24:死闘
ガチの合戦に入っていきます。因みに日野家の武将の能力は、日野家最強としている鎌倉肥後守一馬も、五倍の兵力差で襲い掛かってくる龍造寺隆信には、手も足も出ない位の能力です。
弘治二(一五五六)年文月二日
ほぼ同日に松浦と少弐の壊走報告を聞ける俺は、かなり運がいい方であろう。かなり策を弄したとはいえ、兵力的にはまだ敵の方が優勢なのだから。少弐は野戦築城戦術と鉄砲の併用で迎撃、松浦は情報の伝達速度の差を使って油断を誘う、夜襲で鉄砲連射……世の中、新兵器や奇策では戦略的に逆転なんてできない、と言われるが戦術的には逆転できることもある。
「とはいえ、今度の戦いは奇襲にも新兵器にも頼れないだろうな」
俺はぼやく。来たる龍造寺山城守との戦いに、油断をする暇すら与えてもらえない。
鎌倉肥後守が敗走をはじめた……ということで、当初の予定通りの策で進めようとしていたが、どこかで手順を間違えてしまったのだろうか、逃げるふりでなく壊走寸前になってしまった。
「肥後守が、ここまで崩すとは……計算外だな」
「まぁ、肥前の熊ですからな。冷酷非情と言え、戦上手な御仁でしょう」
空海も困り顔だ。まぁ、一番の心配は戦費の事だろうが。
「……壊走したと見せかけて、また奇策を練っているのでは?」
ふと思いついたのか、困り顔を上げる。しかし、そんな希望的な観測はできない。
「肥後守配下の国人衆もかなり死傷しているらしい」
「……それは……まずいですね。どれだけ無事に生き延びられるか……」
「まぁ、手腕に期待させてもらおう。日野家の最強武将に恥じぬ動きをしてもらいたいものよ」
俺は心を鬼にして言う。俺とて軍勢が湧き出る魔法の壺なんぞ持っているわけもない。とにかく、当初の作戦通りに動きだす。
「まずは、室町左衛門尉を妙法寺へ。奈良三郎は赤城の西、某は……三根郷の彼杵川周辺の高台に布陣かな。」
音無田郷周辺には彼杵後城があるが、残念ながらそこは防衛拠点にするつもりはない。
今回は一歩間違えるとこっちが水没させられてしまう地形だ。ただ、氾濫させた場合、相手の方の兵力が多いため動きが寄り鈍くなってしまう点で、採用されない可能性が高いのだ。それに……あんな土木戦術なんて、日野家でないとできるわけがない。後年、羽柴筑前が備中高松で八千貫文投入して作った水攻め堤など、正気の沙汰ではないのだから。
「……あまりにも脆すぎる……」
龍造寺隆信は馬上で呟く。暗澹たる空模様に、土砂降りではないが続く雨。そして……あまりにも快調な進軍。
「いかに逃げ上手とはいえ、こちらもそれなりに手柄を挙げているこの状況は……恐ろしいな」
慎重に進むよう、伝令を出す。
おそらく、日野家の総数は七千前後。
龍造寺家は五千……しかも、こちらに援軍は無く、日野家には鉄斎率いる援軍が想定される。
「……兵数は不利か」
冷酷非情な熊、と称される隆信であるが、楽観主義でも愚物でもない。一家の主として、北肥前に大きな勢力を誇る家を作り上げた人物だ。
「但し……ここを抜くことができれば……日野如きに後はない」
日之江の西郷の要素はあるにしても、あの男は裏切り者だ。情勢によって動く風見鶏であろう。
ここを抜けば、ほぼ総力戦の日野家はジリ貧だ。そして、隆信が率いる五千五百の兵は、残っている家臣団の中でも数少ない精鋭だ。けして勝算がないわけではない。
「策を考えねばなぁ……」
猪突猛進と思われているが、様々な策を弄し、政敵も恩人も謀殺してきている。とはいえ、日野家の結束は思ったよりも固い。
あの日野鉄斎すら、当主に忠節を誓っている……この戦で思い知らされている。裏切る前提で話を進めるべきではないということを。
弘知二(一五五六)年文月五日
「……怖いな」
俺が思わず、傍らの空海、瞳に言う。
肥前の熊、龍造寺隆信。勇猛果敢にして策も弄する名将だ。
「鍋島が龍造寺の知性、なんて言われていたようだが、知性じゃなくて制御装置なんだよなぁ。」
空海が言う。鍋島の位置づけは謀臣という場合が多いが、献策の多くは謀略というより自重、自制の類が多い。
