表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/43

21:飛鳥

なんだかなぁ、な話。とはいえ、紗耶香嬢、結婚おめでとうございます。お相手がまさか……とは。

それにしても、相変わらず噂……じゃなかった扇動が好きな二人です。因みに龍造寺氏の件は、実話をもとにして書いています。年代が早まったりしていますが、やっていることは史実でも結構過激な熊さんです。

あ、地図は20話の地図を参考にしてください。

弘治元(一五五五)年師走十七日


 龍造寺がひどいことになっている。

 それもそのはず。史実だと鍋島清房が肥前奪還に絶大な協力を行っているのだ。しかも、立場的には龍造寺隆信の岳父という立場。

 だが、俺は史実を大きく代えた。少弐家もそこそこの権勢を誇り、龍造寺氏は追われて蒲池に頼ることもなく済んでいる。これだけなら、龍造寺家はひどいことにはならなかったのだが……無茶をした。

 しかもその無茶の原因が日野家にあるのだから、笑ってしまう。言うまでもなく日野家は全てが直轄領で、代官が内政にかかわることを、城代が軍事に関することを握っている。つまり収入は全て俺のところで管理される。その銭の威力や、有馬を倒せるほどだ。

 協調姿勢を見せる国人衆に対しては惜しみなく技術供与を行うが、逆らう者は全て徹底して潰している。今や、南肥前で日野家に逆らおうという国人衆は皆無だ。有馬や伊佐早、大村の分家筋が時折反乱、一揆を企てるが、日野家の恩恵を授かっている農民は一切関わりたがらない。反乱や一揆は不満があるから起こすもの。農民にとっては十分楽しく生きていける状況になっているので、参加しない。それどころか、誘いに来た者を捕らえて、桜馬場まで送ってくる状況だ。

 龍造寺はその状況を羨ましく思ったのだろう。日野家の一部分だけを真似したのだ。そう、逆らう者は皆殺し。

 当初は、それでも龍造寺の方針に従う者も多かったが、多少、気が利く者は気づいたに違いない。少しでも龍造寺隆信の意に沿わなければ殺されると。

 元々、残虐な資質を持っていると言われていたが、鍋島という制御が無い今、誰が彼を掣肘できるのであろうか。

 四天王と称される、成松遠江守、百武志摩守、木下四郎兵衛尉、江里口藤七兵衛尉、円城寺美濃守の五名も、軍令違反、謀反の疑い、横領等の罪を問われ一族ごと処罰された。蒲池、田尻も同様の疑いで処罰されそうになり、相当額の罰金を支払ったと言われている。

 そして、御家騒動で弱体化している大友家に対しての圧力を掛けるために、恩人たる蒲池氏を罠にかけ、殺害している。

 これで領土的には最盛期を迎え、龍造寺本家の権威も上がったのだが、家臣団や国人衆は溜まったものではない。少弐や自立に走る者も出始めた。流石に弱体化し始めた大友に付こうという者はほとんどなかった。

 状況的には沖田畷の戦いに近いものがあるのだが、三十年程も前倒しに近い状況になってきているのは、大友の御家騒動が想像以上に長引いていること、陶家が毛利と泥沼の争いをしているので、九州に関わっている場合でないこと、島津が肥後、日向への北進を緩やかにしていることが原因と挙げられる。


「どう考えても、この連合……すぐバラバラになるよな」

 俺が謀臣の空海に話しかける。

「まぁ、そうですな。目先の利益ばかりを追い求めた龍造寺、先の見えない松浦党、権威によりかかるだけの少弐……二万の軍勢でも、有馬程怖いとは思えませぬ」

「そうなんだよなぁ。特に龍造寺、何を考えている。有力武将がほぼ粛清って、運命の女神が俺に微笑みかけているとしか思えないのだが……」

「もしかして、罠」

「……仕掛けられる奴がいるか……いや、油断は禁物だな。阿部に耳目を動かすように伝えよ」

「はい」

 言われた空海はすかさず小姓を使い、指示をとっとと出す。多少粗忽者であるが、動きが早いのはいいことだ。

「それにしても、うちがどれだけ手を尽くした上での国人衆掌握か、わかってないなぁ」

「そうですな。殖産興業に富国強兵、文明開化まで言い切ってもいいくらいの大革命を起こして、領民の意識改革まで行っていますからな」

 そう。平坦な道のりじゃなかった。時には石を投げられ、土下座し、機嫌を取り結ぶために裸踊りもし、侮蔑され、水を掛けられ……やべ、思い出したら涙が。

「そうでしたなぁ。私もそうでしたよ」

「瞳にはあれはさせられんからなぁ」

 未来を知る男衆がどれだけ恥を耐え忍んだか……。

「……とりあえず、川棚と蔵本、伊の浦で対峙させておこう。それより……、紗耶香と星鳴の嫁ぎ先をどうする?」

 そう、日野家がより安定して邁進できるようにするには策が必要だ。婚姻は最もたる策である。従来、婚姻は強力な同盟以上のものでなく、離縁などで嫁ぎ先から戻されるということも普通に行われていた。

