなぁ。」
島津貴久が苦笑しながら言う。自分が同じ状況でも、発狂しかねない状況だ。耳目の話によると、どうやら最大で十一倍の差とのこと。
「勝ち馬に乗るなら龍造寺、血縁的、経済的に考えるなら日野なんだが……」
「父上、心にもないことは言わない方が良いかと」
義久が口を挟む。
「龍造寺に乗って勝ったところで、我らが得る物は肥前日野領でしょう。あの日野領は、日野肥前史生が統治してこその繁栄。我らが得ても、鶏肋ではないかと」
義久に被せるように義弘も言上する。
「ついでのことながら、某の妻は肥前史生の妹。某はいわば肥前史生の義弟となりますは。島津家が龍造寺についたとしても、某は日野家に付かなければ、命も保てませぬ」
二人の言い様に、苦笑する貴久。
「なんじゃお主ら、日野家の信奉者ではないか」
「信奉かどうかは分かりませぬが、龍造寺、大友に付く意味が分かりませんのでな。」
義久が冷静に連合加入を切り捨てた。
「儂は嫁に惚れているので、連合加入は不利益しかありませんな」
義弘は惚気全開で連合加入を切り捨てる。
そして貴久は……。
「大友、龍造寺が日野家に当たるのであれば、我らはそれを利用して、日向・南肥後に押し上げるまでのことさ。いいか、我らは我らに利するために動く」
と、この辺は戦国大名らしい理屈を言うが、結果論としては日野家への加担だ。
日野家を助けるにも、大義名分が必要なのだ。なので三者三様の大義を掲げることとなる。
「陣触れじゃ」
「……日野殿と大友がねぇ……」
すっかり覇気を失っている陶晴賢が、報告を聞き呆けた口調で言う。日野家の情報網から、厳島は鬼門であると聞き死を回避した晴賢であったが、正直厳島で死んでいた方がマシだったか、などと埒もないことを思っている。
というのも、現状最悪、以外の言葉が思いつかない。確かに長門・周防・筑前と版図は広く、それなりの勢力は誇っている。しかし、逆臣という汚名が世間に響き渡り、国人衆達も敵対まではいかないが消極的である。もしかしたら面従腹背なのかもしれない。
そして、台頭してきた毛利家への対応も相当に手古摺っている。調略を掛けられ、家臣団も揺らいでいるのだ。秘密同盟を結んでいる日野家の宰相、西東空海からは「短慮は禁物、粛清は愚の骨頂。気長に辛抱強く抑える」ことを厳に言われている。弱小日野風情が、と思わないでもなかったが、厳島の恩義を忘れるほど非情にはなり切れないし、日野家の援助で成り立っているところもある。
正直、今の陶晴賢に、日野家に逆らおうという思いはない。軍事力だけで見ればともかく、経済的には九州はおろか中国・四国でも単独の国では勝てないのだ。まだまだ畿内には及ばないであろうが、既に畿内も商圏として活動している日野家の視野の広さには勝てないだろう。
「まぁ、早死にしたくないからな。日野殿を助けてみるさ」
軽く決めてしまう。元々仕えていた大内家と大友家は集合離散が激しい。
「それでいいんだろう。久龍殿」
「助かりますな」
下座に控えるのは、日野家の松永久龍だ。龍造寺氏との戦が始まる前から逗留し、陶晴賢の政務を助けている。元々器用なので重宝され、人当たりも良いので、家臣団の融和にも一役を買っている。
「日野肥前史生殿は恩義に対して必ず恩でお返しする方ですから。しかも上だけでなく下にもです」
「例の温泉の件か」
「左様。肥前史生様は一兵に至るまで、必ず恩義に報いるお方。有馬から日野へ鞍替えした西郷様に対しても恩賞をはずんでおられます。無論、協力いただいた陶尾張守様に対しても……」
「分かっておる。筑前方面は任せておけ。」
「有難きお言葉」
「その代わり、もう少し助けろ」
「それは無論」
「今出陣しても無理か」
隆信の言葉に小河筑後守が頷く。
「あのまま押し切れれば勝てましたが、我が軍も思ったより損害が多ございます。さらに、敵は内通すると思われていた日野鉄斎が着陣。状況はやや不利です」
「それで大友と同盟……但馬守、そういうことか」
隆信の言葉に、留守居役を務めていたはずの納富但馬守が平伏している。
「御意。割拠していた肥前を統一せしめ、龍造寺家の躍進につながる。一応建前としては大友家臣であった我らが元鞘に戻ることで、大友にも恩を売ることができますれば」
「……小賢しい、と言いたいが……無能少弐も口だけ松浦も日野に吸収されるとなれば仕方あるまい」
隆信の言葉に安堵の雰囲気が流れる。おそらく大友に恩を売れる、大友を利用できる、が効いたのであろう。
「……五万の後詰か」
逆だろう、と小河筑後守が突っ込みを内心入れる。そして退出する二人。
「前代未聞でしょうなぁ」
「日野を叩けるならどうでもいいさ」
小河と納富がぼやき口調で呟く。
「策は……」
小河の呟きに、
「電光石火」
納富のそっけない四文字だった。
「戦陣に潜ませている耳目からの報告か」
頭痛がする。
「電光石火……速度で勝負をかける気か」
空海がその言葉で大友家の意図に気づく。
「一気に日野を抜き、返す刀で陶、島津を片付ける腹だろうねぇ、龍造寺家は」
俺の言い方に、瞳が引っかかったようだ。
「……大友家の思惑と異なる、ということ?」
「その通り。あの吉岡長増が無策で敵を屠るなんて思えないね。そして対日野家謀略に戸次さんを投入。」
「どう見てもごり押しするようにしか見えないんだけど」
「そこが長増君のすごいところさ。あの戸次が乗り込んできたとなれば、即戦、と思わせられるからねぇ。でも、あの御仁は忠義バカではないよ。バカが名将と言われるわけないんだから。」
「としたら調略?」
「俺たちもやったじゃん、相場荒らし」
「ああ、やったわね。としたら……陸路は無理だから海路ね」
「そう。としたら、まともに交易できるのは日之江くらいになるさ」
「読みやすい手だことで……」
「実施されるとめんどくさくなる。だからグダグダにする。」
俺のいたずらっぽい策に、瞳と空海があきれ返る。
「それってまるっきり詐欺よね」
「っていうか、策と思えない」
「でも有効なのさ。肝心の戦略物資が途中で沈没したり、行方不明になってしまうなんてな」
「敵さんは相変わらず統制が取れてないようなので、利用させてもらおう。正々堂々の戦いなんて、そりゃ国力が着いてからの話さ。犬はかみつく、猫はひっかく、それぞれの得意な戦い方があるのだからねぇ」
続く
次から前哨戦が始まります。何気に大友家も人手不足だったりします。主に謀略面で。吉岡長増の対毛利戦略は史実を基にしています。