「自制無き龍造寺の暴風をどういなすか、これにかかってくるわけなんだが……」
駆けに駆け、何とかに三根に布陣は果たしたが、龍造寺の威圧感は軍勢以上に感じる。
「どう捌くかね」
「捌きようがないさ」
俺はどうしたもんかねぇ……と頭を掻く。軍勢の数的には互角からやや優位なのだが、この戦場に鎌倉肥後守はいない。大村城に撤退して立て直しを図っていると伝令があった。無事のようだが、思っている以上に損害があったのだろう。
そうこうしている内に、龍造寺陣より狼煙と太鼓の音が聞こえる……。
「始まったか」
おそらく、これまでにない激闘となるであろう。
開戦より一刻程立ったのであろうか……。想像以上に龍造寺家の苛烈な攻めに手を焼いている。
敵は二手に分かれ、正面に凡そ三千程。龍造寺隆信の本隊であろう。こちら側の左翼側、妙法寺に布陣している室町左衛門尉隊千に対しては五百くらいの兵が揺さぶりをかけてきている。守りに強い左衛門尉だが、この揺さぶりには手を焼いているようだ。
そして……まず展開になっているのが、奈良三郎隊だ。小河筑後守二千が彼杵川から途中山中に潜み、側面部を突いてきたのだ。
奈良叔父は後方支援の達人であり、計数の鬼でもある官吏だ。日野光秀、希美の陰に隠れてしまうが、内政家としても有能で、数少ない文武両道の人だ。ただ、計画通りに進まない場合は、十全の力を発揮しにくいという欠点があるので、状況としてはかなりまずい。
「三郎様、苦戦」
伝令が次々戦況報告に来る。それに対して指示を与えつつ、
「だが、応援には出せない……」
苦しい戦いが続いている。
「室町隊からも兵は引き抜けない……」
千の味方に対して、半分の五百でかき回されているのだ。下手に引き抜けば、崩れる。
本体から五百引き抜き、奈良隊に後詰を差し向けているが、兵数は小河二千と奈良千七百。しかも奇襲を受けて崩れているので完全に劣勢である。
「肥前の熊め……恐ろしい突進力だ……」
龍造寺隆信の隊の猛撃に耐えきる日野本陣だが、十四陣まで敷いているのに六陣までは抜かれている。
「……切り札を投入するか?」
空海が心配して言ってくるが、俺は首を横に振る。
「まだ早い……」
切り札の投入は第九陣が抜かれた時……としている。あと少しで、というところで、あの切り札を投入すれば……と思っている。が、瞳が毅然と言う。
「今投入しないと、多分手遅れよ」
「……ダメか?」
当初の作戦案がまた変わることに、俺は正直困惑する。もちろん、全てが全て作戦通りいくわけない、とは思っているのだが……あまりにも当初と予定が変わりすぎだろ。
「駄目ね。このままだと右翼、三郎の陣が崩壊してしまう」
「……もたないか」
「持たないわね」
……しばしの思案の後、鉄砲頭を呼ぶ。
「即席の冊しかないが、頼む。」
「はっ」
鉄砲頭も秘蔵部隊の精鋭の一人だ。僅かな言葉であるが、動揺することもなく素早く移動する。
「第七陣突破されました」
「三郎様、僅かに後退しつつあり」
戦況は芳しくない。
「……俺も出る」
「殿!」
「兄様!」
「ここが正念場だ。ここで総大将が士気を鼓舞しないでどうする」
檄することなく淡々と伝える。周りはほぉ、と感嘆の声が上がるが……。
(相当状況が悪いということか)
(そうだ。ここで俺がここにいたままだと、崩壊する。俺が出れば、何か策ありと思ってもらえるだろう)
(肝心の冊は?)
(打つ手は切り札しかない。これでどうにもならなかったら、駄目だろうな)
空海、瞳と士気が下がりそうな会話をヒソヒソと交わしつつ、第十一陣から第十四陣を自軍の左翼側へ集中させる。
第八陣が血みどろの戦いを繰り広げている。あちこちで血しぶきが飛び、悲鳴と怒号が響き渡る。一瞬崩れるかと思ったが、俺の姿を見た兵は活気づき、僅かながら均衡状態が保たれる。
(……よし!)
俺が采を上げる……。
「うてぇ!」
全力の俺の叫びと采が下がると同時に、俺の右翼側より鉄砲の轟音が響き渡る。そして、左翼側からは弓と礫が大量に飛び交う。
「ひるむな! 突っ込め!」
敵の怒号、おそらくは……龍造寺隆信!