 だが、可愛い妹たちをそんな目に合わせるつもりは毛頭ない。俺はそう決めていた。万が一そのようなことになった場合は……日野家の全兵力を使ってでも潰す。

「……恐ろしい気迫が出ていますが、年齢的にそんなにかけ離れてないという点と、既に交易がある点、次期当主との繋がりもあるという点から、紗耶香様は島津……義弘様が良いかと思いますな」

 おそらく、俺も空海も同じ場面をタブレットで見ているに違いない。

「義弘か……一応初陣も済ませているようだな。……しかし……日野の弓腰姫に鬼島津か……最強の息子とか生まれるんじゃないかねぇ」

「でも、家柄的にもつり合いは取れましたよ。それに紗耶香様はやられたらやり返す、倍返しだ、を本気で実行しますよ」

「……島津大騒動にならんことを祈ろう。この婚礼については……取次の瞳に任せよう。」

「はっ」

「後は星鳴だが……」

「まだ接したりしませぬが、土佐の豪族、長宗我部元親が十六歳のお年頃ですよ」

「その顔でお年頃とか言うな、噴き出してしまうわ」

「失礼な。でも、後の四国の覇者になるはずですからねぇ」

「大分歴史改変してしまっているけどな」

 そう。既に有馬が滅び、鍋島と明智が日野家の血縁となっている。さらに言えば少弐家は健在だし、陶晴賢も健在だ。健在じゃないのは龍造寺家の面々くらいのものだ。

「で、誰を行かせる……といっても、虚名の高い地空和尚しかいないだろうな」

 下手な人材を遠く離れた四国に行かせても無視される可能性が高い。だが、高僧『今空海』地空の名は西日本では有名だ。その虚名を使うしかない。後は……。

「公家にも仲介してもらうか。公卿の日野家は……後継者騒動中じゃないか! どいつもこいつも戦ってばかり!」

「怒んないでください。こっちの都合で争ったりやめたりするわけじゃないんですから。宙興殿との繋がりから、土御門有脩つちみかどありながに繋ぎを取りますよ。」

「あれ、有脩ありなが卿は丹後に隠居してなかったか?」

「表向きは隠居してますけど、勘解由小路家かでのこうじけを、養子を利用して乗っ取るくらいの謀略家です。彼を味方につけておくと、後々有利でしょうなぁ」

「そうか……そうしよう。」


弘治二(一五五六)年如月六日


 状況は進展しない。いや、裏では着々と工作が進んでいる。龍造寺家臣団の分裂は好機であったが、同時に松浦党への調略、少弐家への密かな龍造寺討伐支援など、細かく、小刻みに攻め続けている。

 最近は松浦党の牙城、平戸城もしばしば一揆が発生をしているらしい。

 苛立っているだろうなぁ。鉄斎が裏切るように見せかけて全く裏切らないんだから。

 裏切る素振りを見せようとしたら、対岸で待機している鎌倉部隊から伝令船が多く移動している。伝令の内容なんて「飯食っているか」程度なのだが、それで鉄斎は動きを止めてしまう。中々の演技派で、細かい動きだ。

 大瀬戸琴海辺りでは暴動が起き、一揆が頻発し始めているらしい、という噂も飛び交っている。が、所詮は噂だ。実際に起こそうとした者たちは、仲間を装った者が密告に及び、ほとんどが未発に終わっている。俺と瞳、空海の内政政策が成功している証だ。

 そうそう、朗報だ。島津は婚姻を快諾した。まぁ、条件として南肥後の相良攻めの手伝いを頼まれたが、そこは西郷清久が上手くやってくれるだろう。日之江城から本拠をやや北寄りの島原に移し、日野家の政策を滞りなく実施している。おそらく来年の春には盛大に執り行われる。

 もう一つ、中々進展しないのが長曾我部家だ。難航と言っても良い。理由は簡単だ。距離の問題なのだ。せめて日野家が豊前まで勢力圏を伸ばしていれば……と渋っている。土御門殿も相当に尽力してくれているらしいが、物理的な距離の問題は大きい。う~ん、残念。

 そうそう、相変わらず龍造寺家は強圧政治を展開中。龍造寺、国人衆離反しているってさ、なんて小説っぽい題名だけど、多分『なぜこうなった?!』とパニクっているだろうなぁ。答えは簡単さ。「坊やだからさ」とでも答えてやりたいが、本当の答えは「土づくりも日頃の世話もしないのに、美味しい果実だけ求めるのは図々しいから」だな。繰り返し言うが、ホントに苦労したんだぞ。土の味とか砂の味とか埃の味とか血の味とか……やばい、また泣けてきそうだ。


