16:撃破
未だ終わらない肥前統一編。長引いていますが、ご容赦ください。
天文二三(1554)年 長月六日
「伝令、先駆けの西郷隊、岩松に布陣!」
「敵軍、久原で迎え撃つ構えです。」
「総数、凡そ七百」
次々と高城の本陣に伝令が駆け込んでくる。その都度、西郷、鎌倉、奈良の諸隊に伝令を送る。
……短期決戦でないと、室町隊が耐えられない。有馬本隊が、想定以上の兵を出してきた。千程度送ってくれば上等、と思っていたのだが、倍近くの千八百。これはまずい。
島津は焼討をしていないのだろうか……。いや、それをされていると察知されないように、無理しての出陣ではないだろうか。
どうも腹の内を上手く読めないなぁ。脳内タブレットは有難いが、こういう一触即発の時には悠長に開いている場合ではないし、心理なんて読めるわけもない。
だからこちらもできる限り、可能性を追求する必要がある。そのためには情報だ、情報。
今本陣に詰めているのは西東空海。けして無能ではない。それどころか辛辣な謀略家、外交僧に内政官と有能なのだが……。
「殿申し訳ござらん」
今は高城城の奥で、休養をしている。
「いや、気にすんな。働きすぎだからな、しばし休め」
流石に過労が祟ってしまったようで、しばらくの休みだ。
「しかし……岩松で布陣はいいのですが、鎌倉、奈良隊を動かさないと……」
現在、溝陸から龍昇寺、日泊を進軍中の奈良隊と、大里から山地に埋伏した鎌倉隊。西郷が上手く敗走できれば勝ちなのだが、敵も自軍の不利さは分かっている。早々に出張ることは難しいだろう。
「おそらく数ヶ月単位の睨み合いになるだろう」
「そ、それはなりませぬ!」
「分かっておる。わかっておるが……」
寡兵が大軍へ挑むなど無謀な事なのだ。歴史上、少数を以て大軍を討つ事例はあるにはあるが、それは一か八かの大博打なのだ。奇策だけで勝ち抜けるものではない。
おそらく大村純忠の戦術的勝利は、膠着状態を保ち、負けないこと。本人は気づいていないだろうが戦略的目標として長雨が上がり、有明川を突破してくる有馬本隊との挟撃できるように待つことだろう。二週間が限界とみている。
だが、そこは俺も抜かりはないはず。本隊は高城で待機中。数日後には合津に向けて進軍する。龍造寺のちょっかいも気になるのだが、そこは協定を結んでいる太良小長井衆にでも防いでもらうさ。
「何とか引きずり出さねぇとなぁ」
天文二三(一五五四)年長月十六日
「何とか引きずり出したいですなぁ」
家臣と陣幕内で話す一馬。日野家最強の武将である。人数は少ないが。
「どうにもならん。籠城でないくせに、何気に地形を生かして有利に戦ってくる。やりにくい相手さ」
一馬は白湯で口を潤しながら、首の汗を拭いとる。山地内に密かに陣を敷いているので、身動きもままならないが、作戦上仕方がない。
「とはいえ、当初の想定の作戦は無理でしょう」
「そりゃそうだ。引きずり込んで包囲殲滅、なんて都合よく行くわけが無い。」
一馬が言う。
そう。包囲殲滅なんて簡単に使うが、ホイホイ相手が乗ってくれるものではない。結果として包囲殲滅になった、はある。だが、それを最初から当てにしてはまずいだろう。
「まぁ、所詮は上策なのさ」
「上策なら良いのでは?」
「上策というのは『こうなればいいなぁ』の願望に過ぎんよ。下策は現実的だが、浪漫がない力押しだろ。だから、古の武将たちも上中下の散策の中で、理想と現実が程よい中策を採用するのさ」
一通り武経七書を甥から借りて読み、その大筋を理解している点で、鎌倉一馬は愚将ではない。というか、どうやら日野家の将の才能は、九州の将の中でもトップクラスと張り合う力はあるようだ。人の和は良い。守るという点では地の利もある。おそらく今まで恵まれてこなかったのは、経済的、人員的な問題であろう。ようやく、天の刻を得たということなのだろう。
但し、無能、愚将はいないのではないだろうか。天の刻の差、これが大きいのではないだろうか。
「因みに中策とは?」
「ん? 引きずり込まないで包囲殲滅だな」
「はっ?」
「引き摺り込んでの包囲殲滅なら相手の動揺を誘えるからなぁ。引きずり込めないで、久原の陣を包囲して攻めるとなると、激戦になるだろうなぁ。そうなると、大村純忠を打ち取り、大村館を攻め落としても、こちらの損害はそれなりに出てしまう。難しいねぇ……」
白湯をもう一杯飲み、首を鳴らす。
