18:降伏
……なんか、有馬家の扱いがひどいです。別に恨みはありませんが、最初の討伐目標だった有馬家、強大な勢力を誇っていたはずの有馬家の凋落……演出できたのでしょうか?
天文二三(一五五四)年師走一日
「伝令!」
「ん? 何か緊急の報告があったか?」
敵が追撃無しと思って撤退したところの背後を狙って行軍を行っているところに、早馬が来た。
「おお、本河内の旦那じゃないか。久しぶりだな」
使者に来たのは日野家政商、本河内だ。
「おひさしゅう。また一段と男を上げましたな。」
「よせやい、男に褒められても嬉しかぁないわ」
冗談口を叩く。
今回の有馬領相場作戦では、かなり力を借りている。無論、儲けさせてやっているので貸し借りなどは一切無いが。
「おや、てっきり男が趣味かと思っておりましたが?」
「お前なぁ」
……あの噂か。俺と由との間に子どもが生まれなかった件だ。言い訳させてもらうなら、けして子どもができなかった訳ではない。ただ……前世でしたことの無い新婚生活をできる限り長く楽しみたかったのだ。そうさ、どうせ引きこもりニートさ。
ただ……由にはつらい思いをさせている。ものすごく褒め、ものすごく頭を下げ、逆に由を困惑させるほどだったのだが……。
「で、何の用だ?」
「……殿」
そう言うと、跪く。
「……姫君、ご生誕!」
「……へっ?」
……い、今なんて……。
何かよく聞こえなかったなぁ……。
俺の横で空海が叫ぶ。
「喜べ! 殿に姫が生まれたぞ!」
一瞬の間の後、千五百の兵の間に地響きもかくやと言わんばかりのどよめきがおこる。
大方、俺が不能、とか由は石女とか、そう思っていたのに……という驚きだろうか……。
空海がそのような空気を吹き飛ばすように、さらに一声絶叫した。
「勝鬨を挙げぃ!!!!!」
日数にして一日程度の距離だろうか。
整然と撤退している有馬勢にも、背後から勝鬨の声が聞こえる。
(むっ、どこかの国人衆がまた陥落したか)
晴純は、見た目こそ偉丈夫の体を保ちながらも、内心は疲れ果てていた。長い防衛戦に、相場の乱高下を操られ領内は短期間でボロボロだ。
「……行軍速度を上げよ。」
一刻も早く日之江に入り体制を整える。これが第一だ。
だが、着いてきている農民兵の中からは、不信の声も上がりつつある。ほぼ同兵力で対峙しながら、戦をしないで引き上げる臆病者、と。第三者から見ると、この撤退もそんなに悪くはない。本拠が揺らいだままで戦えるわけもない。
不信の理由は、農繁期に農民を戻さなかったことが大きい。これで恩賞が即時に出ていれば、まだ不信の芽は芽のままで枯れていたのだろうが……。
「……空海」
「すいません」
これぞ土下座、と言わんばかりの平伏。
「殿の息女生誕に思わず興奮してしまいました。」
「……まぁ、いいけどな」
……実感が湧かない。確かに、密かに懐妊したとは聞いていたのだが、以後は中々顔を合わせる暇がなかったのだ。
勘違いするなよ? 仲違いなどしていないからな? 逢った時はそれはそれで……いやいや、落ち着け俺。
「早く戦を終わらせなければなりませんな」
「そうだな」
……俺は判断を迫られる。当初の予定に従うなら、ゆるゆると進軍しつつ、国人衆を従わせ、じわじわと有馬を包囲し城下の盟を誓わせることとしていた。
だが……早く由に会いたい、娘に会いたい、という欲が出てきてしまった。まずい、これまでの戦略が崩れかねない。といって、今更主将を変更するわけにはいかない。日野家の当主が有馬家の当主を屈服させる……これは日野家の悲願の一つだ。如水にも且元にもできなかった偉業だ。それは達成したい。
「殿、かつて信長公は、姉川の戦いの後に浅井を包囲した際、朝倉の撤退の機を掴んで追撃殲滅を行ったという話がございます」
……それは知っている。確か追撃を開始して僅か一週間で朝倉家が滅びた、というやつだ。
「隈の城を取り、おそらく農民兵の不信が燻っている中……追撃殲滅を仕掛ければ、勝算はあるでしょうなぁ」
……珍しく戦術的にも間違ってないことを言いだす空海。