「殿」

 苗字を改めた日野光秀が登城する。

「おお、義兄殿。久方ぶりですな」

「殿、それやめません?」

「ああ、ついついね」

 つい先日、希美姉が懐妊したという話があり、真面目そうだけどやることはやっているのだな、と感心した(ゲス顔で)。

「で、どしたの?」

「は、ついに……流下式塩田が完成しました」

 光秀の言葉に、俺は思わず立ち上がり、光秀の肩を掴む。

「本当か?」

「は、はい……」

 途中経過は聞いていた。足踏み式の水揚げ機を使う方向であったが、コスト面で廃案になったと聞いていたが……。

「竜骨車を基にして、牛の力で動かせないか、水の力を使えないか、試行錯誤しました。回転方向を変えるところで時間がかかってしまいましたが……現在西彼杵長与郷で試作運転中です。」

 おそらく成功するだろう、という上気した表情で報告する光秀。そうだよなぁ。夜も寝ないで開発に勤しんでいたのではないだろうか……。

「光秀、大儀。ひとまずの褒美として、麦焼酎……いや、酒は苦手だっけ。菓子を下賜する」

 殿の発言に私は思わずこけそうになったが、何とか立て直す。それにしても……私が下戸だとかよく覚えている殿だ。そういうところも家中が殿を慕う理由なんだろう。

「有難き幸せ」


 これで革新的に塩の生産が増える。近々視察に行くにしても、日の本の製塩量は大きく変わるだろう。市場に出すのは量を調節しないと暴騰、暴落が起きると思うが……これで九州の中央部とか揺さぶれるんじゃないかしら? とふと思う。

 いや、これって海のある国ですら相場戦仕掛けられるんじゃね?


 島津との婚姻に加え、流下式塩田による塩の開発は、さらに日野家の発展へとつながることになる。


「殿、悲報です」

「なんだ、その2chのスレみたいな言い方は」

「どうやら、連合の背後で慶誾尼けいぎんに(隆信の母親)が暗躍しているようです」

 ああ、そういうことか。妙に納得してしまった。そういえばあの婆、龍造寺家の安定のために鍋島清房に対して押しかけ女房となり、鍋島直茂を隆信の義兄弟に仕立て上げたんだったな。なるほど、あの女傑なら、やらかしかねないな……俺たちと同じように土とか砂の味を味わっているのかねぇ。

「どう手を打つ」

「この時代ですからねぇ。女が謀略に携わっている、という噂だけでも相当ガタガタになると思いますがねぇ。」

「それだけじゃなぁ……慶誾尼は少弐の当主、少弐冬尚しょうにふゆなおを誑かそうとしている。行く行くは少弐の実権を龍造寺氏が握るに違いない、くらいはしておきたいなぁ」

「……ふむ、それは面白いですな。もう一つ、松浦家に嫁いでいる鎮姫は、実は松浦を内訌で混乱させるために送られた、なんてどうですかね」

「その策を読んでいて、松浦から派遣されている兵は、隙あらば少弐の家臣団を襲撃するかもしれない、用心されたしとか?」

 戯言のように聞こえる内容だが、これも送る場所と機会によっては大きな揺らぎを生じさせる。

 大きく見渡せ、高くから見渡せ。俺は自分にそう言い聞かせる。この戦国の世を、乱世の雄として生き延びなければならない。そのためには地上の亀ではいけない。高く、より高く全てを見渡せる目を持たねばならぬ。俺は飛鳥となり、必ず日野家を天下随一の大名にする。


 当初は、もっと簡単に内政が進み、外交も思い通りに行き、戦も勝てるものと思っていた。所詮はゲームの戦だったのだ。

 ところがすべてが思うように行かずに泣きそうな目に何度もあっている。嫌な目、つらい目に会いながらも、富国強兵を行い、有馬を撃退した。龍造寺? 大友? ……なんでも来やがれ。


 弘治二(一五五六)年皐月十三日


 ……執務室で仕事をしていると、足音が聞こえる。いつもと調子の違う、空海の足音……。

(来たか!!)

「殿!」

「龍造寺の陣触れか!」

「はっ! 龍造寺軍凡そ五千五百、少弐軍三千二百、松浦・波多党凡そ二千、総兵力凡そ一万」

 当初の兵力見積もりからすると半分! これは……。

「内部をガタガタにできたか」

「左様。国境の警備よりも村中への兵の配置が多い模様です」

 本拠にある程度以上兵を置かないといけない状況で兵を出してくるとは……調子に乗ったか、高を括ったか……どちらにしても俺たちとしては有難い。

「鎌倉隊に伝令、嬉野で時間稼ぎを行え。四日でいい」

「はっ」

「川棚でも同様、四日だけ時間稼げ」

「ははっ」

 次々と伝令が出ていく。そして、総仕上げの一手となる伝令を出発させる。

「鉄斎隊、全軍を持って、伊の浦から川棚へ渡り……松浦・波多党を完全に殲滅せよ」

ようやく日野対龍造寺・少弐・松浦・波多連合軍の戦いになります。

今回は水没作戦ではありません。むしろ源平合戦の屋島辺りのような気もします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