鉄砲で撃たれた側が大きく後退はしているが、弓や礫の方はそこまで崩れていない。鉄砲側は得たいがしれないものということで動揺が激しいのであろうか。
「押し返せ!」
左翼に集中させていた部隊を突っ込ませる……。
外れた矢が俺の脇を飛んでいく。
(こぇぇ)
震えながらも、右翼に更なる射撃を命じる。
更なる轟音に、左翼に突っ込もうとしていた龍造寺軍が大きく揺らぐ。
(もう一斉射行けるか……)
待とうかとも思ったが、それは無理だった。一人の巨漢が、馬を駆って一騎駆けしてきたのだ。
持っている獲物は……刀!
普通だったら槍が便利なのであろうが、おそらく使い物にならなくなったのであろう。
慌てて槍を振るおうとするが、敵のあまりの勢いに、采で防がざるを得ない。が、体格差から俺はあっけなく弾き飛ばされる。
「がっ!」
一応俺も戦国の将、背中から叩きつけられるという醜態は晒さずに済んだが、着地の衝撃が一瞬息が詰まる。
苦悶で倒れそうになるが、そんな場合ではない。さらにもう一撃、来る。剛腕から繰り出される一撃を、采で何とか流すが、流しきることができず、腕に浅手を負う。
「……龍造寺山城守か」
「いかにも……小僧もしや……」
俺は苦しい中、采をもう一度振り下ろす。
響き渡る轟音。
「俺は……日野肥前史生……いや、肥前守だ!」
そういうと、転がり、龍造寺隆信の馬の足を采で思いっきり叩く。隆信の馬は嘶き、あらぬ方向へ走っていく。
「ふん、小僧! 命拾いしたな!」
捨て台詞とも思えないセリフを残し、撤収していく。
次々と側近たちが集まり、俺は本陣まで運ばれる。その間にも、伝令が飛び交い、龍造寺本隊と別働隊の撤収の報が入った。
すかさず奈良三郎への追加後詰を出そうとするが、小河も音無田郷にて再布陣の報が入る。
弘知二(一五五六)年文月十七日
未だ三根にて睨み合いが続いている。あの死闘以降、龍造寺家の猛攻は形を潜めている。
弱体化させて尚、この状況。もし鍋島が龍造寺に健在で、五人いる四天王も処断されていなかったら……。そして切り札の鉄砲がなかったら……間違いなく俺はここで死んでいた。
完全に翻弄されていたのだから。悔しいが、現段階での俺の限界点なのだろう。そして、ふと気が付いた。
弱体化した龍造寺でこの強さ。その龍造寺を手玉に取った大友、九州王になる寸前だった島津……正直怖かった。
だが……俺は引く気はない。
絶対生き延びてやる。さらに欲を言えば、どうせ生き延びるのであるなら、戦国の覇者として君臨してやる。
「……鉄斎隊は?」
空海に問う。あの戦い以降、俺の護衛の数は倍に増えている。そして、
「はっ! まもなく、番神山に布陣されるとのことです」
俺の雰囲気が変わったのか、それとも気のせいなのかは分からないが、空海や瞳の俺に接する態度が変わった。
「そうか。ならば……三郎隊と合流の上、例の野戦築城を急げ、と伝令」
「ははっ」
膠着して凡そ二週間。既に本陣は彼杵川から引き込んだ水堀と土嚢で簡単ながら陣営が出来ている。これで妙法寺と三郎陣も野戦築城ができれば……状況がまた変わる。
「……で、伝令」
瞳の顔が引きつっている。そんな表情でも美少女なところは得だな、等と益体もないことを思ったのだが、伝令の内容は愕然とする内容であった。そう、今までの調略が全て台無しになるほどの……。
書状を開き、俺は思わず天を仰いでしまった。その書状に書かれている文字数は少ないが、絶望感を湧きあがらせること、無限の泉の如くと言っていいだろう。
「……龍造寺、大友と……同盟」
僅か八文字の文であったが、俺は眩暈に襲われる。
……現段階では九州の最大勢力が敵に回ったということだ……。
「……島津薩摩守護職殿に……援軍を」
俺としてはそうとしか言えなかった。
「……はっ」
空海が静かに去る。
「……納富が手を打ったということね」
瞳の言葉に、打ちひしがれる。
年内には肥前統一まで進めたいものです。