「まぁ、既に純久と東司には伝令を送っている。俺は西上針生に出る。そこから敵を煽って行くさ」
天文二三(一五五四)年長月十九日
「……承知、と伝えよ」
兄の伝令に、奈良東司は苦虫を嚙み潰したような顔で答える。まぁ、元からこんな顔なのだが。
「稗ノ迫から陣を長瀬に移す」
東司も日野家の軍権を握っているので、見識はある。西上針生と岩松、ならば出る場所は長瀬しかない。そして……。
「殿に伝令。この書簡、けして奪われるでないぞ」
ある献策を記して、渡す。
肥前久原、熊野神社陣
大村純忠は、比較的冷静を保っていた。確かに、数年前の戦では遅れをとり、日見峠失陥という事態に巻き込まれていた。だが、兵力を大きく損なうことはなかったし、逆に西郷の離反に伴い一部の国人衆をこちらにつけることができた。大村家からすると、実は良いことの方が多かったのだ。
そして、今回の敵の出陣。何でも西郷純久しか出てきていないというではないか。西郷だけなら兵力は出せても千前後だ。裏切った者に、そのまま傘下の国人衆達などがついてくるわけが無い。日野家、有馬家、大村家、一部は龍造寺にも流れた国人衆がいる。最早かつてのように千八百なんて出せないだろう。
岩松に布陣する辺りは、中々良い布陣と思うのだが、千前後で大村純忠を抜けると考えているのであれば、甘い。
「とにかく物見を出せ。場合によって威力偵察でも構わん。西郷の裏切り者を揺さぶってきてやれ」
配下の将に威力偵察を命じ、本陣の守りを強固にする。
元々熊野神社などの寺社は軍事的にも有用な立地条件にある。そのため、もう少し北方の丘陵でなく、そこに本陣を置いている。
天文二三(一五五四)年長月二十五日
肥前岩松、西郷純久陣
やれやれ、どうやら純忠は殿の策に乗ってきたようだ。残念ながら、俺一人ではないんだが、何故か一人と誤解してくれている。
俺が信頼されていないのは分かっている。そりゃ裏切り者だからな。一度裏切った者が、さらに裏切りを重ねる、なんて思われても仕方はない。
だが、それを上手く利用できねぇか、というのを考えた。直接肥前史生殿に提案させてもらった。これが今回の策だ。
情報の隠蔽については、殿が任せろといった。任せるさ。俺を嵌めた手腕は評価している。負け惜しみではない。半分以下の兵力で、有馬を圧倒し、俺を足止めにしたその手腕、見事だと思う。
そして……。
「鎌倉様は西上針生へ、東司様は長瀬にねぇ」
二つの書状が届き、包囲殲滅の策は潰えたと感じた。仕方がない。純忠が思ったよりも守りに入ってしまったからなぁ。
それにしても……東司様の仕掛けが露骨だ。
敵陣の目の前を堂々と横切っていくとは……挑発というのは確実にわかるから、軽挙はしないと思うが、純忠はおそらく歯噛みする将や国人衆達を抑えるのに苦労するに違いない。
それにしても……この方々は、俺が裏切り者になる可能性がある前提で動いているはずなのに、きっちりと伝令をしてくる辺り仕事人としての気概を感じる。多少は信頼されているのか……いや、信頼されているのは殿だな。
俺も、多少は信頼されるべく、働こうと思っている。
「陣を動かす。与崎だ」
肥前久原 大村純忠陣
「て、敵が……」
狼狽した伝令が、嚙みながら報告する。
「西上針生、与崎、長瀬に陣替え!!」
「……包囲体制に入ったか」
純忠は冷静だ……表向きは。
(三倍近い差が出ておるではないか! これは……まずい)
空堀、逆茂木などで周辺は防備を固めているが、立地的には平城。防衛は不利だ。前提条件が西郷単独の功名を狙っての暴走、と見ていたからだ。
有馬の殿には救援要請を数通に分けて出しているが、動きは見えない。どこまで来ているのか。噂によると雲仙が噴火した、日之江が津波に飲み込まれた、等々訳の分からない報告も来ているが、とにかく迅速に動くことができない状況とだけは分かっている。
「……大村館へ引く」
「て、敵が!!」
「なっ?!」
雨天の時季なので、砂煙などは上がらないが、水煙で何となくだがわかる。霧が出てなくて幸いだ。
「まずい、徹底して備えを固めよ!!」
天文二三(一五五四)年長月二十九日
「敵左後背に食いつけ!」
鎌倉一馬が大音声で指示を出していく。
「敵の右後背に突貫!」
奈良東司も勢いよく突っ込んでいく。
敵正面に位置する西郷純久隊も、
「力押しで構わん。この場で純忠の首を獲れ!」