「……室町高次に伝令」
「はっ」
俺は、自分の欲を優先することにした。空海も俺の迷いに気づいたからこその、発言だったのかもしれない。
この頃、鳥屋城には数人男たちが訪れていた。いずれも癖のありそうな顔つきだ。
「飛鳥様! よくぞ御無事で」
番兵たちが驚愕しながらも迎え入れる。
「いやいや、ご無沙汰ご無沙汰。おう、五平ではないか。どうだ、蓄えは足りとるかの? 安兵衛! お主の鹿鍋も楽しみにしとるぞ……」
そう言いながら遠慮なく客間へ入っていく。
「……お主、我が物のように入るな」
「ああ、何といってもほぼ年の変わらない甥っ子だからな。兄弟同然よ」
「それにしても……なぜ松永から退転する決意をした。」
「あ? ああ、飽きた。」
「それだけか!」
「そうじゃわ。それにしても……お主が来てくれるとは思わなんだ」
いかにも怪しい風体の飛鳥西斗と比べ、物静かな面持ちの男が、律儀に正座で向かい合う。
「某は……生きる目的を見失っていました故……」
「細君のことか……」
「某の甲斐性が足りないばかりに……」
「それは言うでない。儂も本当ならもう少し弾正忠と歩みたかったんじゃが、奴の周りが気に食わなかったのさ。」
「飛鳥殿……」
「逆にお主を気に入った。九州のこんな辺境の地であるが、儂を、そして当主になって四苦八苦している龍哉を助けてくれるという稀有な御仁に報いたいと思っている。まぁ、今は無役だがね」
大したことないと言わんばかりに言い放つ。
「一介の浪人たる某如きに……有難し、有難し……」
もう少し出会うのが早ければ、妻を病で失うことはなかったのに……悔やんでも仕方あるまい。
「殿の戦が終わり次第、紹介する……可愛い甥っ子なんでな……頼むぞ、十兵衛」
天文二三(一五五四)年師走十日
騎馬で全力疾走すれば既に日之江についているころであろうが、兵を率いての全速行軍は落伍者が増えるばかりだ。
そして……。
「最早これまで……」
有馬晴純が降伏を決意した。小さな山の麓にまで追い詰められ、撤退もままならなくなったのだ。農民兵は室町高次率いる百の騎馬隊の派手な突撃もどきでとっくの昔に逃げ去っている。
「……義貞……済まん」
敢えて、虜囚の身となるが、仕方がない。既に直属兵力も百を割っている。
「ここまでの負け戦とは……」
「お初にお目にかかりますな。日野肥前史生龍哉である」
最初こそ気軽な口調であるが、これからはもう違う。
「面を上げられい」
空海が代わって話はじめる」
「晴純殿、我が殿は全面降伏を望んでおられる」
晴純の視線はまだ強い。だが、空海は俺と打ち合わせ済みの事を淡々と進めていく。
「降伏しない場合は、さらに軍需物資の調整で、日之江周辺が焼け野原になるまで徹底して扇動します。いかがなさいますか?」
「俺は別に、焼け野原になっても構わないぞ?」
事も無げに俺は呟く。
「ああ言いながらも、殿は温情措置をかんがえております。このまま降伏すれば私財持ち出しを認めた追放処分、と考えてましてな」
「降伏が嫌なら一族郎党、全員斬首だな」
「殿」
「ああ、すまんな」
晴純に対する交渉は、俺がとてつもなく冷酷に、空海が淡々と進めながらも密かに温情があるように、と役割分担をしている。今後追放されれば、彼らの監視役、取次は空海が担うのだから、良い印象を植えつけられるようにの遠謀だ。
「不本意の事も多々ありと存じますが、これ以上の戦は、双方にとって無益でしょう。そして、後詰として待機させていた兵力も、一揆対応で相当痛手と疲労を抱え込んでいるはずですな……それでも、まだ日野家と敵対しますか?」
宥めるような口調だったが、最後だけはきっぱり言い切る。
「……西東殿、捲土重来という言葉ご存知か?」
「唐国の言葉ですな。されど、成し遂げた者、数少なし、というのもありますからな」
念を押すように言う。
「……わかり申した。有馬家は日野家に降伏……一族郎党、追放の温情に……感謝いたす」