絶叫しながら突っ込んでいく。
日野家が何故か得意になっていた強襲だ。
そして、打ち合わせ通り、西郷純久隊は……
「西郷純久隊が……」
「西郷隊がどうした!」
防衛の指揮を取る純忠が弓を射かけながら報告を聞く。
「我らの陣を素通りし、そのまま北へ向かっています」
「なっ?!」
虚を突かれる純忠。これは想定外だぞ。
「ま、まずい、館が……」
その動揺に呼応するかのように、大村陣も動揺する。追撃に移るべきか、防衛に徹するべきか……。
「策は成れり! 我らは大村純忠を討つ。掛かれ掛かれ!」
そう。短い間で考案した策だ。全軍による包囲殲滅に見せかけての後背攻撃。正面はあくまでも囮。激突するように見せかけながら、絶妙に向きを変えて北上する。
これは、西郷純久の渾身の策だった。
鎌倉、奈良ともに感心したものだ。
「あそこまでの才覚とは」と。
「ま、守り切れ!!」
必死の純忠の鼓舞も虚しく、次々に味方が崩れていく。後背が脅かされ、後方支援的な大村城も脅かされという両方の脅威で、農民兵が真っ先に崩れだしたのだ。
流石に家臣団や国人衆達は耐え抜いていたが、農民兵の抜けた穴が思ったより大きく、疲労が蓄積していく。元より、兵力差は西郷軍を差し引いても二対三で不利だった。
「だ、だめで……ぐふ!」
ついに日野家の刃が本陣にまで届き始めた。
次々と討たれていく純忠近習……。
「ちっ、最早逃げることもかなわ……」
余計なことを言わずに、さっさと撤退すれば、まだ勝ち目はあったかもしれなかったが、既に時遅し。小太刀をもった兵たちが一斉に純忠を刺したのだ。
「ぐっ……」
灼熱の痛みの中で、純忠は敵の農民兵の少なさに愕然とした……。
「む、むね……」
最後の言葉を吐く間もなく、首を掻き切られる。
「大村純忠、討ち取った!!」
はるか後方より勝鬨が聞こえてくる。
「どうやら味方は勝ちのようだな」
西郷純久は自分の策とはいえ、冷や汗が止まらない。自分の策が必勝の策、とはさすがに言いきれない。ただ、相手の想定外の動きを演出すること、虚を突き動揺を誘い、冷静に考えさせないことが主眼だった。
幸いなことに、純忠は身内。思考はある程度読めた。無論、相手も俺の思考を読んだはずだが、敵に寝返った心境までは思い至らなかったのであろう。
「速度は落とすな。そのまま大村に入る」
純忠が討たれたことはあっという間に伝わるだろう。城兵はおそらく多くても二百程度。降伏条件を整えればあっという間に落ちるだろう。
「これで、少しは認めてもらえるのかねぇ」
行軍速度を変えることなく大村城へ向かう西郷であった。
天文二三(一五五四)年神無月四日
大村城は予想以上に早く下った。主力がいないから仕方ないのだろう。
作戦変更については、常時状況が変わる戦場であれば当たり前のことだ。日見峠の戦いの時もどれだけ作戦が変更になったことやら。
軍功帳の写しが届き始める。
どうも軍功第一位は西郷純久のようだ。
だが、献策し、実際に動いた手腕は軍功帳以外に軍監として動いていた瞳や阿部、本河内も証明していた。今回の戦いにおいて三人は手出しはしなかった。一切だ。
「空海、とりあえず麦焼酎を送ってやれ」
酒が貴重なこの時代、酒精を濃くすることに成功した麦焼酎をとりあえずの褒美として与える。
「で、大村城へ転封ですかな」
空海が言う。西郷の処遇についてだ。
「いや、転封するなら、日之江だ。」
北は龍造寺、少弐など強大な敵が多いが、その分だけ領土がある。日之江や島原などはある程度発展しているが、中央に普賢岳をはじめとする山脈があるので、統治を押し付け……任せるとしたらそちらだろう。無論、功臣だ。技術は与え、富ませるようにはしていく。また、有馬領が栄えている場所なのだ。純久にとっては封じ込めであろうがなんであろうが、栄転に違いない。
今までが裏切り者として冷遇されていたのだ。これからは、裏切ったとしても功績を上げれば適切に遇される、その前例となるに違いない。
……さぁ、有馬よ。俺はお前らの舞台に上がってこれたぞ。お前らはどうする。
これでようやく、有馬家と条件は五分よりやや劣勢、といった感じです。西郷への調略の成功、有明川の氾濫などの条件が揃ってもなお、互角に持ち込むのが難しいところです。調略失敗していれば且元の牽制が続き、有明川氾濫が失敗すれば領民に恨まれ権威失墜。本当に、天の刻が大切です><