晴純は負けたのだ。戦だけではない。政治的にも経済的にも……策略的にも負けた。それ以上に、兵力のほとんどが農民兵で逃散してしまった。おそらく後詰も同様に逃散するであろう。
天文二三(一五五四)年師走十五日
肥前鳥屋城
「由! 由!」
俺は慣れない馬で全力疾走して戻ってきた。日之江城に向けては空海と室町隊、そして奈良隊と合わせて凡そ二千。全権を空海に任せているが、既に日之江の統治方針も事前に打ち合わせ済みだ。
「殿! うるさいです!」
今や二十歳を超え、世間様の目から見れば年増のはずだが……相変わらず可愛い。だが、それ以上に……。
「はぁ……可愛いのぉ」
思った以上にお爺ちゃん口調になってしまうが、恐る恐る抱き上げてみる。あやしていると、由が非常に申し訳なさそうに言う。
「殿、申し訳ありません。男でなくて……」
……そうだった。この時代女は政略結婚の道具扱い、男尊女卑が現代より遥かに強い時代なのだ。だが、
「何を言うておる。可愛いものよ。儂の最初の子じゃ。可愛い可愛い。」
嘘偽りの無い満面の笑み。前世では娘はおろか結婚相手すらいなかった俺からすると、自分の子を持てるなんて……。
「殿……」
娘をあやしながら涙が止まらなくなる俺。嬉しい……本当に嬉しい。
「由……頑張ったな。」
「はい……はい!!」
肩身の狭い思いをしていた(と思われていた)由も涙が止まらない。これで名実ともに夫婦となれたのだ。ついでに嫁と娘の可愛さに降伏ものだ。
鳥屋城別室
飛鳥西斗叔父が戻ってきた。これは喜ばしい。八つ年上の叔父なので、叔父たちの中では比較的気安く話せる存在だ。
叔父が松永弾正忠(久秀)に仕えていたのは聞いてはいたが、思いの他真面目な御仁という話は驚きだった。胡散臭さといい怪しさといい、想像上の久秀と謀議している姿が妙に嵌り、吹き出してしまう。
それにしても……。
「某、明智十兵衛光秀と申します」
「……日野肥前史生……」
「日野様、何故そのような肥前史生を……」
ほぉ、流石あの明智光秀。
「十兵衛、俺は官位などどうでもいいのだ。それより、何故この九州の果てに仕官してくださった」
実は明智光秀は俺より二才上。実に話しやすい相手なのだ。
「飛鳥様の誘いがあり……柵もありませぬ故」
……おかしいなぁ、愛妻家という面でも逸話が残るほどの人物なのだが……。またこの世界では歴史が改変されているのかいな……。
「十兵衛、しばらくは日野希美、日野領筆頭代官の下で研鑽を積んでくれ」
そう言うと、後の細かい待遇は城の文官に任せる。
明智は戦上手であるが、それ以上に優れた内政家であると聞いている。細かく真面目な光秀の気質的に合うのだろう。人手が足りないとぼやく姉につければ姉も喜ぶに違いない。
「で、西斗叔父上」
「なんだ」
「叔父上はどうなさいます?」
「なんだよそりゃ」
「俺の傍で謀臣を務めるか、って話だわなぁ」
顎を撫でさすり、どうしようかねぇ、と呟く。
「国人衆に婿として出されながらも、勝手に出奔して他国に仕えた人間だからなぁ……俺はよぉ」
「そうか。俺としては、世間をより知っている西斗叔父に助けてもらえると、非常に助かるんだがねぇ」
「……名を変えて仕えるかね。」
「……それもいいだろうなぁ。いっそ九州の弾正になるか。松永久……西?」
「お前……お主の名にあやかって松永久龍とでも名乗っておくさ」
「それはいい」
こうして有馬家はあっさりと滅びた。そして、日野家の名は九州全土に広まることとなる。
日野家家臣団
隠居:日野如水
日野鉄斎(且元)
陣代 :松永久龍(飛鳥西斗)
外交担当:西東空海
北天翔地空
内政担当:日野希美
明智光秀
南海宙興
謀略担当:日野瞳(月照)
阿部也茂
本河内光輝
鍋島清房
軍務担当:室町高次
鎌倉一馬
奈良東司
日野紗耶香
家臣に鍋島清房に明智光秀……どうなんだろう。個人的には松永久秀や宇喜多直家も加えたいと思いましたが、主人公が暗殺されそうなので流石にやめました……。そろそろ、北九州制圧編に入っていきますが……閑話的な本編が入る予定です。




